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11《ローガン視点》


「2年前、私を捨てたのは貴方でしょう⁉︎」


 彼女の言葉に耳を疑った。

 俺が、いつ。

 アリサを捨てるだなんて、するわけがないだろう!


 しかし彼女は俺の言葉には耳を貸さず、伝承石も知らないと言う。

 伝承石からはアリサが触れた際に動いた微量の魔力反応が俺の元に届いていたのに、何故嘘をつくんだ。


 思わず上げた荒い言葉に彼女が震えて、きまり悪く目を逸らすと、倒れ込んでいたはずの男が体を起こし口を挟んだ。


「伝承石……は、離れた相手と通信できる魔石ですよ」

「ミドさんっ! 大丈夫ですか⁉︎」

「……はい、なんとか。はは、でも死ぬかと思いました」


 男とアリサの気やすい会話。

 俺の前で他の男と言葉を交わすなと苛立ちが込み上げてくる。


「そこから一歩でも動けば命はない」


 振り向く事なく男にそう言えば


「はい。わかってます、キースさん」


 と、俺の本来の名を呼んだ。


「やっぱり、貴方は黒狼のキースさんですね? まあ、その姿を見れば聞くまでもないでしょうけれど。伝承石なんて、転移も可能な国宝級の魔石ですよ。そんなもの、簡単には手に入りません。王族か……英雄でない限り」


 さっき殺しておけばよかったわお前、空気読め。

 俺より先にアリサに言うな。


 アリサが今にも泣き出しそうな顔をしているのが見えた。

 違う、ちゃんと話そうと思っていたのだと、慰めるために手を伸ばせば彼女はその身を咄嗟に引いた。


 そして「触らないで」「貴方なんか、知らない」と完全な拒絶を示してくる。……そろそろ俺の心が本格的に折れる。



「……アリサ、全てを許すと言っても?」

「貴方に許されなきゃいけないようなことを、私はしていない!」



 じゃあなんなんだ、この状況は。

 まさか俺の方が浮気相手だとでも言うのか。



「…そうか、わかった」

「ひぃええぇ! た、高…っ! 怖い! 降ろして!」


 アリサを無理やり抱え上げればバタバタと暴れられるが、この程度の抵抗などなんて事はない。



「~~くっっ! 嘘つき! 名前も全部嘘だったの⁉︎ 私の事騙したの⁉︎」

「事情があったんだ。でも、全部が嘘じゃない」

「嘘つき! 本当の事なんて、何もなかった!」

「お前を愛してた。今も愛してる。それは嘘じゃない」



 アリサが気の多い女だというのなら、もうそれでも構わない。

 閉じ込めて誰にも会わせなければ、いつかまた俺を好きになる。

 俺はずっとお前だけを愛してるから、それでもいい。



 アリサが静かに泣いているのが、抱え上げた肩口からの僅かな振動で伝わってきた。

 それにズクリと胸が抉られる。

 そんなに俺が嫌なのか……。



「キースさん、アリサさんを離してください!」


 兎の男が立ち上がって、進路を塞ぐように前に回りこんできた。まだ動けるのかと少し感心しながらも、その身体が小さく震えているのが分かる。

 先程殺されかけたのだから当然なのかもしれないが、圧倒な力の差を知りながらもアリサを守ろうと向かってくる姿に更に苛立ちが募った。


「動くなと、言った筈だが?」

「か…っ、彼女が泣いているのが、わからないんですか?」

「…アリサはこのまま連れて行く。子供はお前が育てればいいだろう」

「自由にしてあげてください! 先に手を離したのは、キースさんでしょう?」


 ……なんだと?


 この男は、今何と言った?

 俺がアリサの手を離した事など無い。

 離したのはアリサだ。

 お前のような野兎如きに、俺の番が奪われるなどあってたまるか。


「勘違いするな。俺が許すのはアリサだけで、お前を許したわけじゃない。アリサの血が入っていなければ子供共々、お前を殺してやりたいくらいだ」



 男も子供のことも、どうしても許すことはできない。

 男の喉を一思いに潰す事だって出来たが、今ここにはアリサがいる。これでもギリギリのところで理性を保っているんだ。

 その存在が視界に入るだけで殺したくなるから、子供は特に目に入れないようにしていたのに。



「だ、ダメ……っ! こっちに来ちゃダメ!」


 アリサの声に足元へ目をやると、その子供が俺の足にぶつかり床に尻餅をついてコロリと転がっていた。


「キース……っ!」

「キースくん!」

「………キース?」


 俺と同じ名……。

 転げた拍子に子供が被っていたフードが外れて、黒い毛に覆われた三角の耳と同色の尻尾が服からはみ出て見えていた。



「……黒……?」


 その姿に、ボソリと呟く。


「兎じゃない……………俺の子か?」

「違うっ!」

「俺の子だ……」

「違うってば!」


 担いでいたアリサをそっと床に降ろして、子供の前に腰を落とし、その顔をマジマジと見つめる。


「瞳も黒い……間違いない、俺の、子だ……」


 黒毛に黒い瞳は他には無い黒狼の証だ。

 どうなっている? なぜ、俺の子が居たのにアリサは何も言わなかった?

