第6話 喧嘩に火を焼べ水を差す
入学式は実に厳かに行われた。
正直に言うとこういう型式張ったものは苦手というか、まどろっこしいだけだと思いその意義なんてものは理解していなかった俺だけれど、現世の俺の感覚は前世の俺とは違うようで、却ってその格式の高さってのが誇らしく思えた。
恐らくは前世とは違い、現世では結構いいところに生まれ、そして育てられたことに起因するのだろう。
うん、間違いないな。今は亡き生みの両親や兄のことを想うと、再び胸が熱くなってくる。
「おい、どうしたんだよ、いきなり」
おっと、またやってしまったか。どうにも今日は涙脆くていけない。
「ああ、ちょっとな」
マイダスに心配をかけたようだ。
本当に人の好い男だ。
「ふっ、なんだよ。初日からいきなり泣き出すなんて、ママの乳でも恋しくなったってか?
こんな女々しいやつが同期だなんて恥ずかしくって情けなくなってくるぜ」
それに対してなんだ、こいつら。
いったいいつの間に現れたのか、俺の前には悪態を吐いてくる三人組の男が。
「どうせ親に無理やり寮に放り込まれたクチだろ。
デキの悪い子を寮に放り込んで知らん振りなんて話はよく聞くしな」
「でもコレじゃしょうがないだろ。俺が親でもこんな女々しいでき損ないとは縁を切るね」
「はは、違いねえ」
ふ、こいつら喧嘩吹っ掛けてきてるんだな。
だったら買ってやろうじゃないか。
このまま黙っていたんじゃ男が廃るってんだ。
と、俺が受けて立つ気満々だったところに水を差すやつが現れた。
「やめときなよ。あいつら相手じゃ相手が悪い。
あいつらはあれでもこの国の王族の直臣の子達だからね」
弱気なことを口にするだけあって、細身でなよなよとしている、見るからに脆弱そうなやつだ。
いや、それよりも…。
「ん? ええっと…、王族の…直臣の子?
なあ、それって偉いのか?」
王族ってのがどのくらいの血縁かは知らないけれど、直臣の子ってことは、所詮は俺達と同じだろ。
偉いのは王族で、直臣ってのはその手下。まあそこまでは敢えてよしとしても、その子はただの無役のはずだ。それなら俺達と違いが無い。
「う、うん、そこは微妙だな。親もそれなりに権力は有るけど、それはあくまで職務上でだけだし。子どもに至っては全く関係無いからな」
ふむ、なるほど、マイダスも俺と同意見か。
でも確かに微妙だ。変に親が出てくると厄介だし。
「ああ、その通り。こいつら親の役職を笠に着ることしかできないただの馬鹿だ」
俺がどうしたものかと決めかねていると、どこからともなく声がした。
…って、本当にどこだよ、おい?
「なんだとっ⁈
くそっ! どこだっ! 出て来いっ!」
俺のことを馬鹿にしてくれた、やつらのリーダーらしきやつが周囲を見回しながら叫ぶ。
俺もマイダスも一緒になって探すけど、本当、いったいどこにいるんだ?
「愚か者め、俺はお前達の目の前だ!」
声と共に突如頭上から現れた影。
片膝を突いた格好のまま不敵な笑みを浮かべている。
…なんだよ、二階に居ただけじゃないか。
しかもこれって、格好付けて飛び降りたはいいけど、足が痺れて立ち上がれないでいるだけだよな。
「ざけんなっ、この野郎!
いい度胸だ、俺達の力を見せ付けてやるっ!
おらっ、お前らっ、やっちまえ!」
そんなことを言いつつも、やつは周囲を嗾けてくるって……。
って、おいっ、こいついつまで蹲ってる気だよ。
「ちっ、こいつ格好だけかよ。無駄に相手を煽るだけ煽っておいて、こいつがこん中じゃ一番馬鹿だっ」
くそっ、この乱戦の中、こいつまで守る余裕は無いぞ。
「いや、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろっ」
俺の毒づいた言葉にマイダスが応じる。
へえ、結構余裕が有るみたいじゃないか。
こんな名前でもやはり騎士の家の息子ってことか。なかなかやる。
それに対してこいつは……。
…って、うおっ⁈
な、な、な、なにが起こった⁈
一瞬俺達の周囲を囲んだ炎?
あれはいったい……。
「全く、この手の馬鹿はすぐこれだから困る。
しかも喧嘩を売っていい相手すらも解らないってんだから余計だ」
この場一番の馬鹿がなにか言い出した。
今はそんなこと言っている場合じゃないだろう。
乱闘に加えて今の怪奇現象。なんで落ち着いていられるんだよ。
「おい、馬鹿ども。丸焦げになりたくなければとっとと失せろ」
は? こいつ、なに言ってんだ?
いや、この怪奇現象に乗じようって算段か?
馬鹿のくせに機転が利く……ってそんな状況か?
「な、なんか解んねえけどヤバいぞ。
くそっ、ここは一旦引き上げだっ。覚えてやがれっ!」
幸いやつらは去って行った。
俺達も早く立ち去らないと。
「ふっ、馬鹿どもめ。漸く去って行きやがったか」
いや、そんな余裕かましてる場合じゃないだろ。
早く去らないとヤバいってのに。
「お前、なんでそんなに落ち着いてんだ?」
マイダスがこの馬鹿に訊ねる。
てか、マイダス、お前もなんか落ち着いてねえ?
「そりゃそうだろ、もう喧嘩は終わったわけだしな。まあ、俺にかかればあんなやつらなんざあんなものよ」
それに対して偉そうに応える馬鹿男。
「お前、なにもしてなかったくせになに言ってんだよ」
いったいどの口が言ってんだ。
こいつのしたことなんて、せいぜいあいつらを煽ったことくらいだろ?
しかもその時格好を付けた代償で、その後ずっと蹲ってただけだし。
「失礼なことを言うやつだな。この中じゃ一番の活躍をしたってのに、なんでこんなこと言われなきゃならないんだよ」
どこがだよっ!……と、ツッコミを入れようと思ったところで、横合いから声が入ってきた。
「さっきのあれってもしかして…」
「もしかしてなんだって言うんだよ」
俺は挿まれた挿出口に咎めるよう問い詰めた。
「いや、あくまでもしかしてだけど……」
そいつのその言葉は耳を疑うようなものだった。