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砂漠の梟  作者: CANDY
時の結び目
2/28

水売りの少女と大犬

 寝起きしている部屋は、愛想のない真四角で、西に窓のような四角い穴がある。

 ちょうど寝具を起きやすいように南側には段差がある。そして反対側の北側の壁には、溝と排水用の穴が開いていた。

 きっと過去の世界では、ここも何某かの水回りを必要とした部屋だったのだろう。

 そして手洗い用の穴もある。水の桶を用意しておけば、ちゃんと利用できると確かめてある。

 なんとも、場所以外は完璧な小部屋であった。

 そして、今は水も用意できた。

 素晴らしいと自己満足に浸っていたが、仕事に向かわねばならない。

 何しろ、今日は低空航路便の到着日だ。

 商売商売である。


 先ずは、通路側の安全確認だ。

 何者も入り込んでないかと、瓦礫やら罠を確認。

 大丈夫そうなので、そのまま泉の部屋へ移動。

 泉の部屋の確認と整理は終わっている。

 古い小物はたくさんあったけど、何が何だか殆どわからない。なので、部屋の奥にあった長櫃に全部入れた。

 そして扉をあけたまま拭き掃除、掃き掃除をした。

 泉は見た限りきれいなので手を出さない。

 下手に触って汚れるのが怖かったからだ。

 そしてあらかた片付けると、泉以外は、何も無い部屋であった。

 壁の彫刻や絵柄は、きれいだが特に目立った金目のものでもない。

 まぁ育ちが育ちだ。売れるか売れないかの判断しかできないのである。

 そして自分の荷物を、扉左手奥の壁に置いた。

 くり抜きの棚になっていたので、そこに置く。

 そして東側の壁にある段差は、幅があるのでそこを寝床に設えた。

 泉の水があるから冷えるかと思ったが、この部屋はいつも適温だ。それに乾燥していないので、快適だ。

 商売道具もここに置いていた。

 泉から南に向かって排水口がある岩の洗い場が繋がっているのだ。

 泉そのものを汚すこと無く、引水でここを利用できた。

 ただし、換気の穴が数個天井にあるだけなので、煮炊きはやはり外になる。まぁ外と言っても、ここと小部屋をつなぐ解放空間だ。大きく開いた南の穴があるかぎり、大きな焚き火をしても問題は無い。

 本当に、防犯面で問題がなければ、小部屋で寝泊まりして、泉の部屋と解放部を自由に行き来できるのに。

 世の中、そんな甘くないなぁと思う。

 そして泉の部屋で身支度と、商売道具を用意すると出発だ。

 通路は西側が砂漠に面した穴が続く。だから天気が良いと明るくて、風が強いと砂まみれだ。

 良くも悪くも、住む場所ではないし、おかげで安全もある程度保てる。この通路は南から北までの端を通っていた。

 さて、寝起きの場所から最初の脇道に入る。

 通路の脇道は、数えたら十三箇所あった。

 けれど、鍵が開いているのはこの通路だけ。他は塞がれているか鉄格子が置かれて鍵がかかっている。

 唯一開いている、この通路は、曲がると一旦下に向かって階段が続く。

 そして半円を描くように上に向かうと、地下二階の端にある小さな穴に繋がっている。

 過去、私が塒にしている西の通路は、物見としても使われていた。だから、一応、格子の扉が穴についていて、本来は鍵がかかっている。

 物好きの私が潜り込んだ時には、その鍵は朽ちていて、申し訳程度の格子扉が立て掛けてあるだけだった。

 他の通路は、きっと砂埃や風が強いからと塞いだんじゃないかな。この南端のは、極端に曲がって下がる構造で、少し風の入りが少ない。出入り口のところも南の穴からズレている。きっと緊急用に残したのかもしれない。

