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砂漠の梟  作者: CANDY
時の結び目
9/28

言わなければ嘘にはならない

「ここの暮らしは長いのか?」

 歩きながら、クゥが問う。

「四つから、流浪民として地下下水道跡で暮らしてる」

 世間話を振っておいて、困ったような顔をされる。

 あぁやはり、この人は南部の人だね。

 南部の人は子供が一人っきりで生きてるってのは、駄目だって考えだ。

 親がいなければ、その共同社会で引き取って育てるし、馴染めないなら養子や徒弟として、個人で引き取ったりもする。

 つまり、必ず保護者を立てるんだ。

「大丈夫だったよ。ここのヤカナーン様は慈悲深いから、子供が野垂れ死ぬ事は無いし、よっぽどの事がなければ死なないよ。子供は財産だと思ってるからね。」

 たぶん、そうじゃない。

 っていう言葉を言いたいだろうけど、クゥは黙って微笑んだ。

 この人は、いつもうっすらと笑っている。

 垂れ目で口元を片方引き上げて、何となく面白そうだって顔をしている。

 意識的なのか無意識なのか、とても話しかけやすい雰囲気だ。

 近所のお兄さんって感じかな。

 でも、あの幻の中で見た姿は、ホルホソロルそのものだった。

 今は、水で洗い流されているが、顔も体も戦化粧で覆われ恐ろしい感じだった。

 あれで戦用の羽兜とか被っていたら、逃げ出すような野蛮さだ。

「どうして水の中で生きていたの?」

 役所の建物が見えたところで、聞いてみた。

 これも世間話の一つだよ。答えなんて期待はしてない。

 けれどクゥは、ハッっと短く息を吐いて答えた。

「わからない」

 立ち止まると、振り返る。

 城を仰ぎ見て、彼は言った。

「私には十日の出来事だ」

「十日?」

「あの墓で目覚めるまで。

 ア・メルン城塞が滅ぶ十日間、その最後に水へと落ちた。

 それもあの場所ではないと記憶している。

 たった十日の出来事だった。

 そして私は墓で目覚めた。」

 私も城を見上げた。

 十日?

 滅んだ?

 私の記憶にそんな事はおきていない。

 嵐が来て二日耐えて、三日目の朝に、異変が起きた。

 そして時が流れて。

「今夜、合流したら話してやろう」

 聞きたいような聞きたくないような、でも、同意した。城に行くなと言う理由だろう。

「あぁ、この二階の奥の部屋に、骨の壺があるよ。

 そこの引き出しに走り書きがある。どういう意味かわからないけれど、何か役に立ちそうなら、見てみて」

「一緒に来るか?」

 嫌です。

「茶色、案内してあげてね」

 不満そうな顔の茶色と分かれて、下に向かった。

 本当は、クゥと別れるのは嫌だった。

 幻だったら、逸れたら、また、一人になったら。

 でも、私は助けてといえない分、助ける人でいたい。

 そして、クゥの話を聞いた上で、笛の人に会い行きたいのだ。

 まぁクゥの話が怖すぎたら、考え直すかな。

 教会の様子を伺うが、変化は見えない。

 そのまま動物達の様子を見に向かう。

 餌は減っていたし、厩の藁替えや、街中の餌場の補充に掃除。糞の始末とあっという間に時間が過ぎた。

 クゥは夕方まで帰らないと言っていたので、昼は抜いてしまった。

 午後を大分過ぎてから、教会に戻る。

 裏の水場で身を清めてから、食事の支度を始めた。

 クゥは大きいからたくさん、二匹はお肉だ。

 結局、お肉祭りだ。

 下準備も楽だしね。

 そのかわり、消化の良い穀物の粥も仕込む。

 時間が過ぎると、不安になる。

 来ないかもしれない。

 そんな考えが浮かぶ。

 代わりに、教会の倉庫から寝具を持ち出して、神殿の祭壇の方から下に運び込む。

 犬達とクゥで満員だ。でも、これなら怖くない。

 そんな事を考えていると、教会の方から吠え声が聞こえた。

 よかった、来た。


 食事を終えて、後を片付ける。

 種火を残すか悩んだ。

 でも、二人になったからといって油断は禁物だ。

 種火も消して、林檎を抱えて裏に回る。

 馬に与え、二匹にも与え、クゥにも林檎をあげた。

 そして霊廟へと案内した。

 上で、寝台で寝たいと言うかな?

