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9《ローガン視点》

狼視点になります。



「さようなら。二度と私の前に現れないで」



 一夜凌ぎの宿で頭を抱えた。

 アリサのあの目は本気だった。本気で俺を蔑んでいた。

 しかし、何が彼女をあんなに怒らせたのか分からない。


 結婚し、王都で暮らそうと言っただけだ。

 何が悪い?


 確かに、色々と事情と誤解があって2年近く会えなかったが、その間、彼女は1人で俺の子供を産み育ててくれていたじゃないか。それが答えだろう?

 彼女は俺をまだ愛しているはずだし、俺も彼女を愛している。


 アリサこそが俺の番だ。

 他の誰とも違う、俺の唯一。

 だからこそ、異種間では出来にくいとされる子供を彼女は宿した。しかも黒狼の双子だなんて奇跡に近い。

 やはり俺の直感に間違いはなかった。



 勝手に英雄などと呼ばれようとも、人よりも魔力が高く、それを使いこなす能力があるだけで、所詮は王家の使い走りだ。

 難しい案件や秘密裏に熟すような仕事が多く、偽名や髪、目の色を変えるのは当たり前で仕事先で正体を明かす事はない。

 アリサがいたのは小さな港町だが航海の中継地点として寄港する船も多く、多種多様な人種が行き交っている。それを隠れ蓑に違法な人身売買が行われていると以前から情報があった。

 しかし、なかなか尻尾を出さないからと、単独での潜入を国王から無茶振りされたのだ。

 『人遣いの荒いジジイが』と舌打ちしながら町に入り、目を付けていた港の外れの屋敷に住む猫獣人を監視する中で出会ったのが、たまたま入った定食屋で働いていたアリサだった。


 俺はそこで、自分以外の黒髪を初めて見た。


 同じ黒狼かと思ったら耳が違う。

 人間か。なお珍しい。

 噂では彼女は人攫いにあったところを逃げ出して、この港に流れ着いたと聞いた。



 今回の事件と関わりがあるかもしれない。

 そう思って声を掛けた。

 だが、話しているとどうも違うようだ。


 人攫いにあった割には警戒心が薄く、稀少な黒髪を隠そうともしていない。

 そんなに呑気だとまた拐われるぞ、とこっちが心配になるくらいだった。


 そのうち彼女は、自分は異世界から来たのだとこっそり教えてくれた。

 嘘のような話だが、彼女を見ているとそれが自然と納得できる。

 この辺では見ない顔立ちに珍しい色彩を持ち、余程平和な国で育ったのだろうと思うような無防備さ。

 彼女が話すその世界の「科学」や「文化」の話は特に興味深かった。



 最初は黒髪の珍しい容姿に目を引かれたのかと思っていた。

 番などと言うものは、所詮思い込みやその場限りの口説き文句で、実際には迷信のようなもの。

 盛り上がっていたときはお互いに番だと言っていたのに別れる恋人達など周りに多くいたからだ。

 もちろん俺自身も、そんなものをこれまで感じた事もなかった。


 だが、アリサに出会ってこんな相手がこの世に存在するのかと思うほどに夢中になった。

 顔も声も身体も、彼女の起こす小さな反応の全てが愛おしく理想そのものだ。


 食堂の客と彼女が話しているだけで激しく嫉妬して、早く自分のものにしなければと焦りが募っていく。

 俺は自分の本来の仕事を忘れて頻繁に彼女に会いに行った。


 「ローガン」とあの愛らしい声で甘く呼ばれるたびに本当の名前を呼ばせたくなるが、今はまだその時ではない。

 この山が終わったら、アリサに結婚を申し込み、王都に連れて帰る。

 俺にはもう彼女以外は考えられない。

 そんなふうに思える相手など、生まれて初めてだった。



※※※


 

 その時は前触れなく訪れた。


 犯罪組織の中核にいた猫獣人が、とうとう動くという情報をつかんだのだ。


 正直、この頃の俺にとってはアリサが第一で、仕事など彼女に会えない時間を潰すための片手間になっていたから「そういえばそんな仕事あったな……あー面倒くせぇ」と愚痴りながら関係箇所へ連絡を繋ぎ、翌日の真夜中には荷物のように積み込まれた売買目的の様々な獣人達を保護。証拠品を押収して犯罪組織を一網打尽にした。

