7.生贄姫は夜会という戦いに臨む。
広い部屋でリーリエは盛大にため息をつく。
正直言って気乗りがしない。だが、今夜の夜会は避ける事はできない。
テオドールとリーリエの結婚後のお披露目という名目の生贄姫晒しイベント。
『"結婚"はしてもまだ”式”も挙げていないんですけどね』
テオドールのパートナーを務める。
それが今夜の義務であることも分かってはいる。
だが、ため息しか出てこない。
「あれだけ啖呵を切ったのに、テオ様に認めていただく方法が思いつかないなんて」
リーリエは本日3度目のため息をついて、情けない顔をしている自分の姿を見つめた。
あの日以降屋敷に続く森はぐるりと結界を3重で張られていて、認められていない外部の人間の出入りができない魔術が発動しており、侵入することができなくなっていた。
無理に侵入することもできなくないが、それで魔物が都市部にでも押しかけたら問題だ。
本邸であるはずのこの屋敷に帰ってくる気配が全くないので、テオドールの職場にもこっそり顔を出してみたが、行っても討伐で遠出だの会議だので姿を見つけることすらできなかった。
カナン王国からアルカナ王国へ嫁いで2週間。
直接会うのは今日で3回目。
いきなり信頼が得られるとも、寵愛が受けられるともましてや溺愛されるとも思っていたわけではない。
だが、ここまで接触を避けられるとも思っていなかったというのが本音だ。
「何とか、テオ様を味方につけられればいいのだけど」
そうでなければ、待っている未来はきっと『破滅』だ。
「”ステータス”」
リーリエは暗い気持ちで空に向かって呪文を唱える。
空中に前世の漫画やアニメで見た液晶画面のようなものが浮かぶ。
『ステータス』
スキル鑑定を受けたものなら誰でも使える、今の自分の状態を客観的に示してくれる初歩的な魔法。
そこにはリーリエ・アシュレイの使える魔法やレベル、スキル情報が載っている。
「”偽装解除”」
リーリエはスキルのスペルに手をのせつぶやく。
解除されたそこには本来のリーリエのスキルが載っていた。
「見せられるわけがない。これが知られてしまったら、私は……」
基本的に相手のステータスは所持者の許可なく見ることはできないし、『鑑定』スキルを持っているものがいたとしてもレベルが格上の者のステータスを覗くことはできない。
仮に見られたとしても、今のリーリエのレベルでスキルの力をもって上書きした”偽装”魔法を簡単に解くことはできないだろう。
それでも不安がつきない。
なぜ、自分はこのスキルを割り振られてしまったのだろうと考えても仕方のないことを思ってしまう。
「とりあえず、今日の夜会は気合を入れて臨まなくちゃね。テオ様に接触できる数少ない機会だもの」
リーリエはステータスに偽装をかけ直し、がんばるぞと一人気合を入れた。
早めの昼食を終えてから午後は全て夜会の準備に費やされたといっても過言ではない。
今日は公式での初のお披露目ということもあり、夜会の規模もそれなりに大きい。
リーリエはぎりぎりまで主要な人物の詳細情報を頭に叩き込んでいたので、夜会の装いは侍女にされるがままに任せていたのだが、出来栄えは想像以上に素晴らしかった。
「リーリエ妃殿下、本当にお綺麗です!」
「本日の主役は妃殿下ですもの!当然ですよ。まるで天女が舞い降りたかのような美しさですね」
長くきらめく蜂蜜色の髪は両サイドの一部を編み込み、美しい宝石のちりばめられたティアラと花で纏められ、青を基調とし金糸で刺しゅうがちりばめられたドレスは、華やかだが派手過ぎず、品の良さはリーリエの美しさを際立たせていた。
鏡を見ながらリーリエは翡翠色の目を大きく見開く。
もともとリーリエは清楚系美人ではあったけれど、磨き上げ着飾ったリーリエは本当にきれいだとどこか他人事のように思ってしまう。
「ありがとう。みんなの腕がいいからだわ」
力作だわと手を取り合って賞賛し合う侍女達にリーリエは微笑んでお礼を述べる。
「リーリエ様きれー。お姫さまみたいっ!! 可愛いっ」
側に控えていた侍女見習いの少女ティナが目をキラキラさせてリーリエに話しかける。
よほど興奮しているのだろう。ネコ耳としっぽがピクピク動いていた。
「ティナ。”みたい”ではなく、妃殿下は本物のお姫さまですよ。そのような口の利き方はなりません。妃殿下、失礼な口調をお許しください」