 と、思ったが、素直に墓に入った。

 まぁ霊廟の付属の部屋だけどね。

 ただ、今回は天井の引き戸は開けておいた。

 流石に空気の流れがたりない。

 犬達は入り口で位置を争い、クゥは引き戸の方の端で寝る。

 私は真ん中で、林檎を齧る。

「どんな姿だった?」

「硬い蒸し餅みたいだった。それがいろんな人の影になって、最後に怖い男の姿になったよ。

 昼間に見たのは、子犬ぐらいの大きさだったのが、男の子になった」

 それに同じく林檎を齧っていたクゥは、そうかと返した。

「ただ、昨日の晩のは、もしかしたら又別かもしれない」

「出たのか?」

「目覚める前でよかったよ。何か魘されていたら、感づかれていたかもね。干し物をしまい忘れてた時は生きた心地がしなかった」

「見たのか?」

「まさか。ただ、喋っていたからね」

「どんな事を?」

「若い男の声だったよ。意味がわからないけれど」

 聞こえた限りの言葉を伝えた。

 すると、クゥは上を見た。

 引き戸から神殿の小部屋が見える。

 まだ、ほんのりと明るくて、まだまだ夜は始まったばかりだ。

 するといつもの竪琴の音が聞こえた。

「ほら、あの音色。きっと塔の人だよ。あの人、大丈夫かな」

 上を向いていた顔を戻すと、クゥは私を見た。

 薄い色の緑の瞳は、作り物みたいで綺麗だ。

 それが光ってキラキラしている。

 生きているんだなぁと、ぼんやりと見返していると、フッと笑って彼は言った。

「ここに来たのは、私の中では十日前だ」

 そして彼は、その十日の出来事を語った。


 ***


 クゥは、ある日、養父のアデイム・アルダに呼ばれた。

 アデイムはニィ・イズラの種族長の一人だ。

 種族長とはニィ・イズラの中にある親族のまとめ役だ。

 長は何人かいて、その中でホルホソロルで働いているのは、アデイムだけだ。

 アデイムは、領地にてある事を知った。

 それをア・メルンのヤカナーン公爵に伝えねばならない。

 そこで養父の共に、同じホルホソロルで働いている義理の息子であるクゥを指名した。

 その情報は、所属するホルホソロルに先に伝えており、穏便に事を運ぶために、族長としてア・メルンに向かう体裁をとった。

「つまり、それはヤカナーン公爵様の領地内で問題になる出来事だった?」

「そうだ。内紛の種であり、今回の騒動の原因だ。

 アデイムは、このままだと公爵に不利益が発生すると伝えようと訪れた。

 これが公式に中央軍からの使いになれば、騒動がおきなくとも公爵は困ったことになる。だから、個人的な訪問として処理しようとした」

「親切が仇になったって事?」

「小さいのに賢いな」

「小さい言うなし」

 それがクゥが言う十日前の訪問であった。

 そして彼らは筆頭家臣であるイライフ・マハドと連絡をとりあった。

「後で、あの紙の綴りを見つけた家を教えてくれ。そこがマハドの屋敷だろう」

「走り書きにあった主さま?」

「そうだ。お前は核心部分の引札を引いている。そしてそれはとても危険な事だった」

「直接、関係ないし」

「関係は無い。

 だが、注意しなければならない。

 何も関係が無くとも、災いは降りかかるのだ。

 ましてやイライフ・マハドは毒殺されている。私達と会談した後すぐにな」

 それは、おかしい。

「でも変だよ、主様は十日後も生きていた」

「あの書付での客人は私たちではない。

 私たちは砂嵐の後に来ている」

 ありえない。

「そんな、誰もいなかったし、船も来なかった」

「お前の数ヶ月と私の十日。

 説明がつかないし、わからない。

 私はこうだったという事しか言えない。

 だた、説明しようとすればできるかもしれない。」

「どういう事?」

「想像を話しても、無意味だ。

 話を戻すぞ。

 砂嵐が過ぎ去った後、予定が組まれていただろう。それが私達が到着してからの行事になる」

「クゥの前に、ホルホソロルから客が来ていたって事?」

「いや、ニィ・イズラからだ。誰かが私たちより先に来て、私達が来る事を知らせていたんだ。

 表向きは同じ目的の仲間のようにな。

 そして、イライフ・マハドは公爵の後見。

 それが私たちの到着と情報交換をした直後に毒殺された。

 そしてその毒殺の容疑をもって身柄を拘束された。」

「薬って書いてあったやつ?」

