四話 転機
いかにも仕事ができそうなキャリアウーマンを横目に梓は事態を飲み込めずにいた。
「大丈夫。怪しいものじゃない。私はこういうものだ。」
そんな梓のことに目もくれずキャリアウーマンは梓に名刺を渡してきた。
「...吾妻晴...政府直轄行政機関ギルド庁...」
「いかにも政府直轄行政機関のギルド庁職員の吾妻晴だ。今回訪ねる時に少々君のことを調べさせてもらったよ。」
「は..はあ」
吾妻は硬い挨拶と共に自身のバックから分厚い資料を取り出した。
「霧島梓、年齢は23歳?、性別は男?随分と年齢と容姿がかけ離れているように思えるが、君であっているかね。」
まあこの姿見ればそう思うよな。成人男性だった奴がダンジョンから帰ってきたら、こんな姿に変わり果てているのだから。
「18歳に地元の高校を卒業後、上京し5年間冒険者として生活してきたと...合っているかい。」
「あ、はい。合ってます。」
こいつには個人情報保護法など通用しないらしい。
梓の個人情報などこの女にすべて筒抜けであった。
「今回は事情が事情でね。荒業だが、君の個人情報を調べさせてもらった。もちろん君の個人情報は他の者に開示する気はない。こちらとしては少しでもあのダンジョンについての情報が欲しいんだ。単刀直入に聞くが君は第二次ダンジョン災害が起こったあの時間帯、ダンジョンに入場していたね?」
突然知らない言葉が出てきたため、梓は混乱した。
第二次ダンジョン災害...あのダンジョンの崩壊は災害への前触れだったのだろうか。
いつの間に起こっていたのだろうかと様々な疑問が頭を駆け巡った。
「はい。確かに入りましたけど...第二次ダンジョン災害!!いつ起こったんですか。」
と梓は食い入れるように吾妻に答えを求めた。
「君が安田君のグループとダンジョンに入って一時間後だ。世界中で忌々しいダンジョン災害がまた発生してしまった。地上で軽い地震が起こった後に一気に建物のダンジョン化が始まったんだ。それからギルドは人命救助やダンジョン付近の安全確保・立ち入り禁止命令やら忙しく君のところに来るまでに時間がかかってしまったんだ。」
そんなことは言い訳にしかならないなと吾妻は呟き、梓にまた質問を投げかけた。
「第二次ダンジョン災害時、ダンジョン内で何があった?他の仲間は今どこにいる?」
梓の心臓がドキンとなり、心拍数が徐々に早くなっていった。
このまま冒険者を続けるには嘘を言うしか無いのだ。
第二次ダンジョン災害後、地面が崩れて一階層分落下し、そこでイレギュラーのモンスターと出会い、梓以外が殺され、梓だけが転移の罠を踏み地上に帰還したということを。
そんな梓の主張に耳を傾け、メモをとっていた吾妻は少し不機嫌な顔をした後、すぐ顔を戻し、梓に話しかけた。
「情報提供に感謝する。ギルドとしても第二次ダンジョン災害が起こった原因・理由の解明、ダンジョン災害によるダンジョンの進化への対策を練りたくてこのような質問をさせてもらったんだ。今日は疲れている中、ありがとう霧島梓。それでは失礼するよ。」
そう言い残し、吾妻は冒険者ライセンスを梓に返し、その場を後にした。
〜〜〜〜〜〜
唐突だが、冒険者になるためには冒険者ギルドが作成した身分証、冒険者ライセンスが必要である。
冒険者ライセンスはダンジョンから発見された魔道具の一つである。
ダンジョン化が発生した直後、世界中のダンジョンから多く確認された道具であり、多くは各国が保有しているが、それ以外は国からの貸出ということでギルドで冒険者ライセンスを作成するのに使われている。
この冒険者ライセンスが身分証となり、ダンジョンに入る際、必要になってくるため、冒険者を生業としているものにとって冒険者ライセンスを無くすということは職を失うということに等しかった。
まあ、なくしても不慮の事故で無くしたということならば、一年おきに再発行できるんだけどね。
先程現れた吾妻に返してもらった冒険者ライセンスを眺めながら、ほっと安堵していた矢先、ふと自分のライセンスのスキル欄に知らないスキルが存在していることに梓は気が付いた。
「錬金術?」
長年冒険者を続けてきた梓でさえも聞いたことのないスキル名だった。自分のスマホで調べてみても「錬金術」に関する情報は何一つ見つからなかった。
ギルドが公開しているスキルにないということは新種のスキルであるということになる。
何故スキルが増えたのか、梓にはさっぱりだった。
梓はスキルの獲得の経緯についての記憶を辿り、小一時間たった頃、あの研究室で触ってしまったスクロールに触ったせいだと思い出した。
聞いたことがあった。稀にダンジョン内でスクロールが見つかることがあるという話を。
しかし、スクロールは他のアイテムとは違い、ダンジョン外に出てしまうとたちまち姿を消してしまうという代物らしい。
スクロールは使用者に特別なスキルや効果を付与するらしい。
あまりに情報が少なく、都市伝説並に思われていたらしいスクロールだが、どんな能力を梓は授かったのか気になり、一旦スクロールのことは後にした。
恐る恐る冒険者ライセンスのスキル欄の「錬金術」に触れると、そこにはスキルの詳細が乗っていた。
「錬金術」Lv.1 ・・・錬金術についてのあらゆる叡智を授ける。
<アビリティ> ・「精錬」
<作成アイテム> ・回復ポーションⅠ
・俊敏ポーションⅠ
・ポイズンポーションⅠ
「はあぁ?なんかスキルにレベル付いてるんですけど。」
前代未聞のスキルにレベルが付いているということに梓は驚きを隠せなかった。
現在ギルドが開示している情報にはスキルにレベルが付いているという現象は確認されていない。
「スキルにレベルが存在するということはステータスみたいに成長していくってこと?」
それが本当だったら、冒険者界に衝撃が走ることになる。
ステータスのようにスキルが成長するのだ。
「このスキルは他に何ができるのかなっと。」
「アビリティ?「精錬」?」
・「精錬」・・・ものから純度の高いものを取り出す事ができる
<作成アイテム> 水⇒純水
文字道理、非生物を精錬するものだった。
イメージするに工場などで不純物を含む金属を純度の高い金属に精錬するのと同義だろう。
「他には...作成アイテム...ポーション!!」
しかも回復ポーション以外聞いたことが無いポーションだ。
・回復ポーションⅠ・・・体力・身体を回復する
回復効果 (弱)
作成方法:純水+スライムの液体
・俊敏ポーションⅠ・・・アジリティを25%上げる
継続時間10分
作成方法:純水+ワーウルフの血
・ポイズンポーションⅠ・・・弱毒を付与する
継続時間10分
作成方法:純水+ポイズンスライムの液体
「なんかとっても簡単に作れるんですけど。」
梓の言う通りだった。
スライムの液体は価格で言うと500円ぐらい、ワーウルフの血もポイズンスライムの液体も大体1000円ほどだ。
こんなお手軽に作れてしまうポーションなんて存在していいのか。
回復ポーションは末端価格20万ほどで冒険者にとって保険のようなもの。
そんなものが水を精錬し、スライムの液体を加えるだけでできてしまうこれこそが錬金術なのか...
「これってずっとスライムの液体を買い占めてポーション作っていれば金には困らない...?」
金になる話を思いついた梓の目は夢を見ていた頃のように輝かしさと取り戻し、子供が親から小遣いをもらった時のようにニンマリとした顔を浮かべていた。