第一の選択
干していた寝具を小部屋に戻す。
残りの時間を小部屋の掃除にあてた。
夜の食事は軽くした。
おやつまで食べたしね。
時間がまだあるので、服ごと裏の水場で全身洗う。
まぁお姫様じゃないからね、清潔一番ってだけの話。
体をきれいにする習慣は、孤児にはむずかしい。
元々、乾燥しているし汚れも臭いも気にならない。
それに夜が冷える事が多いので、体を洗う事は、あまり健康に良いと考えられていなかった。
もちろん、清潔ってのは健康には大切だけどね。
まぁ下の人間は、臭くなったり目に見えて汚くならない限り、体を洗うって事はしないんだ。
逆に、もっと南部の人は体を洗うんだよ。
体が臭うってことは、虫も獣も寄ってくるからね。よく洗って、体中に泥や香料を塗り込んではいたけれど、よっぽどこのあたりの人達より、清潔ってこと。
まぁ南は湿気の多い場所だけどね。
何の話かって言うと、クゥは獣人で南の人だから、小汚い子供は嫌だろうって話。
なので、体をゴシゴシざばざばして、ついでに茶色もゴシゴシザバサバした。
茶色は喜んで跳ね回っていたけどね。
まぁきれいにはなった。
さっぱりして着替えて、洗濯した頃にクゥ達が帰ってきた。
ついでだからと石鹸を手渡して、灰色を洗ってくれって言ったら、クゥと灰色がすごい変な顔になった。
嫌なら良いよ、下の寝具をきれいにしたから、灰色もきれいになれば、気持ちよく寝れるでしょ?
どうせ濡れるんだから、クゥも体を洗っちゃいなよ。
着替えは神官様のを借りるし、洗濯物だしといて洗うし。と、伝える。
それにクゥは何故か、灰色から顔をそむけた。
灰色は牙を見せている。
まぁいいけど。
夕食の準備をしていると、裏の水場で何だかもめている。犬を洗うだけなんだけどなぁ。
神官様の服はクゥには小さいようだ。中衣って上の奴は前を開いて、下は何とか履けたようだ。
そして、似合わない。
体が大きくて筋肉だもんね。あれ、渡り神官のセドリック様と同じ系統だ。渡り神官の服を探せばよかった。
そんな事を考えていると、ガゥガゥ言いながら灰色が突進してきた。
灰色は私を転がす前に止まると、キュゥキュゥ鳴いている。
ちゃんと洗えているし、耳の中も調べたが濡れていないぞ?どうした。
「その悪魔は、手に負えない。洗うのは二度としない」
「何があったし」
今日は煮込みだ。
屑肉と野菜がそろそろ萎びてきたので、それを全部使った。
他は魚の塩漬けを水で戻して、香辛料をつけて焼いた。
またもや辛い味付けに、クゥが苦戦している。
これは食中毒予防にと思った味付けだけど、考えてみれば私とクゥなら食中毒も毒殺も気にする必要が無いのだ。
ごめん、今度、辛いの無しにするね。
人種種族による特性ってのがある。
オルタスには、数種類の人がいる。
長命種人族は、長命で病にかかりにくいけれど繁殖力が低い。
短命種人族は、短命で病にはかかるけど死亡率が低くて繁殖力が高い。まぁ大陸北の殆どの人口を彼らが占めているね。
獣人族は、様々な寿命や種族形態を持っているけれど、生命力が強くて、毒や病気に非常に強い耐性を持っている。繁殖力は人の中では一番だね。南の人口の殆どが獣人。
そして色んな所に小さな種族単位で暮らしているのが亜人だね。亜人は数種類の種族がいるけど、人口がすくなくて特殊だね。彼らは短命種人族に近いけど独特の文化をもっているね。
と、ここで混血の法則と神官様の役割がある。
この複数の種族が婚姻を結んだ場合の子孫は、どうなるのか?
ここで混血の法則というのがある。
同種族なら同じ種族が生まれるのは当然だよね。
他の組み合わせはどうなるのか?