「長命種貴族と獣人には毒殺は難しい。

 毒への抵抗が強いからな。

 だから、時間をかけた。

 家族同然と思っていた相手から毒を盛られ、信じていたはずの家臣から、公爵は裏切られた。

 そして私と養父は罪を着せられたという事だ。

 だが、公爵は私たちの方の話を信じた。信じなければならなかった。証明は公証人をたて、神殿の誓約もとりつけた」

 だが、殺された。

 あの場面だ。

「到着、会談、毒殺、拘束と根回しで五日、証明、公爵との面会」

 そして最後。

「城は死であふれた。お前はもう中に入るな」

「死であふれたって、公爵様に歯向かった人達がいるの?」

 クゥは、一度、口を開いてから閉じた。

 それから、食べ終わった林檎の芯を茶色に投げた。

 茶色は当然のように一口で食べた。

 わかったよ、灰色、突くなよ。

「何れ、あの砂の川とやらは消える」

「見たの?」

「他の伝令文を探したからな。見えたよ。

 いずれ消えれば、外から兵士が来るだろう。」

「いつ?」

「わからない。だが気にするな。争い事に、お前は関係がないんだ。」

 言われた言葉に、何だか、不安になった。

「ねぇクゥ、お兄さん」

「何だ」

「消えないよね」

 ぽんっと頭に大きな手が置かれた。

 大きな手は、ふわっとなでた。

「大丈夫、大丈夫。怖いことは何もおきない。命の恩人、我が同胞、怖いことはもうおきない」


 結局、クゥは答えなかったね。

 でも、何が始まりかってのは教えてくれた。

 けれど、他は秘密なんだな。

 そりゃそうか。

 でも、わかったよ。

 それはとっても怖いことなんだね。


 ***


 次の日、クゥは武器を探すとアルラホテの街へ。

 私はいつもどおり、動物の世話だ。

 やはり茶色はクゥと一緒で、嫌な顔をしていたが、今夜のご飯の献立でお願いした。

 灰色は機嫌がいい。

 さて、城は行くなと言われてしまった。

 助けが来るともクゥは言う。

 やっと人間と会話してるぞっていう浮かれて楽しい気分とは別に、生き残る為には考える事が必要だ。

 クゥの言うことは正しいのか。

 信じるのは、間違いじゃない?

 大人の言葉で、何があったか知っている。

 それに助けは来るんだ。

 と、言い切って貰えるのは、とても心強い。

 けどね。

 嘘か本当かはわからないよね。

 クゥは大人だからね。

 子供を怖がらせないようにって。

 嫌な嘘じゃなくて、隠そうとするかもって事。

 生きていく現実は、あまり楽しく無い事もある。

 助けは来るだろう、いつかね。

 子供にはいえないなって思っているかも。

 だからといって、クゥの意見を無視して城に行く気はおきない。

 行きたいけど、一人になりたくない。

 だから、クゥの考えを変えるにはどうしたら良いか、ずっと考えていた。

 そして家畜や動物の世話をして、今日は暑いなぁって大階段の噴水のところで休憩。

 見慣れた鴨の親子の行進を見ていた。

 親鴨の番が数組、子鴨が。

 猫がじっと見ているが、一応、棲み分けができている。

 子鴨の行進、子鴨。


 私は気がついた事に呆然とした。

 説明がつかない事が目の前にもある。


 クゥと私の時間のずれ。

 それは街の中にもある。

 壊したり食べたり消費すれば、物は減る。

 家畜が食事をすれば餌が減る。

 けれど、この眼の前の鴨もそうだけど、子鴨は成長していない。

 猫が食べたから?

 だが、生き物の頭数や妊娠している動物もいる。

 いるが、ここ数ヶ月の中で、何も変化が無いのだ。

 食べ物は腐る。

 消費もしている。

 草木は成長していた。だって、放牧地の一角の野菜は収穫できた。

 でも、生き物はどうだ?


 クゥと同じだ。

 時間が変だ。


 クゥの十日。

 私の数ヶ月。


 ここでも私は一人ぼっち?


 怖い。また、一人になるの?


 灰色がゴンゴンいつもの奴を頭にする。

 私は半泣きで灰色にしがみついた。

 落ち着くまでしがみついてから、教会に戻った。

 何か美味しいものを食べよう。

 クゥは二食で平気とか言っていたが、私は三食どころか四、五回は食べたい。

 私の体は大食らいなのだ。

 経済状況で今までは少なくしていた。

 現在は食べ放題だね。


 卵だ。

 鳥の卵はどの理屈なんだ?

