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砂漠の梟  作者: CANDY
時の結び目
1/28

隠されの泉

 群青色の空に月が沈んでいく。

 遠くで朝のお祈りと鐘の音が聞こえた。

 数日前に移り住んだ寝床は、隙間風が入らないので温かい。

 毛織物を畳むと、寝ぼけたままあたりを見回す。

 ここは地下下水道だ。

 下水道といっても、古代の遺跡の下水道跡。

 水気は無いし、人の気配も鼠の気配もない。

 城塞都市ア・メルンの流浪民は、寝床として利用している。

 華やかな交易都市の地下にあって、税金を払えない流浪民の大切な場所だ。

 この都市を治めるヤカナーンの一族様のお慈悲だ。

 代わりに、地下道に暮らす者は、塵を始末し、鼠などの害獣害虫を退治する。そして、時々やってくる町の差配の人に人数や人柄の調べを受ける。

 糞便の始末も遺跡にある指定された場所で行い始末して、ある程度の秩序を守る事が義務付けられている。

 まぁ安い労働力を提供する流浪民を隔離したいのだ。と、言う大人もいるけれど。

 本来なら、立ち入る事も暮らすこともできない場所だ。

 住む場所があれば、働けるのだし、私は文句など無い。

 そして寝床は、早い物がち。

 つまり、子供や年寄りは追いやられがち。

 まぁそれも仕方がないと諦める。ちょっと水場や出口から遠い場所なら、かえって揉め事もすくなくて安全だ。

 そしてこのア・メルンは、巡回の兵士が来るので治安も良い。

 これもヤカナーンの一族様の気遣いだ。

 だから、子供も年寄りも稼ぎを奪われて殺される事が少ない。

 もちろん、嫌な奴はいるし悪い奴もいる。それは何処に暮らしていても同じだからね。

 そんな時々ある諍いが、つい数日前にあった。

 よくある水場の争いだ。

 地下下水道は、上の街の浄水と繋がっている。

 だから、管理も厳しくて数も限られている。

 だから、地下でもそのまわりに暮らすことになるんだけれど。

 新しく入ってきた集団が、酷く乱暴な人たちで、元からいる人達を追い払った。

 そうすると、追い払われた人が、他の水場に流れて。

 まぁそうすると、子供で女の私は争うよりさっさと逃げ出す事を選んだ。

 地下下水道跡でも人の気配の少ない西側だ。

 こちら側は、鼠も虫もいないし、人もいない。

 つまり、水場が無いのだ。

 巡回の兵士も人別の改めの人も、半年ごとに確認にくるぐらい、誰もいない。

 まぁ、何でそんなところに潜り込んだか。

 それは私が、人族では無いからだ。

 乾きにつよくて、暑さに強い。そして何よりも、水を探すのが上手な獣人種族。

 流浪民に獣人種族は少ない。

 なぜなら、南部の獣人族には共同体という組織があって、孤児も引き取り育ててくれるのだ。

 けれど、私の親らしき人は、このア・メルンの城塞都市に、私を捨てていった。

 獣人の共同体に申し出て、保護してもらう事もできたけど。

 私はここでの暮らしを選んだ。

 親、らしき人物をまっていようと思ったのだ。

 らしき人、っていうのは、どうしても思い出せないからだ。

 私は本当に小さな子供で、流浪民の流れに押し込まれた。

 たぶん、女の人だったと思う。

 けれど、泣いているうちに逸れて、そのまま。

 そのまま、ここで十年も暮らした。

 流浪民の中で、子供だけなんてよくある事だから。物乞いしたりもしたし、塵を集めて売ったりもした。

 地下暮らしの長い大人達の世話にもなった。

 そして今は、水を売って暮らしている。

 水売りだ。

 で、まぁ、私は水を嗅ぎ分けるのが上手だ。

 おかげで、生きていけるし、稼ぐこともできる。

 大人にも負けないし、こうして安全な場所で暮らせる。

 そう、私は、私だけの水場を見つけた。

 この西の水場が無い場所で、隠された泉を見つけたのだ。


 ***


 地下下水道跡には、女神像が配置された古井戸がある。

 これは地下水脈から街に水を組み上げている古代の遺跡とも繋がっている。

 砂漠の際に建つア・メルンの栄える理由の一つだ。

 そしてこの井戸の管理も、流浪民の義務だ。

 清浄を保ち、異物などを混入されないように守る。

 もし、水に異変あらば、そのまわりの者は死刑だ。

