俺の好物『まんじゅうスベスベ蟹』
生鮮食品が売られてある店先にて、男性店員と男子中学生とが好きな魚介類トークに花を咲かせている。
雨がパラついている昼下がり、彼らの姿はまるで、水を得た魚のようだ。
本降りにならないうちにと、主婦たちは買い物を手早く済ませて荷物を小さく纏め、家路に急ぐ。
商店街ならではの花飾りも雨に塗れ、どこか生花を思わせてるほどの輝きがあった。
雨など少しも気にせず、男性店員も男子中学生も魚介類について、話を盛り上げ続けている。
雨どころではない。
男性店員
「晩めしを飾るのは、なんと云ってもハマチの刺身だあねえ!
添えてある大根の艶が、メインのハマチを目立たせるのさ」!
男子中学生
「良いですねえ、ハマチの刺身の銀色具合!
歯応えがまた、丁度良い固さなんですよねえ!」
男性店員
「おっ、わかってるねえ!
好みが渋いっ!
ハマチはなんたって、ワサビだあねえ!」
男子中学生
「そうそう、ですよね。
俺は身の橋っ子にチョイ付けして、丸め込んで一口で頬張るんが好きだあ!」
男性店員
「またまた渋いっ!
兄ちゃん、気に入ったよ。
ウチの商品何でも好きなの持ってってくれ!
サービスだあねえ!」
男子中学生
「いやいや、悪いっすよ。
ダンナの魚、結構良い品ですよね」
男性店員
「遠慮すんなって!
ホラホラ、どれが良い?
何品でも持ってってくれよ!」
男子中学生
「じゃあ……控えめに、そこのザルの上の……まんじゅうスベスベ蟹を一匹だけ下さい」
男性店員
「それだけで良いのかい?
本当に兄ちゃん、遠慮しいだあねえ!」
男子中学生
「初対面なんで、図々しい事出来ませんてば」
男性店員
「今時珍しいくらいの控えめっぷりだなあ!
袋に入れてやんよ!
そら、もう一匹おまけだ‼」
男子中学生
「本当にこれだけで充分っすよ」
まんじゅうスベスベ蟹を二匹もタダで持参した男子中学生は、雨のなか水を得た魚のように帰宅して行った。
主婦たちは胸の奥で囁く。
(まんじゅうスベスベ蟹って、なかなかの高級食材なんだけど……)