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 帰りは徒歩で戻ると遠慮したけど、意外と強引なミドさんに「ライラちゃんが待っているでしょうから!」と、押し切られて結局三輪バイクに乗せてもらうことになった。

 でもミドさん、本当はお仕事の途中だったんじゃないかな……て、薄々感じている。本当に申し訳ない。


 キースはまたミドさんの胸の前に抱っこ紐で括り付けられてもスヤスヤと寝息を立てていた。

 行きよりもゆっくりなスピードだから、少しの揺れが心地良いのかもしれない。



「ミドさん、黒狼ってそんなに珍しいんですか?」


 おじいちゃん先生の反応が気になって、バイクの後部座席から尋ねてみると、ミドさんは前を向いたまま「それはもう」と頷いた。


「狼の獣人は銀毛が一般的なんですが、黒毛黒目が特徴の希少種である黒狼は、英雄のキースが有名ですよね」

「えっ! 英雄キースって黒狼なんですか?」

「ええ、そうですよ。絵本にも彼をモデルにした物語が沢山あるんですが、見たことはないですか?」

「し、知らなかったです……」


 うう、また常識知らずを露呈してしまった。もう私はキースとライラのお母さんなのに恥ずかしい。

 少しだけ沈んだ声にミドさんが「アリサさんは色々ありましたし! 絵本の挿絵は白黒ですから気にすることないですよ!」と、慌てて苦しいフォローをしてくれた。

 無知を隠すのに未だ活かされる人攫いショック説が不謹慎だけど有難い。



「黒狼は狼獣人の突然変異だと言われるほど、規格外の魔力を持って生まれるそうです。ただ、親が黒狼であっても必ずしもその子が黒狼とは限らないらしくて、とにかく個体が少ないんですよ。その分、黒狼なら各国がこぞって奪い合う程の文武の逸材になるんですから、治癒院の先生が興奮したくなるのもわかります」

「へぇー、なんだか選ばれし者って感じなんですね」

「そうですね。やはり過去に目覚ましい武功を挙げて英雄と呼ばれた者達はこぞって黒狼でしたし、他にも魔術の発展に寄与した学者や大富豪の商人、ダンジョンをひとりで踏破してしまう最強の冒険者などが居たと言われています。現英雄のキースに至っては、武功どころか有事には彼ひとりで王都全体に結界を張れるらしいんです。まだ子供だった頃に暴れる竜を討伐したとか、最近だと何処かの町で問題になっていた人身売買組織を単独で壊滅させたとか……噂だけでももう規格外すぎて実在性すら疑ってしまうくらい、僕たちとは世界が違うんですよ」


 確かに、色々突き抜けてて話だけでも現実味がない。

 ああ、だからこそ英雄として神格化されているのか。なるほどー。

 でも、そこまで期待される人生も大変そうだなぁ。

 私が黒狼なら、きっと毎日胃が痛い。



「狼獣人以外に、黒毛は居ないんですか?」

「聞いたことがないですね。人間も金や茶髪が主流ですし。だから、アリサさんが黒髪なのも珍しいと思います。実は叔父からアリサさんが人間だと聞いていたのに、最初にパッと見たときは黒狼かと思いました」

「えっ」


 わぁ。優秀な黒狼とは真逆のポンコツ人間ですみません。

 そんなに黒髪って珍しいのか……。

 なんだかそうなると子供達のことが心配になってきた。

 私の遺伝のせいで、うちの子達は黒狼だって勘違いされ易いかもしれない。


「黒狼に似てるのって、いいことばかりじゃないですよね? 私はともかく、子供達が小さいうちは耳と尻尾を隠した方が良いのでしょうか? 希少種だと思われたら誘拐とかされたりする恐れもあるでしょうか?」

「うーん、もうキースくん達の色味はすでに街の人たちに知られてますし、耳と尻尾は繊細な部分なので覆い隠すのはあまりオススメしません。でもアリサさんは、ご自身の経験もあるでしょうし……」



 ミドさんは(偽)人攫い被害者を前に、痛ましげな顔をした。

 私の顔も嘘をついている後ろめたさに神妙になる。



「この町は本当に平和で、これまで人攫いなんて考えたこともなかったのですが、アリサさんの事や英雄キースが壊滅した犯罪組織の話を聞くと、確かにきちんと危機感は持った方がいいのかもしれません。彼らが大人になり、自分の身を自分で守れるようになるまでは外へ出かける時はフードを被って、尻尾は洋服に隠すようにしましょうか」