これにはある一定の法則が出るんだ。
長命種人族は、獣人族と婚姻した場合、ほとんどが生命力の強い獣人の肉体構成で出生する。
こんな感じだね。
決して両方の特性を備えた子供は生まれないんだ。
そしてその種族に傾く割合がある。
これは生命力の高さも影響があるんだ。
生命力の高さの順番は
獣人>短命人族>亜人>長命人族
死ににくさの順番はちょっと違う
獣人>長命人族>短命人族>亜人
これは毒や病気への耐性だね。
では、生まれやすい割合はどうか
獣人>亜人>短命人族>長命人族
結果、長命種は混血すると長命種が生まれなくなり、獣人種の出生はあがる。
でも人口総数は、短命人族と獣人族が均衡している。
これは、短命種人族だけは、どの混血をしても、短命種人族として一定数出生する。
親から受け継がれた割合も加味されるっていう事も理由。
そして神聖教が国の宗教となった理由も関係があるんだ。
神官様と呼ばれる職階の人の役割に、名付けの儀式ってのがある。
私が亜獣人って見てもらったあれである。
この子供は、何の種族の子だよっていう名付けができる人が神官様なんだよ。
こればっかりはごまかしのできない仕事だからね、だから、神官様は尊ばれている。
つまり、魂と命を見て、何の種族か見て取れる能力がある人が、神官様や巫女様って事。
だから、神官や巫女を騙る事は重罪なんだよ。
そうそう、この混血の法則で唯一の例外が公王様なんだ。
このオルタスの中央大陸統一王国において、その頂点に立つ王様を公王って呼んでいる。
その王様は、長命種人族大公家と獣人王家の血を混ぜた人間がなる。
つまり、混血の王様だ。
けれど、この王様は長命種でも無く、獣人でもない、混合体って者になるんだって。
長命種と獣人種の特徴を一緒に持った人なんだってさ。
この混合体は、公王だけで、この体で生まれた人がなる職業って事らしい。
なんだかね、ア・メルンは今、不思議だらけだけど。
神官様も不思議だし、王様も不思議だし、疑問に思わなかっただけで、本当は、この世界は不思議ばっかりなのかもね。
と、言うことを戸締まりして、下に入りながらクゥに言った。
「辛味の少ない食事になるなら、私に文句は無い」
と、それに的はずれな返事がきた。
「美味しかったでしょ、あの魚の炒めたの」
「うまいが、辛くてつらい」
いつもの林檎をかじりながら、クゥはぼぉっとしている。
疲れたのかな。
まぁ目覚めてから二日目だ。
今日は笛の日のようだ。
あの笛を吹いているのは誰だろう。
寂しくないといいな。
「地図を書いたよ」
「おっ、はやいな」
「そりゃぁ落書きだもの」
手渡したそれに目をはしらせる。
「この番号は?」
「井戸ごとの街の番号」
「番号の意味はそれだけか?」
「長く暮らしていても、街の成り立ちを知っているのは、上の人だけだよ。流浪民には、井戸の番号はそのままの意味だ」
「そうだな」
「何を探しているの?」
クゥは林檎を食べながら、地下二階の地図を見ている。
「地下水脈の元に続く、水柱は一番か?」
「違うね。地下水脈の元へ続く水柱は無いよ」
「どういう意味だ?」
「この二十六の水柱は、遺跡が押しあげているんだ」
「遺跡?」
「私が住んでいた場所は、下水道跡で、本来は上から排水を流す場所だね。
今、上の街の下水は、後から作られたもので、北側の外の川に流されている。
遺跡とは関係ないんだよ。
綺麗な上水は立入禁止の地下遺跡部分を通る。遺跡部分が汲み上げ機になっていて、あの水柱に押し上げているんだ。
だから、更に地下四階が地下水脈から吸い上げる場所か貯水池だと思うよ。
でも、立入禁止でそれこそヤカナーン様しか知らない話だ。
