三話 転生
辺りを見渡すと先程までのモンスターの影はなく、あるのは古ぼけた実験器具が散乱しているだけだった。
もう回復アイテムもなく、帰還は叶わない。
運良くあの場所から脱出できたとしても、待っているのは良くて出血死、最悪モンスターに食われながら死ぬ運命を辿るだろう。
落下時に全て割れてしまったポーションは使い物にならないため、自分の腹から滴る血を眺めるしかできない。
梓の意識が朦朧とし始め、死へのカウントダウンが刻々と迫ってきている中、部屋の片隅にガラス張りになって置かれているポーションがあるのに気がついた。
「………」
もう声を発するのすらきつい。
体から力が抜けていくのを感じ、すかさず梓はポーションを取り、喉に流し込むように飲んだ。
毒でもなんでもいい。どうせこのまま何もせず死ぬんだったら回復ポーションであることに命をかけてもいいだろう。
ごくごくとポーションが喉を通り、胃の中に落ち着いた瞬間、体に異変が起こった。
体が発熱を始め、胸の動悸が止まらないのだ。
「うぐぁっ」
出血によって意識が朦朧としている中、この症状に梓は流石に意識を保つことは不可能であった。
梓はそのまま意識を失い、その場に眠るように倒れ込んでしまったのだった。
〜〜〜〜〜〜
一体どのくらい時間がたったのだろうか。
太陽の光が届かないダンジョンの地下深くのため、時間間隔がつかみにくいのもしょうがない。
ただ一つ分かることは自分はまだ死んでいないということだった。
先程のポーションは回復効果のあるポーションで間違いなかったのだろう。
不幸中の幸いとでも言おうか、梓は自分の運に感謝した。
自分の人生全くと言っても運が回って来なかった梓にまさかこんな時に運が回ってくるとは。何はともあれ自分は助かったのだ。
ようやくあの地獄の光景から逃げ切ることができたのだ。
晴天の霹靂から逃げ切った喜びと安堵を噛み締め、梓は嬉しさから声を上げてしまった。
「やったあぁぁぁぁぁ???」
自身から思ってもない声が飛び出て来てしまったことに梓は驚きを隠せなかった。
まるで女の子のような声がこの口からこぼれ落ちてきたのだ。
梓の脳内はパニックでいっぱいだった。
冷静さの片鱗も見せないようなパニック状態に陥り、梓はまた声を上げてしまった。
「は..はあぁああぁ???なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ???」
落ちていたガラス片で自身の姿を確認しようとした結果、異様に自分の視線が低くなっていることにも、気がついてしまった。
現実を受け止めたくなく、目を両目で隠し、現実逃避と言う名の思考放棄をしようとしたが、またしても今目を隠そうとしている自身の手のひらが小さいことにも気づいてしまい、梓はどうすることもできず、その場に立ち尽くしてしまった。
自暴自棄になりながらも、だぼだぼになっている服を脱ぎ、自分の横腹がきれいに治っていることを確認した梓の目に写ったのは、一般男性の体ではなく、現実で言う女子中学生、いわゆるJCぐらいの体だった。
「バタンキュー。」
変わり果てた自分の姿に驚きを隠せない梓は二度目の気絶に陥ってしまった。
こうして23歳の俺の人生は突如として終わりを迎え、新たな人生がここから始まって行くのだった。
〜〜〜〜〜〜〜
第二次ダンジョン災害によって発生したダンジョン災害には、二種類のダンジョン化が確認された。
一つ目は第一次ダンジョン災害と同じく、世界中の建物が突然ダンジョン化するというものだ。
今回の第二次ダンジョン災害も第一次ダンジョン災害と同じく世界中の建物がダンジョン化の危機に晒された。
ただし、そのダンジョン化に巻き込まれる建物には第一次ダンジョン災害で発生したダンジョンも例外ではなかったのだ。
そのイレギュラーと言える2回目のダンジョン化は第一次ダンジョン災害で発生したダンジョンが第二次ダンジョン災害に巻き込まれるというレアなケースであった。
二重に発生したダンジョン化によってダンジョン内の魔力の密度が急激に高まり、魔力によるオーバーフローを引き起こしてしまったのだ。
その結果、高い魔力がダンジョン内に充満し、その魔力に元いたモンスターは耐え切れず、多くが死に絶え、空いた隙間を埋め合わせるように、高い魔力に見合ったモンスターが出現するようになったのだ。
今回、梓たちを襲ったのも新たに出現した高い魔力を持つ高ランクのモンスターであった。