 で、この出口は、大きな通路から見ると、ちょうど小部屋の仕切と仕切の影になっていて見えない。

 様子を伺ってから、そっと抜け出す。

 この通りも西側の奥で、水場の方向とは逆だから、部屋部屋の裏手にあたる。気をつければ、この並びにある下水に向かっているかと勘違いされる。と、いいなぁって思ってる。

 慎重すぎる?慎重過ぎて困ることはないよ。

 だって、結局、流浪民の社会で、信用できる人間は少しだ。

 皆、自分と自分の家族を守りたいって思ってる。

 悪いことじゃないけれど、それはとても厳しい生活だ。

 もしかしたら、流浪民じゃなくても、同じかな。

 でも、孤児の暮らしは、その守ってくれる味方がいない。

 生きる為に、慎重になるのは当たり前なんだ。

 さて、そんな風に抜け出して、大きな通路に出たら、目指すは上の街だ。

 毎日、通る通路は変えるようにする。

 これは帰りもだ。

 あと、顔を覚えられないように面紗で顔を隠す。

 人の出入りはまだ、早いからそれほどでもない。

 その間を静かに端によって進む。

 商売道具は背中の背負子だ。

 この背負子は組み立てると台にもなるんだ。

 今日は特別にちょっと高い水を仕入れるつもりだ。

 何しろ、今日の船は客が金持ちって噂だからね。

 そうして朝の屋台が並ぶ間を抜けて、どんどん上に向かう。

 すると上に向かう最後の木戸口、階段の所は、ア・メルンの兵士がいる。

 ア・メルンの兵士は人族が多い。

 今日も怖そうな兵士が立っている。

 ここで流浪民の鑑札を出す。

 鑑札は金属の板だ。

 名前と種族と年齢性別、それから人別改めをした者の印。

 私の場合は、セリーヤ、亜獣人族、十四才、女。

 人別改、十七番井戸の差配の人の印だね。

 そして兵隊に、今日の上への目的を聞かれる。

 まぁごみ拾いや、漁りなら、出すものもないんだけど、商売の場合は協会の鑑札が必要になる。

 私の場合は水売りだ。仕事の鑑札は、元締めの名前と自分の名前が記されている。

 つまり、上の街の税収に役立っている証拠で、格段に上での自由に動ける裁量が増える。つまり、信用だね。

 いつかお金を貯めて、出ていく時に、この商売鑑札が立派なら、どこの街でもやっていける。流浪民としては、重要な物だ。

 この流浪民の鑑札も商売鑑札も、定期的に新しくする。

 そして変化があれば、すぐに対応しないと罰則があるんだ。

 さて、この鑑札が無事に終わったら、上の街、アルラホテに入る。

 アルラホテは貴族階級以外が暮らしている。

 そして低空航路便の船着き場がある、砂船船着き場が西側の壁沿いにあった。

 だからアルラホテは大凡、城塞の西側半分を占めている。そして東側半分は貴族階級や裕福な人たちが暮らすセルナトとなっている。

 私のような流浪民にはセルナトは縁がない。

 そしてこのアルラホテは民の為の街だけれど、砂船が着くから宿泊施設も多い。

 セルナトまで直通で行かないで、貴族もこのアルラホテで一時体を休める。

 理由は検疫の為だってさ。検疫隔離っていうやつで、交易船には、この隔離が義務付けられている。

 前に南領ではやった病気で、たくさん被害が出てから、王国の法律で決まったそうだ。

 検疫所の前広場、馬車や迎えの待合所があるんだ。