 だから、自分たちの暮らし全てにかかわる井戸は重要。

 そして、どの井戸に属するか、必ず明らかにするのだ。

 地下の女神の井戸は、二十六。

 流浪民も二十六に分かれる。

 私はそれまで、十七番目の東の井戸の近くで暮らしていた。

 けど、乱暴な人たちがやってきて、井戸のまわりに居座って、使う度にお金を取ろうとした。

 たぶん、次の巡回で、ヤカナーンのお役人に追い出されるだろう。

 それまでお金を取られるのも嫌なので、皆、さっさと逃げ出した。

 私も仲の良い、誰かのところへ避難しようかと思ったけど。

 いつも内緒で水を汲んでいた、この場所に暫く暮らすことにした。

 つまり、二十七番目の水場で、おそらくここ数百年発見されていない泉だ。

 井戸ではなく、泉ってのがまた問題で。


 どうして今まで見つからなかったのか。

 先ずは、ア・メルンを知らないとね。


 ここは中央大陸オルタスの西、砂漠の端にあるア・メルン城塞都市だ。

 この城塞都市を治めるのは、長命種人族のヤカナーン公爵様だ。

 長命種人族は、文字通り長生きの人たちだ。

 昔から支配者の多くは、彼ら長命な人たちがしめている。

 貴族や支配階級だね。

 そして民となるのが、短命種人族や亜人達だ。

 獣人は独立しているので、獣人族は南部支配地域にいる。

 そしてこちらの人族支配地域にいる獣人は、昔は奴隷で、今の殆どは稼ぎに来ている者か兵隊だ。

 中央軍の殆どの人員は、南部の獣人で構成されているんだよ。

 つまり、中央大陸オルタスの統一民族国家は、人族が政治、獣人が軍を、そして彼らをまとめるのが神聖教という宗教で、王政であり軍事国家で宗教国っていう複雑な国なんだ。

 人種がいっぱいいると、いろんな問題がでるからね。

 そして、流浪民は、戦争や色々な理由で流れる民の事だね。

 多くは王都のミ・リュウに流れるんだけど、そこまでたどり着けない場合、このア・メルンに流れるんだ。

 獣人の国、南部は、環境が激烈で、亜人も人族も暮らせないって理由があるんだ。獣人族が閉鎖的なんじゃなくて、環境文化が虚弱な種族だと耐えられないんだ。

 そしてア・メルンが最後の受け皿っていうのは、この城塞都市の西南方向は砂漠だから。

 獣人の国に入るには、もっと東寄りの半島を行くことになるんだけど、現在はその半島は封鎖されている。

 腐った土地という名前の、腐土っていうのが広がって、不毛で毒に塗れた場所になったんだ。

 そこを絶滅領域と言って、国で国境線を作って立ち入れないようにしたんだ。

 そうすると、船で東廻りとなる。

 だけど、そこまでして南に流浪民が下る訳がない。

 北にいけば寒すぎるし、南に下れば生きていけそうもない。そうなると草原地帯の小領地へ向かうか、直接北東の王都に向かうか、この砂漠の交易都市であるア・メルンとなる。

 ア・メルンは王都ミ・リュウと同じく、古い遺跡の上にある街だ。

 交易の中継都市として、砂漠の端に建っている。

 そしてこの古い遺跡は地下水脈と繋がっていて、今でも豊富な水を街に汲み上げている。

 つまり、水があるからこその城塞都市なんだ。

 ここから砂船と呼ばれる砂漠を渡る低空航路便が出ている。

 砂漠を突っ切って、獣人領土の西の砦を経由し、南領都市へと向かう事もできる。

 そしてここで水を補給して西寄りの街道を通って北の領地を商売しながら東に向かう者もいる。

 腐土ができていらい東側が海路だけになったから、余計に砂漠の低空航路便が重宝され、この城塞も重要度が増した。

 とまぁ概要はこんな感じかな。

 そしてこの地下遺跡である下水道は、地下三層目から複雑な水路になっている。

 私のように住み着いている流浪民は地下二階まで。

 三層目は閉じられていて、入り込んだら死罪だ。

 でさ、この地下二階っていうけど、住んでいる分には、上とあんまり変わらないんだよ。

 上の集合住宅みたいな感じかな。だから、上の人も時々冗談を言うんだ。

 税金が免除されるなら、地下に住んでみたいってね。

 この城塞都市は、巨大な岩山の上にあるんだ。

 だから、この地下遺跡は、岩山の中にある。

 そして地下二階までは地上部分で、私の部屋にしている小さな空間からも外が見えるんだ。