今回の出来事は梓たちにとって予期できない災害にあったようなのもだった。
〜〜〜〜〜〜〜
二度目の気絶からの覚醒を経て、梓はやっと冷静になった。
少し体を動かしてわかった。
とにかくこの体は不便なのだ。
今まで着ていた自身の服は着れず、元の体よりも運動能力が下がってしまっている。
変わってしまった自分の体に違和感を感じながらも、仕方なく自分が着ていた服をナイフで切り裂き、歪な形になった即席の布を羽織り、梓は裸足でトテトテと、研究室の探索を始めた。
研究室っぽいは全体的に埃をかぶり、実験器具のようなものが散乱しており、現代の科学でも見かけるフラスコやビーカーに似たような器具も見受けられた。
その中でも一際目立った机があるのを見つけ、梓はすぐにその場を漁りだした。
大体のものが埃まみれで使い物にならなそうなものばかりが散乱していたが、その中でも二枚の羊皮紙のスクロールのようなものは他のものとは違い比較的使うことができそうだった。
魔道具や遺物の類いかもしれないと心踊らせ、一枚目のスクロールを開いてみた瞬間、スクロールを中心に眩い光が発生した。
「ぴぎゃゃゃゃ!!!」
急なことに驚いた梓は女性特有の甲高い声を上げてしまった。
「こ...こほん」
咳払いして落ち着いた梓は先程のスクロールによる効果の発生を待ったが何も起きない、ただの羊皮紙のようだった
「期待して損した〜。」
はあぁ〜と大きなため息を吐きながら、二枚目のスクロールを開きかけた瞬間、事件は起こった。
もうこの体験は身を持って体験していた。
自分は転移に祝福されているのかと疑問が頭の中を駆け巡ってくる。
トラウマを思い出すかのように、梓は声を平らげた。
「なんだよもう!またかよ〜。」
子供の甲高い声を残し、光が梓を包み込んだのだった。
梓にとって人生二度目の転移が発生したのだった。
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知らない天井だ。梓は気がついた時には病院のベットに寝ていた。
いつの間にか梓はダンジョンから出ていたようだった。
目覚めた梓の元に看護師が駆けつけ、健康状態の確認をされた。
健康状態に異常はないようだったが、今日は病院で安静にしとけと言われたので言う通りにしておくことにした。
「健康状態は良好ね。あー、あと君が病院に運ばれた後、面会希望者が一人来たわよ。」
「めんかいきぼうしゃ?」
俺に身内はもういないはずなのだ。
「政府直属のなんちゃらかんちゃらって言っていたわ。なんかめんどくさそうね。」
「ッッ!!!」
多分今回のダンジョン探索についての調査だろう。こんな大きな騒動を起こしたのだからこうなることは予想できただろう。
絶対に面倒なことに巻き込まれる気しかしない。
ここは隠し通すに限るだろう。
実際、冒険者はアイテム発見数の虚偽報告や色んなグレーなことをしている。ダンジョン内ならば簡単に行えるからだ。
そのため冒険者にとって政府のお偉いさんやギルドの監視員等は冒険者に嫌われているのが鉄板だ。
よし!しらばっくれよう。イレギュラーが発生し、自分だけが生き延び、その後転移罠にはまり、自分だけがダンジョン外に飛ばされたということにしておこう。
梓はそういう流れでこの話を処理することにした。
一緒にダンジョン内に入った冒険者が亡くなった場合、何やらめんどくさいことになるというのは梓もよく耳にしていたのだ。
例えば、自分以外の仲間を殺し、アイテムだけ奪い、仲間がモンスターに殺されたという申告をするやつが世の中には存在するらしい。
日本では少ないようだが、海外となると虚偽申告の量は数倍に増えているという調査もでているらしい。
そのため、ギルドでは虚偽報告をなくすため、仲間が死んだ際その冒険者について隅々まで調べる仕組みになっており、疑惑をかけられた者は最悪数ヶ月ダンジョンに入ることが禁止されるらしい。
ダンジョン一筋の梓にとって数ヶ月ダンジョンに入れないことは職を失うことと同義であったのだ。
安田さんたちには申し訳ないが、これは自分が面倒事に巻き込まれないための最前の策なのである。
そんな考えを張り巡らせ、何か他にも良い言い訳はないものかと考えている梓の元に待ってましたと言わんばかりに不運は舞い込んできたのだった。
「失礼する。霧島梓ちょっとお話いいかな?」
勢いよく扉をあけ、スレンダーな見た目をしたきれいなお姉さんが自分の元に訪ねてきたのだった。