第4話 墓参
あの悪夢のような日から数日、まるであの惨禍が嘘だったかのように早くもこの町は活気を取り戻しつつあった。
聞くところによると、この町の到る所にて乱取りが、つまり略奪が行われていたと言うのに。
だが、そんな後からでもこうして雑草の如く立ち直っている。
どおりで為政者達が民草なんて呼ぶわけだ。
本当に人間というのは強かなものだな。
だが実際のところは弱った者達の再起は難しく、大抵の者達は社会の底辺に身を落とす者も少なくはない。それはこの町であったとしても変わらない。
というわけで、この復興も所詮は災禍を免れた者達のものであって実際に被害にあった者達にとっては未だになにも終わってはおらず、今も苦難は続いているってのが現実だ。
そしてそれは俺にとってもやはり変わることはなかった。
俺は一族の眠る墓碑へと薔薇の花束を供えた。特になにかあるってわけではないが、かつての我が家の庭に植わわっていたのがこの花だったのを思い出したってのがこの花を選んだ理由だ。
「そう言えば、母さんが好きな花だったよな…」
そんな母さんも一週間前に向こう側へと旅立って、今じゃ父さんや兄さん達と同じこの地の土の中。
結局は気の触れたままで正気に戻ることはなかったな。でもそのお陰でか俺が正気を保てたってんだからなんとも皮肉の利いた話だ。
ぽんっと俺の小さな肩を背後から大きな手が優しく叩いた。
あの惨禍により親類縁者を失って孤児となるはずだった俺を引き取ってくれた義父だ。
彼の名はセラータ・ジロンサーヴァ。この町の領主様に仕える貴族で騎士を勤めているらしい。前世でいうところのお武家さまのお役人ってやつだ。彼の言うにはなんでも亡き父さんと同じような役割を担っているんだとか。
つまり俺を引き取ったのは恐らくは良心の呵責ってやつなのだろうな。
当初は俺も役立たずの騎士めって複雑な思いを持ったものだが、今ではそれも無理もないことと少しは納得できている。いや、本当は最初から解っていたのだがやはり理性と感情は別、いわゆる八つ当たりのしどころを探していたに過ぎないのだ。人は弱い生き物だから。
「わがままを言ってすみません。こんなところにまで付き合わせてしまって」
残念ながらまだ6歳と幼い俺はひとりではなにもできない。前世ならばまだしも現世ではこの年齢ってのは本当に子ども扱い、否、赤子扱いより辛うじてマシってレベル。前世ならば稚児っていえばお寺なんかの雑用係を任されるくらいには信用が有るもんだったんだけどな…。
「なに、構わないさ。今じゃお前も私の息子だ、遠慮はいらん」
いや、そうは言ってもそれは無理だ。とてもじゃないけどいきなりそんな馴れ馴れしい真似なんてできない。
だいたい現世の家族に漸く馴れてきたってところで彼らを失い、そしてまた新たに義父。どうしてそう簡単にほいほいと受け入れられるってんだ。
しかし、息子か…。前世の家族の記憶はあっても、今の現世での家族にだって本当に愛情を感じていたんだ。
だというのにこんな…。
「…結局のところ、いついかなる世でも争い事ってのはついて回るってことか。まあ戦争ってのは初めてだけど」
「ああ、すまない。我々騎士がもっとしっかりとしていれば、敵側への内通者なんて出すことなんてなかっただろうし、こんな惨事となるような被害を出すことも無かっただろう。全て我らの不甲斐なさゆえだ」
俺の呟きにセラータさんが詫びてきた。
だが……。
「いえ、なにもあなた達が悪いわけじゃありませんよ。悪いのは争い事の絶えない世の中です。残念ながらそれはいついかなるところでだってついて回るものですから、それはまあ仕方がありません。
それに誰だってなんらかの欲やらと無縁でいられない以上、そこを突かれればそういうことだってあるでしょう。
というか、それ自体が人の本質のひとつである以上どうしようもないですし」