だから、地下水脈に直接関与しているのは、多分、地下四階以降で、人間が入り込めるのかはわからないよ」
「なるほど、助かる。ありがとう」
礼を言われたが、それよりも質問の答えをくれよ、クゥ。
とは言わずに、林檎の芯を灰色にあげた。
まだ、機嫌が悪いのだ。
そして茶色は、クゥから貰って一口で飲み込んだ。
***
今夜も私が一番最初に気がついた。
傍らのクゥに手を触れる。
そっと指先だけで腕に触れると、クゥの目が開いた。
灰色も耳を立て、茶色は頭を起こした。
馬が今日は騒がない。
引きずる奴じゃない、足音だ。
重く硬い靴底の音。
けれど、気配はあの影と一緒。
「いるのだろう?」
はっきりとした声だ。
若い男の声だ。
何も知らなければ、そのまま人だと勘違いしてしまいそうだ。
「あれは、ソル・ティギア・セトだ。
セトだ。
妻と娘を殺し、息子に殺された。
セトだ。
覚えておけ、セトは息子に殺された。
息子の名前だ。
息子の最後を思い出せ。
ガルダ・アスラム、兄弟よ。
間違いを正せ、復讐をしろ」
傍らのクゥが立ち上がる気配を感じた。
私は咄嗟に、クゥの腕を掴んだ。
自分でも思いも寄らない力でだ。
両手で掴んだ私の手を振り払おうとして、クゥは動きを止めた。
灯りを消した暗い小部屋に、きらきらと輝く緑の瞳。
私はクゥの腕を握りしめた。
クゥは私を見たまま動きを止めた。
気配が消えるまで、二人共動かなかった。
「なぜ、邪魔をした」
怒っているね、しょうが無い。
目を細めた表情は、怒りに震えている。
それでも子供には無体をしない。だから、乱暴に振りほどかずに、そっと手を外された。
そうしてクゥは腰を下ろし、壁に背を置いた。
犬も再び寝に入った。
「あれは誰?」
「謀反人を唆した奴だ」
それでも答えてくれるクゥは、本当に優しいね。
「だから、捕まえるか殺す気だった?」
「あぁ」
「でも、あれは影だよ」
クゥは私の指摘に、眉を下げた。
顔を背けるクゥ。
怒っているね。そりゃ、わかっているさ。
家族を殺されたんだ、きっと色々我慢してるんだ。
けれど、足手まといの子供が一人。
きっと子供の私が巻き込まれたり、残される危険を考えて動けなくなったのだ。
分かっているよ、クゥ。ごめんよ、私は一人になるのが怖かったんだ。
「ごめんね、クゥ。引き止めてごめんなさい」
だが、私が謝罪すると、何故か灰色が吠えた。
急に頭を上げると、クゥに向かって吠え立てた。
外に聞こえると慌てて抑える。
すると灰色は私を茶色の間に入れると、唸った。
「いや、躊躇ったのは私自身だ。あの声は」
続かない言葉に、私は犬達に挟まれながら思う。
知り合いだったんだね。
***
ガルダ・アスラムは隠れ家から飛び出した。
台所で手に入れた肉切包丁を振りかざす。
ルフト・スウェナムは兄弟の振りかざす刃を受ける。
だが、肩から腹へと抉りこまれた肉切包丁はそのままに、彼はニヤリと笑った。
「捕まえたぞ、偽物め」
「それはこちらの台詞だ」
影はニヤリと笑ったまま、ガルダ・アスラムの脇腹に手を入れた。
肉を断ち割り内臓に手を入れると、影は笑った。
「呪われるがいい、シシルンの子。
塩の柱となり、この世から魂ごと消え去れ」
後には、血と肉を吸い上げ塩の柱が残るのみ。
「ごめんね、クゥ、引き止めてごめんなさい」
綿毛のような髪をした、ちいさな獣人の子供。
繰り返された賽子の目が変化する。
私達は安堵して腰を下ろす。
女神様、ありがとう。
小さな苛立ちと感謝と様々な感情。
それでも最初の選択は変わった。
ありがとう、泉の娘。
ありがとう、すこし歩みを変えた道。
何度も何度もやりなおした。
そうしたら、ある日、女神が答えてくれた。
ありがとう、泉の娘。
***
寝たのに、また、疲れて目が覚めた。