 つまり、外から見ると低地に突然、巨大な平たい山が見えるんだ。そして背後は見渡す限りの砂漠。

 見上げる赤い色の岩山には無数の穴が開いているんだ。

 そこが私が暮らす地下だね。

 外から見ると地上で高い場所にあるんだ。

 そしてその上には、更に高い壁にかこまれた迷路のような街と聳える城があるんだよ。

 街には低空航路便の砂船が漂っては動いている。

 皆、初めて砂船を見ると、口を開けて見上げるもんだ。

 中空都市ア・メルンって旅の人は言うね。


 その地下二階分には、上と繋がっている二十六本の太い柱がある。それはア・メルンの水の柱、水路だね。

 そしてその側には小さな井戸があるんだ。

 どうしてそんな物があるのか、理由はわからないけどね。

 その水の柱の井戸には、必ず水の女神であるシシルンの神像が置かれている。

 だから、井戸は女神の井戸って呼ばれてるね。

 大きな神像に古い井戸。

 この井戸まわりを守るのが流浪民の努めで、まぁ、特に何かをするってわけじゃなくて、掃除してきちんときれいに使って、間違っても井戸に何か異物を入れないように、毎日、誰か井戸番を置くってだけだ。

 井戸は水路に繋がっているらしいから、その絡繰を壊さないようにっていうのと、何か不具合があれば上に行く前に調べられるっていう事だろうね。

 まぁあんまり深く考えることでもない。流浪民にしてみれば、生活用水で貴重な水ってだけの話しだ。

 そして、この井戸を中心に円を描くように小部屋が連なっているんだ。

 細い通路が渦を巻いて繋がっている。無秩序に何もない仕切りがいっぱいあるんだけど、時々大きな広場もある。

 だから、小部屋は住居、大きな広場は火を使う場所にしている。

 小部屋ごとに火を使うのは危険だからね。

 そして空気の流れをよくする風穴が天井にある。管状のそれは外気が吹き抜けると音がして、中々うるさい。

 けれど窒息するよりはいいし、暑い昼間は涼しくしてくれる。

 と、こんな感じで、井戸があれば人が住み着き、広場では喧嘩にならないように、井戸の住人ごとで話し合って暮らすんだ。

 縄張りを作ったり、今度みたいに井戸の使用料を取ろうとしても、無駄なんだ。

 だって、助けあわなければ生きていけないのがア・メルンの暮らしだ。

 まぁ簡単に言えば、井戸は水路と一緒にあるんだ。

 だから、この西の端っこに井戸なんてあるわけがない。

 このあたりは、細かな部屋もなくて、外に開いた部分がある、なんとも侘しい場所だった。

 じゃぁ何でそんなところにいるのか。

 私は砂漠の日没が好きで、時々、景色の良い場所を探して歩く。

 だから、地下二階の一番西側で、人の気配のない大窓の部屋にたどり着いた。

 そうしたら、窓の横に小さな小部屋があり、なんとも具合の良い乾いた空間だった。

 おぉこれは荷物を移して、財産を隠しておくのに丁度いいんじゃないか?

 時々荷物をあさる不届き者がいるんだ。だから、お金は持ち歩いている。

 西側だから、砂を嫌って人が来ないし、暑いから普通は見にも来ないだろう。やったぁって感じで、自分の場所にした。

 普通は、暑いし砂が入るし、水場が遠くて絶望的な場所だ。

 でも、個人的な空間が無い集団の生活にも飽き飽きしていた。

 夜も砂漠を見ていようかと、見つけたその晩は泊まり込むことにした。


 ***


 夜、寝ていたら水の匂いがした。

 私の鼻はよくきく。

 大きな耳をしているから、よく勘違いされるが、私は鼻がいいのだ。

 持ち込んでいた水は、まだまだ大丈夫だけれど、水が手に入る機会は逃してはだめだ。

 それは子供の頃からの経験だ。

 むっくり起き上がると、匂いの元をたどる。

 すると小部屋外、斜め向こうの壁の窪みだ。

 そこには壁しか無くて、何か作りかけだったのか、積み上がった石材が置かれている。

 匂いはその横の壁からした。

 何の変哲もない岩がくり抜かれ、切り出された跡だ。

 白茶けた色合いで表面を触ると冷たい。

 でも、そこだけ匂いが違っていた。

 耳を押し当てる。

 すると流れる音がした。

 この壁の向こう側にいける場所はあるだろうか。

 向かって右側が南で、すぐ大きく外に開いた窓、というか開口部だ。顔を出すと砂が半分押し寄せた低地が視界いっぱいに広がる。左側を見ても、開口部らしきものは無くて壁だけだ。

