第9話 敵対国と友好国
発作的思いつきで始めたこの作品も、今回でなんとか9話目となりました。休み休みの気が向いた時の投稿なせいか、未だ作品の先行きは決まっておらず、とりあえずは学校に入れてみようってことにしましたが、やはりその先は…。
こんなどうしようもない作品ですが、来年も見捨ることなく読んでいただけば幸いです。
入学式から数日、本格的に授業が始まった。
生家だったアンダーウッド家や今のジロンサーヴァ家で幼いころからいろいろなことを学んできた俺としては、正直こんなの楽勝だなんて自惚れていたわけだが、やはり知らないことは多かったようだ。
特にこの国の歴史とか地理。
うん、本当に知らなかったからなあ…。
今さらだが俺達の住む国の名はトライディアという。北の上流の険しき山間から流れる三股の河川と南の海に囲まれた三角状に広がる平野で、この国の名はそれに由来するらしい……が実際にはその中央を流れるトルヨ川から西側半分の国である。本来なら東側の地域も我が国の領土であったのだが、長き歴史の中隣国セントレイクにより奪われ失なわれており、現在はこの隣国とは小康状態で一時休戦中といった様子。7年前に小競り合いがあったのが最後だという。
そう、7年前のあの忌まわしき惨劇、あれが小競り合い……所詮為政者にとってはそんなものか。その証拠といわんばかりに両国は未だその争いを収めるつもりはなさそうだ。
まあ当然か。なんてったって攻めてきているのは相手側の方なんだ、嫌でも備えは絶対に必要だ。
それに消極的な態度を国力の衰退ととられれば、他の周辺国も黙ってはいないはず。寄って集って袋叩きにされることとなるだろう。
ゆえに国の威信の回復のためには失なわれた領土の奪還は必須と考えているんだろうな。まあ恨みってのもあるだろうけど。
もちろん俺にだって怨みはある。なんてったってかけがえのない家族を奪われたんだ、無いわけがない。
でも、所詮一個人のできることなんてたかが知れているしな。なによりもこれは国の領分、俺なんかの出る幕なんて無い。それになによりも本当に憎むべきはこの争いの絶えない世の中だ。
ただ、それも人の営みの一部に過ぎないわけであり、人の世の理のひとつなわけで…。
……くそっ、どうしろってんだよ、いったい。
「ああ~っ、偶には郊外ってのも良いもんだな。空気は美味いし、なによりもあの窮屈さから解放された気分だっ」
和やかな風に穏やかな日差し、そんな青空を見上げノヴァが能天気な言葉を漏らした。
ち、せっかくシリアスを決め込んでいたってのに、こいつのお陰で台無しだ。
まあ、そうはいっても、いくら悩んだところでこれって答は出てきてくれないんだけどな。
ああ、こいつは悩みとは無縁そうで羨ましい。
「全くだ。いつもの教室も悪いとは言わないけど、やはり俺達にはこっちの方が向いてるよな」
マイダスもか。ただ、こいつの場合はノヴァの馬鹿っぷりとは違う。
ノヴァは学問からの完全な逃避だが、マイダスのそれは気分転換といった感じだもんな。
「ちょっと、一緒にしないでくれよ。これでも僕はインドア派なんだから」
この台詞はハンザだ。
全く、こんなんだから脆弱な優男に育つんだ。
まあ、引き籠りじゃないぶんだけまだマシだけど。
「なんだよ、そんなんじゃ体が腐っちまうぞ。そういうのはバランスが大事なんだよ。
その点俺はインドア、アウトドアどっちでもOKのバランス派だな。屋内でいろいろと研究するのは楽しいし、屋外での実践もまた同様だ。
そんなわけだ。お前らも好き嫌い言わずにやってみろよ、結構楽しいぞ」
確かにノヴァはそんな感じだな。説明されると余計納得だ。
まあ、こいつはやや特殊な例だけど、言ってることに間違いは無いだろう。
「解ってるよ、そんなこと。
というか、今のはアウトドア派を否定したわけじゃなくって、向き不向きって話をしただけじゃないか」
はは、ハンザのやつ不貞腐ってやがる。
さて、今回俺達は課外授業というわけで、この国の西部ヤーファ川、通称境川に面する地リバーサイドの郊外へと来ている。目的は国境防衛線の見学だ。
