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10《ローガン視点》

狼視点の暴力表現がありますので、苦手な方はご注意ください。

 あの後、マリオによって俺がアリサにフラれた事を王家内で回されている交換日記に書かれた。


 国王(ジジイ)から向けられた憐みの目を俺は忘れない。

 同情からか伝承石についての咎も一切無かった。

 『気持ちが落ち着いたら返してもらってこい』とは言われたが。


 これはきっと何かの間違いだ。

 俺が被ったあの大量の海水とワカメ……アリサが何かの意図を持って、あんな物を送ってくるだろうか。

 異世界だという彼女の国の文化は未知数だが、俺が雨に濡れただけで風邪をひくのではないかと心配して世話を焼いてくれていた心優しい彼女がすることとは思えない。

 ならば、恐らく伝承石は海の中にある。


 落としたのか、盗まれたのか。


 どちらにしても俺が今、伝承石を頼りに彼女の元へ転移することは出来ないと言う事だ。さすがに海底に着地はきつい。



 すぐにアリサの様子を見に行かなければ。

 もしかすると、人攫いにあって身動きが取れないのかもしれないじゃないか!


「いやー、さすがに英雄がフラれた相手に付き纏いをするのは、王家としてもちょっと看過できないなぁ」


 ヘラリと笑ってマリオが言った。


「そもそも置いてくるべきじゃなかったんだ! アリサはあんなに可愛いんだ。しかも稀な黒髪だ。今まで無事に過ごしていた方がおかしい。俺なら拐う。秒で拐う」

「今まさに犯人がここに居て拐おうとしてるけど、それやったらキースが捕まる方だからね? やめてね、一応こっちも体裁とかあるから」

「体裁だと? もし今アリサが危険な目にあっていたらどうするんだ!」

「うん、まさに今だね。黒狼に狙われる以上に危険なことってないよね」


 なぜか俺はマリオにストーカー認定をされた。

 そして、王家の監視の元でこれまで以上の無茶振りの仕事を数件背負わされて僻地に飛ばされることとなった。


「港町モフルンとは真逆の方向じゃないか。立ち寄ることも出来ない。絶対に行かない。お前が行け」

「俺が行って解決できると思ってんの? やだよ、ペンより重い物持ちたくないし」

「知るか!」

「そう……。実は、君が傷付くと思って言ってなかったことがあるんだけど」

「……なんだ」

「ある国では、相手に水を掛けるという行為は交渉の決裂や縁切りの意味があるんだ。つまり、あの大量の海水は、ワカメちゃんからの意思表示……」

「そんな話は聞いた事がないぞ」

「みくびってもらっちゃ困るなぁ、俺は一国の王太子だよ。世界各国から多くの情報が集まり、常に更新しているんだ。嘘をつくわけないじゃない」

「……馬鹿な。アリサが、俺と縁を切る、だと……?」

「その可能性は大きいってことだよ。だって、音信不通だよ? 普通は好きな相手のことは気になるものじゃないの? きっと今の頑なな状態で会っても良い結果は得られない。真面目な話、ここは少し時間をおいて、お互い冷静に話し合うべきだと思うんだよねぇ」

