狼 おまけ小話
オチも山もありませんが、よろしくお願いします。
ライラとキースがちょっと成長しています。
小話(その1)
「こんにちは」
治療院の扉を開けると、おじいちゃん先生は机での書類仕事の手を止めて「おお!」と立ち上がってくれた。
「これはこれは、黒狼の坊やじゃないか。元気じゃったか?」
「?」
おじいちゃん先生が皺々の手で私に抱っこされていたキースの頭をよしよしと撫でてくれるけど、キースはキョトンとした顔をしている。
おじいちゃん先生の手を頭の上に置いたまま、答えを求めるように私を見上げるから、ふふっと笑みが溢れた。
「キースが赤ちゃんのときに、ほっぺの怪我を治してくれた先生だよ」
「せんせ?」
「今はただの老いぼれじゃ」
「おいぼれ」
「こっ、こら、おじいちゃ…いや、先生だよ!」
「じじぃ」
「ぎゃっ!?す、すみません!聞いた言葉を繰り返してるだけで意味はないんです!」
「なに気にすることはない。じじいには違いないからの」
慌てて頭を下げるけれど、おじいちゃん先生はニコニコ顔を崩すとことはなかった。
今日はお世話になっている治癒師のおじいちゃん先生に差し入れを持ってきた。
獣人は丈夫だと聞いていても初めての子育てですぐに不安になってしまう私は、何かあるたびに相談に乗ってもらっていたのだ。
キースのお尻に出来た汗疹のこととか、ライラのお腹の調子が少し緩いとか、凡ゆる小さな心配をおじいちゃん先生に聞いてもらっては『そのくらい屁でも無いわ!』という大雑把ながらも優しい励ましに何度勇気と安心をもらったことか。
あの笑い飛ばしてくれるところが良いんだよね…。
最近は同じ黒狼であるローガンが『問題ない』って言ってくれるから訪問は大分減ったけれど、今思えば私は相当甘えていた。
なのに、いつかちゃんと御礼を、と思いながら日常に追われて今になってしまうという不義理。ホント申し訳ない。
「あの、先生。これよかったら、お茶のお供にどうぞ」
差し出した紙袋に入った缶の中には、数種類のクッキーが詰まっている。
お礼の品は何がいいかなって考えていたときに、ミドさんが『あそこの先生は甘党ですよ』と教えてくれたのだ。
おじいちゃん先生は、紙袋から繊細な装飾が施された青色の四角い缶を取り出すと目を見開き手を震わせた。
「こ、これは…、王都の老舗店『デュアメ』のクッキーアソートか…っ!?」
「あ、はい。ご存知でしたか?」
『甘いものなら、あそこがいいよ〜』と、マリオ殿下にオススメされた王都で有名なお店で買ってみたのだが、お菓子屋さんなのに重厚な門構えでドアマンがいた。
まるで高級ホテルやブランド店のような佇まい。
店前で場所を間違えたかとキョドっていると、ドアマンと目があって微笑みながらドアを開けられてしまった。
に、逃げられない……!
さすが王族御用達だ。マリオ殿下から勧められた時点で気付くべきだったのだ。
完全に萎縮した私はビクビクしながらも入店した。
たぶん右手と右足が同時に出ていたと思う。
店内は正面にガラスのショーケースがあり、日本でいう客室乗務員さんのような上品な制服を身につけた女性店員さんが「ワカメ様でございますね。お待ちしておりました」と声を掛けてきた。
いえ、違います。私はワカメではありません。ワカメではないが、その一言でマリオ殿下が予約的なものをしてくれていたことを知る。
他にお客さんが居ないことからも、もしかしたら予約しないと買えないとか、紹介制のお店なのかもしれない。どうしよう、思いっきり普段着で来てしまったではないか。たとえ家に帰ったとしても似たようなワンピースしか持っていないのでおなじことだけれど。
慣れない高級感に当てられて早くここを出たいという居心地の悪さと動揺を引き摺ったまま私はショーケースに並べられた見栄えのする商品を勢いで指差した。とにかくこの場から早く逃げたかったのだ。
そして会計時の請求額に卒倒しそうになった。
子供たちの洋服を買おうと思ってお金を大目に用意しておいて本当に良かった…。
もうマリオ殿下におすすめのお店を聞くのはやめようと心に刻んだ。
「わしはここの菓子が大好物なんじゃ!」
キラキラと目を輝かせたおじいちゃん先生にほっこりする。頑張ってあのラグジュアリー空間に耐えた甲斐があったようだ。二度と行かないだろうと思っていたけどまた王都に行ったら買ってこよう!