 そこで水を売るわけさ。

 貴族は基本、水売りの水は買わない。

 狙い目は、その貴族のお付き、商人、旅人、軍人だ。

 子供と年寄りは、生水を警戒して避ける。

 ただし、獣人族は体が強いのと、南の方が水が汚れているので、喜んで買ってくれる。

 今日最初の砂船が朝陽を浴びて漂ってくる。

 帆船型で鉱石浮遊船なので非常に優雅でゆっくりだ。

 浮かんで漂う感じだね。

 その船の客の大半が、裕福な貴族階級だ。

 あまり騒がしい売り方だと嫌がられるので、蒸留した果実風味の水だと売り歩く。

 やはり、貴族は取り合わない。

 商人の一団もだめだった。

 その後の旅行者風の年配の人たちには売れた。

 ここで最初の水瓶が空になる。

 次の到着は昼になるというので、また、水を仕入れる。

 実は、私の水瓶には冷却というほどではないが、温くならないように加工がしてある高い物だ。

 私が結構身分高めの客に挑むから、元締めが奮発してくれたのだ。

 水の値段は変わらないが、売り方で客の方で金額を増してくれるのだ。

 つまり、水を表示してある金額で買っちゃ駄目ってのが、金持ちのお約束だ。

 まんま買うのは貧乏人と知らない遠くの土地の人ってこと。

 ア・メルンの名物水売りの作法を知らないってのは、ちょっとかっこ悪いってなる。

 だからこそ、皆、清潔そうな水を飲もうって考える。

 私の水は、お腹を壊さないように加工した倍仕入れ値があがる蒸留水。そこに柑橘類の果汁で匂いと味を少しつけている。

 仕入れ値の五倍売り、元締めに半分で残りを仕入れと儲けにしている。

 これを仕入れ値が半分の、普通の水だと儲けが無い。

 そこで仕入れがタダの、井戸水にすると仕入れ値が回収できる。

 そして井戸の水に、五倍売りはできない。

 売れなくなるからね。

 そうして船が着くたびに、水を売る。

 同じ商売をする中で、ここぞという客を見つけて声をかける。

 煩くしても駄目だし、聞こえなくても駄目。

 そして気分のすぐれなさそうな人に、蒸留水をすすめたりもする。

 中々、楽しいし大変だし、時々、怒鳴られたりもする。まぁ煩いし押し売りだからね。

 でも、金持ちだと心付けも稼ぎになる。

 これを見られて、絡まれたんだよね。

 元は同業者の水売りに文句を言われたのが始まり。

 客を取られた、心付けを寄越せってね。

 高い値段で売ってるのも、何で売れるんだと文句を言われたこともある。

 売れるように手を加えているからだよって言ったんだけどね。

 同じ蒸留水でも、こっちだけ売れるって事もあったから、腹がたったんだろうね。

 でも、汚れた手足で、器も汚かったら売れないよ。

 って言ったんだけど、それからすぐに、あの強請りの集団の仲間になって、今はいない。

 多分、私の態度も生意気だったよなぁって思う。

 馬鹿にしているつもりはなかった。だって、食べていくのに一生懸命だった。誰かの事を気にかける余裕だって無い。

 けれど、私は多分、生意気で他人の心の動きに鈍いんだろうなぁ。

 地下に来る巡礼神官様にも言われた。

 他の人ともっと交流しましょうよ。

 友達を作ってみましょうよってね。

 まぁ持ち金を盗んで行かない奴で、生まれや種族で差別しない奴っているのかなぁ?

