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デスシティ 〜魔界都市備忘録〜  作者: パイナップル
第二章「猟犬伝」
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一話「ティンダロスの猟犬」




「時空間旅行」

 過去と未来を行き来できる、デスシティならではの旅行プランだ。


 にわかに信じがたい話だが、デスシティは魔術と科学が隆盛を極める魔界都市。

 時空間の移動方法は既に確立されている。

 その気になれば歴史の偉人たちが活躍した時代へと赴くことができる。


 しかし、このプランには重大な欠点があった。

 客人の命に関わるほどの重大な欠点が──


 時空間を移動すると、「猟犬」に目を付けられてしまうのだ。


 不浄なる存在。角度を司る者。

 その名は──



 ◆◆



「ティンダロスの猟犬ねぇ」


 大衆酒場ゲートで。

 ラムの入ったグラスを揺らしながら、褐色肌の美丈夫──大和は呟いた。


 彼は酒気の混じった溜め息を吐く。


「時空間旅行をした結果、目を付けられたか……馬鹿な奴もいたもんだ」


 嘲笑をこぼす彼に対して、向かい側で新聞を読んでいた金髪の偉丈夫、ネメアが告げる。


「今回の依頼、報酬は2億だ」


 それを聞いた大和はわざとらしく口笛を吹く。


「えらく弾むな、金持ちか?」

「ああ。某巨大財閥の総帥から直々の依頼だ」

「なるほど。……しかし猟犬に狙われてるとなると、アレをするのか?」


 アレというあやふやな言い回しで通じるのだろう、ネメアは頷く。


「そうだ、アレをするんだ」

「ははぁん」


 大和は何故か、色気たっぷりのため息を吐いた。 


「対象者の特徴、簡単に教えてくれ」

「17才の美少女。欧州系ハーフのお嬢様。高飛車、処女」

「中々。まぁ、身内か相当な不細工じゃなければ誰でもいいんだが」


 そう言って大和はラムを飲み干す。

 ネメアは持っているメモ用紙を差し出した。


「近くの高級ホテルに泊まってる。部屋番号だ」

「サンキュー」


 大和はメモ用紙を受け取ると、机に勘定を置く。

 ネメアは少し強めの語気で言った。


「表世界の住人だ。加減しろよ?」

「わかってるって」


 大和はヒラヒラと手をふり、酒場を去っていった。



 ◆◆



 同時刻。

 ゲートの近くにある高級ホテルのスイートルームにて。


 高価なソファーに座っている少女は大きなため息を吐いた。


 類稀な美少女である。

 容姿的年齢は十代半ばほど。白銀色の長髪はツインテールに結われていて、意志の強そうな双眸はサファイア色に煌めいている。

 凹凸のハッキリした肢体は、とても十代のものとは思えない。


 彼女は某巨大財閥の総帥の愛娘。

 何を隠そう、今回の事件を引き起こした難物である。

 今は一人のメイドを傍に置いて軟禁状態にされていた。


「どうしてこうなったのかしら……」


 二度目のため息をつく。


 時空間旅行。

 金と時間を持て余した彼女にとって、丁度良い暇潰しになる筈だった。


 しかし、厄介な存在に見つかってしまった。


 ティンダロスの猟犬。

 時空間に生息している邪神の一種。正真正銘のバケモノである。


 彼らは時空間に干渉した者を見つけると執拗に追いかける習性を持つ。

 それがたとえ万年先の未来であろうと億年前の過去であろうと、時空間の歪みを用いて必ず現れる。

 また、角度という概念を司るためどんな場所でも角度さえあれば現れる。


 本来なら、彼らに目を付けられた時点で死が確定する。

 そう、本来ならば──


「お嬢様を狙う存在──ティンダロスの猟犬を欺く方法はいくつかございます。しかし、どれも現実的ではありません。今は気配遮断、知覚阻害などの魔術を用いてなんとか誤魔化していますが、時間の問題でしょう」


 監視役でもあるメイドは、その綺麗な眉をひそめた。


「お嬢様が好奇心旺盛なのは存じておりましたが、まさかこの都市に関わるほどとは……」

「何よ、文句あるの?」

「ありますとも。貴女を護るために多くの犠牲者が出たのです。少しは反省してください」

「……ッ」


 少女は唇を尖らせる。

 自分に否があるので何も言い返せない。


 少女はこのメイドが嫌いだった。

 以前まで父の専属メイドだった彼女は、あらゆる分野で優秀な成績をおさめている。


 面白くない。

 矮小な嫉妬だった。


 加えて美しい。

 文句の付けようが無いほどに──

 濡羽色の長髪はポニーテイルに結われており、紫苑色の瞳は冷たい輝きを灯していた。


 少女は不快に思いながらも、ふと疑問に思い、メイドに聞く。


「貴女……その口ぶりからして、この都市に詳しいようだけど?」

「旦那様に仕える前は、この都市で活動していましたので」

「へぇ……っ」


 少女は身を乗り出す。

 興味津々のようだ。


「お父様から聞いているわ。この都市は悪という悪が集った犯罪都市だって。なら貴女は──」

「私如きの詮索をするよりも、まずはご自身の心配をなさったほうがよろしいかと」

「……」


 少女はアヒルのように唇を尖らせた。

 そのあまりにわかりやすい反応に、メイドはため息を吐きかける。

 それを悟られないよう、説明をはじめた。


「ティンダロスの猟犬は難敵です。故に凄腕の殺し屋を雇いました」

「ふぅん……名前は?」


 聞かれたメイドは複雑な表情をする。

 畏怖、嫌悪、羨望、情愛──

 あらゆる感情を込めて、その名を口にした。


「……大和。世界最強の殺し屋です」





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