 その中にマークしていたあの猫獣人が自分も被害者のふりをして檻に入って居たが見逃すわけもなく、そのまま生け捕りにして王都に運ぶことにした。


 予定より早く事が進んで、夜が明ける前に町を離れることになってしまった。

 これまでの仮住まいだった部屋の中で、ザッと身の回りのものを片付けて異空間の中に雑に仕舞い込む。


 アリサに会う時間的余裕がない。


 彼女を置いて行きたくはないが捕縛した輩を早く王都へ連れていかなくてはならないし、被害にあった獣人達に対する処置もある。

 事前に連絡を飛ばしておいた王都からの騎士団がこちらに向かっているはずだが、急だった事もあり合流するには早くて数日掛かるだろう。

 そうなると奴らに任せる選択もない。


 わざわざ住民が寝静まる真夜中に全ての処理を終えたのは、アリサが明日も同じ日常を過ごすためでもある。

 この平和な町が犯罪組織の温床となっていたなど知る必要もない。彼女にはいつも心穏やかでいてほしい。

 この後、事件の調査に入る騎士達にも秘密裏に行うように通達を出しておいた。



 俺がいなくなればきっとアリサはここに来るはずだと、空になった部屋の窓際に伝承石を置く。

 この石以外何も残して行かなければ、流石に気付いてくれるだろう。


 伝承石は、離れた相手との通信を可能にするだけでなく、目的の場所に転移することもできる貴重で高価な代物だ。

 伝承石のある場所に転移するか、もしくは手元に伝承石があれば一度行った場所になら瞬時に移動ができる。

 ただし、機能させるには一定以上の魔力と技術を要するため、現状使えるのは王家の人間である国王と王太子、もしくは魔力量が底なしの黒狼に限られている。


 魔力をもたないアリサでは本来使う事は難しいが、事前に俺の魔力を石に注ぎ込んでおくことで解決した。

 離れていても魔力の主の呼びかけに応じて機能するように、そして日時を指定して触れているものを自動で転移させる複雑な術式を組んで石に魔法を重ね掛けした。

 これでアリサは、約束の日に伝承石に触れているだけで俺の元へ来るはずだ。


 国王(ジジイ)が後生大事にしまっていた宝庫から、手当て代わりにこっそり持ち出しておいたのが役に立つ時がきた。

 国王(ジジイ)も本望だろう。



 俺は伝承石にアリサへのメッセージを残して、静かに町を後にした。



※※※




 王都では報告や後処理に追われて、あっという間に数ヶ月が経っていた。

 その間何度か伝承石に呼びかけたが、アリサからの反応はない。

 一度だけ、微弱ではあるが町を出た翌日にアリサが石を手にした反応だけは返ってきたから、彼女の手元に渡ったのは確かだった。


 では、なぜ反応を返さない?

 黙って出て行ったことを怒っているのか?


 アリサが浮気をするとは思えないが、正直アリサを狙う輩はいるはずだ。

 俺のアリサはあんなに可愛いんだ。モテないはずはない。

 現に食堂では客の年齢層は高めだが、必ず声を掛けられてチヤホヤとされていた。釣りを小遣いだとくれてやる客も多かった。



「アリサは、何をしてるんだ?」


 思わず溢れた独り言が、一番聞かれたくない相手に聞かれた。


「なに? なに? 彼女⁉︎ キースに彼女⁉︎」


 うざい。

 底知れぬウザさだ。


 身を乗り出して顔を近づけるこの男は、国王(ジジイ)の息子、第一王子で王太子のマリオだ。

 年が近いせいか、いつも俺に嬉々として絡んでくる。友達がいないのかもしれない。


「えー! いつの間に? 聞いてないんだけどー」

「言ってない」

「なんでだよ! 言えよ!」


 無理だ。

 このノリが、俺にはどうにも。


「どうせキースが親父からパクった伝承石の彼女の事でしょ? その後どう? 連絡あった?」

「……ない」

「えっ、振られた⁉︎ うそっ、キースが振られたの⁉︎」

「……振られ、て…ない」


 振られるどころか、反応が無い……。


「うわぁ、うわぁ! 英雄で高給取りで顔面暴力のキースを振る相手がいるんだぁ。ふふふ、今日はお赤飯にしないとねぇ」

「お前、王族じゃなければ殺してるよ」

「口わっる! 敗因はそういうガサツなところじゃないの? キースはもう少し俺みたいに優雅かつ上品さを兼ね備えないと。女子はみんな優しい男に弱いんだからさぁ」

「ほう? 先日『良い人なんだけど』と言われながらも、婚約者候補にさえ振られてなかったか?」

「それ言わないで、まだ傷が塞がってないから‼︎」


 マリオは大袈裟に胸元のシャツを握りしめて呻いた。

 わざとらしい。

 そう簡単に傷つける事などできないほど頑丈で毛の生えたメンタルの持ち主が何を言う。



「まあ、振られたなら伝承石回収してきてねぇ。あれ、一応代々伝わるやつだから。この世に5、6個くらいしか無いから」

「思ったよりあるな」

「そのうちの一個、キースがパクってるからね。もっと責任感じてくれる?」

「安心しろ。彼女がこっちに来れば手元に戻る」

「それが今一番安心できないんだって。彼女が来ない確率が日々上がっている事、そろそろ自覚して」

「来る。アリサは俺を愛しているはずだ」

「普段モテる奴はフラれる免疫がないから受け入れられないんだろうな。かわいそうに」




 そして、運命の日が訪れた。

 

 その日は、アリサが転移してくるよう予め指定した日だった。

 こちらの事後処理が済むタイミングと彼女が住みなれた街から離れる準備も有るだろうと、数ヶ月の余裕を持たせた。

 その事は伝承石に残したメッセージでも伝えてある。あとは決められた日時に彼女が石に触れるだけでいい。


 きっと来る。

 なぜかあれから音信不通で石に触れている気配さえないが、アリサは俺の運命だ。


 俺は彼女が自分の胸に飛び込んでくると信じていた。




 ビッシャアァア!!!



 飛び込んできたのは、新鮮な大株ワカメだった。


「か、彼女……っ! 彼女、ワカメ……っ! は、は、初めましてワカメちゃん……っ! うわははははは! もうだめっ! もうだめだははははは!」


 全身海水でずぶ濡れになり、ワカメを受け止めた俺の隣で腹を抱えて大笑いするマリオを咎める心の余裕すらもう無かった。




 なぜ。

 アリサ、なぜ、ワカメを……俺に……。




 異世界では、このワカメを贈るという行為にどんな意味があると言うんだ。



 ①お世話になった恩師に。

 ②仲の良い友達に。

 ③愛する人に。

 ④嫌いな奴に。



 贈ろう、ワカメ。




 まさか、俺は……フラれたのか?



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