 神官様に聞いたら、嘘のつけない人だったらしく、まぁ、中々難しいですねって。

 そうなんだよねぇ、親兄弟でさえ地下生活だと色々ある。

 あぁ、話がそれた。

 で、今日は船が四度も着いた。

 おかげで稼ぎは良かった。

 水売りの元締めのところにも、私以外の子供が報告と報酬の受け取りに並ぶ。

 元締めはアルラホテの北寄り、宿屋が並ぶ通りの裏手だ。

 ここは砂船商売の元締めが並ぶ。

 赤い屋根に木材でできた古い家が、水売りの元締めのところだ。

 金勘定をする男たちが二人、仕事道具やその他の手配などをしている女が三人。奥に元締めの爺さんが座り、更に奥でも人が働いている。

 人を紹介し仕事を紹介する、本来は、水売りの元締めではなくて、口入れ屋という商売らしい。

 でも、子供で手間賃が安い水売りが、案外、儲かるって話だ。

 今日の売上と仕入れの時に使った札を渡す。

 これで仕入れと儲けを突き合わせて、ごまかしが無いことを確かめる。

 まぁ心付けを懐にいれても、実は問題ない。

 けれど、すこしでも多く上納すると、良いことがあるのだ。

 これは他の商売敵には内緒だ。

 たぶん、売上の良い子は知っている。

 売上よりちょっと額を多く入れておくと、元締めの方で記録が残るんだ。

 そしてその余分な分が後で、良い場所良い客へ案内してくれる。そして良い道具にもね。

 道具の借賃も馬鹿にならない。

 けれど、このちょっとした上乗せ分によって、高い道具が安くなるのだ。あと、壊れた時に金を払わなくて済む。

 そして何より、真面目に勤めていれば、歳があがって水売りができなくなると、別の商売に口をきいてもらえるんだ。

 流浪民で次の職に繋いでもらえるってのは、重要でしょ。

 私も十四で来年には、何処かに奉公したい。

 まぁ、私の年齢と言っても外見はもっと子供に見えるけどね。

 でも、年齢から言えば、水売りができるのも今年だけだ。

 だから、どんどん稼いで、次はもっと落ち着いた場所で働きたい。できれば住み込みでだ。

 そんな夢を持っている。


 ***


 さて、稼ぎをもらった。

 この後が問題だ。

 実は、こうした稼ぎをもらう場所には、たくさんの罠がある。

 懐が暖かくなると、それを狙う輩もでるって訳だ。

 私は素早く稼ぎを懐に入れる。

 そして店の外に出る前に、部屋の隅に移動した。そしてこそこそとまわりの視線から隠れるように、稼ぎを分散させて、いろんな隠しにしまい込む。

 服なら裏地、靴なら底の方だね。大きな砂避けを被っているといいよ。中でゴソゴソできるし、すり盗られる事が少なくなる。代わりに刃物を使われる事があるけどね。

 そうしてゴソゴソ、年季の入った子らは、皆さっさと金を隠す。

 もし、脅された時に渡せる小銭だけ懐に残すのも忘れない。

 そして外に出たら、屋台や店に寄らずに走る。

 屋台で散財、店で散財ってのもよくあるからね。そして、知り合いに会っても挨拶だけで逃げる。

 変だよね、でも、年季の入った子らは、この稼ぎもらったら走るが癖になってる。

 家に家族がいるなら、そこまで無事にお金を運びたいって思うし、殴られて怪我したら働けなくなるのが怖いしね。

 私の場合、家じゃなくて神殿だ。

 巡礼神官様にお布施を渡す。

 これが案外、強請り集り避けになる。神様に収める物を、お前はかすめ取るのか?っていう反論ができるのだ。

 そして実際、神殿から出てくる時は襲われない。

 だって、流浪民が死んだら、神殿の神官様だけが面倒を見てくれる。この世界で、流浪民の墓を作ってくれるのは、神聖教の神官様だけなのだ。

 だから、神殿を襲ったり、神官様を襲ったら、そいつらは信者や流浪民に殺される。それこそ、普通の年寄から女子供まで石を投げてくるだろう。

 利用するのも気がひけるけど、稼ぎを手にしたら神殿に走るのだ。そして時間があれば、字の練習に金の数え方などを勉強する。

 私がかろうじて、世の中の事を知っているのは、神殿のおかげだ。

 別段信者じゃなくても貧しい流浪民の子供へ、奉仕と教育を与えてくれるのだ。

 これはヤカナーン様のお慈悲の一つでもある。

 国教とは言え、自分の城塞に彼らを招いて活動を許すのは、中々大変なことだ。お金だけじゃなくてね。

 だから、神官様もヤカナーン様のお慈悲に感謝している。

 私も感謝してる。

 だって、流浪民の暮らしで、ここほど恵まれているのは珍しいんだってさ。

 まず、住居と安全、そして水と衛生環境が整っている。

 受け入れも制限していないのは珍しいことなんだそうだ。

 ただ、受け入れるといっても、ア・メルーンにたどり着くという事が元々難しい事もある。そして暮らし続けることもだ。

 ここに来るなら、華やかな王都か、ここに至るまでの小都市で暮らしをたてる方へと流れる。

 ここは職に関して限られているから、商隊に雇われたり、結局砂船で外へと行く者が多い。だから、流浪民の数も増えも減りもしないのだ。


 神殿に無事到着。

 少しの寄付をして、神殿隣にある教会に行く。

 元々の拝火教寺院と新興宗教の神聖教が合体進化したのが今の神聖教なので、神殿の様式が主なんだけど、地方神殿には布教者の宿泊施設を兼ねた、教会がある。

 拝火教の仕組みを残した宗教も残っているけれど、国の宗教は神聖教で、神官と巫女が執り行っている。拝火教の寺院と神聖教神殿が混じったような教会は、まぁ政治闘争の末の妥協の産物。と、前の巡礼神官様が言っていた。だいぶ、批判的な人だった。