この隣国との緊張感が漂う中、俺達みたいな学生が暢気に見学だなんて危険が無いのかと思うところだろうが、実は問題無かったりする。我が国と川向こうの国エンドリアとは同盟関係にあるらしく、友好的な付き合いがあるらしい。
実際に両国の王が我が子の交換留学をしているなんて噂も聞く。こんな風にいえば聞こえは良いが実質的には人質交換以外のなにものでもない。いざ両国の関係が崩れた際に割を喰うのが彼らである。王族というのも大変だ。まあ、噂が真実であればだが。
「まあ、それでも同盟は同盟か。それに噂が本当なら両国も迂闊なことはしないだろうしな」
「ん? なんの話だ?」
マイダスが俺に問い掛けてきた。どうやら今の呟きを聞かれていたらしい。
「ああ、うちの国とエンドリアの同盟のことだよ。
ほら、両国の王がお互いの子どもの交換留学をしてるって噂があるだろ」
「ああ、あれか。それなら俺も耳にしている。
さすがは王族の子だよな。両国の平和と友好のために自ら積極的に尽くしてるってんだから」
さすがはマイダス。噂の真偽はともかくとして、その信義を疑うことはないようだ。
俺もマイダスじゃないけれど、その至誠を示す姿勢にはやはり感じ入らずにはいられない。
「はははははははっ。それって別に大したことじゃないだろ。そんなのどこの国でもよくやってることだ。
だいたい王族ってのは、大抵殆どが無駄飯食らいなんだし、せめてそれぐらいは役に立たないとな」
対するノヴァは辛辣だ。いかにもそれが当たり前という、そのふざけた言い分は彼らに対する冒涜だ。
「確かにそれはその通りだけど、でも言い方ってものがあるだろう。いくらなんでもその言いようはあまりに無礼ってもんだよ。
……って、ヤバっ。今の誰かに聞かれてなかったね?」
続くハンザもノヴァを諭しはするものの、言ってることは否定ではなくて肯定だ。
でも、そんなに慌ててキョロキョロ周囲の様子窺うぐらいならこんなこと言わなけりゃいいのに。
「全く、お前らというやつは…。
王もその子も国のために尽くしてるんだからその評価ってのはないだろ。
俺にとっては彼らは偉大な存在だよ。少なくとも、なにもせずただ文句を垂れるだけしか能の無いのお前らに彼らを責める資格はねえ」
まあ、俺も他人のことをとやかくは言えないんだけど、それでもこいつらぐらいは窘めたい。
「ああ、確かにケントの言う通りだな。
というかケントが言うと説得力がある。この中じゃ実際に戦争ってやつを唯一知ってるやつだからな」
マイダスがしみじみとふたりを諭す。
やはりこいつはよく解っている。
「そういやこいつってそうだったな。なるほど両国の友好のために実際に体を張ってるやつを貶されたんじゃ、そりゃあ気分も損ねるわけだ」
「うん、それにケントの言うことも尤もだ。実際僕達はあれこれと不満を言うばかりで、なにを知ってるわけじゃないものね。
ごめん、悪かったよ」
ノヴァ達も解ってくれたようだ。
ハンザに至っては謝罪までしてくるし。
「いや、そんな風に謝られてもなあ…。
俺だって結局はお前らと同じだし、偉そうに咎める資格は無いからな。
だから解ってくれたならそれだけで十分だよ」
さすがにこれ以上は気まずい。
だからとりあえずはこれで十分だ。
この後いろいろと見て回ったわけだが、なんてえかあまり覚えてない。まあ、記憶に残るような物が無かったってことなんだけど、要はそれだけこの地の防衛の重要性が低くなっているってことだろう。つまりそんな必要の無いくらい隣国との関係が良好ってことだな。
しかし、ここまでの結果を齎しているとはな…。噂の王族交換留学生とはいったいどういう人物なのだろう。
……って、いくら気にしたところで顔を見る機会なんて無いだろうな。この国には学校の数も多いし、そこに通う生徒の数もまた多い。そんな偶然なんてあり得ないか…。
まあいいか、そんな縁の無い偶然に思いを馳せるより、今は目の前の現実だ。……って、今特になにかがあるってわけじゃないけどな。
そうだな……。
ならば俺も彼を見習うか。といっても大したことができるわけじゃないけど。
まあ、とりあえずはこの友人達との友好を深めることとしよう。それが俺のできることの第一歩だ。