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8 君を守る sideレクス




 それまでのレクスは、全く女性に縁の無い生活を送っていた。母アマリアの兄――つまりレクスにとっては伯父にあたるアーレンツ侯爵からは常々「伯爵家の当主になったのだから、早く身を固めた方がいい」と言われていたが、まだまだ友人たちと遊び歩くのが楽しかったレクスは、いつも伯父の忠告を適当に受け流していた。

 ところが伯父は強硬策に出た。自分が融資をする引き換えにと困窮した子爵家の令嬢とレクスとの婚約を決めてしまったのだ。

「どうして伯父上が融資をする条件が私との結婚になるのですか?」

 訳が分からない。

「どうしてもこうしても、お前が一向に身を固めないからだろう? ドーラ嬢は清楚な美人で評判も良い。とにかく彼女と結婚するように」

「そんな横暴な……」

 融資と引き換えということは、相手方には「断る」という選択肢が無かったということだ。そのドーラという令嬢はどういう気持ちなのだろうか? こんな形の結婚は嫌なのではなかろうか? 考えれば考えるほどレクスは気が重くなった。

 そうこうしているうちに、顔合わせの日が来てしまった。

 そしてその席で、レクスは一瞬にして、儚げで美しいドーラに心を奪われたのである。


 ただ、レクスは結婚後も独身時代の生活スタイルを変えることはしなかった。ドーラのことは好いていたが、まだまだ男同士で遊ぶのも楽しかったのだ。週に3日も4日も友人たちと飲み歩く日々。アマリアからは「新婚の妻を放って置いて!」と何度も怒られたが、ドーラは理解してくれて、レクスを束縛するようなことは何も言わなかった。ドーラはレクスの事を信用してくれたのだ。寡黙なレクスの愛情は、ドーラに伝わりにくいのではと危惧していたが、そんな事はなかったのである。ドーラはレクスの愛をちゃんと受けとめてくれた。だからこそ、レクスを信用してくれたに違いない。


 ドーラがとても寛容な妻なのだという事は、その後友人たちが次々と結婚してから更に実感することとなった。結婚した友人たちは「夜、出掛けようとすると、妻が怒って大変なんだ」「妻に『私と友人とどちらが大事なの?』と泣かれてしまって」などと言い、次第に付き合いが悪くなっていったのだ。友人たちの妻の話を聞かされるにつれ、ドーラがいかに寛容で優しい妻なのか、レクスは思い知った。そして、より一層ドーラへの愛が深まったのである。

 そして、感じたのはレクスへの優しさだけではない。ドーラは姑であるアマリアに対しても常に愛情を持って接していた。アマリアを慕い、本当によく尽くしてくれたのだ。友人達にドーラとアマリアの様子を話すと「信じられない。嫁と姑なんて仲が悪いに決まっていると思っていた。そんなに良く出来た嫁が実在するのか?!」と驚かれたものだ。


 やがて、レクスにも友人達にもそれぞれ子供が出来ると、男同士の遊びの集まりはせいぜい月に1度か2度がやっととなった。ドーラは相変わらず寛容だったが、友人たちの妻が一層煩くなったからである。「父親としての自覚は無いのかって、妻に小一時間詰められたよ」というような話を聞く度に、レクスは友人たちを哀れに思った。

 レクスは、自分の家庭は理想的だと思っていた。

 美しく優しい妻と可愛い三人の娘たち。妻ドーラと母アマリアとの関係も良好だ。何の問題もない。


 だが、末の三女カーラが2歳の誕生日を迎えた頃、ある出来事が起きた。

 その日、アマリアに4人目の予定を問われたレクスはこう答えた。

「カーラの出産時、ドーラは産後の肥立ちがあんなに悪かったではありませんか。ですから4人目は考えていません。ドーラの身体が何より大事ですから」

 すると、アマリアが急に、訳の分からない事を言い出したのだ。4人目を産ませないのならドーラと離縁して新しい嫁を貰え、何としても次の嫁に男児を産ませ、跡継ぎにしろと。レクスは驚いた。ドーラと母アマリアは本当に仲が良いと思っていたのだ。まさか母がドーラを追い出そうと考えるとは――しかも、男児を産まないと言うだけの理由でだ。レクスは信じられない思いだった。


「何を馬鹿なことを!? 私の妻はドーラだけです! 離縁するつもりなど微塵もありません!」

 レクスは母に強く言ったつもりだった。男児には拘っていない、三人の娘のうち誰かに優秀な婿を取れば良い話だ、とも言った。その時、渋々ながらもアマリアが引き下がったので、まさかその後も諦めずにいたなどとは思ってもみなかった。

 だが振り返れば、この時点ですぐに何らかの手を打つべきだったのだ。そうすれば、少なくともあんな形でドーラを傷付けることは無かったはずだ……レクスは自分の甘さを後悔していた。



 ドーラが倒れたあの日、侍女から事情を聞いたレクスは怒りに震えた。ドーラを傷付けた母アマリアを怒鳴りつけ、翌日には有無を言わさず王都郊外にある別邸に移した。

 許せなかった。

 ドーラは母を慕っていた。精一杯尽くしていた。

 以前、母が肺炎にかかり高熱に苦しんだ際には、ドーラは母の側を片時も離れずに看病をしてくれた。何日も寝ずの看病を続け、過労で倒れてしまったドーラ。母はあの時のことを忘れてしまったのか?


 母アマリアに傷付けられ、記憶を無くしてしまったドーラ。

 けれど彼女は今、失った時間ときを取り戻そうと真摯にレクスや娘たちと向き合い、毎日を懸命に生きている。


「今度こそ、君を守る」

 レクスは一人、そう呟いた。





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