 まぁ教会っていうのは、神聖教で神殿を置いていない小さな出張所ってこと。神殿を作るのは大変だけど、教会は普通のお家を改造しているからね。

 そこでは渡り神官という武力自慢の神殿兵って感じの人が、立ち寄る事が多い。

 神聖教は、独自の武力集団を持っているんだよ。

 昔の拝火教も、僧兵集団がいたらから、その名残かなぁ。

 で、その神殿兵の渡り神官は、武装して布教して歩く人たちのこと。巡礼神官は武装した護衛を雇った普通の神官様だ。

 つまり、一人旅して原野を突っ切って、人里離れた場所に布教しに行く、変わり者だ。

 まぁ熱心な神様の下僕だね。

 辛辣?違う違う、これ本人が言ってる。というか、大体そういう大雑把で元気の良い男の人ばっかりだ。

 そんで、見慣れない渡り神官のオッチャンがいた。

 陽に焼けた筋肉もりもりのオッチャンで、ちょうどご飯を食べていた。

 挨拶して、ついでに御飯食べるかぁって教会のオバちゃんが声をかけてくる。

 そりゃぁ貰えるものは塵でももらうのが流儀だ。

 喜んでご飯をごちそうになった。

 これもあるから神殿に通っちゃうんだよね。まぁ子供を集めるには食い物が一番ってやつだね。

 今日は蒸し餅に挽き肉が挟んであるのと、卵だ。

 卵はあたらないように、良く火が通っているのに乾酪が混ぜてある。野菜は何だろう、すごい歯応えがあってうまいなぁ。

 モシャモシャ食べていると、その渡り神官のオッチャンと目があった。挨拶挨拶。

 何処の子だい?って聞かれたから、下の井戸ぐらしだよって答えた。まぁ小綺麗にしてはいるけど、どうみても上の子供には見えないよね。

 まぁ目つきが違うし、こんなガッツいてご飯は食べない。

 私の歳で性別不詳でガッツいてご飯食べてる痩せっぽちは、どうみても下の子だ。

 で、オッチャンは何処の井戸にいるんだい?って聞くから、世間話ついでに、十七番井戸の現状を訴えた。

 まぁ今は別のところで暮らしてるけどね。

 寝るとこ大丈夫か、教会に来るかってって言ってくれた。

 まぁ今のところ隠れているから大丈夫って答えた。

 しばらく、モシャモシャ食べていると、オッチャンは考え込んでいた。

 ご飯冷めちゃうよって言ったら、残っていた腸詰め肉を私の皿に乗せた。

 そして、こんな事を言った。


「坊主、その隠れてるところで、犬、飼えねぇか?」


 ***


 地下で、家畜を飼う場所は決まっている。

 水場と居住地から遠い場所だ。

 殆どが地下一階の西北部、私が塒に決めた西南部の反対側だ。

 井戸が無い場所で、居住する為の小部屋が途切れている。

 そして吹き抜けと井戸から引ける水路があり、やはり汚水処理用の側溝があった。汚水は上の下水と繋がっている太い水路があって、それが北側から外へと流れている。

 遺跡には浄化装置らしき絡繰もあって、この大きな街の汚水を浄化して外に流していた。

 それも西から吹き付ける乾燥した熱風で、川になる事もなく枯れる。

 と、まぁ便利な仕組みがあるが、基本的に動物は下に持ち込めない。

 犬も猫も鳥もだ。

 病気の原因になるし、糞便の処理も大変だ。

 井戸が汚染されてもこまるというのもある。

 即座に、そりゃぁ無理だよと伝える。

 城塞都市の上の住人なら、飼い犬ぐらいは可愛がれるが。流浪民に犬は無いよ。まして、私は水売りだ。清潔にしとかないと商売にならない。

 断ったら、オッチャンはガックリ項垂れた。

 事情を話してみなよ、と、腸詰め肉の分だけ話を聞いてやることにする。

 で、どうやら、オッチャンは犬を人から預かった。

 ところが、オッチャンは急ぎの仕事が入ってしまった。

 だから、引き取り手が来るまで、その犬を誰かに預けたいって訳だ。

 上で仕事の依頼を出せばいいじゃん。

 そしたら、その犬は、人族の奴らが嫌いらしい。

 獣人か亜人の人だっているじゃん。

 好き嫌いが激しくて、今の所全滅。

 何で下なんだよ。

 下で、静かな場所なら大人しくしてるはずだってさ。

 何だよ、その犬、面倒くさい。

