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6.生贄姫は旦那さまに宣戦布告する。

 テオドールとリーリエは向かい合って食事をとることにした。

 テオドールは壁に備え付けてある時計をちらりと見やる。

 随分時間を押してしまったが、後は身支度を済ませて出るだけなので、朝食をとる程度の時間は問題ないと判断する。


「それで? 何をしに、どうやってここまで来た」


 リーリエの望む状況まで譲歩したのだ。

今度はきっちり答えてもらうとばかりに話題を切り出す。


「目的は先ほど申し上げた通り、旦那さまとお話ししてみたいと思ったからです。職場に押しかけるのはさすがに迷惑かと判断しましたので」


 食事を取りつつカフェオレを口にする。

 甘いカフェオレに満足し、思わず笑みがこぼれる。自室に常備できるようにどうにか取り入れようとリーリエは心に決める。


「賢明な判断だ。で、どうやってここまで来た?」


「走ってきました。なかなかの距離で久しぶりにいい運動になりました」


「正直に答えろ」


 怒鳴るわけでも脅すわけでもない口調なのに、背筋が凍るほど冷たい声音。

 オッドアイに宿る強い眼力。

 初めて顔を合わせたあの日と同じ。

 戦場で強い殺意とともに彼に射抜かれたら、誰しも足がすくんで隙ができてしまうのではないかと思う。

 そんなテオドールの圧を一身に受けながら、リーリエはただ微笑んで、


「事実です」


 と簡潔に述べた。


「旦那さまだって、”瞬歩”で移動されているではありませんか」


 驚いた顔で見返してくるテオドールに、リーリエは続ける。


「瞬歩、疾風、暗歩、武空は移動の基本ですものね」


 早く駆け抜ける”瞬歩”

 一瞬で間合いを詰める”疾風”

 音もなく近づく”暗歩”

 空を蹴って対象との距離を詰める”武空”

 これらは身体強化魔法であるとともに騎士団に所属しているものが一番最初に学ぶ技術だ。

 その単語が令嬢の口からすらすらと出てきたことに素直に驚きを覚える。


「我がアシュレイ家は風と水の加護を受けております。これでも私公爵令嬢なので幼少期より多少なりと魔法に関しては訓練してますから。風魔法は極めるといろいろできて便利なのですよ」


 とリーリエはそう付け足した。

 風魔法を極めれば移動手段の幅は格段に広がる。幼少期からスキルを磨き続けた結果、さすがに空は飛べなかったが、時速70キロで駆け抜けることくらいは文字通り朝飯前にできるようになった。


「少しは私に興味を持ってくださいましたか?」


 そして少し寂しそうにリーリエはそう尋ねた。

 リーリエの言葉の意味を図りかねて黙って見返してくるテオドールにリーリエは静かに告げる。


「結婚して今日で7日です。私、これでも毎日待っていたんですよ? いつ旦那さまが来てくださるのかなって」


 毎日、毎日指折り数えて待っていた。

 だがテオドールが本邸に戻ってくることは一度もなった。


「ずっと会いたかったんです。私はまだ旦那さまのことを知りません。知りたいんです」


 前世の記憶があるので、知識としての彼は知っている。

 でも目の前にいるテオドールは画面の向こうのキャラクターではない。彼が何を思い、考え、ここで生きているのかリーリエは知らない。だからこそ、自らの足で会いに来たのだ。


「お前は、カナンとアルカナの生贄だ。便宜上俺に嫁がされただけのな」


 婚儀の日、すべてを見透かしそうな翡翠色の瞳を初めて見たときに思った。

 カナン王国一番の才女と言われた彼女は、本来死神と称される自分の隣にはふさわしくないと。


 ”生贄姫”


 まさにそのとおりだ。


「俺と馴れ合おうとするなといったはずだが? 生贄姫」


 テオドールは自嘲するような口調で言葉を吐き出す。


「死神に近づくと死期が近づくぞ」


 この黒髪も不揃いな目も不吉と言われ、忌み子として疎まれた自分の居場所は常に戦場だった。


 ”死神”


 戦場を渡り歩くうちにいつしかそうよばれるようになった頃には、両手は赤く染まっていた。

 好奇心で近づけば、きっとこの翡翠色の瞳は何も映せなくなるだろう。


「お前と関わる気はない。その代わり好きにしろ」


 この婚姻は、彼女に幸せをもたらしたりはしない。

 それでも国のためにすべてを飲み込んできた彼女にできることは、なるべく自分と関わりのないところで平穏な日常を享受できるように取り計らうことだけだった。


「……旦那さまのお考えは分かりました」


 リーリエは残っていたカフェオレを一気に流し込み、ダンっと大きな音を立ててテーブルに乱暴に置いた。

 その仕草は淑女からはかけ離れたものだったが、この場にそれを叱るものはいない。


「ですが、私はあなたに守られるべきお姫さまになる気も、あなたの側にいる事で死ぬ気もありません」


 捲くし立てるように早口でそういったリーリエは、机を叩いて立ち上がるとテオドールの前に立ちはだかった。


「あなたまで、"死神"だなんて自分のことを貶めないで」


 呆気に取られているテオドールから目を逸らすことなく、見つめる翡翠色の瞳はひどく傷ついた色に染まっていた。


「決めました。私の価値は、自分で示します。今までもそうしてきたし、これからもそうです。私は、リーリエ・アシュレイ・アルカナは、旦那さまの言いつけ通り好きにさせていただきます。そしてもし、旦那さまのお役に立てたなら、その時はどうか名前で呼んでくださいませ」


 リーリエはそうテオドールに宣戦布告し、初めての朝食を終えると別邸を後にした。

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