昨日の事が気まずいと思った。
けど、寝ているクゥを見て考え直す。
たぶん、何度同じ場面になっても、私はクゥを引き止めた。
それに、私を振り払い出ていくのは、クゥ自身の選択だ。
怒られても、私は同じことをする。
そう思ったら、気が楽になった。
嫌われるのは少し悲しいけどね。
心を整理すると、霊廟側の扉を開けた。
クゥが起きる気配がしたが、そのまま犬達と外に向かう。
壊れて以来、何も置いていないので、そのまま霊廟の外に出る。
今日も天気は良さそうだ。
まだ、時間は早そうだから、厩の世話だけしてしまう。
よいしょよいしょ、と、藁を入れ替えていると、クゥが挨拶を口にしながら、手伝ってくれた。
クゥのおかげて、あっという間に終わる。
よし、ご飯だ。
「今日は下に野菜を取りに行くよ。野菜の備蓄がなくなったからね。乾燥野菜はあるけど、生のが欲しいし」
「耕地があるのか?」
「まぁね、水が豊富ならどうにでもなるんだよ。だから、餌場の巡回したら、今日は下に行くつもり」
「じゃぁ一緒に行こう」
「うん」
背負子に道具を放り込むと、そのまま餌場の巡回に向かう。
アルラホテの餌場も固定化しているので、それを縫うようにして回り、地下下水道跡の入り口へと向かった。
昼前に来れたので、大丈夫。
クゥに角灯を渡そうとすると、彼はいらないと言う。
「夜目が効く獣型なんだ。お前もそうじゃないのか?」
「効くにはきくけどね。暗いの怖い」
「今日は大丈夫だ、私がいる」
そうだった。
それに灰色と茶色もいるね。
風の音、水の奔る音。
たくさんの匂いはするけど、静かな下水道跡の街。
「十五の昇降機で一度下がってから、もう一度八番で登って、三番で降りると放牧してる北西がわだね。
畑は隣接してるから、そっちから回り込むと、町を抜けるより早いんだ。」
「昇降機のつながりが面倒だな」
「天井はつながっているけど、道は全部繋がっているわけじゃないからね。強引に建物を壊したり乗り越えれば、直線でも行けるけど、階段の場所が不規則だからね」
「結局遠くなるんだな」
「そーいう事、これは地下暮らしじゃないと覚えられないよね」
「火事はどうする」
「そこの地面を見てよ、上と違って引き水が走ってるでしょ。焼けても広がらないよ。
住人が気をつけるのは、水を極力汚さないってこと」
「なるほどなぁ、よくできている」
「流浪民を長い間うけいれてきたんだ、仕組みは出来上がってるってことだね」
「サリーヤは小さいのに賢いなぁ」
たぶん、外見で年齢を見ているなぁ、クゥは。
「クゥ、私は神殿の奉仕教室でいえば、成人なんだよ」
それに、クゥは珍しく朗らかに笑った。
「信じてないねぇ、私は十四なんだよ。これ共通年齢の方ね。私って来年で成人なんだよ」
「それは何かの間違いだろう」
「神官様に見てもらったよ。私の種族の問題じゃないの?」
「小さすぎるだろう、その神官は間違っているぞ」
「栄養不足だったからじゃないの」
何、その表情。
開いた口が塞がらないって?失敬だな。
暫く、クゥによる栄養問題解決のお話が続く。
もっと食べなくては駄目だという結論に行き着くまでに、何度も保護者が必要だと言われる。
「じゃぁクゥの召使いになるよ」
「親をたてるんだ」
「じゃぁクゥの子供な」
「私は独身だ」
「じゃぁクゥの妹な」
冗談でいったのに、クゥは神妙に頷いた。
「頷くなし」
「今から、サリーヤは我が妹だ」
「冗談だからね」
「義母は娘が欲しいと常々言っている」
「いや、いーから、冗談だから」
「我が一族は中々に歴史もあるし、何より裕福でな」
「冗談だからな」
「真面目な話だ。この度の事で、色々、問題が起きるだろうが、お前という養子がおれば、義母も悲しみが減るだろう」
