第19話 ノブナガの苦悩
実のところ忘れかけていましたが 、現在主人公ケントとその友人(?)のノヴァ、ハンザの年齢は12歳です。
そして今さらですが少し補足を。
この国の婚姻に年齢制限はありません。なので極端な話、場合によっては生まれたての赤子と余命僅かな老人との婚姻もあり得たりします。当然ながら政治的な駆け引き等といった事情が原因です。
ただ、やはりモラルというか常識というものは存在するので一般的ではありません。なので成人同士の婚姻、もしくは年齢の釣り合う者同士の婚約というのが一般的です。
というわけで、前話で敵役となったマザックはいろいろとヤバいキャラとなってしまいました。
悪役といえどせめて性癖くらいはまともなやつにするべきだったと後悔中。
すまんマザック…。
「殿下っ、いったいどういうことですかっ⁈」
少女ランゼ・モリヤがまるで咎め立てでもするかのように少年に問い掛けた。
「ん? なんのことだ?」
しかし殿下と呼ばれた少年はまるで心当たりのないとばかりに首を傾げる。
「ジロンサーヴァ家のセーニャ嬢を側室に迎えたことですっ!
私に何も言わず…しかも、いきなり…。
あんまりですっ! 酷過ぎますっ!
うっ…ううぅっ……」
遂には少女が両手で顔を押さえ泣き始めたことでさすがに少年は慌てたじろいだ。
「なっ⁈ ま、待てっ、落ち着けっ。これには理由があるんだよっ」
「婚約者である私に隠してまで秘密裏に進めてた縁談にいったいどんな理由があるっていうんですかっ⁈」
「この間の謀叛事件の話は知ってるだろ?
実際はあれは濡れ衣でマザック独断による暴走だったんだよ。
で、今度はジロンサーヴァ家にまで……」
少年は忌々しそうに語る。
いや、語り始めようとしていたが部屋の扉を叩く乱暴な音に中断をすることとなった。
「全く、何だってんだ。今重要な話をしているところだってのに…」
少年が扉の錠を外し開くと、廊下に居た者は息を吐く間もなく部屋へと入り込んだ。
そして少年を確認すると窮地を告げるように叫ぶ。
「大変だっ! マザックのやつ、ジロンサーヴァ家にまで手を出しやがったっ!」
「馬鹿なっ⁈ 一応は俺の義実家 だぞっ⁈」
少年は信じられない、否、信じたくない内容にその報告を齎した人物、直属の配下であり友人である少年ハンザを睨み付けるかのように問い糾した。
「事実です。おそらくは殿下に対する牽制ってところでしょう。
こう言っては失礼ですけど、この国じゃ殿下も所詮は他所者、彼ら支援者あってこそ。
つまりは殿下も彼らにとって都合の好い傀儡であるべきと言いたいってところなんでしょうね」
ハンザの応えは少年にとって実に忌々しいものだった。事実だという答だけでも受け容れ難いことであるのに、そこから齎された臆測がさらに彼を苛つかせる。
「そ、それで現状はどうなっている? 彼らの安否は…?」
それでも極めて冷静さを維持するべく努めながら少年はハンザへと問い掛ける。
「…ざ…残念ながら…、訊問中だったセラータ様やそのご家族は…殿下や私達が不在の間にトルシエ家同様、謀叛の罪にて処刑された模様で、現在はこのお屋敷にセーニャ様の引き渡しを求める者達をなんとか引き留めていると状況と聞き及びます」
「な…なんてことだ…。まさかの懸念が現実のこととなるだなんて…。
しかし、マザックの話では家族は人質ということじゃなかったのか…?」
少年はがっくりと膝から崩れ落ち両手を床に突き項垂れた。せっかくの対策も何の意味も持たなかったという現実はあまりにもつらく、他国の王子という立場がここまで無力な存在であると思い知らされた今、遂にその心が折れそうになってしまったのだ。
「おそらくはケントを屈伏させるという目的が達成されたことで、人質の存在が必要なくなったって思ったんでしょうね。
