第27話 ランゼ・モリヤ
【前回のあらすじ】
戦場と化したノブナガ邸前、なぜか緊張感の薄い主人公。お陰で本当に絶体絶命の窮地に…。
自分で書いておきながらなんとも無茶な展開です。
いや、それでも怪訝しくはないんです。単に主人公が馬鹿なだけで、潜在意識が女神である幼女の能力に依存しているのが原因です。
というわけでツッコミはなしにしてもらえれば…。ダメですか?
ノヴァの治療が行なわれている間に俺達はマザックの兵達に囲まれていた。
頼りの死霊術師は肩で息をしている状態で殆ど余力は無さそうだ。
そんな中、俺達を嘲笑うマザックが天に向かって手を上げる。
「くっくっくっ…。それでは殿下、お別れです。
者どもっ、撃てっ!」
夜空に暗雲が立ち込める中、マザックが腕を振り下ろし号令を下す。
そして天が落ちてくるかのような激しい轟音が鳴り響いた。
最早これまでと目を瞑る。
しかし…。
「なっ⁈ くそっ、このようなときにっ!」
激しく肌を打つ冷たい感触とマザックの忌々しげな声に目を開けば…。
「雨だっ! まだ運は残ってるぞっ!」
ノヴァが歓喜の声を上げる。
確かにこの激しく降る豪雨は、正に救いの雨に違いない。
見上げれば天に稲光が走っている。どうやら先ほどの轟音の正体はどこかに落ちた雷なのだろう。
傍らの幼女が俺の袖を引く。
見れば片目でウインクしてるし…。
つまりこの雨はこいつの仕業だったらしい。
「ふっ、馬鹿どもが。糠喜びしおって。
状況が何も変わってないことが全く解かっておらぬようだな。
者ども、この馬鹿どもを片付けてしまえっ!」
マザックの再びの号令に、兵士達が襲いかかってくる。
銃撃の際に使われたあの銃槍は当然ながら普通の槍としても機能するわけで、俺達の前では敵兵達が死霊兵達を薙ぎ払っている。もちろん火槍の方も同様だ。
ヤバい、明らかに圧されている。
いかに不死身の死霊兵といえど繰り返す戦闘でボロボロになれば、手足を失なった状態となればさすがに立ち上がることは不可能だ。
俺も斃れた兵士の槍を手になんとか敵の攻撃を堪えるが、やはり授業の稽古と実戦は違う。なんとか凌ぐのがギリギリだ。
ノヴァの方にも敵が迫る。当然そっちも苦戦中だ。背後にセーニャを庇っているのでなおさらだ。
この雨さえなかったら例の火薬を使った奇術も使えただろうに……って、それだと敵側も例の銃撃が可能か。それなら今の方がまだマシだ。
だが、かなりつらそうだ。
激しい戦闘に耐えきれず、遂にノヴァの剣が折れた。
ヤバいっ!
正直ノヴァの方はまだしも、せめてセーニャを救なければっ!
「殿下っ!」
ノヴァの窮地に死霊術師の少女が駆け出す。
そしてノヴァへと槍を繰り出す敵兵に、その側面から全力の体当たりをかました。
小柄な少女の一撃だが、幸いにしてその兵士を突き飛ばすことに成功する。
だがその代償として彼女は兵達の前面に飛び出すこととなり、今度は彼女が絶体絶命の危機だ。
「ランゼっ!」
己の身代わり状態となった窮地の少女にノヴァが叫ぶ。
「くっ…、こうなったら出し惜しみなしよっ!
全力でいくわっ!」
哮る彼女がその腕を翳すと、その掌に蒼い光が輝いた。
その光は細く長く拡がり伸びていき、その光が収まった時には一条 の槍が現れていた。
どこにそんな力が隠されていたのか、猛り狂う彼女がその槍を振るうと目の前の兵達が吹き飛んでいく。
「…おい、あれってやっぱり化け物だろ…」
思わず呟きが零れる。この女、やっぱり人外だろ。
豪雨と激しい雷鳴の中、凶悪な女の繰り出す凶悪な刃が煌めく。
その地獄絵図のような少女の舞は、まるで悪鬼か夜叉のようだ。
「あら、逃げられると思ってたの?」
俺が恐怖に震える間に、遂に彼女がマザックを追い詰めていたようだ。
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
少女の突き付ける槍を前に、マザックが怯え、悲鳴を上げる。
はは…、まさかあの絶体絶命のピンチからここまで立場が逆転しようとは…。
「ふっ、どうやら慢心が過ぎたようだな、マザック」
ここでノヴァが登場。
って、これまで散々女の尻に隠れてたやつが今ごろ格好つけて出てくるか?
まあ、彼女のあの暴れっ振りじゃ、誰しも出る幕なんてなかったけど…。
「どっ、どうかっ、どうか命ばかりはお救けをっ!」
うわぁ…、こいつ、あれ外道なことをしておいて、いざ自分の番となればこれかよ…。
往生際悪く情けない命乞いをするマザックを両脇から死霊兵が押さえつけた。
よし、これで後は煮るなり焼くなり思うままだ。
「馬鹿かお前? あれだけのことをしてくれて、ただで済むなんて思ってるのか?