 まて。じゃあ、まさか、もうひとりも?

 アリサの制止を無視して転がっていた子供を腕に抱きあげ、食卓に座って泣いていたもうひとりの子供に近付いていく。


「ライラ!」


 先回りして子を守るように抱きしめたアリサの腕の隙間から難なくフードを頭から外すと、黒い三角の獣耳が顕になって心が歓喜に打ち震えた。


「俺の子だ」

「違うっ!」

「違う事はない。黒狼は親が黒狼であるのが条件だがそれでも稀種だ。父親は俺以外に考えられない」

「わ、私が黒髪だから……!」

「他の狼と浮気したと?」

「そんな事してない‼︎」


 思わずと言ったようにアリサが口にした言葉は、更に俺を喜ばせた。

 アリサは俺を裏切ってなどいなかった!


「そうか、そうか」


 頭を撫でてやると嫌そうに顰めた顔をされた。


「やめて! 触らないで!」

「そう毛を逆立てるな」

「立ててない! 私人間だし!」

「アリサ」


 可愛い、可愛い、俺のアリサ。

 名前を呼び、子供ごと抱きしめた。

 ずっと欲していた柔らかな身体、やはりこれは俺のものなのだ。


「アリサ、すぐに王都へ行こう。子供達も一緒だ。向こうに家も用意してある。不自由はさせない」

「……」

「アリサは正式に俺の妻となる。子供達もきちんと籍に入れなくてはならないからな」


 これからのアリサとの生活を思えば、結婚のための多少面倒な手続きも、その後のかなり面倒な王家の面々とのやり取りも苦ではない。


 それなのに、アリサは「王都には行かない」と俺の胸を押し返した。


「…疑った事を怒っているのか?」

「行かないったら、行かない。私はここを離れる気はないから」

「アリサ、我儘を言うな」

「我儘? 私が我儘なの?」


 アリサの表情がどんどん険しくなっていく。

 このまま話していたらもっと拗れてしまうだろうと、一度話を切ることにした。

 突然の事に驚いて、アリサも心の整理がつかないのかもしれない。

 だが、明日になればきっと思い直してくれるはずだ。


「とにかく明日また迎えにくる」

「来なくていい」


 身も蓋もなく、なんてことを言うんだ。


「王都に帰りたければ、貴方だけ勝手に帰ればいい。私と子供達を巻き込まないで」

「アリサ……」

「突然いなくなったのに、突然現れて、実は英雄で、明日から王都で暮らしましょうって言われて、私は貴方の何を信じればいいの? どうしてそれで私がついていくと思うの?」

「俺はお前を忘れたわけじゃない」

「だから、そんなの知らないんだってば! だってローガンは側に居なかったし、その間本当は猫獣人とイチャイチャしてたかもしれないし、これも何かの気紛れで、また私が要らなくなるかもしれないでしょう⁉︎」

「猫?なんの話だ」

「セクシー猫獣人だよ! 港の外れにいたじゃない!」

「……ああ」


 アレか。


「私にはもう子供達がいるの。昔の、貴方しか居なかった私じゃないの!」

「……俺は要らないと?」

「そうだよ! もう要らないの!」


 要らない?

 子供だけが居ればいいと?

 俺はアリサが居れば、子供はどちらでも良かったんだ。優先すべきは妻で、子は付属でしかない。

 アリサの血が入っているからこそ引き取る、それ以上の感情などない。



「……ならこのまま拐うしかないな」

「すぐ犯罪に走ろうとするのやめて」

「俺はお前を置いては帰らない。お前が俺を必要であろうがなかろうが関係ない」

「じゃあ、私の気持ちはどうなるの?」

「……どうでもいい」



 もう、どうでもいいんだ。

 側にいてくれるなら。

 お前が俺を愛していなくても、必要ないと言っても、俺がお前を必要で、愛しているから。




「ローガン」



 聞いたことのないほど冷たい声音で彼女が発したのは、俺が使っていた偽名。

 彼女についた、嘘のひとつ。


 今思えば、壁を作るように、彼女はわざとそう呼んだのかもしれない。




「さようなら。二度と私の前に現れないで」






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