どうせ彼も死人扱いで外部との連絡なんて取れないわけだし、もしそれを知って逃げ出したとしても今度は謀叛の生き残りとして追われる身、結局は外じゃ生きていけない立場に追い込むことで逃げても無駄って知らしめることが目的ってことなんでしょうよ」
ハンザは続けて臆測を語る。その内容は実に悪辣で容赦のないもので、それこそが正に彼の怖れ怯える権力という名の悪夢。それこそが彼が逸早く友人達を裏切ってまで寝返りを決めた理由だった。
「殿下、過ぎてしまったことを嘆くよりも今はすることがあるはずです」
これまでふたりの様子を黙って窺っていたランゼが項垂れる少年に声を掛けた。
「し…しかし……。
否、確かランゼの言うとおりだ。今の俺にはまだやらねばならないことがある。
せめてセーニャだけでも護りきらなけりゃケントに合わせる顔がないっ!」
少年は再び立ち上がった。
そして決意の基に護るべき者の元へと足を進めた。
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「貴様らっ、これは何の真似だっ!」
屋敷を前に対峙する兵達を少年は大声で咎め立てた。
「はっ! これはノブナガ殿下、失礼を致しておりますっ!」
相対する兵達の中から隊長らしき者が進み出でて来て応える。
「我らは任務により謀叛人の一族である者を捕えるべくその者の引き渡しを求めて参りました。なにとぞその者、セーニャ・ジロンサーヴァの身を申し受けいただきたく存じます」
「お前らもそのセーニャがどういう立場の者か知らぬわけではあるまい。
言えっ、誰の差し金だっ⁈」
少年ノブナガは不快さを隠すこともなく、否、敢えて露骨に眉を顰めてその隊長を睨み付けた。
「はっ! マザック・オナラブル卿にございますっ!
なお、ご不興のこと申し訳ございませんが我らの一存では仮令殿下のご命令とはいえ引くことは許されておりませぬ故、そこのところご配慮いただきたくお願い致します」
緊張しながらも機敏に応える隊長の言葉に、より一層に腹を立てるノブナガだが、所詮相手はただの下っ端の使い走りで咎めてみたところで意味もない。
「ほう? それで?
もし断わると言えばどうするつもりだ?」
それでもだからと言いなりになろう気はさらさらない。この兵士達には悪いが彼も引くわけにいかないのだ。
場合によっては受けて立つつもりのノブナガだが、おそらくはそれもないだろうと思っている。なんといってもノブナガは隣の同盟国エンドリアの第一王子だ、ここで強硬に強行をすれば両国における国際問題となることは火を見るまでもなく明らかで、まさかこの隊長の一存でそのような判然ができようもない。
「どうもしません。
あくまでも我らの任務は殿下に彼女の引き渡しを求め続けることであって武力で奪い取ることではありませんので」
「はぁっ?」
意外な返答にノブナガは続く言葉を失なった。仮令武力行使とならずともなんらかの衝突はあると思っていただけになんとも肩透かしな話なのだ。
ノブナガは考える。この隊長は何が言いたいのかと。
そして導き出されたその答に思わず笑みが溢れてくる。
「ふっ…、なるほどな。なんとも宮仕えの難しいことか。
ただ、お役目は大儀だがこちらも応じることはできない。なのでせめて周囲に迷惑にならぬよう任務に励んでくれ」
笑顔で屋敷の中へと戻るノブナガだが、しかしあくまでもこれは一時的な先延ばしに過ぎず問題が解決したわけではない。
果たしてどのような対策を執るべきか。
日の暮れる中、ノブナガの短くも長い夜が始まる。
※1 この『義実家』というあまり馴染みのない言葉は最近使われるようになったもので、嫁、または夫の実家のことをいうそうです。
因みに嫁の親族(特に義父や義祖父)は『外戚』ともいわれます。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




