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砂漠の梟  作者: CANDY
時の結び目
5/28

ここはア・メルン

 墓地は神殿の厩側から入り、更に北側にある。

 岩山だから、埋める事ができない。

 墓地と言ったが、それは骨壷を集めて収める霊廟であった。

 ただ、普通の霊廟と違って、あの集合住宅のように、扉がいっぱいあって、中は色々分かれている。

 そう、骨壷の集合住宅だ。

 そして長い年月が経った物から、大きな壺に集められ、慰霊を行い、纒めて葬る。

 それがここの墓地だ。

 葬式は、火葬して壺に入れる事。

 墓地はその霊廟の左に建つ慰霊の碑に纒められた灰を含んで指す。

 親族が一緒のもあれば、流浪民のように、全て同じ入れ物と場所に安置するって場合もある。

 その霊廟、岩窟が神殿の裏手にある。

 貯蔵庫みたいに地面に埋まっているんだ。だから、犬がスタスタ入り込んでいくのを慌てて追う。

 縁無い場所で、ちょっと暗くて怖い。

 角灯をつけると、階段を降りていく。

 神殿の地下の部分になるのか、けっこうな大きさの穴蔵で、両脇に扉が並んでいた。

 それぞれが霊廟に繋がっている。

 犬は通路をまっすぐ奥に進んでいく。

 すると水の音がした。

 見ると行き止まりの壁に小さな泉があった。

 ちょろちょろと水が流れ、排水口に消えていく。

 壁を見上げると、シシルンの女神像。

 可愛らしい女の人が腕を胸で組んで微笑んでいた。


 あぁ同じだ。

 改めて見てみれば、この作りは、あの泉に通じる物がある。


 ここはきっと遺跡を利用して霊廟にしている。

 神聖教には偶像が無い。

 シシルンは、このあたりの土着宗教で、遺跡の産物なのだ。

 井戸も遺跡の一つだからね。

 この場所は、昔から墓だったのかもしれない。

 それを霊廟に今の人達が再利用した。

 あの私が見つけた泉。

 あれはもしかしたら、古い時代の墓だったのではないだろうか。

 気味が悪いけれど、何となくわかった。

 悪い物が入れない場所だ。

 だからといって、同じとは限らないけど。

 厩の前を通って、奥の木々の間。

 神殿の建物の裏手。

 場所はあの泉と同じで行き止まり。

 入り口に扉を置ければ、どうだろう。

 ただ、失礼ではなかろうか。

 本音は怖いのもある。

 躊躇いも分かっているかのように、犬が泉の直ぐ側の扉を前足で掻いた。

 この大犬の賢さはわかっている。

 この子は実に賢く、私のことも仲間のように気遣ってくれている。

 そうわかるから、引っ掻いている霊廟の扉を開けてみる。

 中は広く、棚が両側にあった。

 そして空気の流れる穴が天井にある。

 あぁここは霊廟ではないぞ。

 天井が引き戸だ。

 骨壷は見当たらない。

 私は中に入ると、その引き戸を開けてみた。

 ゆっくりと横に押し開ける。すると真っ暗な空間で、おそるおそる角灯を灯して差し出す。

 小部屋だ。

 書棚に机、椅子がある。

 何処かで見た風景。

 そして正面に扉があって、背後は壁で扉の横に小窓。

 神殿祭壇の横の小部屋だ。

 あぁ、なるほど、ここを通って霊廟の様子を見回ったり、骨壷を収めたりしていたのだ。

 外を通ると、やはりひと目に付きやすい。

 そういう事だ。

 私は犬を振り返る。

 馬鹿にしたように、下の部屋で寝転がって背中を床にこすりつけていた。ゴリゴリと背中をこすりつけ、奥の段差に顔を乗せる。

 ここは大丈夫ということか。

 ありがとう、肉付きの骨を後であげるね。

 それに犬が嬉しそうに伸びをした。

 息を吐く。

 行き止まりでは無いというのが良かった。

 どちらから入ってこられても、逃げ道ができる。

 私はセルナトを調べる時は、ここから始めるのも良いと思った。さすが犬、賢い。


 決めてから、神殿の正面の扉と窓を戸締まりした。

 そして祭壇横の霊廟への入り口は、小部屋の戸口から見ただけではわからないように、小机を置いた。そして薄い敷物を引き戸の上に置く。

 そして霊廟の入り口に、戸板を乗せた。

 これは厩側の納屋の戸だ。

 乗せるだけだが、それでも一度退ける動作が入るはず。

 影はしないのか?