「……」

「だからさ、キースも少し頭を冷やして。彼女の気持ちも落ち着けば、変わるかもしれないからさ。冷却期間だと思ってお仕事してきなよ!」



 最初は勿論拒否をしたが、最終的にこんな取ってつけたようなマリオの説得に頷いてしまった事をすぐに後悔することになった。

 それほどこの時の俺は、動揺していたのだ。

 現に僻地に飛ばされたあと、その土地の祈祷師とやらに『復縁できる』と言われ、つい言い値で買ってしまった謎の壺がある。

 マリオもその祈祷師もペテン師丸出しであるにも関わらず、アリサと再び縁が結べるのならば縋りたかったのだ。

 ……本当に、俺はどうかしていた。



 数年かかると思われた案件を1年で回収して王都に戻ると、マリオには「えー」と不満げな声を上げられた。


「仕事が出来るのは良い事だけど、ちょっと早くない? 気持ちの整理はついたの?」

国王(ジジイ)へ報告が終わったら、俺はアリサに会いに行く」

「いや全然ダメジャーン! 整理ついてないジャーン! もう一回どっか行っとく?」

「ふざけるな。間もなく2年だ。いい加減にしろ。アリサに会いたい。邪魔するなら王都を潰してやる」

「こわっ! リアルに出来ることだからシャレにならないんだけど! 英雄なの⁉︎ 魔王なの⁉︎」

「アリサ以外、皆んな死ねばいい」

「あー……この1年で、ただただ病んでたんだねぇ……」



 脅すようにして漸くもぎ取った休暇を利用して、髪と瞳の色を変えて急いであの港町に向かった。


 町は何も変わっていなかった。

 相変わらずのんびりとした雰囲気に、当時アリサと過ごした幸せな日々の記憶が蘇っていく。


 たとえ時が経ち景色が変っていたとしても、俺にはアリサの居場所が簡単にわかる。

 町に居た時から、いつどこに居てもアリサと会えるように彼女の行動を追跡する魔法をかけておいたのだ。

 それは今も有効で、目を閉じて彼女に意識を集中すれば暗い目蓋の中で光がある方角を示す。

 それは対象に近付けば近づく程、正確になっていく。


 ……これは、マリオが言うようなストーキングではない。念のため。そう、念のためだ。


 早る気持ちを抑えて食堂へと続く道を足早に歩いていると、前方に黒髪の女性の姿を捉えた。


 長かった髪は肩口で切り揃えられ短くなっているけれど、あの髪色は他にはない。

 アリサだ。

 久しぶりに見る愛しい人の姿に安堵したのも束の間、彼女の隣には兎獣人の青年の姿とウサギの耳をした子供が2人。青年とアリサがそれぞれに抱いて、仲良さげに笑い合いながら店の中に入っていった。


 まるで夫婦のようなその様子に、立ち止まり、全身の血の気が引いていくのを感じた。


 は?


 これは、なんだ?

 なんの冗談だ。


 俺に何の連絡も寄越さず、反応さえ示さず、ワカメを叩きつけてきたのは、アリサには他に男が居たから?

 嘘だろう……?


 アリサにとって俺は何だったんだ。あんなに何度も愛し合っただろう。アリサからの好意は当時間違いなく感じていた。だからこそ、俺を受け入れてくれたんじゃないのか。


 ……心変わり?

 俺がいなくなったら、すぐに乗り換えたのか?



 人間には、番がわからないという。

 生涯を誓い結婚をしても、何度も相手を変える事があるとも聞く。


 アリサもそんな人間だったのか?

 俺は、お前こそが唯一だと決めたのに。


 なんだ、この感じたことのない、湧き上がる感情は。

 憎い?アリサを?

 違う。

 愛してる、愛してるんだ。

 渡さない。決して。


 たとえアリサに別の相手が居ようとも、俺の番はお前だけだ。

 あの兎も獣人であるなら、番を持つ相手に手を出せば殺されても文句は言えない事は知っているだろう。


 ふつふつと感情が腹の奥から煮えたぎる。

 こうなる事がわかっていたから、マリオは俺を止めたのだろうか。



「人間の俺が言うのもなんだけど、獣人と違ってね、人間は番がよくわからないから何度も恋をするんだ。でも最近は獣人だってあんまり意識してない人の方が多いでしょ? キースだって、その子と出会うまではわからなかったでしょ? だからね、女の子が裏切ったわけじゃないからね。絶対に熱くならないようにね」


 その時は、何を言っているんだと思っていた。

 アリサが俺を裏切るわけがない。

 俺以外を受け入れるわけがない。

 離れていてもこんなに好きなんだ。相手もそうでないわけがないと本気で思っていた。



 人間に恋をした獣人は、いつ相手が心変わりするかを疑い、不安から余計に執着し、最終的に自分の檻に囲い込む。けれどそれでもまだ息がつけず、自分の心も相手の心も壊す事があるらしい。


 そんな話を聞いて馬鹿だなと思っていたが、今はそれがよくわかる。


 俺はあの兎からアリサを奪い返し、きっともう二度と目を離さないだろう。




※※※



 定食屋の店先に立ち、扉に手を掛けると鍵が掛かっていた。苛立ちからいっそ壊してしまおうかともう一度手を掛けると、内側から愛しい女の声がした。



「すみません、今日お店はお休みなんで…す……………は?」



 扉を開けて顔を出した2年ぶりのアリサに心が歓喜しているのに「……これはどういう事だ?」と責めるような言葉が出た。


 強張った顔で、彼女の口から俺の偽名が呟かれる。

 そうだ、俺は彼女に本当の名前さえ教えていなかったんだ。


 彼女の中の俺は、俺じゃないハリボテだった。

 彼女はそんな俺を本当に愛せたのか?



