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何のために?
もしかして、ローガンは私も犯罪組織の一員だと疑ってたの?
攫われたって周りには言っていたけれど、ローガンには異世界から来たと本当のことを話していたのに、やっぱり信じていなかった?
ずっと私と居たのは、監視する為……?
「ローガン……私の事も、疑ってたの? 出会った当初に根掘り葉掘り色々聞かれたのも、毎日食堂に通ってきてたのも全部、監視してたってこと?」
「アリサ。違う、そんなわけないだろう」
「じゃあ、どうして? そんな複雑な魔法を膨大な魔力を注いでまでする意味があるの? ローガンは、まだ私に嘘をついていることがあるんじゃないの?」
「……っ」
「何も言ってくれないと、わからないよ……」
何かを言いかけて黙ってしまったローガンに代わって、マリオさんがため息をつきながら彼と私との間に入ってきた。
「本当にどうしようないねぇキースは。これまで力と顔で物事を解決してきた脳筋馬鹿で言葉で伝える事を怠ってきたからこの様なんだよ? 少しは反省したら」
「……うるさい」
「ごめんねぇ、ワカメちゃん。もう少し傍観して楽しもうと思ってたけど、本当にキースが君に振られたら俺も困るんだ」
マリオさんがクルリと私に向き合って肩を窄めた。
……なぜ、私はワカメちゃんと呼ばれているのだろうか。
「さっきワカメちゃんが言った『そんな複雑な魔法を膨大な魔力を注いでまでする意味があるの?』って、まさに君の感覚は至極真っ当で、その通りすぎてちょっと笑っちゃったんだけど、つまりキースはね、そんなバカな事をしてしまう程、ワカメちゃんのことが大好き過ぎて、離れていてもずっとストーキングしてたんだよ。おかしいよねぇ?」
「へ……?」
ストーカー……え?
ローガンが、私を?
「ストーカーじゃない」
「世間ではキースの事をそう呼ぶんだよ、そろそろ自覚しようか。英雄よりストーカーの方が自分でもしっくりくると思わない?」
「思うわけないだろう!」
ローガンの大きな声に子供達がビックリして私にしがみついた。震えるキースとライラの背中を撫でてローガンを見れば、彼は気まずそうに顔を背けている。
それを見たマリオさんは、困ったような優しい顔を私にだけこっそりと向けた。
「君を縛りつけたいけど、変なプライドが邪魔をして言えないし知られたくなかったんだろうねぇ。それとも嫌われるのが怖かったのかな? 嫌われる自覚があったなら、やるなって話なんだけどさ」
「ローガンが、私を……」
信じられない。
彼に今更何を言われても、私なんかが好かれているだなんて思えなかった。きっと気紛れでこの町に立ち寄って「ああ、そういえば」と思い出した程度なのかと思っていたけど。
「ほ、本当に……?」
ローガンを見上げるも、彼は私と目を合わさない。
腕を組み、さっきからあからさまに視線を逸らしたままだ。
「あはは! キースが照れてるぅ! 可愛くなーい」
「……お前、ほんと嫌いだわ」
「はいはいツンデレツンデレ。ワカメちゃん、俺は残党処理の指揮を取るからもう行くけれど、キースの話を聞いてあげてくれる? ずっと、君と話したがっていたんだ。口下手のくせにね」
「……はい、マリオさん。ありがとうございました」
「どういたしましてぇ」
独特の間延びした口調で手を振りながら部屋を出ていくマリオさんの前後を、騎士達も挟むようにして付いていった。
残されたのは、私と子供達とローガン。
子供達はローガンを警戒していて私の胸から顔を上げず、耳をペタンと頭にくっつけている。
その頭を優しく撫でて、再び顔をローガンに向けるとローガンのいつもピンと立っている三角の耳も少しだけ垂れていた。
自信に溢れた堂々とした姿ばかり見ていたけれど、今は視線を落ち着きなくウロウロさせて、時折私の様子を盗み見ているのもわかった。
「ローガン」
「!」
「私を、好きなの……?」