 でも鳴子と塵の瓦礫を潰しているのだから、重さはあるだろう。

 といういい加減な希望を元に、出入り口を覆った。

 ここに拠点を作ってみれば、アルラホテの探索と動物の世話が格段に楽になった。

 ただ、あの泉の場所は、本当に安全な場所で、ここはやはり落ち着かない。

 まだ、直接、アレが出現してここを見つける事ができないと証明されない限り、無理だろう。

 けれど、最初から徘徊場所に入っていないなら、その方がいいに決まっている。

 だから、この霊廟の隠れ家は、家のように整えるのではなく、いつでも逃げ出せるようにした。

 荷物も最小限だが、壊されてもいいような物と薬を置いて、極力食べ物は、教会の方で食べるようにした。

 アレが何を頼りに徘徊しているのか、わからない。

 音なのか、匂いなのか。

 何にしろ、そこは夜に眠り身を隠すだけの箱とした。

 それでも、慌てて真っ暗な地下一階を抜けて更に下に行く時の怖さと時間に追われている不安な気持ちが無いだけマシだった。

 そしてアルラホテの殆どを回りきった。

 あとは動物たちの食料の問題だけである。

 それも最悪は、備蓄倉庫を解放して行くのもありだ。

 何かあって数日戻れない、嫌な話だが、怪我をして動けないなどあって、彼らが飢えてしまったらいけない。

 動物はすでに自由に街を移動しているし、何処に餌があるかは分かっている。

 ただ、下の放牧地以外は、人間が餌を調達しないと飢える可能性が出てくる。倉庫や色々解放しても、いつかは食べ物は尽きるだろう。

 ア・メルンは自給自足ではないのが弱みなのだ。

 水を与えて、他から食料を得ている。

 そしてア・メルンの民の数は流浪民を抜けば少数なのだ。

 前に言っていた、労働力を流浪民に頼り切っているのが現実って事。

 砂の川の問題が無ければ、北のか細い川の流れを目指して、家畜共々移動するってのも考えられるんだけどな。

 まぁ目先の問題だけしか、私には無理だ。

 これも考えるだけ無駄である。

 さて、それでも二日分程度、それぞれの動物の集まりの場に、餌を用意する。腐らない乾燥した餌を多めにだ。

 もちろん、夜には戻る。戻れるはず。

 そうしていよいよ、貴族の街であるセルナトに入った。


 ***


 セルナトは、北の城に向かって東廻りに巻き込むように道が走っている。

 通行を改める大階段の関から、どんどん上に向かって渦を巻いているかのようにだ。

 だから、自然と家は左側に並び徐々に上へと高くなる。

 慣れないと、目が回るような錯覚を覚えた。

 ヤカナーン公のお城は、北側に尖塔を並べた姿で聳えている。

 落ち着いた色の石材で作られた暑い国の建築だ。

 屋根が熱を散らすような曲線を描いている。

 砂嵐にも負けない強度であり、暑い気温も通さない石材で作られている。まぁお金のかかったお城だ。

 ただし、戦の為のお城ではなく、砂船を停留させる守りのお城だ。常駐するやカナーン様の兵隊は、治安を維持する程度って話。

 貴族の家を改めながら、神官様に教えてもらった事を思い出す。

 できればセルナトの地図が欲しかった。

 でも、どこにあるかもわからないのだ、道の端から順に家を回る。

 そして考えていたとおり、庶民の家とは違い、複雑で大きな屋敷を見て回るのは骨だった。

