2.生贄姫は前世を思い出す。
彼女がリーリエ・アシュレイとしてカナン王国のアシュレイ公爵家に生を受け、前世を思い出したのは、7つの誕生日の前日だった。
この国では7つになると神と対話しスキルを授かるのが習わしとなっている。とは言え実際には神に会うわけではないし、啓示を受けてからスキルが発現するわけではない。
スキル自体は生まれつきその体の内に眠っており、本人の成長とともに開花する。
実際リーリエに魔力が備わっていることは、彼女が生まれたときから分かっていたことだったし、勉強熱心で好奇心旺盛な彼女が7つになるより早く自身の魔力を制御し、魔術を使いこなせるようになったのは必然であった。
神殿で神官からスキル鑑定を受け、自身の属性を知り、将来の進路の指針とする意味合いの方が大きく、リーリエも例に漏れずそうなるはずだった。
だが、彼女はスキル鑑定を受ける前に命を狙われ、自身の立ち位置が『死』に近い場所にいるのだと悟った瞬間、偶然にも思い出してしまったのだ。
自分には前世というものがあったことを。
『……死にたくないっ! 今度は、こんなあっさり、死ぬなんて嫌っ!!』
暗殺者から向けられた鈍く光る刃先と前世でいきなり襲われて殺された刃物の痛みが重なる。
『だけど、私は、もうあの時の"私"じゃないわ!』
7つを迎えるまでに強迫観念にも似た思いで魔術の鍛錬を積んだ日々は、この日のためにあったのかもしれない。
暴走しそうになる魔力を抑え、恐怖に打ち勝ち、暗殺者を返り討ちにしたとき、リーリエは血だまりの中で今の自分にないはずの出来事を思い出していた。
この世界を『私』は知識として知っている、と。
前世があるとはいえ、人1人分の前世の記憶をすべて思い出せたわけではないが、違う世界で生きた自分はあるゲームにはまっていた。ここはその世界に類似している。
登場人物、家族構成、スキル属性などなど。リーリエは思い出せる限りの記憶を呼び起こし、この国や世界に関する出来事を時系列に並べた。そして自分の立ち位置を把握する。
「なる、ほど……私はこのままだと破滅まっしぐらですね?」
数年後この世界では戦争が起きる。そして我が国は敗北し、自分は人質の意味も含め、敵国アルカナへと送られる。
カナン王国には姫がいない。いるのはアホな第1王子と残念な第2王子とまだ生まれて間もない聡明な第3王子。
初代アシュレイ公爵は建国時の王の妹姫が降嫁された由緒正しい王族の血筋なので、和平という名の生贄として隣国に嫁ぐのはまず間違いなくリーリエだ。
ゲーム上でもそうなっていたし、たしかアホな第1王子からの断罪イベントもあったはず。第1王子には興味がなかったので、その辺はどうでもいい。
自国の将来は賢王と聡明な第3王子と父たち家臣にまかせるとして、自分の取るべき行動は何が最善か?
「さて、どうしましょうか?」
今の家族も大切だし、自国にも愛着がある。だけど心に浮かぶのは、後悔の念。
「『私』は、あんなふうに死にたくはなかったのです」
この世界よりもずっと平和で、治安もよかった世界で生きていたはずの前世の自分はあまりにあっけなく『生』を刈り取られた。
安全圏なんて本当はどこにもないのかもしれない。
明日がくるって、本当はとても奇跡的なことなのかもしれない。そんな風に考えたとき、リーリエの頭には一つの結論が浮かんだ。
「うん、やっぱり平和が一番ですね。今世は平穏な毎日を送ることを目標にしましょうか? 今度はしわくちゃで白髪いっぱいの絶世の淑女になるまで」
そして結論にもう一つ矢印を加える。
「そして、可能なら彼と一緒がいいですわ」
矢印の先に書いた名前は『テオドール』
これから自分が送られる先にいる、前世の自分の最推しの名である。
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