事件発生当日~暁~
東京都千代田区永田町
総理官邸
危機管理センターでも消防士がコンビニで買い物をしていた事実を確認したが、それ以上にテロリストと思しき人物の通報が相次いで混乱に陥っている事が報告されていた。
その原因はSNSでのデマが原因で見た目がガテン系の人物がテロリストと思われており、その人物がコンビニの店内で暴れている動画や、ゴミ箱に分別していないゴミを捨てている画像がアップされていた。
そして、SNSではテロリストと思しき人物の特徴が書かれていた。
「消防士の買い物とテロリストと思しき人物を疑う書き込み、棚橋マキさんへの誹謗中傷・・・SNSが原因での混乱が起きているな・・・」
「棚橋マキさんが自殺を図ったらしい。救急に確認してくれ」
「各消防署にコンビニでの買い物に関しての事実確認をしてください」
「テロの第五波、第六波の対策を立ててくれ」
危機管理センターではSNSの書き込みを解析し、次の会見で発表が出来るように準備を進める。
そんな中、テロリストのボートを追跡し、自爆に巻き込まれた巡視船"こやす"の状況が伝えられた。
一報を秘書官から渡された書類で見た銀太郎は「そうか・・・」と深くため息をついた。
「・・・第三管区海上保安部、横浜海上保安部所属の巡視船"こやす"は、テロリストの船舶の自爆に巻き込まれ、沈没した。乗組員のうち、テロリストのボートに接舷した際にボートへと飛び込んだ伊藤一等海上保安士、国分二等海上保安士の両名は爆発に巻き込まれ、死亡が確認。その他の海上保安官は船から脱出し、同じく追跡をしていた"しおだ"、"かのおや"に救助された」
銀太郎は資料を読み上げた。
そして、補足するように海上保安庁長官の伊原がテロリストのボートに関しての報告をする。
「なお、テロリストの船舶に関しては後日、引き揚げを行う。自爆を図った時点でテロリストは死亡したものと見る・・・」
危機管理センターの職員や官僚らは静かに死亡した海上保安官に黙祷を捧げた。
そして、事件の全容解明が出来なくなった現実を受け入れる事に形容しがたい敗北感を味わった。
――――――――――――――――――――
東京都千代田区
警視庁本部庁舎
危機管理センターから捜査本部である警視庁公安部へチームの解散が告げられた。
理由としては「テロリストの自爆によって全容解明が不可能になった」という事であった。
公安調査庁の職員らも撤収する準備をし始めた。
「・・・こんな時間まで申し訳なかった。お疲れさまでした」
神田や征陸はオブザーバーである和己たちに頭を下げた。
時刻はすでに21時を回っており、朝からずっと詰めていたフミやマコ、勇作はどっと疲れが出てきた。
今までアドレナリンで動いていたので疲労に気付かなかったのだった。
しかし、結果は逃走を図った主犯格であろう被疑者の死亡と言う事でカタがついてしまい、他の逃走すら出来なかった実行犯から話を聞き出す事になるが、ここからは警察の仕事になる。
「ここまで協力したので、後日、報酬をお支払いいたします」
国家の機関にしては破格の報酬に驚いてはいたものの、それぞれ報酬の受け取りは変わっていた。
「私は満額でいただくつもりはありません。お気持ちの分だけ、受け取ります」
マコは報酬の受け取りを拒否した。
それにフミは驚くも、神田や征陸は「そうですか・・・」とあっさりと受け入れる。
「僕は満額いただこう。まずは、本部との契約を打ち切る。違約金が発生するはずだからね。おつりが来たら、それはクルーに生活費として渡していく。遺族にも渡すことにする」
逆に勇作は満額もらうことにし、フミはどうするか決めかねていた。
それを察してか、神田は「報酬は満額でなくても良いですよ。物品等でも大丈夫ですし、いつでもご連絡ください」と名刺を渡した。
この時、その名刺には本当の名前である"三浦鷹志"と記されていた。
それを見たフミは神田こと三浦の名刺の事を指摘する。
「あの・・・名前が違うんですが・・・」
「申し訳ないです・・・職業柄、情報提供者である皆さんの前では偽名を使っていました。本来は三浦と言います。しかし、もう皆さんは我々にとっては情報提供者ではなく、同じ事件を追った戦友です。これからは公安調査庁の三浦として、よろしくお願いしますね」