侍女頭のアンナは凛とした口調で侍女見習いのティナを嗜める。
背筋も尖った耳もぴんと伸びたアンナを見ていると、ついこちらまで背筋が伸びてしまう。
「ごめんなさい、リーリエ様」
しゅんと垂れたしっぽから悲しみが漂っている。ネコ耳メイド服の幼女。これは反則だと悶えそうになるが、リーリエは全神経を顔面に集中して耐えた。
「アンナ、気にしないで。2人とも頭をあげて頂戴。ここには私と侍女のあなた達しかいないのだから。ティナ、褒めてくれてありがとう。お手伝いお疲れ様」
にこっと笑ってティナを撫でてやると本物の猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす。
「リーリエさま優しくて大好きっ!」
としっぽを振って喜ぶティナの姿を見て可愛いのはティナの方だわとリーリエは心の中で歓喜する。
着飾ってなければ抱きしめたいくらいだ。
「ティナ! 妃殿下もあまり甘やかさないでください」
「ふふっ、ごめんなさい。でもこの国で、こんな私に好意的に接してくれるあなた達には本当に感謝しているの。だから多少は大目に見てくれると嬉しいわ」
「もったいないお言葉です」
アンナはそう述べお辞儀をする。表情はあまり変わらないが、とがった耳の先がピンク色に染まっていることから照れているらしい。
珍しいものが見れたと微笑ましい気持ちでいっぱいになったリーリエは、この後の心理戦で疲れたらティナやアンナのことを思い出してやりすごそうと決めた。
「私の状況はあなた達の耳にも入っているでしょう? それでも平穏に過ごせているのはあなた達のお陰よ。あなた達を私につけてくれた旦那さまに感謝しなくてわね」
前世で漫画やゲームが好きすぎたせいで、妄想力が逞しくなりすぎた感は否めないが、こちらに来る前は、幽閉されたり、侍女や貴族令嬢から嫌がらせを受けたり、暗殺されかけたりといった日常を想像していたのだが、今のところ何事も起きていない。
現実はこんなものかしらとリーリエは苦笑する。
「私たちこそ、妃殿下が受け入れてくださったこと、感謝申し上げます。本来なら私たちのような者は貴人の目に触れる事も叶わないでしょうが、妃殿下は旦那さまと同様に私達をヒトとして扱ってくださる。お二人にお仕えできて私達は幸せです」
そんなことを言わないで、と言いかけてリーリエは言葉を飲んだ。
リーリエは夜会の支度を手伝ってくれた侍女達を見回す。
この部屋に純粋なヒトと呼ばれる種族はリーリエただ1人。
この屋敷の使用人はティナのような獣人と呼ばれる種族やアンナのようなハーフエルフ、その他異形と呼ばれるヒトと他種族の混血児たちだけで構成されている。
本来なら王族に仕えるなどあり得ないのだ。
彼らの存在は圧倒的多数の前で、迫害されてきた歴史があり、今なお生死が軽んじられていることを知っているから。
「私は、あなた達の能力の高さを買っているわ。あなた達が何者であれ、あなた達はその高い知性と魔力と能力で旦那さまの信頼を勝ち得ている。それは、誰にでもできることではなく、誇るべき事です」
彼らはテオドールに忠誠を誓い、ここで働くことに誇りを持っている。
ならば表面だけを撫でた薄い慰めの言葉など必要ない。
代わりにリーリエは事実だけを述べる事にした。
「あなた達のお陰で、私は今日を戦える」
ハイヒールをカツンと鳴らし、くるりと優雅に一回転して見せる。
美しいドレスも宝石も今日の夜会を生き抜くための武器。
一分の隙もなく戦闘準備は整った。
「今はまだ認められなくても、必ずあなた達が仕えることを誇れる主人になるわ。だからこれからも私に力を貸して頂戴」
そう言い切るリーリエを見て、強い意志を持った、美しいヒトだとアンナは思う。
微笑む姿は淑女そのものなのに、凛として戦いに臨むその姿は本来の主人であるテオドールと重なった。
「もちろんでございます。リーリエ妃殿下」
世間での評価はともかく案外似合いの2人かもしれない。
「ご武運を」
2人が揃ってこの本邸で過ごす日が早く来る事を祈りながら、アンナはリーリエを送り出した。
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