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4.生贄姫は好きに生きることにした。

『なんて、綺麗な人なんだろう』


 男の人に対する表現として適切かどうかはわからないが、リーリエの中に浮かんだ第一印象はそれだった。

 もともとその存在は知識として知っていた。なぜなら前世のゲームの中で、彼が一番の推しだったのだから。

 この世界では珍しい漆黒の髪に深い碧と琥珀に近い金色のオッドアイ。

 中性的で整った顔立ち。

 細身で鍛えられた体躯は一分の隙も無い。

 彼を形成するどのパーツも、綺麗という言葉が当てはまり、それゆえに、形の良い眉が顰められ、眉間に刻まれた皺と絶対零度を伴った訝しげな視線が一層威圧感を強めていた。

 好感度は最悪と言ってもいいだろうこの状況は、彼の異名を知っている並の令嬢であれば失神するか、すくみ上がって声すら出てこなかったのではないかとリーリエは苦笑する。


「お初にお目にかかります。リーリエ・アシュレイと申します。ふつつか者ではありますが、どうか末永くよろしくお願いいたします」


 だが生憎とそんなことで怯むほどか細い神経を持ち合わせていなかったリーリエは、文句のつけようがないほど美しい動作で挨拶をして見せた。

 願わくはほんの一握りでも今日から夫となるこの人から興味を向けてもらいたくて。


「この結婚は、政略結婚であり、アルカナと貴国との契約によるものだ」


「その通りでございます」


 イケメンは声までイケメンなのかとこの場にそぐわないことはもちろん口に出せるはずものないので、リーリエはにやけそうになる顔面を全力で引き締め、無難な解答を口にする。


「私は和平の名の下にこの国へこの身一つで参りました」


 この契約は対等な関係として結ばれたものではなく、カナン王国が不利な状況での落とし所の一つとしてなされたものであることはもちろん理解しているし、生贄姫と囁かれていたことも、自国へ帰る道がないことも承知している。

 が、残念ながら送り込まれた本人は全くもって悲観などしておらず、むしろ手を尽くしてようやくここまできたのだ。

 できる事ならば『生贄姫』などと不名誉な称号今すぐ返上したいくらいだ。

 そんなリーリエの胸の内など知るはずもない周囲からは、気丈に振る舞う淑女の鑑として讃えられていたので公爵家のためにそのままの認識で放置し、今に至るのだけど。


「この婚姻を以て両国の民が健やかであることはもちろん、私個人といたしましてはテオドール様と良き関係が結べればこの上なく幸せです」


 望んで自らここにきたのだと、リーリエは淑女の仮面を被ったまま素直に伝えてみる。

 淑女の仮面は長年培われた王妃教育の成果として、所作も含め完璧だった。

 だが、テオドールの眉間の皺が一層深くなったことで彼には響かなかったようだとリーリエはすぐに悟る。


「名で呼ぶことを許可した覚えはない。立場を間違えるな。でなければその首、すぐに飛ぶことになるぞ」


 低く冷たい声は淡々と事実を語る。


「この平穏な日々は薄氷の上に成り立っていることを肝に銘じておけ」


 青と金の双眸がリーリエの真意と覚悟を曝け出させようと覗き込む。


『死神』


 ヒトが彼のことをそう呼んでいるのだと、リーリエは今初めて実感した。


「俺と馴れ合おうとするな」


『死神は眼力だけでヒトを殺せる』


 過去に読んだ文面が思い起こされ、リーリエの全身に鳥肌が立つ。


「この婚姻生活を続ける条件は1つ。アルカナで死ぬな。自国を護りたいならな」


 テオドールの射抜くような視線と彼をとりまく張り詰めた空気を一心に受けたリーリエは、翡翠色の瞳を見開き両足に力を込める。

 そうでなければ崩れ落ちてしまいそうだったから。


「あとは好きにしろ」


 それだけ告げるとテオドールはリーリエから視線を外し、ドアに向かって歩き出した。

 リーリエは1つ深い呼吸を行い、自身を落ち着けると部屋から出て行こうとするテオドールの背中に語りかけた。


「では、そのようにいたしますわ。旦那さま」


 テオドールは振り返ることも声をかけることもなく、静かに部屋から出ていった。

 完全に人気がなくなったことを確認してから、リーリエはその場に座り込んだ。


「ふふ、あはっ、はははっ! まだ指先が震えてる」


 そう言って震える自身の指先を両頬にあてる。淑女の仮面を外したその顔は恐怖ではなく、むしろ高揚感と多幸感に歓喜していた。


「本物! 本当に本物のテオ様だわ! イケメンは睨んでも画になるのね。なんてかっこいいのかしらっ」


 リーリエはなぜこの世界にカメラが存在しないのかと心の底から悔しく思う。


「ふふっ、それになんてお優しい? 憎まれ役モードのテオ様素敵過ぎるっ」


 『死神』と呼ばれる彼のバッググラウンドを知っていなければ、あるいは自分が普通の令嬢であったなら、額面通りの言葉を受け取って絶望していたかもしれない。

 だが、リーリエは知っている。

 死神王子と言われる彼が誰よりも『死』を嫌い、優しい心根を持っていると言う事を。

 リーリエはテオドールの言葉を反芻する。

 テオドールには敵が多い。

 テオドールと親しくしている様子を見せれば、リーリエが狙われる可能性があがる。

 リーリエが害されれば瞬く間に開戦となるだろう。

 戦争の理由を欲している輩はアルカナにもカナンにも存在しているのだから。

 そして、そんな状況にリーリエが病み壊れないように憎しみを向けられる対象として自分を差し出し、本来人質であるはずのリーリエに好きにしていいと自由まで保証した。


「さて、とテオ様直々に言質も頂いたことだし。好きにしていいというのなら、お言葉に甘えましょうか?」


 かくしてリーリエは淑女の仮面を剥ぎ取り、好きに生きることを決めたのだった。

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