改めて三浦と名乗った事で和己はある事も察した。
「沖縄にいるヤツもそうなのか?」
「はい。彼は春日ではなく、喜久川と言います。元々、彼は沖縄出身ですがね」
そうなのか、とタバコを吸いに席を離れている沖縄にいるもう一人のオブザーバーである正恭が座っていた画面を見た。
そういえば、とフミとマコは恐る恐る和己が今回のオブザーバーを引き受けた条件を訊いた。
"人を一人、この国から消す"という物騒な条件で引き受けていたのがずっと引っかかっていた。
「あの・・・玉置さんは、報酬って何なんですか?」
「あ?」とすごまれたのでマコは訊くのが怖くなったが、神永がそこへ割って入り、「代わりに話します」と2人の方に向いた。
「沖縄にいるかつての恋人を、安全な国外へ退去させてほしいという事でした。ただし、いつか自分に危害が及び、それで飛び火するのを防ぐために死亡したことにして、ですが・・・」
意外な理由に驚き、フミとマコは顔を見合わせた。
そこまで話されては、と和己も口を開いた。
「この国はもう、安全じゃないかもしれない。いつ、自分がかつて愛した女がテロに巻き込まれるかわからない。だったら、どんな手段を使ってでも逃がすだけだな、と思っただけだ」
ちょっと引きながらも、フミとマコは和己の「愛した女のため」という理由に人間臭さを感じて少しホッとしていた。
和己はため息をついて、引っかかっている事を訊く。
「事件自体は被疑者死亡と言う事で幕引きかもしれないが、SNSでは混乱が続いている。どうするんだ?」
和己はスマホを見せながら、三浦や征陸に訊くが、三浦が和己のその疑問に答える。
その混乱と言うのは「消防士が事件中にコンビニに立ち寄って買い物をしていた」、「助かったコンビニ店員が自殺を図った」、「本当にテロリストは死んだのか」、「まだ残党が残っているのではないか」、「第五波があるのではないか?」など不安を吐露する書き込みが目立っていた。
「こういうことに関しては、我々は極秘の部隊を用意している。加えて、今は事実を確認している。多少、時間はかかるが、払拭は出来る」
三浦の言葉通りになったのは夜明け頃になってからだった。―――――――
――――――――――――――――――――
東京都千代田区永田町
総理官邸
翌朝7時、全ての事実を確認しての会見が開かれる事になった。
テロを警戒して、都内でまだテロが発生していない地域はパトロールが強化された。
中でも渋谷や秋葉原、新宿などは人が多く集まるという事でDJポリスや機動隊による巡回が行われている。
それ以外の場所も陸上自衛隊がカバーする形で警戒が続いている。
また、海上保安庁による東京湾での引き揚げ作業が始まっており、民間業者の引き揚げ船が現場海域に向かっていた。
「順を追って発表させていただきます」
官房長官の尾関が記者団の前に立ち、発表を始めた。
「まずは昨晩、東京湾へ逃走を図ったテロリストですが、現在、引き揚げ作業を行うために民間のサルベージ船がテロリストの船舶が沈没した海域で天候を見つつ、昼頃から作業を開始する予定です」
尾関は先に"テロリストの死亡の有無"に関しての発表から始めた。
現段階では船舶の引き上げを行わないと何もわからない、が答えであった。
「続いて第五波ですが、警視庁や陸上自衛隊が警戒を続けることになります。特にコンビニの店舗には休業要請を引き続き、行っていくよう呼びかけるつもりです」
その発表に週刊ゲンザイの記者である金平は反応した。
手を挙げようとしたところですぐに尾関は「質疑応答は後程、行います。しばしお待ちください」と制止した。
舌打ちをしながら金平は手を下ろし、渋々会見を静かに聞く。
「それに関連しまして、SNS上では無実の方をテロリストではないか、と疑い、コンビニ店舗内でのトラブルが相次いでいます。基本的にコンビニ店舗は全店舗、撮影禁止ですし、またコンビニ店舗のルールに従ってゴミはちゃんと分別し、ゴミ箱を利用していただくようお願い申し上げます。これは政府からの要請です」
