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1 ドーラの結婚 sideドーラ




「レクス、また今夜も出掛けるの?」

 夫レクスの母、つまりドーラにとっては姑であるアマリアが険のある声で問う。

「ええ。母上」

 煩いなと言わんばかりに、うんざりした様子でレクスが返す。


「貴方ね。新婚なのよ? 毎晩のように友人と飲み歩いてばかりいて、妻と夕食を取る事がほとんどないなんて。いい加減にしなさい」

 アマリアは相当怒りが溜まっているようである。

「友人と過ごす時間は、私にとって大切な時間なのです」

 これまで何度も繰り返した台詞をまた口にするレクス。

「新妻のドーラを放って置いてまで?!」

 アマリアの眉は吊り上がっている。


「あの、お義母様。私は気にしておりませんから。レクス様を行かせてあげて下さいませ」

 遠慮がちに二人の会話に割って入るドーラ。

 途端にアマリアの眉が下がる。

「あぁ。ごめんなさいね、ドーラ。週に3日も4日も、新婚の妻と夕食も共にせずに友人と遊び回る非常識な息子で。きっと私の育て方が悪かったのだわ。本当にごめんなさい」

 嫁に頭まで下げる姑アマリアに「お義母様の所為ではありませんわ」と穏やかに声を掛ける。

「私、お義母様と二人でおしゃべりしながら頂く夕食の時間が大好きですのよ」

 微笑むドーラ。


「ですから、お義母様は気に病まないで下さいませ。レクス様ももうお出掛けになって下さい。ご友人をお待たせしてはいけませんわ」

「ドーラ……なんて健気なお嫁さんなのかしら。それに引き換えレクスときたら――」

 また説教が始まりそうな様子に、レクスは「それじゃぁ、私はもう出掛けるよ」と言うと、そそくさと部屋を出て行った。





 17歳のドーラは、3ヶ月ほど前に、ここゼーマン伯爵家に嫁いで来たばかりだ。

 夫となったレクスの年齢は22歳だが、彼は2年前から既にゼーマン伯爵家の当主を務めている。

 レクスの父親である前伯爵が、突然の落馬事故によって、2年前に亡くなってしまったからである。

 レクスには年の離れた姉が一人いるが、とうに家を出て他家に嫁いでいる。

 という訳で、今現在ゼーマン伯爵家本邸に暮らしているのは、レクスとドーラ、そしてレクスの母であるアマリアの三人なのである。もちろん、裕福なゼーマン伯爵家は多くの使用人を雇っているが、食事を共にする家族は三人という事だ。

 にもかかわらず、週に3日も4日も「友人と食事をする」と出掛けて行き、夜遅くまで飲み歩くレクス。

 アマリアは息子の言葉をそのまま信じて、本当にレクスが友人と会っていると思っているようだ。

 だが、ドーラは男のそんな話を鵜吞みにするほど世間知らずではなかった。


⦅きっと、愛人がいるのよね……⦆


 ただ、レクスが愛人を囲っていようがいまいが、どちらにせよドーラは文句など言える立場にはない。


 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――

 レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。

 ドーラの実家は一応、それなりに歴史のある子爵家である。だが、領地経営の才能がからっきしな父の代になってからというもの、徐々に家は傾き始め、更にここ数年続いた領地の自然災害により、抜き差しならぬ状況になってしまっていた。

 そこへ手を差し伸べてくれたのが先代から付き合いのあったアーレンツ侯爵だったのだ。アマリアの兄にあたるアーレンツ侯爵は、融資の見返りとして、自分の甥であるゼーマン伯爵家の若き当主レクスに娘を嫁がせるよう、ドーラの父に求めたそうだ。

 ドーラの母親は5年前、ドーラが12歳の頃に病で亡くなっているが、実家には頼りない父とまだ13歳の妹、そして11歳の弟がいる。父はともかく、妹と弟を守る為に、四の五の言っている猶予など無かった。

 ドーラは【牢獄】に入る覚悟で結婚を承諾したのである。

 

 だが、そんなドーラの鬱屈は、初めての両家顔合わせの席で吹き飛んだ。

 初めて会った、夫となるレクスは、大柄でがっしりした体躯の男性だった。顔立ちも男らしい。ドーラのタイプではなかったが、逞しい男性を好む女性からはモテるのではなかろうか。ただ、彼はかなり寡黙な性質らしく、顔合わせの席だと言うのに、あまり言葉を発しない。

 しかし、そんな事はどうでも良かった。

 ドーラが目を奪われたのは、同席していたレクスの母親である。


⦅……お母様!?⦆


 5年前に病で亡くなったドーラの実母にそっくりな女性が「愛想のない息子でごめんなさいね。でも、我が家は貴女を歓迎します。安心して嫁いで来て頂戴」と、ドーラに笑顔を向けたのだ。


「は、はい。よろしくお願い致します」

 もう二度と会えない、大好きだった母。

 その母に瓜二つの女性が自分の義理の母となる。

 おまけに、これから、ひとつ屋根の下で暮らせるのだ。

 ドーラの心は浮き立った。






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