全く、虫のいいことを言ってんじゃねえよ、このくそ馬鹿野郎。ぺっ!」
うわぁ…、ノヴァのやつ、唾を吐き掛けてら。
こりゃあ、余程腹に据えかねてんだな。
てか、俺も同じことをしてやりたい。こいつには嫌って程怨みがあるからな。
「さて、それじゃあマザック、お別れだ」
ぷっ!
ノヴァのやつ、敢えて同じ台詞を返してやがる。
ノヴァが剣を大きく振り翳した。
「待ってっ!」
えっ⁈ なんでっ⁈
女夜叉が…いや、死霊術師の少女がノヴァを止めた。
「こんなやつなんて、わざわざ殿下が手を下す程の価値も無いわ」
いやまあそれはそうかも知れないが…。
「あっ、それなら俺に譲ってくれ。
俺もこいつには深い怨みがあるんだ」
こいつはマイダス達の仇だ。ノヴァ達にその気が無いというなら是非にでも俺が殺したい。
「悪いけどそれはできないわ。こっちにも都合があるんだから」
ぐっ…。一番手柄のこいつに言われては仕方がない。
しかしそれなら、いったいこいつをどうする気だ?
まさか命乞いを認めるってんじゃ…。
「ああ、大丈夫よ、私もこの男を赦すつもりなんて無いから。
ただ、同じ殺すならせめて最期くらい人の役に立ってもらおうって思ってるだけ」
「はあっ⁈ 役に立ってって…」
俺は少女に訊ねようとした。だが少女は何やら呟き始めて俺に耳を貸す素振りもない。
「人間五十年……」
「へっ?」
な、なんだ?
耳に届く呟きに耳を澄ませばどこかで聞いたことがあるような…。
これって確か…。
「平家物語の敦盛だね」
いやいやいや、そうだけど…。
「いや、なんでそれがこの世界で出てくんだよ⁈
これって、前世の話だろっ⁈」
俺の疑問に対する幼女からの答えにますます混乱するばかりだ。
「……一度生を得て、滅せぬもののあるべきか」
だがそんな俺達を余所に彼女の呟きは続いていき、そしてその呟きが終わった。
少女の槍が蒼く光る。
ズドン!
そしてその槍の穂先が少女の傍の死霊兵の一人の心臓を穿つ。
「なっ⁈ なんだぁっ⁈」
なんなんだ? いかに命無き死霊といえど彼女の喚び出したやつだろ⁈
こいつ、いったい何がしたいんだ⁈
「我、大いなる神の巫女の名に於いて汝、マイダス・トルシエの霊に命ずる。
その魂魄 を我が槍に宿せっ!」
なにっ⁈ マイダスだとっ⁈
少女が声を発すると同時に死霊兵が紅く妖しく輝いた。
そしてその光は胸を刺した槍へと徐々に移っていくかのように槍の蒼を紅く染めていく。
気のせいだろうか、この死霊兵、どことなくマイダスに似ている気がする。
紅き光が蒼き槍を紫に変えた時には死霊にマイダスの面影は無くなっていた。
やはり俺の気のせいか。
いや、彼女はマイダスの霊と言っていた。
魂魄を槍に宿せと言っていた。
ならば気のせいということはないはず。
おそらくだが、先ほど槍に移っていった光こそがマイダスの魂魄だったに違いない。
光が一際強くなった。そして槍に染み込むかのように消えていった。
否、ようにではなく本当に内部に宿ったのだろう。
少女が槍を引き抜いた。
マザックを押さえていた死霊兵達が、その身体を起こし仰向けにさせた。
そして少女の槍がその心臓を穿った。
ああ、そういうことか。
つまり今のってマイダスの魂を槍に宿らせることでその復讐を果たさせようってわけだったのか。なんとも粋な計らいだ。
でも役に立たせるとかなんとか言ってけど、それについてはどうするんだ?
結局こうして殺すのならば誰がやっても同じだろうにな。
まあ、マイダスに対する配慮ってことに全く不満は無いけどな。
それで終わりではなかった。
少女が続けて言葉を発したのだ。
「槍に宿りし魂魄よっ、この者より全てを奪えっ!
今より汝こそがこの者なりっ!」
はあっ⁈
それってつまり……。
決め台詞とばかりに少女が叫ぶ。
「『換骨奪胎』‼」
※1 この『一条』の『条』というのは槍を数える単位です。最近では『本』がよく使われていますが、昔はこう数えていたのだとか。
他にも『一筋』『一柄(ひとから、ひとへい)』『一槍(ひとやり、いっそう)』という数え方もあるそうです。[Google 参考]
解りやすさからいえば『一本』か『一槍』とするべきなのでしょうが、敢えて『一条』としたのは……単なる作者の気分です。(笑)
※2『魂魄』とは古代中国における概念であり、人間を形成する陰陽二気の霊なのだとか。
陽の気である『魂』は精神を司り、死後は天に昇りて神となり、陰の気である『魄』は肉体を司り、死後は地上に止まって鬼となるとのこと。
なお、それらは台光,爽霊,幽精の三魂と尸狗,伏矢,雀陰,呑賊,非毒,除穢,臭肺の七魄とに細分されるそうです。
[Google 参考]
モンスターに例えるとゴーストやレイスが『魂』、ゾンビが『魄』ってことになるのでしょうか?
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