 ずっと先、東側の居住地域の方まで穴は無い。

 もどって今度は左側、北側であるが、そちらは下水道通路だ。

 といってもこの通路は、地下二階の一番西の通路で、他の居住区へと行くにはもっと北まで進まないと、両脇は壁しか無い。

 つまり、ここはその通路の行き止まりなのだ。

 居住可能か調べた限り、ここの表記は岩だった。

 回り込むとしても他の居住区から、この場所に至る部分はあるとは思えない。

 一番端で、寝起きの小部屋だって、多分、一番端っこ過ぎて利用できないから放置されていたんだと思う。というか、こんな端まで来る奴はいない。何も無いしね。それこそ外の景色なんて他の人からすれば、見たくもない砂だもの。

 私は、砂の海が好きだけど。

 と、その時は寝ぼけていたんだ。

 この壁の向こうに確かに水がある。

 バンバンと壁を叩いた。

 うぉぉお〜なんて言いながらである。

 すると、何の目印もない場所で、手が沈んだ。

 寝起きしている部屋の正面、少し右の壁だ。

 私は背が高くないから、バシバシしてたのは下の方。

 そしたらポクって変な音がして手が沈んだ。

 ポクっカコンっコロコロコロって、間抜けな音がした。

 そしたら、目の前の壁が開いたんだ。

 ペコって内側。


 ***


 開いたら、見分けがついた。

 小さな上側が丸い扉だ。

 外側は石の作りで、岩山と同じように見える。

 でも、内側は軽そうな扉になっており、水の女神の彫刻があった。

 そして頭を突っ込んで見れば、そこはヒンヤリとした泉だ。

 女神像が中心にあって、石を積んで作った泉だった。

 部屋は本当に小さくて、丸い天井は青い薄板が貼られている。

 壁全体は凝った壁画が描かれて、石の棚やら色々細かな物が放置されていた。

 何れも古く見えたが、埃もなくて泉も全て清潔に見えた。

 唯一、外へ続く窓も何もかも無いので、すこし息苦しい感じがした。

 水の匂いをかぐ。

 水底の敷き詰められた石が煌めいている。

 光源は無いのに、部屋はとても明るい。

 不思議に思ったが、この水が飲料にむいているのかどうかの方が気になった。

 汲んで街で調べてもらおう。

 私は慌てて荷物をとりに引き返した。

 外に出ると勝手に扉が閉まった。

 驚いて又壁を触ると、ちゃんと開く。よく見てみれば、うすく花びらのような染みがあった。

 私は荷物から、瓶を取り出すと、泉の水を汲んだ。

 ここで、私は気がついた。

 天井の青い薄板だ。

 あれは穴を塞いでいるのだ。

 もしかしたら、ここは井戸の底ではないだろうか?

 他の井戸は水柱から流れ込んでくる穴が開いているだけだ。

 ここは全く違うが、あの青い板をはずしたら、本当は上に井戸があるのではないかと思った。

 なぜなら、この一階上は、岩壁が壊れて入れない場所だ。

 一度、砂船が突っ込んで、壊れた部分にあたる。

 記録上は、もしかしたら井戸としてあるかもしれない。

 水の瓶を見ながら、少し考える。

 だが、この扉は発見されていないし、こんな泉が下にあるとは知られていない。他の井戸も点検で入り込んでも、こんな部分は聞いたことがない。

 では、ヤカナーン様にお知らせするか?