尾関はすっと前を向いて映像を視聴している視聴者に向けて訴えかけた。
「続いて唯一、助かりましたコンビニ店舗の従業員であります、棚橋マキさんですが、現在、病院にて入院をしているとのことです。ただし、ご家族は現在、政府が用意した場所にて静養しておりますので取材の方は控えてくださいますよう、お願いいたします」
尾関はマスコミに向けてマキへの取材を控えるよう要請し、頭を下げた。
それを無視するように金平は「どこで静養なさっているのでしょうか?」と訊くが、尾関はそれを無視した。
「最後に、消防士が他のコンビニ店舗に立ち寄り、買い物をしたことですが、こちらは事実です。しかし、買った物はおにぎりやサンドイッチ、飲み物と言った飲食物です。現場から現場へ向かうため、その合間に取れる軽食として購入したということです。以上で会見を終了し、質疑応答を行います」
質疑応答に移り、さっそく金平が手を挙げた。
金平としては訊きたいことが山ほどあり、独占してでも訊こうとしていた。
「日刊ゲンザイの金平です。質問します。渋谷や秋葉原、新宿などは警視庁の警察官による巡回ですが、その他の場所は人手が足りないという事で陸上自衛隊が担当するようですが、それは自衛隊が自国民に銃を向ける事に他なりませんか?」
「相手は、国家の安全を脅かしたテロリストです。自衛隊の出動は適切と考えています。また自衛隊の役割はあくまでも警察の補助であり、基本的には所轄署と連携して捜査にあたっています」
「国家を脅かす相手なら、殺しても構わない、と言う事でしょうか?」
「いえ。身柄を拘束し、全容解明を目指します」
「そうですか・・・では、棚橋マキさんの件についてお聞きします」
「棚橋マキさんは昨夜、自宅で手首を切り、救急搬送され、現在は病院で治療を受けています。それ以上の事は答えることは何もございません」
「・・・では、消防士が買い物をしていた件ですが、この緊急時にコンビニに立ち寄って買い物をしていたというのは問題があると思います」
「消防士は補給のためにコンビニ店舗へと立ち寄りました。購入した物も軽食程度のものとなっています」
「しかし、あの場では適切とは言い難いことだと思います」
「では、金平記者としては消防士は飲まず食わずで過酷な消火、救出活動にあたれ、とそういう事でしょうか?」
「質問を質問で返さないでください。私は緊急時に買い物に行く行為が間違っていると言っているんです」
尾関と金平がもはや言い合いになり、険悪な空気になったのを察した司会役の官僚が「会見は以上となります」と切り上げさせ、ヒートアップしている尾関を他の官僚が退場させようと促す。
しかし、金平は「逃げるんですかぁ?」と大声で煽るも、それを無視する形で会見は強制的に終了した。
――――――――――――――――――――
東京都台東区浅草
東洋ニュースコム東京支社
名古屋に本社がある東洋ニュースコムの東京支社では会見場に入れなかった理佐達、東京支社の記者らが会見を見ていた。
理佐の後輩であり、元キー局のアナウンサーだった中野葵と取材に行く準備を進めながらだったのだが、自然と手が止まっていた。
「理佐さん!この会見ですけど、SNSでこんな感じになってます・・・」
葵は理佐にスマホを見せた。
SNSでは「#東京コンビニテロ政府会見」のハッシュタグで金平を批判する書き込みが相次いでいた。
その書き込みは「金平って記者は態度悪い」、「正真正銘のマスゴミ」、「何でこいつ政府の会見場に出入り出来てるの?」と辛辣な意見が飛び交っていた。
その一方で「消防士が買い物に行くのはしゃーないか…」、「こういうマスゴミのせいで棚橋さん、追いつめられたんだな」などの理解を示す書き込みが見られるようになった。
また、自然発生的に発生したハッシュタグにも政府のアカウントが反応して、情報を拡散していた。
SNSによる混乱はこれでどうにか鎮静化するのかもしれない、と少し希望が見えた理佐は葵に準備を急がせた。
「行くよ。今日の予定はわかってるよね?」
「はい!被害があった近隣の住民の声ですね」
理佐と葵は東京支社を出た。