 採取しているが、生まれている。

 わからない。

 考えるのが面倒になり、卵や豆、肉の料理を作っていく。

 すると昼には戻らないと言っていたクゥが戻ってきた。

 どうやら、茶色がいい匂いに釣られて引っ張ってきたようだ。

「武器は見つかった?」

「中々良いのが無い」

「兵舎のは?」

「皆、錆びて壊れ、朽ちていた」

「朽ちるなんてあるの?保管してあるでしょ」

「まぁそうだな」

「お店は?」

 肉料理をクゥに渡しながら問うと、彼は困ったように笑った。

「駄目だった」

「料理の道具でよければ使う?」

 冗談でいったのに、クゥは大きな肉切を持ち出すことにした。

「どういう事なの?」

 犬達にもご飯を渡し、自分の分を山盛りにすると食べ始める。

 不安を食事で紛らわせる贅沢。太るね、太ってみたい。

 太るのはお金持ちだけだっ!

 なんて内心くだらない事を並べていると、クゥがため息をついた。

「たぶん、ア・メルンの武器は使えない」

「きっと武器屋の地下には倉庫があるよ」

「そうじゃないんだ」

 言い渋るクゥの顔を見る。

 肉団子の料理の皿を渡すと、彼はいつもの笑顔を口元で作った。

 努めてクゥは笑顔でいようとしている。

 それがわかる。

「クゥ、お兄さん。私はね、お兄さんが思うより子供じゃないんだよ。赤ちゃんじゃないんだからさ、言ってごらんよ。

 ここにはお兄さんと私だけだ。見栄をはる必要はないんだよ」

「見栄か」

「わかってる、私が子供だから知らせたくないんでしょ。ここで死ぬかもしれないとか、助けなんて来ないとか、言いたくないんでしょ」

「いや、助けは来るし、お前は死なない」

「そうだといいね」

「本当だよ、サリーヤ。助けは来るんだ。だがな」

 辛めの汁をドンとクゥの前に置く。

「あったばかりで信用がないのはわかってるよ。でも、足手まといにならないためにも、少し教えてよ」

「辛そうな汁だな。

 サリーヤは賢いし偉いぞ。こうして料理もできるし、生き残ってきた。

 お前が足手まとい?それは違う。

 お前が私を助けたのだ。

 覚えておいてくれ、お前がいなければ、私は目覚めず、死んでいたのだ」

「そんな事、言うな。怖いこと言うな」

 辛い物が苦手なのか、クゥは汁に苦戦している。

「お前の幸運が、私を呼び戻したんだ」

「どういう事?」

「まだ、城に行きたいか?」

「そりゃ、塔に人がいるならね」

 それにクゥは料理に視線を落としたまま、言った。

「私は死んだ」

「クゥ」

「死んだと思った。死んでいるはずだった。」

 そして彼は言った。


 ア・メルンの時の紐が結ばれた。

 不自然な結び目により、ここはおかしな事になっている。


「どういう事」


「謀反がおきた。そこに二つの介入があった。

 逆賊は武力でア・メルンを支配下に置き、彼らの考える後継者を据える気でいた。

 実に、中央政府の介入前ならば、そういった武力での統治権の強奪は可能だ。

 もちろん、中央は極端な圧政や税収入を損なう新規の支配者を認める事は少ない。

 だが、正統な血筋と証明されれば、こういった乱暴な方法も通るのだ。

 ここまでは、わかるか?」

「うん、よくある南の地方紛争がそれだよね」

「そうだ。

 新たな、ア・メルンの支配者を立てようとした武装勢力の活動。

 穏便な介入を望んだ中央と我々だったが、それは成功しなかった。」

「でも、この有様は、おかしいよ」

「この謀反だけならば、私と養父の首、そしてヤカナーンの一族の首が並ぶだけの事だった。

 さぁ、食事を終わらせなさい。

 たぶん、食べ物がまずくなるような話だ」


 まだ、お昼を少し回った所だ。

 今日も乾いた風と、水の流れの音だけが聞こえる。

 誰もいないア・メルン。

 お茶を出して、焼き菓子を焼こうと粉を練る。

「二つの介入があった。」

 クゥは食卓に置かれた茶に目を落として、思い出すように言った。

「勝ったと彼ら謀反の者は思っただろう。

 だが、彼らは、間違った選択をした。

 殺してはならない者を殺した。

 そこから混乱が始まったのだ。」

「誰を殺したの?」