 そこまで、私は正直者ではない。

 そして答えは保留だ。

 ともかく、この水が飲めるかどうかを見てもらってからと、決めた。


 ***


 子供の頃はごみ拾い、ごみ漁りをした。

 少し大きくなってからは、掃除とか食堂の下働き。

 力がいる洗濯仕事は、あまり続かなかった。体が小さいからね。

 でも、それも競争が激しくて、次は旅人相手の水売りだ。

 子供で女の子だと、水売りが成功しやすいんだ。

 それで一番稼いでいる子の真似をした。

 まず、身ぎれいにする。

 綺麗な洋服って意味じゃない。

 顔や手足、髪の毛を清潔にするって事だ。

 石鹸だって高いから、食堂の下働きの時に使わせて貰っているのを少し分けてもらった。

 それで全身ごしごし、ついでに服もごしごし。

 水場から下水の近くまで水を運んで体を洗うってのは、大変なんだ。だから、なかなかできないんだけど、がんばって3日にいっぺんは必ず洗うようにした。爪だってきれいにね。

 そうして水売りの元締めにお金を払って、水売りの道具を借りて商売をした。

 元締めに払うお金だって、結構、高かった。

 それに稼ぎの半分は取られる。

 まぁ道具と縄張りの面倒を受け持ってくれるから、文句よりもその分稼ぐしかない。

 それで、旅人に水を売るってわけだ。

 清潔な子供が、きちんと清潔に洗ってある水道具から水を配る。これだけの事だけど、清潔っていうのは大変なんだ。

 特に、この街は砂漠を控えているからね。

 そこで道具も必ず洗ってから、水も井戸からのため水じゃなくて、毎回新しいのを汲んでいた。

 そうすれば、やっぱり清潔で心配なく飲めそうな水売りから、客は買うわけ。

 そして、ちょっとお金が溜まったら、井戸水から直接汲んだ水じゃなくて、上の街の水を仕入れるようにした。

 水のお店だね。

 ちゃんと蒸留した水に、味が付いているやつだ。

 その中でも、柑橘類のすっぱいのを仕入れて、船から降りる客に売りつけた。

 船酔い船疲れしてる人に、すっぱくて気分がよくなる水を売る。やっぱり、売上が上がってね。元締めから良い道具に変えてもらったりもした。

 良い道具ってのは、見栄えの綺麗なやつだね。

 でも、うまくいっている時は注意が必要だ。

 稼いでいると目をつけられる。

 水売り用に井戸に行くと、十七番井戸の孤児に絡まれるようになった。もちろん、普通の水汲みには他の大人が注意するから、心配は無い。

 そして私が水の仕入れを上でするようになったら、今度は、水の店で待ち伏せするようになった。

 金よこせってね。

 こんな事はよくある事だ。

 元締めに言って、追い払う事もできる。

 でも、それは慎重にしないとね。

 こんどは安心して下で寝れなくなるから。

 じゃぁどうするか。

 そんな時に、この水場だ。

 私は神様がご褒美をくれたと思った。

 寝床と新しい稼ぎの種だ。

 早速、その水をもって上の水のお店に向かった。

 答えは、飲水としては上等、井戸は何処のだと聞かれたが、飯の種だから内緒だとごまかした。

 上の上水で飲むより、地下の井戸のほうが美味いというのが、通説だ。まぁそんな訳で、水汲みの人足もいるわけだ。

 で、新鮮なのを樽詰めしたら買い取ってくれるって事になった。やったね。

 だけどね、この水をすぐには商売に使わなかったんだ。

 誰にバレても不味いでしょ。

 だから、商売じゃなくて暮らす場所、金や物を貯めておく場所にしようって考えた。

 最初に、本当に寝起きする場所をばれないように、こっちに移した。

 こっちに来るには、上下に繋がる通路を三回は上がったり下ったりする。だいたい、この昇降機でまける。

 下水道には、昇降機が複数あるんだ。

 これで細い通路が繋がれている。

 二十六もの流浪民の町があると思えば、その複雑さがわかるでしょ。

 そしてついてきたとしても、ここに来るまでに、どんどん人の気配が無くなっていくから、尾行はすぐに気がつける。

 まぁ人の気配が無いところで襲われるのも怖いけどね。

 これは別に十七番の奴らだけじゃない。

 怖い思いは嫌だからね。

 跡を付けられないようにするってのが、大変なんだ。

 その点、隠れる場所の無い通路が続くってのは、私も不利だけど、相手もね。

 そうして、金品や大切な物は、隠し部屋に入れた。

 つまり、寝起きしてる小部屋が見つかっても、泉の方がバレなければいいのだ。

 泉を独占している状態で、金品も隠せた。

 そうしてから、水売りの元締めに相談した。

 安心して働けないから辞めるって。

 ずるいかもしれないけれど、元締めの方から十七番井戸の大人達に注意がいった。

 上の街の仕事をくれる者の言葉って大きいからね。

 金を巻き上げようとしていた孤児の集団は、大人たちに注意を受ける。井戸で絡んでくると、止められる。そこで、見ていないところで報復が来る。

 元の寝床が汚されて、起きれば泥を投げつけられる。

 まぁ、馬鹿な話だけれど、そうして私が被害にあうと、他の水売りの子たちが怖がった。

 元締めの方も、顔を潰されたと大人に厳しくあたる。

 私は意地が悪いからね、これで奴らが嫌な目にあえばいいなと思ったよ。

 だってお金を巻き上げようとしていた子達は、最初の目的からどんどん外れていってる。恨まれるとか理不尽だし。

 それで流浪民の大人の注意を聞かない孤児はどうなるか?