 一日一軒も見れない。

 最初の家は地上二階地下一階、離れに使用人の部屋、庭はないけど広い。

 あきらめて入れるところだけ目視して退散。

 生き物や人はいない。もう時間が立ちすぎているから、奇妙な痕跡がなければ戸締まりして出る。

 下の街よりも、建物が入り組んでいた。

 限られた土地、ギリギリに建て増している。だから、構造も一軒ごとに複雑だ。

 でも、下と同じく人がいない。

 そして唐突に消えたかのような痕跡。

 やはりあの嵐の夜に何かおきたのか、締め切られて風除けの鎧戸が降りていた。

 何件か回る頃には、下と同じだった事とやせ細った動物を見つけたぐらいだ。

 外に出すも弱って動けないのを下に運ぶ。

 馬がいないのが助かった。

 ここは限られた土地だけなので、馬はアルラホテに預けてあるのが普通だ。馬の屍骸とか見つけたくない。

 鳥や犬や猫、普通の愛玩動物をみつける。

 放し飼いが多くて生き残っていたようだ。それでも近寄ってくるような子は、下の群れに混ぜた。

 意気込んだ割に、やっている事はアルラホテと同じだ。

 貴族の家に慣れてくる頃、通りに沿った家が終わる。

 収穫はなかったけれど、特に大きな貴族の家で、ちょっと興味を引く物を手に入れた。

 教会で食事をしてから、隠れ家の霊廟に潜り込む。

 入り口を閉じて犬と一緒に中にはいる。

 水の音と、あの笛の音を聞きながら。

 毛織物を敷き詰めた小部屋の奥に腰を下ろす。

 そして入り口に足を投げ出すと、犬が扉を背に丸くなる。

 小さな灯りを置いて、収穫物を広げた。

 それは使い込まれた紙を再利用した雑記帳だ。

 使用人のものだろう、たぶん、主人が捨てた紙類で使える部分をまとめてある。

 まぁ走り書きなら十分だ。

 たぶん、上級の使用人で、綺麗な崩し文字が綴られている。

 それに几帳面で、日付と時間、天気が記入されていた。

 まぁ日記というほどでもないが、毎日あった事を書いていたようだ。


 枚数はそんなに無い。多分、これが一番新しい物だった。部屋の机に置かれていた。探せば、これより前のもありそうだった。けれど、あの嵐の頃の記述が見たかっただけだ。

 日付がちらりと見えたらか、手にとって持ち帰った。

 一番新しい記述から。

 日付は嵐の二日目だ。

 主人の食事の内容、外の様子。

 三日後に予定されている城での行事。

 特に、変わった様子は書かれていない。

 ただ、この三日後の行事の客は、嵐明けのあの日に着くはずだった。

 あの日、低空航路便が着くはずだった。

 まぁ知ったところで、それが何だ。

 ため息が出た。もう一日前。

 嵐の最初の日は、城から戻った主人の具合が悪いという記述。

 それを読んで、もう一度戻る。

 食事内容が、汁物だけになっていた。

 主人の体調が悪いままだったようだ。

 素直に古い物から読んだほうがいいようだ。

 雑記は十日前からだ。


 ***


 オル様とニラガ様は優秀だという話。

 これでヤカナーンは安泰だと喜んで話される。

 体調もよろしいようで、薬が効いているようだ。

 ルフト様から頂いた薬で、やっと痛みから解放されたと喜んでいらっしゃる。

 今日は、少し肉類もお出しして良いだろうか?


