記録.8『廃人共は動かない』
『Soul・Learning・Online』には、クエストなるものが存在する。
クエストはあらゆる場所に点在し、NPCから引き受けることもあれば、突然降って沸いた様にクエストがポップすることもある。
そして、このゲームには〔ワールドストーリー〕と呼ばれるものが存在し、そのストーリーが進捗するクエストのことを〔ワールドクエスト〕と呼ぶ。
そして、今……一つの掲示板に〔ワールドクエスト〕の情報がプレイヤーの手によって公開された。
内容は以下の通りである。
▷「兆し」クエスト種別:World
解放されている街全ての王城に襲撃が為される。
異邦人達は手を取り合い、襲撃への防衛に努めていくのだった。
▷クエスト達成条件
・王城の守護完了
・王族の生還
日本サーバーにおいて〔ワールドクエスト〕の発生は初めてだ。
海外勢は既に幾度となく経験しているそうだが、最早そこに妬みはない。廃人達は憎悪を持って、海外を睨み続ける。
いつしか、海を渡り、我ら日本が貴様らの大地を踏み均してやる……
◇■◇
〔ワールドクエスト〕が発生したからと言って、俺の日々は変わらない。
相変わらず、殺して、死んでの繰り返し。
ゲームっつーのはそう言う地味な作業の繰り返しだ。
俺は幼女の好意を買っちまった。
一度買われた好意の返品をあいつは受け付けていない。俺に出来ることと言えば、あいつが必要以上に俺に近付かない為の行動。
それは俺の”頑張ってますアピール”だ。
幼女の≪血のナイフ≫から入ってくる経験値を見て、あいつは俺の頑張りを認め、「邪魔しないであげよう」ときっと思う。
そうすりゃミッション達成。
俺の身柄は安全地帯にあるっつー寸法さ。
〔Congratulations!〕
〔《ナイフ》Lv.5→Lv.6〕
べったりとついた血をナイフが少しずつ吸っていく。
その様子をじっと見ていた俺は、フッと笑ってしまっていた。
「…え…何今の…こわ~」
俺の笑みを見た狐面が口に手を当てて、ドン引きしている。
しかし、俺は知っている。こいつも人の臓物を見て喜ぶ癖がある。人のことは言えないはずだ。
それに俺が今笑ったのは別に血を見てとかじゃあない。
血がナイフに吸い込まれていっている様が面白かっただけだ。お前の愛玩臓物趣味とは違う。一緒にすんな。
俺がそう言うと、狐面は更に不気味なものを見るような顔をした。
「いきなり早口……ダストっち…なんか変だよぉ~」
「そうだねぇ、ダスト君変だね」
空からトトロよろしく傘やらなんやらを装備したプロペラが、俺と狐面の間に着陸する。俺と狐面はすぐさま臨戦態勢に入り、攻撃を仕掛ける。
俺は出来うる限りの速度を乗せ、疾風ナイフ。
狐面はレベルが上がったからか二本に増えた影の腕でプロペラを捻り潰そうと迫る。
それを察知したプロペラが畳んだ傘をバッと広げる。
しかし、傘は一本しかなかったので俺が防がれている間に傘の向こうで凡そ人体が鳴らしちゃいけない音が鳴り響く。
「あ、へ、えへへ…」
傘の向こうには真っ赤な惨劇が広がっていた。
プロペラの瞳は既に光などなく、てらてらとモザイク修正された臓物を浴びる狐面はいつ見ても分かってあげられそうにない。分かりたくもない。
恍惚な表情で臓物遊びを始める狐面を置いて、俺はその場を離れた。あいつ最近、まじでやべぇよ。
人は自分の事を省みようとしない…。
◇■◇
魔物とルーキーを探していると崖下で何やら変なことをしている廃人共がいる。
俺はちょっかい掛けてやろうと《隠密》を発動させながら、崖上に上り、そのまま落下《疾風》を発動。死に晒せごみ共―――!!!
しかし、廃人共のタンクが俺に気づき、すぐさま俺のナイフをパリィした。
上手く勢いを殺された俺は地面へと転がる。ちっ…廃人共のスキルをゲットできると思ったのに。
俺はすぐにスキルゲットを諦めて廃人共に問いかける。
「なにしてんの」
「いいところに来たな、ごみ溜め。手伝ってけ」
廃人はそう言うと、俺にピッケルを持たせて崖下に立たせた。
暫く適当にピッケルを振るいながら、奴らを見ていたが、どうやらここ鉱石採掘の穴場ポイントのようだ。
鉄鉱石、石炭、山ほど出てくる。
マイクラじゃねぇんだぞ。
しかし、おいしいもんには乗っかっとくのが吉だ。俺はピッケルを振るい、鉱石求めてブランチマイニングを始めた。
目指せ…!水色に光り輝く鉱石を求めて!幸運エンチャントに夢を乗せて!
