第8話 煮ても焼いても喰えねえよ
入学式から数日、本格的に授業が始まった。
生家だったアンダーウッド家や今のジロンサーヴァ家で幼いころからいろいろなことを学んできた俺としては、正直こんなの楽勝だなんて自惚れていたわけだが、やはり知らないことは多かったようだ。
特にこの国の歴史とか地理、他にも高度な学問の数々。本当に俺は井の中の蛙だったわけだ。
知らなかったことはそれだけではない。この国の文化や価値観といった、世間では常識とされていることについても未だ知らないことは多い。
否、これは知らないってよりも受け容れ難いってのが正しいか。前世の記憶っていうか価値観がどうしてもいろいろと拒絶反応を示すためだ。
例えば…。
今は午前の授業の終わった昼休憩。
そんなわけで昼飯なわけだが。
「本当お前って変わってるよな。なんでこんな美味いもんが食えないってんだかな」
何かを焼いたであろう肉に美味そうにノヴァがかぶりつく。
こいつは俺の友人のひとり。以前に炎の奇術で俺に絡んできたやつらを追い払った男だ。
そう奇術。初めて見た時は何の怪奇現象が起きたかと思ったものだが実はこいつが火薬を使ったトリックだった。とはいえそれは敵を脅かすには十分なもので、もう少し火力が高ければ実戦投入も可能だろう。
こんなユニークなことをするやつだけあって、その言動もまたユニーク。いや、はっきりというなら馬鹿だ。少なくとも奇人変人の類だな。
「うえ~ぇっ!
お前、よく見りゃそれって蛙じゃないかっ。よくそんな物……、うえ~ぇっぶ」
くそっ、なんてもの食ってやがる。
そう、それは蛙の串焼き……。
よりにもよってそんなゲテモノ、あり得ねえだろ。気持ち悪くなってきたじゃないか。
「ば、馬鹿、嘔吐くなっ。メシが不味くなるじゃねえかっ」
無理言うな。俺の前でそんなモノを食ってるお前が悪い。くそっ、変人めっ!
「ちょっと、そういう冗談はやめてよ。
いくらなんでも食事時にそれはないって」
だというのに俺を咎めてきたハンザ。
なんでだよ? 俺が悪いっていうのかよ。
こいつも俺の友人のひとり。あの時の喧嘩で俺達を止めようとしてきた小心者の優男だ。
もちろんやつらは追い払ったわけだが、あの手の輩が物事に見境があるとは思えないしなぁ。
そんなわけで報復に捲き込まれる虞があるこいつの保護ってわけでこうして付き合いができたわけだ。
しかしこいつ、なにかにつけて俺を諫めてくるやつだ。今回だってこうして俺を咎めてくるし。
「お前、本当にこの手の物ってダメなんだな。
お前、いったい普段何食ってるんだ?」
マイダスよ、お前もか…。
そんなマイダスも何だかの小鳥を揚げたっぽい物を食っている。
因みにハンザは、やはり何かの肉団子。
これが先に言った受け容れ難いこの国の文化というか常識だ。
そう、この国の連中とってはいろんな生き物の肉を喰らうってのが普通らしい。
俺にとってはとてもじゃないけど受け容れ難い、どう考えても鬼畜の所業だ。
「んなこと言っても無理な物は無理なんだよっ。
鳥肉やせいぜい猪くらいまでならまだなんてことはないんだけど、他の生き物の肉ってのはなあ…。
ましてやそんなゲテモノなんて絶対無理。
そんなわけで俺が食うのは基本魚か野菜だな」
まあ前世でも、大陸や伴天連といった異国では牛だの豚だのを食ってたって話だったけど、日本育ちだった俺にはやはり抵抗がある。
だって当時の日常は菜食が基本。偶に魚介の類か鶏の卵ってところ。あとは猟師が猪や雉といった野鳥とか兎を食うっていうくらいだもんな。
そんなわけで俺が食えるのはそれぐらいのもんだ。
「やっぱわけが解らねえ。なんで鳥や猪、魚がよくって、他の肉がダメなんだか。
なんか特殊な信仰か?
にしても基準が全く解んねえよ」
言われてみれば……。
確かにノヴァのいうのも尤もだよな。
本来は仏様の説くところで、殺生とかの血生臭いことを嫌うってことなんだけど…。
恐らくは生業とか生活環境の関係かな。どんな生き物だって食わなきゃ生きていけないわけだし、それは人間だって例外じゃない。そんなわけで海側に暮らす者が魚を喰うように山暮らしの猟師は肉を喰うってことだろう。
ただ、牛や馬ってのは人と共存する生き物だしな、やはりそんなやつらは例外だ。
なんだ、思ったよりも単純な理由だな。
あ、でも、どう説明すればいいんだ?
要は食用の動物と使役用の動物の差ってことだろうけど、この国との文化の差ってのがあるからな。実際この国じゃ牛や鶏どころか、大蜥蜴やら蝙蝠なんて物まで食うみたいだし。かといえば鹿が馬の代わりだ。
これがカルチャーショックというやつか。俺にはとても真似できねえ。
「基本俺は博愛主義者なんでな、血生臭い肉食を好まないんだよ。
それでも多少の例外があるのは、多分昔からの習慣で食い馴れていたからじゃねえのかな」
恐らくはそういうことだろう。あれこれ難しいこと考えてみたところで、結局のところは日頃の習慣だ。これがいろんなやつへと拡がり、そして規模の大きくなったものが、きっと文化ってものに違いない。
「はっ、なにが博愛主義だ。ただの食わず嫌いじゃねえかよ」
ノヴァが言う。
まあ、普通はそう思うだろうな。
「確かにね。もしこれが博愛主義っていうんなら、あまりにも好悪での差別の激しい博愛主義だね」
これもハンザの言う通り。
でも、それについてはそんなもんだろ。いかな聖人君子といえど、そう何でもかんでも抱え込めようわけがない。ならばどころかでそれの線引きは必要となるわけで、そうなれば己の価値観でそれを判断するのは必然だろう。
だがしかし……。
「それのなにが悪い。人ってのはそういうもんだろう。
だいたいそれを身勝手だなんて非難するやつは、大抵自身が身勝手で独善的なもんだ。
なぜならそいつのその価値観こそがそいつの独善的な価値観なんだからな。相手を否定したその時点で自身の持論が破綻すんだよ」
全く、こいつはとんだ偽善者だ。いや、世間を気にし過ぎっていうべきか。
そりゃあそういう良識ってのも大事だけれど、こいつの場合はそれに縛られ過ぎだ。だから小心なんだろう。
「ははは、ケントは言うことが辛辣だな。でもまあ確かにその通りだ。
それになによりも、今のはこんなどうでもいいことで、そんな皮肉を言うハンザが悪い」
おお、さすがはマイダス、俺の良き理解者だ。
昼休憩も終わり午後の授業……はいいよな。説明するのも面倒臭い。
どうせ俺には勉強なんてのは性に合わない。
あ~、早く授業なんて終わらないかな…。