第7話 新たな友は馬鹿ふたり
「さっきのあれってもしかして…」
横合いから口を挿んできたのは喧嘩を止めにきてたなよなよ男だった。
「もしかしてなんだって言うんだよ」
この男の言うもしかしてっていうのは、先ほどの喧嘩の際に起きた怪奇現象について。
そりゃあ確かにあれは偶然にしてはタイミングが良すぎだ。でも、なにをどうすればあんなこと故意に起こせるってんだよ。そんなことできるのはせいぜい物の怪の類くらいだろ。
…って、まさかこの馬鹿がその物の怪なんて、そんなつまらない冗談をこの真面目な空気の中で言い出すつもりじゃないだろうな?
「いや、あくまでもしかしてだけど……」
そいつのその言葉は耳を疑うようなものだった。
「あれってもしかして、法力なんじゃ…」
そりゃ、当然だろう。こんな馬鹿なことを言われれば。しかも真面目な顔をしてだ。
「法力? 法力ってつまり、修験者とかの使うっていう呪いとかの神通力のことか?
はんっ、くだらないお伽噺みたいなこと言ってんじゃねえよ。真面目に聞いていた俺が馬鹿みたいじゃねえか」
まあ、どんなに真面目な顔で言ったとしても、それでも戯れ言は戯れ言だ。
「ははっ、そんな大袈裟なもんじゃねえって。だいたいこれは撒いた火薬にちょっと火を点けたってだけだしな」
対してこの現象を起こした当事者のネタばらしはこうだった。
「道理で臭いと思ったわけだ。てっきりビビって漏らしたもんだと思ってたんだけどな」
火薬っていえば、確か糞尿から作る なんてこと前世で聞いたことがある。否、硫黄とかいう物から作るんだったか? まあ、どっちにしてもすげえ臭いことには違いないんだが。
「人聞きの悪いこと言ってんじゃねえ。これでも俺は……。
いや、そんなことよりも、お前、よくそこまで火薬のこと知ってるよな。普通のやつだとせいぜいがその名前と効果くらいなんだけどな」
「ああ、そうだな。俺も火薬ってのがそんなに匂うもんだとは思ってなかったしな。
でもそんなにか?」
そう言うとマイダスは火薬の主へと顔を近付けた。
「げぇっぶ! げほっ、げほっ!
な、なんだよ、この卵の腐ったような臭いはっ。
これが火薬の臭いだってのか?」
こいつ、好奇心が強いのは解るけど、こうなることは解ってただろうにな。まあ、怖いもの見たさってことだろう。
「お、おい、そんな大袈裟にまでする程か?」
そう言うと指摘された当人も懐の臭いを嗅ぎ出した。
そして当然ながら咳き込んだ。
やはり馬鹿だ、こいつ。
「こ、これはもう少し改良が必要だな。これじゃ持ってることがバレバレだ」
ああ、なんだ、なるほどそういうことか。
そりゃあ秘密兵器だもんな。隠しておいてこその奥の手だ。
「そっか、火薬だったんだ。
言われて見れば納得だけど、でも火薬って結構高価な物だろ。そんな贅沢な品物を、そんなに気軽に使えるなんて、君の家は余程裕福な家なんだな」
答えに納得のいったかの優男だが、今度は別のことで納得がいかないようだ。
まあ、そうだよな。普通火を点けるのって火打ち石だもんな。マッチなんて使うのは基本裕福な家と決まっている。そりゃあ妬ましくもなるってものだ。
「それよりも、気を付けた方がいいよ。彼らって執拗そうだから。特にあの手のタイプってのは自分達の面子に拘るからね」
優男が俺達に忠告を促す。
だが…。
「なに他人事みたいに言ってんだよ。恐らくはあいつら、お前も俺達の仲間だと思ってるぞ」
マイダスの言う通りだろう。あいつら見境が無さそうだからなあ。
「ええっ⁈ 嘘っ⁈
なんでだよっ、僕は君達にやめとけと忠告しただけなのに。
……って、彼らにとってはそんなこと関係ないんだろうね。ただ傍にいたってだけで理由としては十分なんだろうから。
ああっ、余計なお節介を焼こうなんて思うんじゃなかった。なんでこう僕ってお人好しなんだろうっ」
こいつも馬鹿か……。
お人好しは確かにそうなんだろうけど、それを後悔するなんて。
小心なのは解るとしても、それをその相手の前でってんだから、本当どう仕様ない馬鹿だ。
「ふんっ、なにをそんなに恐れることがある。
所詮は親の権威に頼らなければ自分ではなにもできない無能どもだ。来ればいくらでもぶちのめし追い返してやるってんだ」
ああ、こいつは、またしてもか。
まあ、こんな馬鹿だけどそれでもやつらを追い返すくらいはするだろうな。ただ、例の火薬がもてばだけど。
「まあ、そこは大丈夫なんじゃないか?
だいたいいくら親に権威があるといっても、なんの名分も無しにその権力を行使するなんてできないわけだろ。そうである以上、あいつらだって自分達でなんとかするしかないわけで、だったら今回みたいに十分に対処は可能なはずだって」
マイダスも同じ意見のようだ。
まあ、こうして無事に撃退をしたわけだしな。ならば次だって問題ない。
「本当にそうだといいけれど…」
相変わらずか、この優男は。
これが俺達と同じ男だとはな…。なんとも軟弱で情けない。
「まあ、気にするなよ。
そんなに不安なら俺達の傍にいればいいさ。
不本意じゃあるけど、俺達が捲き込んだようなもんだしな」
変わらないといえばこっちもか。本当にマイダスは人が好い。
というわけで、新たに友人がふたり。
ひとりは能天気な格好付け馬鹿。
ひとりは軟弱な気弱馬鹿。
マイダスみたいな好人物ってのはやはりそうそうはいないらしい。
とはいえだ、それでも友人ができるってのは喜ばしいことであるだろう。
明日からは本格的に学校生活が始まる。
亡き兄さんが体験することのできなかった生活を、代わって俺が体験することとなるわけだ。
ならば俺のすることはひとつ。これから始まる毎日を全て有意義なものとして過ごすことだ。
さあて、明日は何が待っているのだろう。
何でもいい。どーんとかかってこいってんだ。
※ 江戸時代には、火薬の原料である焔硝(硝石)を人尿、蚕糞、野草などを材料とし、土壌微生物のはたらきを利用して作っていたらしいです。
他にも忍者の使う火薬はヨモギから作られるなんて話も。
些かヤバい話なので詳細は割愛させていただきますが、こんな冗談みたいな話も発酵というバイオテクノロジーの利用と言われると妙に納得してしまいます。
異世界物やタイムスリップ物といった物語もこんな話を出されると、強ち否定しきれないと納得してしまいます。
[Google 参考]
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。