 簡単だ。

 上の街からの不興を買えば、仕事が無くなる。

 そしてあっという間に、その子達は十七番井戸のまわりからいなくなった。

 他の井戸に移るのも大変だよ。流浪民でも、井戸ごとに社会が作られているからね。

 だから、今回の十七番井戸の騒動も、近い内にア・メルーンの巡回で摘発されて終わるだろう。

 そうそう、話を戻すけど、そうして仮の寝床を十七番井戸に残し、この西の端の部屋を拠点にした。

 稼いだ物は泉の部屋に入れるようにしてね。

 今回の嫌がらせも、私にとっては被害がない。

 心配するとすれば、この西の寝床が誰かにばれる事だけだ。それもこんな外れに来るのは、やっぱり碌でもない人間だろうしね。

 だから、あの泉の部屋で寝起きするのはどうかと、最近考えていた。

 ここはあまりにも、どこの井戸の社会ともア・メルーンの治安組織とも遠すぎた。


 そこで考えたのが、この空き空間に放置されている石材だ。

 この突き当りの空間に来るまでの細い通路に障害物を何箇所か作るのだ。

 そして私の体の大きさだけ隙間を作る。そして瓦礫風の何かで塞ぐ作戦。


 まぁ却下だ。


 岩窟状の巨大な開口部が通路西にはあって、この南側の大窓というか穴から空気が流れている。

 天候の悪いときなど、恐ろしいほどの風量だ。

 塞いだらどんな事になるやら。

 天候が悪い時は、井戸の近くに戻るしかない。

 そう、これもこの場所の利用する人がいない原因だ。

 まぁ簡単にできるのは、やはり、この隠された泉に寝床を作る事だ。

 そして外の小部屋は、井戸の部屋と同じく偽装にする。

 ただなぁ、窓の無い部屋って嫌なんだよね。


 そんな葛藤があったが、十七番井戸のまわりの治安が悪くなっているのを見て、何があっても怖いからと、結局、泉の部屋に寝床を作る事にした。

 基本、地下下水道の部屋は、布で入り口の目隠しをするだけだ。火災や事故から逃げる時の為、厚い扉はとりつけられないのだ。

 それでも薄い篠で編んだ扉などあるけれど、この泉の扉のような安心感は無い。

 そして、この扉には内鍵もあるのだ。

 横に棒を渡すだけだが、これだけでホッとする。

 殆どを自分だけの空間を持たずに生きてきた。

 だから、この棒一本でも、感動するのだ。

 そうして泉で寝起きをし、いつもどおり何食わぬ顔で水を売る。跡をつけらえるのだけは注意して、そして時々は、小部屋の方で寝起きの痕跡を作る。

 今日は天気も良かったので、通路に鳴子と障害物を置いてから小部屋で寝た。

 久しぶりで、良く眠れなかったが、砂漠の景色や低地の霞まで見える。

 なんて美しくて広々としているのだろう。

 いつか、大人になったら違う場所に行くんだ。

 そんな楽しい気分になる。

 隠された泉で顔を洗う。

 そしてこの突き当り空間は、まるで外にいるような大きな穴が南向きにある。

 だから、作った簡易の竈で煮炊きをする。

 朝ごはんも、泉の水のおかげで豪華だ。

 そして何よりも誰もいない。

 誰もいないっていうのは、井戸の町ではありえない。

 だから、私はとっても恵まれている。

 食事を終えたら仕事の準備をして、今日も働く。

 それが、このア・メルーンの一日。

 これが私の人生で、金を貯めて、親を探しに行くんだと考えていた。

 でも、シシルンの女神像がある泉を見つけるなんて事があるんだ。同じ明日が続くとは限らない。







冬の狼とは、同時代。

登場人物は、新しい子です。

そして王都事変の後、目覚めた頃のお話です。

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