 ニィ・イズラからの客が来たそうで、主は接待の準備。

 また、ルフト様にお薬を貰った方が良いだろう。

 高齢な主が、無理をしないか心配。

 今日は酢の効いた食べ物が食べたいと仰る。酢漬けの物は何をだそうか。


 ニィ・イズラの客とオルロバ様との間で何かあったようだ。

 主が過去の書類を探すと城に泊まる事に。

 着替えと食事と薬、あぁ急がないと。

 食事を忘れ、薬を忘れては、主が倒れてしまう。


 ニィ・イズラ、聞きしに勝る蛮族のようだ。

 砂漠の民と聞いたが、乱暴で恐ろしい。

 主が心配だ。

 何か無理難題を持ちかけられているようで。

 せめて食事だけはお好きな物を用意しよう。


 主が言うには、オル様とニラガ様は、ニィ・イズラの客人を好いているそうだ。

 乱暴で野蛮だが、話せば非常に子供に優しいそうだ。

 人は見かけに寄らないものだ。

 主が久しぶりに笑っていらっしゃる。


 今日は妙な日だ。

 お帰りになった主は、手紙と包を渡された。

 これを折り返しの砂船へと乗せるようにと。

 宛先は、ホルホソロルのクスコ・ガルダ。

 丁度、砂船が停留中だった。

 すぐさま、船便の手続きをして手紙と包を箱に入れて送る。

 宛先は知らない相手。だが、気になるのは包だ。

 あれは、多分、主の薬だ。誰か、病気なのだろうか?


 主殿の顔色が悪い。

 薬はまだあるのだろうか?

 私を呼ぶと、何かを言おうとして止めてしまう。

 子供の頃からお仕えしているが、こんな事は初めてだ。

 何かお悩みになっている。

 せめて食が進むように、献立を考えよう。


 鉱石通信が主に届いた。

 送り主の所在はホルホソロルとある。

 砂船便に乗せた手紙の返書が、鉱石通信で戻ったようだ。

 急ぎの内容なのだろう。その折りたたまれた紙片を主に渡す。

 主は部屋から一日出て来なかった。

 どうしたのだろう、悪い知らせだろうか。

 後で聞いたが、低空航路便で手紙の相手がくるそうだ。

 城の歓待とは別に、饗しの準備が必要だ。急がねば。


 そして、嵐が来た。


 ***


 私は読み終えて、考え込んだ。

 軽い気持ちで持ち出した雑記。

 でも、うっすらと奇妙で嫌な気持ちがわいた。

 流浪民でもわかる単語がいくつかある。


 まず、オルロバとニラガ。

 これはオルロバ・ヤカナーンとニラガ・ヤカナーン。

 ヤカナーン一族の双子だ。

 そしてオルロバ様は子供だが、このア・メルンの支配者で公爵様だ。

 そして双子の妹、ニラガ様。


 ニィ・イズラは南領の獣人部族で砂漠の民だ。

 そしてホルホソロルは砂漠の城塞に駐留する軍隊だ。

 砂漠の城塞、中央軍のジュミテック城塞だ。


 不穏だ。


 この一言に尽きた。

 下層の民にはわからない事ばかり。

 だが、ニィ・イズラは荒くれ者の蛮族で。

 ホルホソロルは砂漠の死神と呼ばれている。

 そしてホルホソロルを構成するのは、ニィ・イズラなのだ。

 これぐらいは知っている。

 というより、下層民も知るほど恐ろしいものなのだ。

 ニィ・イズラは、禿鷲と呼ばれる部族だ。

 そして彼らの多くが兵士となり、ジュミテック城塞に配備される。そしてニィ・イズラはここではホルホソロルと呼ばれる。

 ニィ・イズラは死肉喰らいの禿鷲。

 ホルホソロルは神の梟、死神という意味だ。

 どんな奴らかわかるだろう。

 それが来ていた。そして更に来るはずだった。

 もちろん、ホルホソロルは犯罪者ではない。

 中央の政府の軍隊だ。

 だが、それがこの街に来るはずだった。

 そして、この有様だ。

 無関係だと言い切れるか?