「アデイムさん?」
殺された族長だね。
家族は落胆しているだろうし、ニィ・イズラに不穏分子もいるようだ。身内より他人の関係ない子供は気を紛らわせるにはいいのだろうか。
「命の恩人であるサリーヤならば、義母も喜んで子とするだろう」
「まぁ、ア・メルンの騒動が落ち着いて、外に出られたらね」
そうしたら、きっと私の事は忘れているだろうしね。
放牧地の家畜は元気だった。
水飲み場を清掃して、糞の始末を久しぶりにする。
重労働だけど、クゥが手伝ってくれたので、ここも想定以上に早く終る。
水洗いした畜舎を眺めながら、今日、クゥが下に同行したのは、地図の下見というより、昨夜のわだかまりの解消なのだと思った。
優しいひとだなぁ。
と、思う。
そして彼は、きっと隠れて助けを待つ気は更々無いのだ。
では、私はどうすれば良いのだろう。
助力はしたいと思う。
笛の人に会いに行きたいのと同じにね。
そして、それと同時に、怪我したり死んだりしないで欲しいって思っている。
「クゥ、もう少し西側と東の方に耕地があるんだ。
道を覚えておいてね。もし、何かあって一人になったら、この場所で食料が補充できるからね。
それに上がもし、占領されたら、あとで西側の隠れ場所を教えるからね。そこなら何とか生き延びる目があるよ。」
引き水がされている家畜の水桶を掃除していたのに、クゥがこっちに走ってきた。
「どうしたの?」
変な顔してるね。
不味い食べ物でも食べたみたいだ。
「何を言っているんだ?」
私の目の前にしゃがむと、覗き込んできた。
クゥは大きいねぇ。私も大人になれば背が伸びるといいなぁ。
「だから、もし、クゥが一人になっても、大丈夫なように覚えておいてねって」
何故か、そう言ったら、クゥから表情がなくなった。
「どうしたの」
「サリーヤ」
「何?」
「どうしてそんな事を言うんだ?」
「何って、クゥが出ていく前に、食料や逃げ場所を教えておかないと。私が知ってることは大したことじゃないけどね」
私は、助ける人になりたいんだ。
「ちょっと反省したんだ。
クゥにはクゥの使命?ってのがある。
だから、昨日の夜みたいに、引き止めちゃ駄目だってね。
私が知ってる逃げ場所、食料、水、クゥがいるうちに教えておかないとね。」
寂しいなぁって思うし、さっきみたいに冗談のお話もできないけれど。
死なないように、怪我しないように、応援しなきゃね。
そうだ、頑張れ頑張れだ。
「サリーヤ、それは違う」
「どうしたの?」
「人は間違うものだ」
「うん、それで?」
「私は、間違いの多い人間だ」
「そうなの?」
「そうだ」
「だから何?」
クゥは、それ以上何も言わなかった。
「じゃぁ畑に行こうか、本当は西の泉を教えてからのほうが、荷物が無くて良いんだけど、ここから泉の方が距離が短いんだ」
二箇所ある耕地は密林になっていた。
繁殖力の強い芋類と穀物を重点作物にしていたからね。
そして動物たちが適度に食べて、適度に糞をした結果、枯れるはずがモリモリ繁殖していた。
「何か、怖い感じになってるけど、食べられるからね」
背負い籠いっぱいに収穫する。
ここは外に向かっての開口部が並んでいるから、明るくて外の景色が見える。
風も吹き抜けるけど、水気が多いし、中に幾重にも低い風除けの壁も作られている。
そして、その壁は緑の覆い尽くされて、今は行方不明。
ちょっと大丈夫かな、この緑たち?今に外壁に向かって外に茂りだしそう。まぁ緑の少ない場所だからいいのかなぁ。
「時間的には、余裕があるし、なんなら今日は西南の泉の部屋で泊まろうか?」
謎の植物と化している南瓜を眺めていたクゥが頷いた。
さっきからおとなしい。
こんな場所の密林に驚いたのかな?
