二話「父と娘」
妨害屋は魔界都市ならではの職業の一つだ。
殺し屋や傭兵、賞金稼ぎたちからは蛇蝎の如く嫌われているが、一部の者たちからは重宝されている。
デスシティで戦闘職に就いている者は、端的に言ってバケモノだ。
弱いと言われている者でも表世界の一個師団に匹敵する戦力を有している。
そんな彼らを妨害し、時間を稼ぐ妨害屋は、雇い主にとって最後の切り札となり得た。
「……」
黒い兎のフードを深く被り、黒兎は目的地まで跳躍する。
高層ビルの側面を疾走し、滑空車の群れの上を八艘跳びの要領で渡る。
時間帯は夜──魔界都市が最も栄える時間帯だ。
テールライトの一つに照らし出された黒兎は、まるで映画に出てくる怪盗の様だった。
向かう場所は西区、闇市場近くの路地裏。
日雇いの用心棒たちが時間を稼いでいるらしいが、相手はあの大和だ。あと十秒稼げるかも怪しい。
黒兎は疾く駆けた。
その手に、ミスリル銀製の長棒を携えて──
◆◆
「ひぃぃッ」
それは暴力団の組長の情けない悲鳴だった。
用心棒たちを指先で斬り刻んでいく褐色肌の美丈夫に、彼は心の底から怯えていた。
真紅のマントが靡く。
灰色の三白眼が、組長を捉えた。
「無意味な時間稼ぎなんてすんじゃねぇよ。テメェも、もう立派な此処の住民だろう? だったら潔く死ねよ」
「ば、馬鹿を言うな! こんな所で死んでたまるか!」
そう言ったはいいものの、足が震えている。
大和はギザ歯を剥き出して、殺気を開放した。
「ぐだぐだうるせぇなァ……いいから死ねって。なァ、死ねよ。楽に殺してやるからこっち来い」
「ひぃぃッ!!」
組長も、取り巻きの構成員も、歴戦の用心棒たちすらも、恐怖で尻餅を付く。
意思を持った天変地異。暴力の天才。悪鬼羅刹。虐殺者。
デスシティが誇る理不尽の象徴に殺意を向けられ、組長は蛇に睨まれた蛙のようになっていた。
用心棒たちは恐怖のあまり逃げ出す。
構成員たちもだ。
最早、頼れる者はいない。
組長は目を閉じて震えていた。
大和の手が伸びる。
組長の顔がバラバラになる直前──ミスリル銀製の長棒が火花を散らして大和の指を跳ね退けた。
組長は恐る恐る目を開ける。
小さい少女の背が映った。
「二分、時間を稼ぎます。その間に逃げてください」
「……誰だ、お前は……っ。私の味方なのか?」
「無駄な問答をしている暇はありません。早く」
組長はワケがわからないが、わからないまま駆けた。
路地裏を出て、闇タクシーを無理やり止めて、少しでも遠くへ逃げようとする。
大和は妨害屋──黒兎の姿を確認すると、灰色の三白眼を細めた。
「こら、パパの仕事を邪魔するんじゃない」
「こちらもお仕事なのですよ。短い間ですが、手合わせ願います。パパ……じゃなかった、お父さん」
「……ハァ、しょーがねーなぁ」
大和はやれやれとため息を吐きながらも、笑っていた。
その笑みは、殺し屋のものではなく父親のものだった。
「相手してやるよ。かかってきな」
「はい、よろしくお願いします」
黒兎は頭を下げると、ミスリル銀製の長棒を槍のように振り回す。
親子の対決が、決定した瞬間だった。