そう、それが世の中の常識ってやつだ。何かを得るには何かの代償が必要で、それを自分で払わないなら他の誰かがそれを補うこととなる。そして誰だって自分が損せず得だけをしたいと望むもの。ならば当然後者が世に蔓延るのも自然な話で、弱肉強食は必然なのだ。世の理ともいえる。火だって燃えるには薪が必要だし、木だって育つのに水が要る。寺子屋通いのやつが五行相生?とか言ってたな。
でもなあ…。それはあくまで必要なだけの話で過ぎたるは猶及ばざるが如しってわけで、火にいきなり大量の木を焼べても煙が立つばかりでなかなか大きくならないし 、草花に水をやり過ぎても根腐りする。それと同じで人だったら身の丈に合わない物を得ても持て余すだけ、否、それどころか却って禍を呼ぶだけだ。
「なんか変に擦れたことを言うやつだな。子どもなんだからもう少し子どもらしく素直であるべきだろうに。
いや、だからか。
こんな経験をすれば嫌でもこんな考えになるってことか。騎士として、大人のひとりとしてなんとも情けない次第だ」
「そんなに気にすることもないですよ。こういう考え方ってのは前からなんで」
さすがに前世云々ってのは言わない。
多分言ったところで奇怪しな妄想をする子ども扱いだろう。まあ信用されたらされたで変な扱いを受ける可能性も有る。百害あって一利無しだ。そんな面倒な話は御免である。
「はは、そっちこそ変な気遣いは無用だ。だがまあその気持ちだけは受け取っておこう」
ああ、やはり俺の方が気遣われているようだ。
だが申し訳なく感じる反面、この心温まる好意は非常に心強く嬉しい。
「そうですか。じゃあせっかくなんで好意に甘えさせていただきます。
では早速ですが、ひとつお願いをきいてもらってもよいでしょうか」
そう言うと俺は義父の胸へと抱きついて、そして声の限りに泣き噦った。
男がみっともないとかそんなことなんてもうどうでもいいくらいに。
だって悲しいものは悲しいのだ。
これまでなんとか怺えてきていたが、母が逝ってしまったことで最早我慢の限界を越え、悲しみが堰を切ったように溢れてしまった。
「どうもありがとうございます。
なんかお見苦しいところをお見せしてしまいまして申し訳ありません」
涙の枯れ果てるまでに散々泣き尽くした俺は今の失態を詫びた。
やはりあれはみっともないと思い出すだに赤面する。
まあ、それでも後悔はしないけど。
「別に見苦しいなんて思っちゃいないさ。大事な家族を失うのは誰だってつらい。むしろ今までよく我慢していたものだ。
だが、私達が今後は君の新しい家族だ。
まあ、失った彼ら本当の家族の代わりは務まらんかも知れないが、それでも彼ら同様に、本当の家族と思って接してくれ」
そんな俺に、セラータさんは優しい言葉をかけてくれた。
「解りました。それじゃよろしくお願いします。
その……、と……と…義父さん」
未だ彼を父と呼ぶのには抵抗があるが、今日を限りに受け入れようと思う。彼の俺への好意は本物だろうから。
だから、父さん、母さん、兄さん、もう俺に心配はいらない。俺には新しい家族ができたんだから。
情に乏しい家族だと思われるかも知れないけど、でもそれでも俺はあなた達の分も生きていく。そしてあの世で再会できたならそれらのことを伝えたい。
だから……だから……それまでは……。
この日、俺は心から新しい家族を受け入れた。
※ この理由としては、木材に含まれる水分が原因ですが、通常薪は1~2年乾燥させているためこういうことにはなりません。これは拾ったばかりの生木を使った場合の現象です。水分が多いと着火しにくく消え易い上、煙や煤が多くなるようです。あと、酸素の問題も有ると思われます。
作者には機会が無いのですが、キャンプなどでの焚き火の際には乾燥した表面積の大きな物を使うのが基本のようです。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。