 ……どちらにしろ、奥にいた兎の男を俺はどうしても許すことができそうにない。




「ぐっ⁉︎」


 瞬間的に、考えるよりも早く男の首を壁に押さえつけていた。

 思ったよりも頭の中は冷静で、青白く染まっていく男の顔を冷静に観察している自分がいた。


「ちょっとなにしてるの⁉︎ やめて!」

「……」

「ローガン‼︎ 離して! そんな事したらミドさんが死んじゃう……っ!」

「……」

「ねぇ! お願いやめて!」


 アリサは泣くほどこの男が大切なのか、涙をボロボロと流しながら俺の背中を叩いたり、男を押さえつけている腕を解こうとしがみついてきた。

 アリサが必死になればなるほどに腕には力が籠もっていく。このまま首をへし折ってやろうかと本気で思っていた。



「ねぇえ!やめてよぉ……っ、なんで、こんな、ミドさんが死んじゃうぅ……!」



 アリサの悲痛な叫びの後に、子供の泣き声が聞こえた。

 視線をゆっくりと移し、対象を捉えるとその視界を塞ぐようにアリサが両手を広げて前に立つ。


「子供達に触らないで! 今すぐミドさんを離して! でないと警務官に貴方を引き渡すからっ!」

「……番に手を出せば、万死に値するのは当然だ」

「ミドさんが、貴方に何したっていうの? どんな理由があろうと、いきなり暴力を振るうなんて最低だよ!」


 何をしたか、だと?

 俺の番を奪い、子までもうけた。

 これ以上の罪が他にあるのか。



「ローガン、これ以上ガッカリさせないで!」

「……お前がそれを言うのか」


 失望したのは俺の方だ。

 男を押さえつけていた腕を外し、アリサに向き直る。


 床に倒れた衝撃で、激しく咳き込み始めた男にアリサが駆け寄ろうとするのを腰を掴んで止めた。



「お前が近付けば、次こそソイツを殺す」


 俺の目の前で他の男に近付くな。

 警告に腕の中のアリサがピタリと抵抗を止めた。


「こ、子供達に手を出さないでっ!何かしたら私が貴方を殺すから!」

「物騒な事を言うな」

「さっきから物騒な事をしてるのは貴方でしょう⁉︎」

「妻の浮気を咎めて何が悪い」


 思わず口をついた言葉に、アリサがポカンとした顔をした。


「何だその顔は」

「念のため聞くけど、誰が誰の妻?」


 妻……妻では、まだない。


「そこ、何で黙るの?」

「……お前に、ワカメが転移して来た時の俺の気持ちがわかるか」

「は?」


 わからないだろうな。

 俺も、ワカメを送り付けてきたお前の気持ちがわからない。


「なぜ、来なかった? お前は俺を受け入れていたはずだ。なのに俺の呼びかけには応えず、漸く迎えに来てみれば別の男と生活を共にしているだと? 子供まで……あり得ない。お前は俺の番だ。なぜ裏切った? 最初から俺を騙していたのか?」


 彼女を前にすれば一気に感情が溢れ、冷静さなど簡単に失ってしまう。

 乱れた魔力に色を変えていた瞳や髪が本来の色味へと戻っていく。


「ローガン……か、髪……え、大丈夫なの?」



 先程まで親の仇のように俺を睨みつけていたくせに、急に気遣うような優しい声音になった。

 俺が好きな彼女の声だった。


 アリサ、アリサ。

 どうして。信じていたのに。

 こんなのは嘘だと……、俺を愛していると言ってくれ。



「黙れ、裏切り者……っ」



 悪態をついて背中から強く抱きしめると、アリサの声音が地を這うものに変わった。



「は?誰が、裏切り者だって……?」



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