 私は懐に雑記をしまうと灯りを消した。戸口は犬が抑えている。音は先に拾ってくれるだろう。

 ここからだと笛の音も微かに聞こえた。


 ***


 それでも私ができることは、相変わらず少ない。

 家々を回り様子を見る。

 食料の保存は、やはりセルナトは行き届いていた。

 放置されている物以外は、氷室や鉱石の冷却材で一応保たれている。

 それもあって貴族のお屋敷は、あまり奥まで探るのを止めた。

 代わりに行政官吏が詰める建物を調べる事にする。

 もちろん、調べるといっても、いつもどおりであるが。

 貴族の邸宅は、調べても大きすぎて怖いんだ。

 戸締まりがされている建物ばかりだから、暗くて時間の感覚もなくなるし。

 あの綴り紙を見てから、ちょっと怖くなったのもある。

 それで役所と兵舎が繋がる建物。

 お城の内防壁とくっついた建物に来た。

 帰り道の時間も考慮して、昼ちょっと過ぎだ。

 大きくて白い建物。

 緑の木々が揺れていて、人がいっぱいいたら賑やかで。

 心細さが急に湧いた。

 犬がゴンっと頭を小突く。

 そうだ、お前が一緒だった。

 深呼吸をして正面の扉を開ける。

 やはり、嵐の番だったから、この正面の扉以外は鎧戸がおりていた。

 薄暗い室内。

 すこし埃っぽい。

 長机、椅子、書類、たくさんの小机と消えた灯り。

 誰もいない。

 ゆっくりと静かに中に入る。

 耳をすますが、音はしない。

 二階続く階段、正面奥の窓だけ鎧戸がおりていない。遠くの青空が見える。

 でも、何だろう?

 何か嫌な匂いがする。

 私は犬を見た。

 犬も耳をたてて鼻をひくつかせていた。

 臭いよね?

 私の言葉に、犬が大袈裟に頷いた。

 食べ物が腐っている?

 確かめる?

 それに犬がじっと私を見た。

 瞬間決める。

 撤退。

 だって、私はただの人だもん。

 さっさと外に出る。

 どうしたものか、犬も素直に外に出る。

 隣の兵士の建物に行く元気が無くなった。

 かと言って、お城には更に行く勇気が萎えている。

 すると出入り口の側に棒が転がっていた。

 あの門番が持ってる、槍じゃない奴だ。

 その硬そうな棒を握る。

 どう思う?

 それに犬は、何だか馬鹿にしたようにクシャミをした。

 もう一度、役所に入る。


 一階部分を一部屋づつ見て回る。

 人の痕跡だけで、何も無い。

 特に書類や役所側の収納が荒らされた様子は無い。

 厠もキレイだ。

 そして二階へ、行こうとして臭いが増した。

 あぁ上だ。

 閉め切られて薄暗い階段。

 二回も漏れる陽射しだけで、暗い。

 暗いところで目に目がなれる。

 階段を登った右手には鉢植えが並んで、椅子もある。

 普段なら、涼しくて陽射しも明るい場所。

 でも、緊張しきった私には、何か飛び出してきそうに見える。

 大丈夫だよ、と、言わんばかりに犬が先を歩く。

 手前の部屋の扉は少し開いてる。

 覗くとお役人らしい部屋。

 やっぱり無人。

 次々と見ていくと、厠のとなりの壁に、役所の担当で分けた地図が貼られていた。

 おぉ、これは助かる。

 それを額を外して折りたたむ。まぁ折りたたんでもいいよね。

 すると突き当り、閉め切られた窓がある。

 そこの左手の部屋で犬が顔を突っ込んだまま、吠えた。

 まぁ吠えるっていうか、こっちだよって感じて一声。

 私は慌てて走り寄る。

 そして犬が見ている隙間から、顔を突っ込んだ。


 柱だ。


 役人の机の前に、白い柱がある。

 高さは人族の大人ぐらい。

 白い何か、砂を固めたような柱が敷物の上にある。

 その白い柱が臭いのだ。

 柱の回りには、何かが朽ちて散乱していた。

 これは何だろう。

 恐る恐る近寄って眺める。

 やはり、砂が固まっているみたいに、細かな粒がまとまって柱の形になってる。

 でも、臭うような感じじゃないんだけど。

 そうだ、何の臭いだろう?


 腐った下水、それに何か香料、それから?


