ネタバレからいうと自業自得・2
ドアを叩く音、続いた先触れの声に国王が入室を許可すると、彼の妻、王妃が執務室に入ってくる。
そのまま優雅に淑女の礼をとった王妃は、国王からの休憩中であるから楽にするようにとの声でやっと顔を上げ、表情も崩した。
「その様子では、すでに話を聞いていそうだな」
「はい。陛下」
沈痛な面持ちの王妃は、持っていた書簡を国王に差し出す。
「隣国次々代の女王陛下におかれては、種はいらぬ、とのことです」
「種だけか」
「はい。種ならばすでに心を通わせた夫から時期を見てもらう、と」
その言葉に、第二王子は喜色を浮かべた。
「あの女、不貞を働いていたのですね! だk
パン なんて、軽い音ではなかった。
ガンッ と、硬い物を使って強い力で打ち据える音だった。
「その不愉快な口を閉じなさい」
吐き捨てるとの言葉通りの声でそう言って、王妃は軸に鉄を入れた護身用の武器でもある扇を、パラリ、優雅に開いて口元を隠す。
「女王の腹から生まれた子ほど、その血をたしかとする者はいません。どこの種かなど、大きな問題ではないのです」
無論、陵辱などといった悍ましい結果なら話は別だが、次々代の女王である隣国王女には国元に側近が複数おり、その中でも侯爵家の次男とは幼い頃から想いを交わしていることは、公にされてこそいないが隠されてもいない事実だ。非常に優秀と国境を越えてきこえてくる側近との子供をこそ望む隣国の国民は多く、また、想い合う恋人がいながら国の為に政略結婚をしなければならないと、隣国では第二王子はよくて当て馬の扱いだ。
隣国に入婿となる第二王子がほんの少しの関心を持って情報を集めればすぐにわかるくらいに、隠されていない話である。
「だいたい、お前こそが不貞を働いておきながら、恥を知らないにも程があるというものです」
「っ」
「王妃、それは」
息を飲んで青ざめる第二王子の表情から不貞行為があったことは決定として、どこの誰とだ。と、問い掛けかけた国王に向き直った王妃は、つい先ほど渡したばかりの書簡を見下ろした。
「すべてはそちらに。また、それは本日隣国王女殿下よりいただきました」
「……」
よりによって婿入りをする先に筒抜けであることに、国王の瞳からハイライトが消える。もういっそ読みたくないが、読まないわけにはいかなずに、書簡を広げた。
「隣国からは、そちらに上げられた令嬢たちをそれ相応の役として雇いたいとの意向を伺っております。先王にいまだ侍る親の意向もありましょうが、婚約者ですらない者に肌を許すような者にふさわしいお役目だそうです」
「渡すのは構わんが、お手つきをか?」
「芽吹くことはない。とのことです。隣国に移ってから芽吹かせないが正しくなりますが」
その言葉の意味するところに、これまでに察してはいたが決定的になった。と、国王は眉間を指で強く解すように押す。
「種がなければ芽吹くことなどない。これまでも、これからも」
「はい」
両親である国王夫妻の言葉を痛む頬を押さえながら聞いていた第二王子は、自分にとって良からぬ空気に無意識に半歩後ずさった。
『種がなければ芽吹くことなどない』
それが意味するところは、
「早馬で取り寄せているそうです。近日、いえ、明日には届きましょう」
「ならばしばらく学園には通えんな」
「はい。陛下」
淡々と積み上がる言葉に、堪らず第二王子は叫んだ。
「俺は正常です! 種がないなどっ」
「隣国の恩情だったのだ。人質とはいえ王配としてお前を迎え、お前と隣国王家の子を今度はこちらが貰い受ける。その子の教育も本来なら隣国のものでなく、こちらのものであったはずだった」
正直、寛大どころでない対応だった。戦勝国である隣国は、自国の王家に連なる者を敗戦国に王太子として受け入れさせ、王家を乗っ取ることもできたのだ。それをこれほど回りくどいことをしようとしたのは、それをすれば反発が多いこと。ちょうど年の変わらない子供が両王家に生まれたからだ。強引に乗っ取るよりも、実質的な属国として取り込んでいく方がいいと判断されたからだ。
「それを、お前が壊したのだ。王太子の孫かそのさらに子の代に、我が国が隣国王家の血を引く公爵家の領地となっていなければいいな」
「そ、そんなこと、そんなことさせません。俺の、私の子は私が我が国の」
「種無しに子ができるはずがないでしょう?」
冷ややかな声だった。冷水を頭の上から浴びせるような凍える声だった。決して、親としての温かみなどない声だった。
「ですから、俺は正常ですっ」
血走った目で自分を睨む息子に、王妃は扇を短刀のように真っ直ぐに突きつける。
「いいえ、お前は近日中に高熱に倒れ、子を作る力を失うのです」
「え?」
「ですが、陛下。私はそれでは足りぬと進言いたします」
ぽかん、と、口を開いた呆けた顔を晒す息子を見つめたまま、王妃は国王に告げた。
「先王の消えぬ執着は、種を無くしただけだからでしょう。すべて奪うべきであったのだと思われませんか? 先王たちが隠しているつもりの悍ましい玩具を使う気が起こらないように、すべて奪うべきだったのです」
妻である王妃の常にない強い言葉に、国王が遠いところを見るような目をして、その脳裏に王妃の言う悍ましい玩具を思い浮かべる。相愛の相手でも使うのはどうなんだ? という、アレな代物だ。
「勃つものがなければいいのです」
「王妃」
とてもとても、女性としては国で一番の地位である王妃の言うことではない。だが、貴族女性として育てられたがために語彙がないだけで、平民と同じ言葉を知っていればもっと激しく王妃は罵っていただろう。
「母上はそれほど俺が嫌いなのですか!」
「当たり前です。お前のせいで不貞を疑われ続け、とうに親子の愛など擦り減り、今日の隣国王女との茶会で尽きました」
「は? え? 不貞?」
「あれほど言ったでしょう。離宮に行くのは止めるように。先王に会うのは止めるように。それを無視し、王宮にいるよりも離宮にいる時間が長いお前のせいで、私が先王の子を産んだなどと言われ続けてきたのですっ」
嘘だろう。と、第二王子は父親を見た。見て、すぐに顔を俯けた。
そんな息子を忌々しそうに睨み、王妃はいままで生きてきた中で精一杯の罵声を浴びせる。
「えぇ、本当に、親子のようによく似ていること。女を陵辱すれば自分の言いなりになるだなんて、悍ましい」
そんな種、残す必要なんてないでしょう。