「その南瓜持っていこう、それ煮ると美味しいから」
変な形に育っている南瓜を収穫すると、西通路の泉へと向かった。
「井戸回りから追い出されて、ここまで来たのか?」
「あぁ違うよ。きっかけはそうだけど、ここには前から入り込んでいたんだ。
砂漠が見えるし、外の景色がきれいでしょ?
狭い場所に暮らしていたからね、開放感があってとても気分がよかったんだ」
西の通路に出ると、砂漠が一望できる穴が通路にいくつも開いている。
「昔は物見の通路だったみたいだね。今はここの一箇所だけが行き来できるようになってる。他は鍵がかかっているね。まぁ後でもう一度確認するけど」
「それは私がやっておこう」
「ありがとう、助かるよ。
こっちが泉を見つける前まで、部屋にしていたところだよ」
案内すると、暫く訪れていなかった為に、だいぶ砂にうもれていた。
「竈は使えるね、それからこっちだよ」
泉の扉を指す。
「見えない」
「ここに霊廟の扉とおなじ印があるよ」
「わからん」
「まぁ見えづらいよね、ほぃ」
叩くと扉が開いた。
中を確認、大丈夫だね。
「うん、荒らされた様子は無いよ。入って、灰色と茶色は遊んでていいよ。ご飯になったら呼ぶね」
言った途端に、西の通路のかけっこ競争だね。
あれ、普通に人がいたら、怖くて腰を抜かすよね。馬ぐらいの大きさの犬がガウガウしながら走ってくるとか。
「扉の出入りは同じだよ、少し押す場所の位置と加減になれれば開くよ。ただ、出入りしている痕跡を隠すのだけは注意だね。
食料は一応、そこの長櫃の隣にあるよ。みんな保存食だから美味しくはないかなぁ」
クゥは見回していたが、私の説明に長櫃を見た。
「これは?」
その長櫃を見て、彼は戸惑っていた。
「灰色の飼い主に渡す物だよ。灰色と一緒に預かったんだ」
「預かった?」
「飼い主を待っていたんだよ。そしたらこのありさまさ。
だから、灰色に名前はつけていないんだよ。
私の犬じゃないからね。
気がついているでしょ、灰色の首の鑑札はヤカナーン様だし。あぁ茶色は公園で拾ったんだよ。
首の鑑札は星だね。誰の犬かはわからないんだ」
それにクゥは顔を片手で拭うと、考え込んだ。
「どうしたの?」
「サリーヤ」
「なぁに」
「あれはな、飼えないんだよ」
「犬が飼えないの?だって神官様が飼い主に渡してって」
「その神官の名前は?」
「セドリック様だよ、渡り神官のセドリック様」
「セドリック・モストクか」
「知ってるの?」
「その長櫃の事は何と言っていた?」
「飼い主に渡してって」
そう言うと、クゥは長櫃に手をかけた。
まぁ今更、誰も取りに来ていない荷物を開けるなとは言わないよ。私も中身が見たかった。
簡単な留め金の蓋を開く。
重い蓋を開け放つと、中を覗き込んだ。
「灰色の飼い主は、騎士なのかなぁ」
詰め込まれていたのは、武具と武器だ。
砂漠用の砂と暑さを避ける布もついている。急所だけを守る感じだね。そりゃそうか、重鎧なんて着てたら暑さで死んじゃうもんなぁ。
盾も小さくて、折り畳める物と剣は変わった曲刀だ。
手甲が一番頑丈そうだね。これで相手の武器をはじくのかなぁ。
私が眺めていると、クゥは深いため息をついた。
「サリーヤ、この武器を使う。誰かに聞かれたら、私が使ったと言ってくれ」
「飼い主さんを知ってるの?」
「悪魔に飼い主はいない」
「クゥって犬が嫌いだったのかぁ。色々ごめんね」
「それは違う。サリーヤ、悪魔が嫌いなだけだ」
変な理屈を言う時って、だいたい本当の事を言われた時だよね。
そんな真面目な顔をして言いきられてもなぁ。