「ヤカナーンの一族内の争いでもある。

 だが、介入していた者は、殺してはならない人物を指定していたようだ。

 だが、謀反人は無差別に殺した。

 結果、その介入していた者は、支持してい謀反人達を見限った。

 分裂し、ここからヤカナーン全体の虐殺に切り替わった」

「よくあるって言っちゃ駄目だろうけど、それはありがちだね。口封じに後始末。権力の空白ができれば、誰でもその椅子に座れるからね。」

「だったら、よかったがな。介入者、つまり謀反を唆した者の目的は別だ」

「違うの?」

「たぶん、二つほど目的があった。だが、生かしておきたかった者を殺されて、結局、全てを始末する事が優先された。そこにア・メルンの支配は含まれていない」

「頭がおかしいんだね」

「そうだ。私とホルホソロルから連れてきた者で戦ったが、押し負けた。押し負けた事で、城は落ちた」

 虐殺がおきたのか。

 クゥはお茶を飲むと、美味しいよと言う。

 荒い生活だろうに、礼儀は正しい。

 族長が養父というなら、育ちは良いのだろう。

「そこでやっとヤカナーンの生き残りが介入した。彼らもただでは死にはしない。もとより、力があるからこその支配者だ」

「何をしたの?」

「何か、をした。

 そして、ア・メルンは無人になり、砂の川が広がり、夜は何かがいる。

 そして死んだ私は、こうしてお茶を飲んでいる」

「何故、武器が使えないの?」

「砂の川で、ここは閉じた。

 すべての事を曲げるのは神を愚弄する事になる。

 だから、少しだけ変えたのだろう。」

「それはどういう事?」

「ここは女神シシルンが祝福をした街だからだ」

「旅人によく言うけれど」

「確証は私にもない。だが、ヤカナーンはシシルンの子孫だ。」

「女神様の子孫!」

 私の驚きの声に、やっとクゥは顔をあげた。

 いつもの笑顔、にやっと口の端を上げる。

「そうだ。女神の話をしっているか?」

 砂漠の民なら知っている。

 そしてア・メルンは砂漠に近く、訪れる人は南の人だ。


 シシルンは泉の国のお姫様。

 彼女は国を襲った嵐から、民を逃したお姫様だ。

 泉の国は砂に埋もれ、彼女の民は住まう場所を失った。

 けれど、シシルンは神の鳥から加護を貰う。

 その加護で砂漠を渡り、新しい泉の国を作ったのだ。

 彼女は死んだ後、砂漠の泉の女神になったのだ。


「このア・メルンは、そのシシルンが見つけた泉の一つと言われている。そして、ヤカナーンはシシルンの子孫を名乗っていた」

「知らなかったよ。でも、女神像は遺跡からいっぱい出るし、井戸には必ず女神像があるよ」

「シシルンの国の子孫である事は確かだろうな」

「でも、それがどう関係するの?」

「サリーヤ」

「なぁに」

 手を止めて、クゥを見る。

 彼の瞳はキラキラと輝き、遠い人に見えた。

「城に行かないと約束して欲しい」

 温めた炉に、型抜きした生地を入れる。

 蓋を閉めて考えた。

「私が行くと思うの?」

「私を連れ帰るくらいお人好しだからね」

「どうして駄目なの?」

「危険だからだ」

「何が危険なの?」

「危険だろう、街でさえ影を見たのだろう?」

「なるほど、わかったよ」

「そうか、よかった」

「わかった」

 一人でいこう。

 言い合う相手がいるだけで満足。

 同意しあえないのは、当たり前だ。

 だって、会って間もないのだ。

「それで、どうして武器が駄目になるの?」

 彼は答えなかった。

 だからといって、唯一の話し相手だ。

 険悪に過ごしたくはない。

 私は昼間に城へ行くかもしれないが、それにクゥは関与しないでいいと思った。

 だから、菓子が焼き上がれば、それで二匹とクゥと私で、また、お茶を飲んだ。

 機嫌を損ねたかなぁ、とも思ったが、彼も話を切り上げると、地図を見ながら質問をしてきた。

「下の地図はあるか?」

「下水道後の?そもそも地図って貴重だからね。どこかにはあるだろうけど、わからないよ。上の地図は、商会とか見て回って手に入れたんだよ」

「そうか」

「下に行くの?」

 クゥは菓子を齧ると、考え込んでいる。