 その通りらしく、オッチャンは困っていたらしい。

 まぁ下はア・メルーンの行政府がお許しにならない限り、動物はホイホイ入れられないのだ。ごめんよ、神官様。

 それに目立ちたく無いんだ、犬なんか連れてたら塒がバレる。はい、解散。


 で、次の日の朝。

 仮の塒の方で目を覚まして、通路を確認したら、オッチャンと犬がいた。

 どうやって後をつけたのか、というか、どうやって犬を持ち込んだのか、硬い石の通路で寝ていた。

 頑丈な渡り神官のオッチャンの無精髭を睨んでから、傍らの犬を見る。

 もう、それは犬と呼ぶにはおこがましい、見上げるような大犬だった。

 それはお座りをしたまま、私を見るとクワッっと欠伸をした。

 これはない。

 子犬ならいざしらず、どうみても育ちきった犬である。

 それも人間より大きな体躯、薄灰色の長毛であった。

 こんな暑い地域にいたら、内臓を痛めて死んじまう。

 全く飼い主は何を考えているんだ。

 どうみても水を飲ませている様子がない、ここに来たのが今だとしても、こんな巨体の犬が水を飲まなかったら、本当に病気になっちまう。

 仮の寝床に取って返すと、運の良いことに瓶には水が残っていた。

 それを瓶ごと持ち出すと、大犬の前に据えた。

「飲みな、お前みたいな大犬、水がなかったら弱っちまう。ほら、早く飲め。綺麗な水だから大丈夫だぞ」

 暫し、考え込む犬。

 これだけ大きいと賢いだろう、それは水の匂いを嗅ぐと、頭を瓶に突っ込んだ。

 やっぱり、水が足りていなかったようだ。

 犬は水を飲むの大変なんだ。

 常に気をつかってやらんと、食料よりも水と体温の調節を考えてやらんとな。

 しかし、長毛、どうしたものか。

 そんな事を考えていると、原因のオッチャンが目を覚ました。

「おぉ、寝ちまった。久しぶりに、ゆっくり寝た気がする」

 そうじゃねぇ。腕を組んで睨んでいると、オッチャンは私と犬を見て笑った。

 それで?

 という訳で、食事をしながらの話し合いになった。

 竈に火をくべ、用を足せる場所を教える。

 すると、賢い犬が部屋の穴に向かう。

 しつけができているのか、賢すぎる行動だ。それでも、見ていると振り返るので、そこは好きなようにと見ない。人間よりも偉いぞ犬。

 そして食事の用意をして、犬とオッチャンに振る舞う。

 犬は、犬用に毒にならないような物を出す。

 オッチャンは残り物でいいや。

 で、話を聞いた。

 この犬は、高価な犬らしい。

 だから、下手なところに預けると揉め事にもなる。そして当の犬も好き嫌いが激しくて、中々、預け手がみつからない。

 神殿に置いていくのも心配で、この犬が静かに休める場所で、食事を運んでくれる人間を確保したいという。

 それで、私を尾行した。

 そうしたら、隠れ家としても最適で、神殿にも覚えのめでたい孤児だ。誰も仲間がいないようだし、これは中々利用できそうだ。って事らしい。

 迷惑だ。

 一旦、上に戻ると十七番井戸の揉め事を片付けた。

 面倒なので行政府に働きかけて、捕縛して外に放逐したそうだ。城塞には二度と入れず、神殿に要注意を流された。それは厳しい処置だ。

 それから、差配に犬の持ち込みを届けた。

 神官からの頼みだ、その上のア・メルンの行政が許可すれば文句は出ない。

 そして水売りの元締めに、暫く私を借りたいと金を払ったそうだ。

 つまり、犬の世話をすれば金を貰えるらしい。

 納得できるようなできないような。

 決め手は犬がこの場所を気に入った様子だ。

 嬉しくないよ、犬。

 それに水を飲んでる様子やこうしてご飯も食べている。

 犬、大満足って事だ。

 ご飯のおかわりを欲しがってそうな顔を見て、私はため息をついた。

 他の住人に聞かれたら?

 犬の首から、輝く星の札が下がっていた。

 これはヤカナーンの紋章だ。

 どうやら、お犬様は公爵様のお客らしい。

 うわぁ、城に行けよ。と、思ったのは私だけでは無いと思う。

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