そこへ暴れるライラを米俵のように肩に担ぎ上げたローガンが遅れて治療院へ入ってきた。
買い物中に興味を引くものをみつけて自由に駆け出して行ってしまったライラは、無事にローガンに確保されたようだ。
「アリサ、捕まえてきたぞ」
「まーまぁあぁー!!うぇぇえぇん!!たしゅけてぇ、ゆうかいされるー!!」
「……」
実の父親に対して物騒な事を叫ぶライラは、手足をばたつかせてもびくともしないローガンの肩の上から私へと紅葉のような両掌を伸ばす。
しかし先に私の胸に抱っこされていたキースを見つけると、キッと眼を吊り上げた。
「だめー!ままーキースばっかりずるいー!ライラもだっこしてぇ!」
「うん、ほらおいで」
「ダメだ。アリサの細腕でふたりも抱えられるわけがないだろう。コイツは自分で逃げて行ったんだから甘やかす必要はない」
「なんで!にげてないもん!とりがいたんだもん!」
「だからなんだ。アリサを困らせるな」
「うわぁあぁん!ばかぁー!!」
「……あ?落とすぞ」
「いゃあぁああ、うえぇえぇん!!」
「ロ、ローガン……」
カオス。
癇癪を起こして泣き叫ぶライラに、煩わしげに目を細めるローガン。言葉にはしていないが、その顔にはハッキリと《うるせーな》と書いてある。
キースはビクビクと怯えて私の胸にしがみ付き顔を伏せた。
穏やかな性格のキースには見ていられない光景のようだ。
その黒髪とふわふわの三角耳を撫でて慰めて、おじいちゃん先生に頭を下げる。
「騒がしくてすみません。あの、すぐにお暇しますので…」
このままここに居てはご迷惑になる。持参した差し入れのお菓子を渡して早々に退散しようと声をかければ、おじいちゃん先生とローガンが目を見合わせていた。
「……やはり。父親はお前じゃったか」
「老いぼれじじい。こんなところで隠居してたのか」
「!?」
ローガン、先生に対してなんて言い草を!!
話を聞けば、どうやらふたりは王都で顔見知りだったようだ。
この街にいる時のローガンは色彩を銀髪碧眼に変化させていることもあり、周りからの認識は異常に顔面レベルの高いただの狼獣人だ。
けれどおじいちゃん先生は王都で何度も黒狼としてのローガンと顔を合わせていたこともあり、キースを初めて見た時からローガンの子供ではないかと思っていたらしい。
「えっ、先生は、王宮勤めだったんですか!?」
「昔はこれでも王宮の治癒術師の教育もしておったわい」
「す、すごい人だったんですね…!」
王都で仕事をされていたことは知っていたけれど、国王付だとは思わなかった。
そんな名の知れた治癒術師が、こんな片田舎にいるなんて!勿体ないけど有難い!