「……はい、そうします」

「……。あの……一応、まさかとは思いますが、キースくんのお父さんは……その……、黒狼、では」

「違います」


 最近忘れかけていたローガンが脳裏にチラついて、食い気味に否定してしまった。

 ミドさんはローガンを知らないから仕方のない事なのにムッとしてしまうなんて大人気ないってわかっているけど、彼の事はもう思い出したくないのだ。


 私の硬い声に、ミドさんの横顔が『しまった』という表情を浮かべて青褪めた。



「あっ、いや、変な事を聞いてしまってすみませんっ! 黒狼でなくとも、キースくんはキースくんですからね! 英雄と同じ名前もぴったりな子だと思います!」

「そうでしょうか?」

「はい! ライラちゃんも将来は女神のように綺麗になるだろうってみんな言ってますよ」

「えへへ、ありがとうございますー」


 まあ私も、キースとライラは美人だしお利口さんだから名前負けなんてしないと思ってます! と、ニヤニヤしながら続けるとミドさんはホッとした様子で「そうですね」と同意してくれた。


 気を使わせてしまって申し訳ないけれど、子供が褒められるとすぐ機嫌がなおってしまう親バカなのです。だってうちの子は本当に可愛いもの。

 

 英雄がどんなに凄い人だろうと、うちの子の可愛さにはきっと敵わない。

 だって、眠る時に小さなお耳が倒れて、モフモフの尻尾を足の間に挟んでるんだよ! そんなの最強だと思いませんか?

 



※※※




「……子供ってあったかいんですね」


 のんびりと進むバイクの道すがら、ミドさんがポツリと呟いたのを彼の背中越しに聞いた。


「ミドさんの甥っ子さんも、こんな感じですか?」

「そうですね。……たぶん、そうだったと思います」

「たぶん?」

「甥っ子のことも何度も抱っこしてるのに、こんな風にあったかいなぁって実感したのは初めてです。……なんだか、この体温にホッとするというか、守ってあげたくなるっていうか、不思議な感覚ですね……」

「わかります、わかります!ミドさんそれきっと母性ですよ」

「ええ⁉︎ でも僕、男ですよ?」

「じゃあ、父性かな?」

「父性⁉︎」


 おそらく私より歳下だと思われる見た目年齢20代前半のミドさんに父性なんて失礼かもしれないけれど、顔を赤くしてワタワタ動揺しているのがなんだか面白くて、私はしばらく彼を揶揄いながら家路に着いた。


 食堂の入口の前で止めてもらい、まだ寝ているキースを起こさないようにそっと受け取ってペコリと頭を下げる。



「今日はありがとうございました。いろいろとご面倒をお掛けしてしまってすみません」

「いいえ、面倒だなんて事はありません。いつでも何でも相談してください!」


 公務員の鑑のような返答をしたミドさんが帰っていくのを見送って、キースを胸に抱いたまますぐに店内の厨房へ入った。



「オリエさん!」


 なんとオリエさんは、店内でライラをおんぶしながら仕込みの仕事をしてくれていた。ライラもその大きな背中に揺られてウトウトしているようだ。


「わあぁ、ライラがすみません! 子供達をベビーベッドに寝かせてきたらすぐに手伝いますっ! ほんとすみません!」

「おかえり! それよりキースはどうだった? ……あら、頬の傷を消してもらったのかい?」

「はい。大した事はなかったんですが、今日は初回サービスとかで擦り傷も治してくれました」


 傷が消えたほっぺは、赤ちゃん特有のもちもち肌に戻っている。

 オリエさんもその頬をつついてホッとしたようにニッコリしてくれた。


「あたしたち獣人ならすぐに治っちまうんだけど、人間の子供はよく分からないからね。なんでもなくて良かったね」

「はい。ありがとうございます!」



 この町じゃなきゃ、きっと私はひとりで子育てなんて出来なかったと思う。


 今みたいに優しい人に囲まれていなければ、ローガンを恨んで、泣いて……もしかしたら、子供達を手放していたかもしれないと思うとゾッとする。

 育児休暇中だけど、これからは手が空いたら無給でもいいから店の仕込みを手伝わせてもらおう。

 次に買い物に出た時には、おじいちゃん先生とミドさんにもお礼をしよう。

 みんなに助けられている分を少しずつでも返していけたらいいな。

 そしていつか、私達親子もこの町の一員だってみんなに認めてもらうんだ。



 キースとライラをベビーベッドに並べながらひとり決意を新たにした。


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