私の言葉ひとつで、ローガンの垂れていた耳が緊張したようにピンと立つ。そういえば、以前の彼に対しても言葉より耳や尻尾で感情がわかりやすい人だと思っていたんだっけ。
だから、言葉なんて無くても信じてたのに、彼が突然居なくなって、騙されたと憤って、悲しくて絶望して、それまでの彼の全てを信じられなくなってしまった。
私は自分に自信がなかったから、むしろ彼に裏切られたという事の方が自然に思えた。
ローガンはあの頃から何も変わっていなくて、きっと、変わったのは私。
言葉の足りない人だってわかっていたのに、拒絶して話を聞かなかったのも私。
彼の口から、自分に都合の悪い真実を聞かされるのが怖かった。
私は何に怯えていたんだろう。
この人はちゃんと答えてくれるのに。
今だって私の問いかけに苦しげに眉を寄せて「当たり前だろう!」と、強く肯定してくれるのに。
「なら……ローガンは、あの時どうして黙って居なくなったの?」
「アリサ」
「どうして、私を連れていってくれなかったの?」
「……」
「大好きだったのに、置いていくなんて、ひどいよ……ひどい……っ」
グッと涙がこみ上げてきて唇を噛み締めた。
ローガンは私を引き寄せると、ただ強く抱きしめてくれた。
本当はローガンばかりを責められないのも分かっている。
私は、彼の残したメッセージを見落として、捨ててしまったのだから。
きっと彼だって、私の無知さに傷ついたはずなんだ。
わかってる。
わかってるけど、それでも私はやっぱり一緒に連れていって欲しかった。
すぐに迎えにきて欲しかった。
涙の滴がこぼれ落ちる。
そこからはあの時の悔しい気持ちとか、悲しい気持ちとか、全部全部ローガンのシャツに染み込ませてやるつもりで大泣きした。
「アリサ、すまない。許してほしい。俺はお前のためなら何でもする。だからもう、要らないなんて言わないでくれ。俺には、アリサが必要なんだ」
もう、許してるよ。
ローガンが好きだよ。
要らないなんて、もう言わない。
私にも、最初から貴方が必要だった。
彼を強く責めたけど、今、言葉が足りないのはきっと私も一緒だ。
足りないんじゃなくて、彼に伝えたい事が多すぎて、うまく言葉に出来ない。
耳元で懇願するように囁かれたローガンの言葉に、彼を抱きしめ返す事で返事をした。
我に帰ったときに子供達ごとローガンに抱き上げられて背中を撫でられていたのには居た堪れなくなったけど、散々文句を言ったからかなんだか妙にスッキリとした気分だった。
ローガンは私に言葉のサンドバッグにされていたのに嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉しそうだ。
私と視線が合うたびに目が潰されそうな程麗しい顔で蕩けるように甘い微笑みを返された。
こ、殺す気か……っ!
キュン死にさせられる!
子供達が不思議そうにその様子を見上げているのに気付いて、なんだかとても恥ずかしくなった……。
※※※
「オリエさん、日替わり定食3つでーす!」
「はいよ」
あれから数日が経った。
港町の食堂のランチ時は、今日も満席だ。
厨房のオリエさんに注文を通して、食べ終えたお客さんのお会計をする。
それが終わればテーブルを片付けて、新しいお客さんを案内して料理を運ぶ。
忙しなく働いているとあっという間にピークを越えていたようで、店内にはひとりのお客さんを残すのみとなっていた。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
最後のお客さんは、ミドさんだ。
会計をしながらチラリと窺った喉元は、以前ローガンが働いた狼藉の跡がすっかり消え失せていてホッとした。
人間なら暫くは消えないだろうに、獣人の回復力って本当にすごい。
「ミドさん、今日はお昼の時間が遅かったんですね」
「ええ、最近ちょっと忙しくて」
他にお客さんも居ないのでつい世間話を始めてしまうと、どうやらミドさんは最近部署を掛け持ちしていてとても疲れているようだった。
「経済産業課のサンカルを覚えていますか? 彼が急に役場を辞めてしまったんですよ」
