記録.6『心の臓は知っている』
ゴーレムを倒したことにより解放された掲示板を覗くと案の定ワイワイと盛り上がっていたが、やはりというべきか俺のスレも出来上がっていた。
しかし、考えることが怠かった為、そこまで気にしなくていいだろう。一部を除いて、な………
「よくやった、るーと」
舌足らずの幼女がぽんぽんと俺の腹を叩いてくる。
この幼女とだけは死んでも仲良くなりたくない。俺は愛想笑いを浮かべて、へこへこと返事をした。ありがとうございやすぅ。
すると、揉み手で商品の押し売りするセールスマンのようになっていた俺の背後に、ぽよんと柔らかい感触が当たる。何かと振り返れば狐面がニコニコ笑顔で抱き着いてきている。
俺は基本こいつのことは嫌いだが、こういうコミュニケーションをしてくれるならば大歓迎だ。俺は狐面の奇行を放任し、獲得した中級ポーションの性能を確かめていた。
中級ポーションはβ時代と性能は変わらないようで、一安心だ。序盤のこの時期に売れば高値が付くはず…俺はむふふと欲しいアイテムを連想してポーションを亜空間にしまい込んだ。
その瞬間、俺の心臓が物理的に掴まれた。
撫で撫でと心臓が丁重にもてなされている感覚が左胸を支配している。一体何が、と吐血した口を押え、自分の状況を確認する。
「が、ぼ……フール、女がッ……!」
俺の心臓は先程から抱き着いている狐面の心臓から這い出た《影魔法》の腕により可愛がられていた。さすさすとされている心臓は酷く気持ちがよさそうに鳴いている。
子供が親元を離れるのはこんなにも早いのか…
ス〇ルが心臓を握りしめられている時はこんな気持ちだったのだろうか。今なら奴の気持ちがわかるかもしれない。魔女の残り香ください。
俺は怒りと親心がない混ざりになった感情を、目の前で勝手に飴を奪って舐めている幼女へと伝える。
「飴……結構高いんだよ…?」
幼女はそのまま歩いてどこかへ行った。
俺はそのまま息絶えた。
プロペラが幽霊となった俺を迎え入れる。
そうか、お前も来てくれるか……
こくりと頷くプロペラ。俺は奴と手を繋ぐ。ああ、ゲームっつーのは幸せなもんだな。
俺はプロペラと共に〔サイショ〕の街のリスポーン地点へと向かうのだった。
二回連続幽霊になり、分かり合う男…。
◇■◇
「fみじぇfへづvふいdgfhヴいfdbhgヴふぇdvふ!!」
復活してすぐ俺は発狂した。
『ルート』Lv.1
〔Set・Skill〕
《ナイフ》Lv.1
《疾風》Lv.1
《落下の心得》Lv.1
《鋭い嗅覚》Lv.1
《気配察知》Lv.1
《敵対知覚》Lv.1
《遠目》Lv.1
《隠密》Lv.1(消失:あと167:53:14)
《自然治癒促進》Lv.1
《水耐性》Lv.1
〔storage・Skill〕
あの狐野郎…!俺の《隠密》スキルを奪いやがった!ルーキーなら誰でもいい。あいつらは所詮替えの利くパチンコ玉よ。だが、しかし、俺はいけねぇ…。
あいつのことを少しでも戦友と思っちまった俺が馬鹿だった。
ゴミは結局ゴミだ。
誰も彼もがスキルを奪われて黙っていると思うなよ…狐面ェ…!
◇■◇
狐面は鈍感だ。
奴はおそらくネカマではなく、モノホンの女性プレイヤー。
β時代、数多の男が奴へと告白し、玉砕してきた。
そして玉砕を怖がった男もまた、奴の本性を知り、ゆっくりと後退する様に離れていった。奴は好意に対する感知能力が低い。それも異常なくらいに。
しかし、何故か?
殺気に対する感知能力は廃人と同等、それ以上のものを持っていやがる。そこで思いついた作戦は、これだ―――。
「きつね様可愛かったな!」
「ああ!天使みたいだ!」
「いつか…一緒にPT組めたらいいな…!」
「はは、無理無理!お前にゃ無理だよ!」
”きつね様ファンクラブ”に入会し、数多の好意の中に殺意を埋める……!
あいつに復讐を果たせるならば、俺は何だってしよう。鉢巻を巻き、はっぴを着、光る枝を握り、共に踊ろう。奴への鎮魂歌をな…!ひひひ…!
「もっと!もっと強く腕を振って!」
「はい!」
髪を振り乱し、サイリウムを振り回す。
その姿を最早半人前と罵る者はいなくなっていた。
彼が入って数日、このファンクラブはより一層活気に満ち溢れ、誰もが幸せそうにサイリウムを振り、きつね様への愛を口にした。
我らファンクラブはワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン。それぞれが日々を後悔しないように生きている。
そして、最近入ってきた若く生きが良い彼は、このファンクラブに新風を巻き起こした。新しい体制を作り、振付をより一層完成度の高いものへと昇華させ、きつね様の隠れた魅力を皆に語った。
誰もが幸せで、その幸せを噛み締める日々がこれからも続いていくのだろう、と思った。
そこへ―――、
「あ、やぁ~」
偶々通りかかった我らが教祖、新世界の神となるお方、きつね様!
無論、きつね様ファンクラブは清き活動を心掛けている。もしも、きつね様に近づこうファンクラブ会員なんて者がいるものならば、即座に排除されるだろう。
通りがかっただけなのに挨拶をしてくれるきつね様に感謝し、我らは小さく手を振り返す。
そこで、ふと有り得ないものを目撃する。
先日入ったばかりの彼が不機嫌そうな顔できつね様を見つめているのだ。一体何が…
私はすぐさま彼の元へ赴き、その事について問い質した。
すると、彼はこう答えたのだ。
「なんか…きつね様を見ていると心が無性にムシャクシャするんです……一体どうしたら…」
彼は泣きながらそう言った。
私も泣きそうになった。彼はきっとあまりのきつね様Loveで心が壊れてしまったに違いない。
「大丈夫!」
だから、私は彼に言うのだ。
彼の気持ちが真実であるために。彼が彼であるために。
「君の気持ちは私が知っている。何より、君の心の臓が知っている…!」
そう言って、私は彼の左胸をどんと強く叩いた。
その時、彼は大きく目を見開いた。
一体何秒だっただろうか。
彼は眼を見開いて数秒はそのままきつね様を見つめ、そしてまた一筋の涙を流した。
「会長…有難うございました。おれ、俺……やっと…」
そう言って彼は一歩。また一歩と駆け出す。
咄嗟に私は止めようと彼の肩を掴んだが、それでもなお止まらない。こ、この力は…!
「死に晒せよやぁああああ!フール女がああああああ!!!!」
そう言って、彼はきつね様へと襲い掛かるのだった。