四話「経験の差」
黒兎の魔闘技法は、師であるネメアとは内容が違うようだった。
大和は興味津々といった様子で彼女を観察する。
黒兎は駆ける。
ミスリル銀製の長物を巨大な大剣に変化させると、全体重を乗せたフルスイングを放った。
互いの体格差から、この攻め方は無謀に見えた。
しかし──大和は防御した手ごと後方に押し返される。
「ほぅ」
大和は感嘆の声をあげた。
黒兎は攻めの手を緩めない。
規格外の剛力に任せて強引に押し込む。
大和は冷静に防御しながら、彼女の力の源を探っていた。
(ただの出力アップじゃねぇな。何だ、この異様な力は)
魔闘技法を習得できたのは、ネメアを除いて数名のみ。
それほどまでに高度な技法なのだ。
黒兎の魔闘技法──その真相は七つの特殊能力にあった。
ネメアの魔闘技法は単なる出力アップだが、彼女のものは違う。
七色の煌きが示す通り、七つの能力がある。
『倍化』『譲渡』『半減』『吸収』『支配』『破壊』『再生』
その能力は多彩にして万能。
母親譲りの魔術の才が、魔闘技法を一段上の領域に昇華させた。
『魔闘技法・色彩』
今、黒兎が使用しているのは『倍加』の力。
己の膂力を何万倍にも増幅している。
だから、無理なゴリ押しができている。
しかし、
(倍加だけではこれが精一杯……流石パパなのです)
黒兎は内心、感嘆していた。
自分の父親はこんなに強いんだと、誇らしくも思っていた。
大和の能力は単純明快だ。
極限まで鍛え抜いた肉体と武術。
たったそれだけ。
しかし、だからこそ隙がない。
一つ一つの性能が違い過ぎる。
反射神経一つをとっても、黒兎は彼に遠く及ばない。
また、大和の力を支える根底に「あるもの」があった。
『全身凶器』
全身の、指先から毛先に至るまで全てが武器であり凶器。
幾星霜の年月、欠かさず自己鍛錬を積む事で得られる武術家として至高の肉体。
その攻撃力は最強。その防御力は無敵。
彼は武器を用いずとも、世界最強の存在なのだ。
黒兎が特に異常だと思っているのは、防御力だ。
本気の攻撃でも掠り傷一つ負わせられない。
極限の闘気を練り込まれ、鍛え抜かれた金剛石の如き肉体だ。
黒兎の持つ攻撃手段で、彼の防御を突破できるものはなかった。
しかし、黒兎は構わないとゴリ押しする。
時間稼ぎである。
極論、大和に勝てなくてもいい。
時間を稼げれば、それでいい。
(あと十秒……!)
黒兎は体内時計で時間を計算しつつ、攻め続ける。
ふと、違和感を覚えた。
大和が防御一辺倒なのだ。
その灰色の三白眼と、目があった。
「ッッ」
黒兎は一旦距離を置く。
冷たく鋭利な灰色の三白眼。
まるで全てを見透かされているようだった。
「なるほど……『倍化』したからこの膂力か。あとは『譲渡』『半減』『吸収』『支配』……残るは『破壊』と『再生』か? 七色ってのはわかりやすいな」
「!!」
黒兎は驚愕で目を見開く。
大和は笑った。
「パパに隠し事は通用しないぜ」
チッチッチと、人差し指を横に振る。
次にデコピンの構えを取った。
瞬間、「バチン」と、落雷のような轟音が響き渡る。
指向性を持った爆風が生まれ、黒兎を呑み込もうとした。
黒兎は上空に跳ぶことで回避する。
彼女を見上げながら、大和は言い放った。
「もう二分経ったぜ! まだやるか!」
「……やりませんとも。これ以上は怖いですから」
そう言うと、黒兎は夜の闇の中に消えていった。
◆◆
「怖い、か……パパ凹みそう」
壁に手を付き項垂れる大和。
落ち込むのもほどほどにして、彼は明後日の方向を見る。
「さぁて、どこに逃げたあのヤロー……んー」
体臭や肌の質感、直前の言動や走り方。
その他様々な要素を纏めて、標的の居場所を特定する。
大和の戦術眼は最早未来予知……擬似的な千里眼の領域まで至っていた。
標的の居場所を特定した大和は、その辺にあった石ころを拾い、闘気を込める。
そして投擲した。
「おそらく近隣の同業者に匿ってもらっていると見た。……まぁ、その同業者の土地ごと吹っ飛ばせば問題ねぇ♪」
物騒な事を言う。
直後、地響きが起こった。
少し遅れて爆発音が響き渡る。
石ころが着弾し、標的が隠れている事務所ごと一帯を吹き飛ばしたのだ。
黒兎は妨害屋としての仕事を全うした。
この結果は、依頼主の問題である。
「うっし、依頼完了♪」
大和は無邪気な笑顔でガッツポーズを取った。
黒兎は紛れもない天才だが、まだまだ父親には及ばなかった。