「おおよそでいいなら、紙に書くし。時間があれば一緒に行くよ」

「ありがたい頼めるか?」

「わかった。今日は下の道を書いて、明日は泉の部屋を教えるよ。そうすれば、下で日没になっても逃げ込めるからね」

「サリーヤ」

「なぁに」

 クゥは名前を呼んだのに、黙った。

「どうしたの?」

 表情を変えないのに、彼は何だか悲しんでいるように思えた。

 考えてみれば、この人は仲間や養父を亡くしたばかりだ。

 人間に会えたと喜んでいた私とは違うのだ。

「夜ご飯も美味しいのつくるからね。クゥは、怪我とかしないように気をつけて。暗くなる前に、合流してね」

 それに彼はゆっくりと頷いた。

 何故か、クゥは可哀想だ慰めなきゃ。と、感じてしまう。

 けれど、そんな気持ちを壊すように、灰色と茶色が視界に割り込んだ。

「わかった、肉な。肉を用意しておくから。また、街を見て回るの?」

「あぁ」

「じゃぁ今度は灰色が一緒に行ってあげなよ」

 それに灰色は歯をむいて嫌がった。


 ***


 神殿の神官様の仕事部屋で、私は地図のような物を書いていた。

 北向きの小部屋で、あの霊廟に続く小部屋の反対側にある。

 ここは暗くて少しヒンヤリしていた。

 小さな文机があり、そこには黄ばんでいたが紙があり、筆もある。

 方角を最初に書いて、地下一階から書き始める。

 最初に二十六の井戸の位置。

 まぁ正確ではないが、その井戸をつなぐ大きな道。

 昇降機の場所。

 細かな物は書かない。どうせ縮尺はいい加減だ。

 そして地下二階。

 家畜の場所、それに西側の物見の通路と行き止まりの、私が寝起きしている見せかけの部屋。

 ここまで書いてから、泉の部屋の場所を書くか迷う。

 もし、これを落としたり無くした時が嫌だなって。

 隠れ家を書くのは、ちょっと不用心。

 私は、泉の部屋を記さなかった。

 地図を見比べる。

 井戸は水柱で上下を貫いている。大体の位置がうまく書けてる。それに番号を振っていく。

 後は何が必要かな?

 一階の潰れた出入り禁止の場所かな。

 あの泉の上の部分だ。

 それに二階から地下三階に続く昇降機。これは使えないように柵で囲んで鍵がかかっている。

 そこまで書いてから、用意するものがある事に気がついた。

 一階は真っ暗だ。

 街頭に油を補充して点灯するか、松明や角灯を持って下に行くか。クゥはどうするつもりだろう?

 いや、そもそも地下に何をしに?

 目的を聞いていなかった事に気がついた。

 そもそも助けが来るまで籠城する、とは彼は言っていない。

 そして謀反の者どもが全滅したかもだ。

 さらにその謀反の者どもを始末した輩はどうした?

 死が広がったという言葉だけだ。

 聞いたら答えるかな、答えないよね。

 答えられる事だけを組み合わせて喋ってる。

 クゥは、短い間の付き合いだが、正直ではない。

 悪い人ではないが、たぶん、偉い人だ。

 身分があるって意味。

 命令する人で、考えを無闇に他人に言わない人だろう。

 だから、子供の私に苦慮してる。そんな所だ。

 本当は、子供に説明なんかしない。

 けど、クゥにしても私以外の人間がいないのだ。

 困っているだろうね。

 そこまで、考えて笑ってしまった。

 誰かがいると、考える事が増えて、困るけど嬉しいな。

 傍らの茶色がベロベロと顔を舐めてくる。

 どうやら、灰色をクゥにつけた事で、ご機嫌らしい。

 どうして、お前たちはクゥを嫌がるの?

 耳裏を掻いてやりながら聞くと、茶色が面白い顔をした。

 それをきくのぉ?

 って人間なら眉を寄せている感じだろうか。

「わかったよ、でも、私、一人ぼっちは嫌なんだ。だから、もしクゥが困った時に、知らせてもらいたいんだ」

 クゥも犬を連れて行きたいと言う。

 犬が側にいる事で異変がわかるからね。

 えぇ、やだなぁ〜って、感じで茶色が背中をこすりつけてくる。

 人懐っこい茶色を撫でながら、地図を見直す。

 クゥは、地下で何をする気なんだろう?

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