私が感動しているとローガンが隣で鼻を鳴らして笑った。
「別にすごくないだろ」
「ローガンが言うことじゃないでしょ…」
「この老いぼれじじいはバツ5だぞ」
「わあ!やっぱり治癒術師ってモテモテなんですね」
「……なんでそうなる。不誠実の塊だ。何人も番を持つなど最低だ」
さっきから妙に突っかかる言い方をするローガンを睨む。
ローガンこそ不誠実の塊だったくせに何を言うか。
私と出会う前のアレコレを、マリオ殿下から聞いてるんだからね? 今更言わないけど、私が何も知らないと思ったら大間違いなんだからね?
ジト目の私に気付いたローガンは、何故か手を伸ばしてきて真顔で私の髪を撫でた。……なにしてんの?
それを見ていたおじいちゃん先生が驚いたような顔をしたかと思えば、大声で笑い出した。
「ふほほほほ!まさか、あの黒狼がのぉ。ふほほほほほほ!面白いもんが見れたわい!」
「相変わらず笑い方キモいな」
「ちょっとローガン!」
あまりの暴言に思わず隣の広い背中をバシリと叩いてツッコんだ。でも硬くて逆に私の掌がダメージを受ける。くっそう!
「何してるアリサ。手を痛めるだろう」
「ローガンのせいだけどね?!…って、このくらいで治癒魔法かけなくていいから!」
ローガンの手からポワッと暖かな光が灯って私の掌の赤みが一瞬で引いていった。
こんなの放っておいても秒で引くのに、チートな黒狼は私のためだと惜しげもなく本来なら高額な治癒魔法を使う。なにこの無駄遣い…。
「もう痛くないか?」
そう言って私の掌に口付けるローガンに顔が赤くなるのを自覚する。子供達の前でやめてほしい。素早くその手を引き抜いた。
「あ…ありがとう。でも勿体ないからどうせ使うなら次は困っている人に使ってね」
「黒狼には勿体ない出来た嫁じゃ」
「……」
「だからローガン、その目やめて?」
おじいちゃん先生をローガンは射殺さんばかりに睨み下した。
ちょっと私を褒めた相手をすぐ威圧しないで!!
「重ね重ね家族が失礼を…。大変申し訳ありません」
「お前さんも苦労するのぅ…」
※※※※※※
小話(その2)
子供達とマリオ殿下
(会話のみ)
「ライラはねぇ、おおきくなったら、せかいせいふくするの!」
「わぁ、怖いね〜。他国はどうでもいいけど、うちはママの国だから勘弁してね?」
「しかたない。かんべんしてやる」
「ありがとー! じゃあ、キースジュニアは何になるの?」
「ぼく……こうむいん…」
「公務員? いいねいいね! 父親も一応公務員みたいなものだし、王宮勤めは給料も高いよ! で、何がやりたいの? 何でも言ってみて、王太子の僕が全て叶えてあげるから!」
「ふくしかで、ミドくんのおしごとをおてつだいします」
「ん?……ミド君て、だれ?」
「いや黒狼が片田舎の地方公務員するなんて聞いた事ないよ」
※※※※※※
小話(その3)
ローガンとアリサ
()は心の声
「さっきから何をしている?(俺を構え)」
「んー宿題ー」
「宿題?」
「そう。最近、マリオ殿下のお知り合いっていう学者の先生とお会いする機会があってね、その先生から『ちょっと勉強してみないか』って貰ったの」
テーブルに山のように積み上げられた本やテキストをチラ見するローガン。
「……気軽に貰う量じゃないだろう(マリオのやつ…アリサを意図的に教育しようとしてるな。後でシメる)」
「ねー。本とか高そうなのに、余ったからあげるって全部タダでくれたんだよ。良い人だよねぇ」
「……(絶対シメる)」
「タダで勉強できるなんて、ラッキーだもん。やらなきゃ勿体無いし歴史とか面白いよ」
「……(俺との時間が減る…でもアリサが喜んでいる…)」
「ん?どうしたの?」
「……知りたいなら全て俺が教えてやる」
「えーでもこの国の礼儀作法とかも覚えたいし」
「俺に礼儀がないとでも?」
「あるの…?」
おまけ小話 完。