「え?」
「連絡も付かなくて、理由もわからないので心配しているんです。まあ、大人なので大丈夫だとは思うのですが……」
サンカルは役場を辞めたことになっているけれど、彼は犯罪組織の残党として、そして私への拉致監禁及び黒狼を売買しようとした罪で捕縛されたとマリオさんから聞いている。
翌日以降も新聞にはそのことに関して何も載っていなかったけれど、どうなっているんだろう。
なんとなく触れてはいけないモノのような気がして、ローガンにもマリオさんにも深くは追及できないでいる。
私もサンカルのその後の事は、少しだけ気になっていた。
彼があんな事をした原因は、恋人を奪われた事だ。今回の計画は黒狼を利用した私利私欲というより、黒狼への復讐だった。
一見、サンカルは猫獣人に唆されていいように利用されていたように見えるけれど、きっとそれは違う。
人身売買組織が壊滅させられた時、彼がその網から逃れられたのは下っ端だったからだけではなく、捕まって厳しい取調べを受けただろうあの猫獣人が彼の事を国にリークしなかったからなのではないだろうか。
サンカルはどう感じていたのだろうか。
自分だけ逃されたと分かっていて、それでも恋人と同じ道を辿る事を選んだのだろうか。
もう、彼と話をする事はないし、会うこともないだろう。きっと、処罰は重いものかもしれない。
でも、何処かで生きていてほしいとは思う。
彼のした事は許されないし私も許せないけれど、愛する人を失った気持ちは、理解できなくもないから……。
元同僚を心配するミドさんに「大変ですね……」と濁した言葉を返すと、「はは……」と、かなり疲れた笑顔が返ってきた。
わぁあ、私はミドさんが心配です……っ!
「あの、何かあれば全力でお手伝いしますから遠慮なく言ってくださいね。契約書とか、いつでも!」
「ありがとうございます。その時は甘えさせてもらいます」
次にミドさんが食堂に来たらこっそりご飯を大盛りにしてあげようと思いながら、少し痩せた彼の背中を見送った。
※※※
お昼の営業時間が過ぎると、休憩時間として二階の子供達の様子を見にいく。
いつも通りのちょっと遅めのお昼ご飯だ。
オリエさんに作ってもらった賄いと、朝に用意しておいた子供達用のご飯を温め直して階段を登ると、部屋の中からライラの叫び声が聞こえてきた。
「何事⁉︎」
慌てて扉を開けると、そこには部屋の角に追い詰められて丸まった子供達と、追い詰めたであろう犯人のローガンがいた。
キースは何故かローガンを前にすると、いつもニコニコしている表情が抜け落ちて尻尾を股の間に挟んで丸まってしまうし、ライラはローガンを見ただけで毛を逆立てて大騒ぎする。
つまり全く懐かれていない。
ローガンは事あるごとにこうして訪ねてきては自分なりのコミュニケーションを図ろうとするけれど、悲しいことに子供達にはとても嫌がられている。
「ローガン何してるのよ、もう」
「なんで逃げるんだ。土産も持ってきたのに見ようともしない」
「ローガンが怖いんだよ」
「は? 何もしていないじゃないか」
「……多分、第一印象、じゃないかな……」
私はローガンが子供達の目の前で子供達が懐いていたミドさんを殺しかけたからじゃないかと思っている。
アレは私も怖かった。
けれど本人はわからないようで首を傾げている。
それに獣人同士だと力の差がなんとなくわかるってミドさんが言ってたし。
圧があるんだよ、圧が。
ローガンはこれまでの放置が嘘のように頻繁に港町に通ってくるようになった。
直接私達の部屋に王都から転移できるように新しい伝承石を何処かから持ってきて設置していったから、現れるのは唐突で、いつもこの部屋だ。
昨日はたまたま部屋に差し入れを持ってきてくれたオリエさんと鉢合わせしてしまったけれど、オリエさんが階段を登る音が聞こえている間にローガンは黒い毛色を銀髪に変えて普通の狼獣人のフリをしていた。
しかしそのおかげで私を捨てたあの時の狼獣人だと思い出したオリエさんに結構な時間お説教されていたのは、身から出たサビだと思う。