一体何時間掘っただろうか。
一度満腹数値の回復のために休憩をはさんだものの、ほぼぶっ通しで掘り続けている。気付けば崖下には小さな洞窟が完成している。
随分と掘ったもんだ。
俺と廃人共は共に喜び、そこで夜を明かした。宴は連日続き、気付けばβ組の連中の半分以上は集まっており、洞窟は狭すぎたため、崖下で飲めや歌えや大騒ぎ。
プロペラが飛ぼうと躍起になって崖に埋まり、それを抜こうとした狐面は「不慮の事故」と言いながら、プロペラの体を半分に割って内臓鑑賞をしていた。
不慮の事故って言いながら、体割る奴がどこにいるよ。
狐面もやばいが、俺もやばい。
ちびちび酒を飲む俺のすぐ横に幼女がもたれ掛かる様に座っている。嫌な予感がする。
俺はそこらにいる廃人につまみのジャーキーをとってくれと催促する。しかし、廃人はこちらに顔を向けることなく、他の連中の輪に混ざりに行ってしまった。
仕方ないので他の廃人に声をかける。
「おい、そこのつ、ま…み…」
その言葉を発する前に廃人は首を切って自害した。
ええ…?
俺もう分からないよ。分かりたくないよ。
俺の頭がずっと警鐘を鳴らしている。
しかし、そんなこととうに分かっているのだ。
「ねぇ……幼女ちゃん…?」
意を決し、幼女に話しかける。
しかし、幼女は俺の言葉を気にする様子もなく、ちびちびとオレンジジュースを飲んでいる。この幼女の中身が分かっていなかったら、どんなにこいつが可愛かった事か。
何度呼んでも反応しない為、俺は遂に禁忌のフレーズを口にする。
「ララ……」
「なーに?」
こちらを向いて、首を傾げるその姿は年相応と言えた。
金色の髪がゆらゆらと揺れる。爛々と光る深紅の瞳の中に俺が映っていた。俺の顔は酷く引き攣っていて、大方幼女に向けて良い顔ではなかった。
ぱん、と俺は自分の顔を手で叩く。
俺はもう逃げることは叶わない。ならば、俺はこいつを怖がることは許されないのだ。
「飴ちゃん。食うだろ?」
「…!うんっ」
俺の問いかけに、幼女は嬉しそうに弾んだ声を響かせるのだった。
◇■◇
俺達が街に帰るとそこにはルーキーからの非難の嵐が待っていた。
要約するならば、
「なぜ〔ワールドクエスト〕に参加しなかったのか」
という怒りの声がほとんどだった。
だってあれ別に自由参加じゃーん。
誰もがやる必要はないだろ?やらない奴らがいたっていいじゃんかよ。
俺がそう言うと、廃人共も同意見なのか賛成の意を示してきた。
「廃人のてめぇらがいねぇと厳しい戦況っつーのは多いんだよ。攻略してーんなら協力しろや」
強い言葉を使う弱いプレイヤーに廃人共はキャンキャン吠える。
今思えば、俺は別に廃人ではない。立ち位置的に廃人側にいるだけであって、心はルーキーみたいなもんだ。
俺はぐるりと回って、ルーキー側につこうとする。しかし、
「どこいくの?」
「そりゃ許されないぜ。ルート」
そう言って、幼女とエビふりゃーが俺の身体を掴んで離さない。こ、こいつら…!
幼女は頑なに離さなかったが、エビふりゃーは俺と会話を少しした後に掴んでいた腕を離すと、ルーキーたちの前に立ってこう言った。
「次の〔ワールドクエスト〕には参加する。今回はすまなかった」
そう言って、ルーキー共に頭を下げた。
こいつの頭はそう軽くない。なにせ常に最強廃人という看板を背負い続けている男だ。その重圧というのは想像以上のものだ。
そんな男が頭を下げている。
ルーキーたちの留飲はしぶしぶといった具合で下がった。
そんな中、二人の男だけがニヤリと笑みを浮かべていた……。
ゴミのゴミによるゴミ染みたゴミュニケーション。