 まぁこの砂が固まったみたいな物じゃなければ、簡単だ。

 生き物が腐敗して、蛆が湧いたり肉が弾けたりすると、こんな匂いになる。

 一度二度、流浪民ならお目にかかる奴だ。

 だから、ちょっと異臭がすると怖くなる。

 でも、こうしてみてみれば、死体はなかった。

 私は棒で柱を突いた。

 軽くだよ。

 そしたら、ガコッってひび割れて、あっという間に折れた。

 慌てて部屋から飛び出す。

 犬も迷惑そうに廊下へと戻った。ごめん。

 それでもう一度、中を見た。


 砕けた柱から、髑髏が転がっていた。


 ***


 半泣きで、その柱を突く。

 廊下から及び腰で突いていたら、犬に部屋に押し込まれた。

 容赦がない。

 そうしてそれを砕いたら、中から人間一人分の骨が出た。

 死んだから骨になったとは、流石に思えない。

 これ、砂に埋もれて死んだんじゃないか?

 でも装身具も毛髪とかそういうのが無い。

 裸で砂みたいのに包まれて死んで、肉や内臓が溶け出した。

 でも全部、その砂みたいなのに染み込んだ?

 もう、よくわからないが、体を水で洗わないと今夜は眠れないと思う。

 結局、身元がわかるような物は見つからない。

 骨の形を見ても、私ではそれが男か女かの見分けもつかない。

 私は部屋にあった装飾の壺に骨を入れた。

 まぁ突き出ているけど勘弁してね。

 それを机の上に置いて祈りの真似事。

 ため息をついて、この部屋の中を調べる事にした。

 先ずは、鎧戸を開けて、空気を入れ換える。

 下の敷物を丸めて砂のような、人の残り物を隅に置く。

 厠の隣の水場にいって手を洗う。

 その間中、犬は階段横の長椅子で寝ていた。

 まぁ文句は無いよ。

 犬は見張りだ、多分。

 さて、骨の壺は後で神殿に運ぶかどうか迷ってる。

 この骨そのものが普通じゃないからね。

 わざわざ、自分の安全な場所に持って帰るのは嫌だ。


 さて、高級そうな机だ。

 偉い人用って感じ。

 机の上には文鎮と筆。

 整理整頓が良くできていて、本棚も色んな難しそうな書類がきちんと重ねられていた。

 引き出しをあけると、小物もきれいに並んでいる。

 印鑑や筆類、それに小刀もあるね。

 どれも丁寧に使い込まれいる。

 書類は当然お手上げ、書いてある文字がわからない。

 私が神殿で習ったのは、大陸共通文字。

 それも応用が効くようにって、どの文字や言語でも通用する部分を習った。

 だから、上級使用人の走り書きなら、単語の並びを予想して読める。けれど、役人の使う難しい単語や変化に飛んだ使い回しの文法なんて、絵みたいなもんだ。

 で、そうそうに諦める。

 ただ、この部屋の人は、法律や記録関係の仕事をしていたみたい。

 それもお城、公爵様みたいな偉い人のね。

 たぶん、公証人?ってやつかなぁ。

 で、引き出しを開けて、一番上の紙を見る。

 おぉ予定表っぽい。

 ふむ、わからない。たぶん、長い名前なので貴族との約束がずら〜と並ぶ。

 でも近日は全て、ヤカナーン様の所だ。

 筆頭家臣のイライフ・ハマドという名前も並ぶ。

 嵐の後、城での行事も、この人は参加予定だ。

 まぁ、わからんし。

 他には何かあるかな?

 異変の場所だから、念入りにしないとね。

 そうしてゴソゴソしていたら、引き出しの一番下に飴の袋。

 あぁこの人、飴が好きだったのかな?

 そして壺の人がこの人の可能性はあるだろうか?

 まぁわからんから、飴の袋を壺に入れた。

 ちゃんと天に還ってね。怖いことにならないでよね。

 と祈る。

 で、祈った後、予定表の裏に続きがある事がわかった。

 保管庫、調べる事。

 二十七年前、処刑記録。

 早急に、マハド様より依頼。


 じっと見ていると、犬がぬっと顔を寄せてきた。

 どう思う?

