第21話 幼き女神と灰色の炎
相変わらずの鬱展開で薄幸薄命なキャラだらけ、遂には主人公を自殺させてしまいました。投稿を始めた時にはこんなつもりは皆無だったのになぜ?
とはいえこの辺でそろそろファンタジーらしさを入れていくつもりです。
でもこの作品、ちゃんとハッピーエンドになってくれるかどうかは作者でありながら不明です。できれば救いの無いバッドエンドは避けたいです…。
「ちょ、ちょっと……どうなってるのよっ⁈
なんでちょっと目を放してる間にパパがこんなことになってるのよっ⁈」
どこからとも現れた幼女は、その惨状を目にして崩れ落ちた。
目の前には頭部を激しく打ちつけて血を流す彼女がこの世界に転生させた人物の骸。傍には吐瀉物が未だに饐えた臭いをさせている。
「なんなのよっ⁈ いったいなんでこんなことにぃぃっ!」
誰かに殺害されたというよりも何かに絶望し自ら命を絶ったと思われる状況。いったい何が彼をそこまで追い詰めたというのか。
幼女はどこにぶつけてよいか解らぬ怒りを持て余し荒れ狂う。
そして決断する。
「うん、取り敢えずこの国は滅ぼそう。パパにこんな絶望を与えた国なんて要らないよね」
早速と立ち上がる彼女だが、この部屋に漂う黒き気配にふと気づき足を止めた。
「えっ⁈ これって…。まさか、もしかして…」
改めて周囲を窺うと、確かに彼女の知る気配だ。
何かを掬うように両掌を差し出すとそこに気配が集まって来る。
それは先ほどに感じた黒き気配。強き怨念に囚われしそれは半ば怨霊と化しかけていたものだった。そこからは深い悲しみと後悔、無念の感情が感じられる。
それらがひとつの炎を形作るが、その色は暗く燻った灰色が明滅するという激しくもどこかもの悲しさを感じさせるものだった。
「何よこれ。なんでこんなことになってるのよ。
幸い悪霊にはなってないけど、その理由がこの世界から消えたいっていう願望だなんて、そんなのあんまりに酷過ぎだよ…」
幼女の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。そしてそれは忽ちに滂沱となって流れ落ち、激しい慟哭となった。
薄暗き炎が全て集まり、そしてひとつの塊となった。
本来ならばここで怨念の浄化を施し清らかな魂へと戻すところだが、残念ながらそれは不可能だ。もし敢えてそれを行なうとすればきっとこの魂はそのまま消滅してしまうだろう。なぜならばそれが今のこの魂の持つ最も強き意思のひとつなのだから。
「ねえパパ、本当にそれでいいの?
本当に無念を抱えたままで消えちゃうの?
ただ怨みを晴らすだけの怨霊になんてなってほしくはないけど、だからってそれで消えちゃうなんてイヤだよっ。
だって、だって私…、パパに消えてほしないんだもんっ。
だからお願い、お願いだから消えるだなんて言わないでっ!
私を置いて逝くなんて言わないでよっ!
お願いだよっ、パパぁ~!」
未だに燻る灰色の炎に幼女は泣きながら訴える。
彼にはまだ必要としている者がいるのだと。
彼が消えることで悲しむ者がいるのだと。
「……全く、何なんだよお前は…。俺にはガキなんて作った覚えなんてないってのに…」
「え? もしかして……。
ねえっ、もしかして今のってパパなのっ⁈
ねえっ、お願いっ、返事をしてっ!」
炎から聞こえてきた声に幼女は叫ぶように声を上げた。
「やめてくれよ耳元で喚くのは。煩くって仕方がないってんだよ。
………って、あれ? なんか感覚が可怪しいぞ? いったいどうなってやがるんだ?」
炎から訝しむ声が聞こえる。己の現状を把握できていないなんとも間の抜けた声である。
「あっ、ちょっと待ってね。すぐに元の姿に戻すから」
先ほどまで燻っていたような灰色の炎はその色を水色へと変えていた。
正しくは水のように薄い青色だが闇色に暗く燻る灰色よりもマシといえる色合いの色である。
そしてそれは幼女の両掌からゆっくりと離れ、淡い光を伴って徐々に人の輪廓を形作っていく。
「え? おい、ちょっと訊くんだけど、足下に転がるこの死体って…」
幼女の権能により肉体を得た水色の炎は、不安を脳裡に過らせた。
「もちろんパパの死体だよっ♪」
「はは…、やっぱりか…。こうして自分の死体を見るってのもなんとも複雑な気分だな…」
陽気に答える幼女に蘇ったばかりの少年は苦笑する。
「…って、ちょっと待て。これが俺の死体だって言うんなら今の俺はいったい何なんだよっ⁈
確かにこれが俺の死体だってことはなんとなくだけど理解できる。どう見てもこいつは俺そのものだし、俺も自殺した覚えがある。
だけどそれならいったい今の俺は何なんだ?
幽霊か物の怪の類なのかっ?」
少年は混乱ぎみに訊ねる。
当然だろう。自分自身の存在がどういったものか自分で理解できていないのだから、少しでも知恵のある者ならば、仮令それが人でなくとも抱く疑問である。
「パパはパパだよ。ただ、今のパパは世間じゃ死んだことになってるみたいだから新しい体にしたんだけどね。
でも前世の姿の再現だからパパも違和感はないんじゃないかな」
「え? ……っと、それって俺がまた死んで転生したってことか? しかも前世での姿と年齢で?」
少年は訝しげに訊ねる。
その様子はどこか納得がいかなかったようでもあり、同時に納得いったような感じでもあるといったどっちともいえないはっきりとしないものであった。
「うん、そうだよ。肉体年齢は15……ううん、向こうじゃ数えだったから13歳だね。
もちろん当時と同じ童て…んぐぐぐ…」
「幼女がそんなこと言うんじゃねえっ!
全く、こいつの両親はいったい娘にどんな教育をしてんだよ」
少年は慌てて幼女の口を押さえた。一応は幼女の体裁を慮る形だが、実際のところは……いや、彼の名誉のためにやめておこう。まあ13歳であれば別に怪訝しな話ではないのだが、しかし当時の日本であればそういう話もあるいはあったかも知れないわけで…。
「……んぐぐ…ぷはっ。
両親っていうけど、忘れたのっ⁈ 私のパパはパパなんだよっ。
全く、もうっ。少しは親としての自覚ってものを持ってよねっ」
口を塞ぐ手から逃れた幼女は涙目の膨れっ面で少年に訴えた。
ただ、少年の言い分は確かである。
なぜならば前世の彼の享年は数えで15歳であり、先ほど触れかけたが彼は死ぬまでずっと童……ともかくそういうことをした覚えなど一度たりとてなく、また現世においても若干12歳の彼にはやはりそんな経験などありはしないのだから。
まあこの幼女を養女に迎えたというのならば話は別ということになるのではあるが。
「あ~、そういえばそうだったか。
てか、それよりもだ、さっき変なことを言ってたよな。世間じゃ俺が死んだことになっているとかどうとか」
少年がそう問い掛ける中、天井を揺らすような轟音が響いてきたのだった。