 それにベロリと顔を舐められた。

 腹が減ったのか。

 夕飯にして帰る事にした。

 ちょっと早いけど、今日は戻る。

 平気なふりをしているけれど、この砂の柱。

 あの影の仕業だったら、怖い。

 今日は早めに部屋に籠もる。決定

 早めの食事を教会でとる。食料庫はまだまだ余裕で、生物は殆ど消化できた。

 一応、野菜関係は下の放牧場の隅にあるので、今度、無くなってきたら採取に行こうと考えている。

 動物たちの飼料も、まだ、今年いっぱいは大丈夫のはず。

 食べる人間がいないのだから、人間用の備蓄を回せばよいと気がついた。倉庫の鍵を探さなきゃ。まぁ最悪工具で扉を破壊だ。

 いやぁ、最初の頃と違って、山賊みたいだね。

 犬と霊廟に籠もりながら、中々寝付けなくて話しかける。


 その晩は、笛の代わりに竪琴だった。


 ***


 保管庫って何処だろう?

 と言っても、私は向かわないよ。

 だって、私の目的は生き延びる事と、上で音楽を奏でている人に会うことだ。

 さて、役人の建物を次の日も見て回る。

 あの砂は放置。

 あんまり触りたくないからね。

 砂みたいだけど所々硬い塊になるし。

 砂に見えるけど、何だろう、ちょっと違っているんだ。

 まぁこれも考えてもしょうが無い。

 役所の一階も隅々まで見て回る。

 貴族のお屋敷とは違って、妙な小部屋とか隠しが無いのは助かる。

 この建物には地下室が無かった。

 つまり、保管庫って感じの部屋も無い。

 ちょっとホッとする。

 ただ、この役人の建物は、外からは見えない中庭があって、奥が別の建物に繋がっている。

 兵舎だね。

 昨日は扉を開けなかった。

 中庭に続く扉は閉め切られていたしね。

 それを開けて、あぁ一階も明るくなったよ。って、犬に言ったら小突かれた。

 ゴスゴス小突かれて、気がつく。

 中庭の木と池の先、兵舎の入り口。


 私はさ、水売りで金ためてさ。

 十五になったら、上で住み込みの仕事をするつもりだった。

 そして金がたまったら、休みをもらって砂船で南に行くってのが理想の将来設計。

 まぁここを引き払って、南に下るってのもいいかと考えてもいた。

 何の仕事をしようかなぁとか、親を探すってのもあってさ。

 だから、こんな風になるなんて、ちょっと前まで思っても見なかった。

 井戸まわりのイザコザが懐かしいよ。

 意地悪なガキどもの嫌がらせのほうがいいよ。

 水売りの元締めに、教会のおばちゃん。

 井戸番のおじさんに、いつもご飯をわけてくれるおばちゃん。

 水売り仲間に、それから神官様や巫女様、顔見知りの皆。

 いくら関わりの無い暮らしって言ってもさ、誰かと毎日言葉を交わしてきた。

 店番の女の子や、八百屋の兄ちゃん。

 砂船の船着き場にいるオッチャン、それから巡回の兵隊のオッサンらだってさ。

 皆、ア・メルンで生きてきた。

 だから、誰の死体も血糊もなくって、私はホッとしてたんだ。

 だから、今日は皆いるんじゃないか。

 明日は私も戻れるんじゃないか。

 どこかで、期待はしてたんだ。


 兵舎の扉が開いてた。

 見えるだけでも、砂の柱がいっぱいだ。

 何があったんだ?


 何かがあったんだ。

 ここは別の世界じゃない。

 人が消えちゃった。

 兵隊さんは、砂の柱だ。

 どうしよう?


 私は扉のところで腰を抜かした。

 犬は、ゆっくりと歩いていく。

 歩いて中を覗き込んで、吠えた。

 振り返った大犬が、私を見てヲォンっと吠えた。

 私は、今更、怖くて泣いた。






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