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ゴミ溜めVRMMO記録  作者: どうしようもない
115/115

記録.115『灯滅せんとして光は増すか?』

 

「むぐぐーっ!!?」


「はは、虫みてぇ」


「ほんとだな」


 身体を拘束され、口に猿轡のついた抹茶が地面でどたばたと暴れている。

 なんて醜いのでしょう。これが本当に、このゲームを牽引する廃人の姿なのでしょうか?こんな痴態を晒す奴が俺の上に立ってると思うと寒気がするね。


 俺は拘束された抹茶の足から伸びた紐をぐいと引っ張り、それをずるずると引きずりながら歩き始めた。


「む、ぐぅーッ!!」


 抹茶は、地面に砂埃を立てながら暴れるも、身をよじるだけで何も出来ていない。

 たまに筋力上昇(ストレンジ・ライズ)の赤い仄かな光が奴を包むも、力がいれづらい拘束方法をとっているから結局なにも出来ずに効果時間が過ぎているようだ。


「こっからどうするよ、ララちゃん」


 優勝候補は排除した。

 エビふりゃーに蓄積されていたクイズによるバフも死んだことで解除されている。奴一人でこれから先、バフ盛り盛りの連中と戦うのはあまりにも無茶だ。


 俺達の場所が割れない以上、奴が俺達に遭遇する確率は相当低い事には違いない。


 勿論、懸念点は幾つかある。

 まず、掲示板での報告。俺やララは名が売れている。掲示板で独自の捜索板が存在している為、その動向はほぼ筒抜けと言っていい。

 次に、数多重なるサーバーに俺やララ、抹茶は映し出されるという点だ。

 俺達は”全サーバーへの投影権”を保持している。有名なプレイヤーは、重なるサーバー全てに存在できる。これは、逆に言えば俺達には見えないプレイヤーがいるという事だ。こちらに関わろうとすればこちらから見える様になるが、スクショや場所を把握するだけなら俺達からそいつらを認識することはできない。掲示板での報告は、これらによって封じる事が不可能なのだ。


 しかし、その二つとも、結局はその場に留まらなければ解決する。

 情報の流布にタイムラグがある以上、古典的な解決法が適応できるってわけさ。


「とりあえず、バフをためるべきだ」


「分かってんね、ララちゃん」


 大量のバフがあれば、ララだけでなく俺も廃人共に対抗できるようになる。

 始まりこそ、他者の足を引っ張る事しか考えていなかった俺達だが、優勝候補筆頭がいないならば話は別だ。

 イベントに報酬はつきもの……、闇市でオークションをすりゃ億万長者間違いなしだ…!


 俺とララは互いに見やり、下卑た笑みを浮かべるのだった…。



「む、むぐぅむぐぐぅ…!(な、なんて浅ましい…!)」


 俺とララの足元、拘束された抹茶が何か恐ろしいものを見た様にそう呻いた。


 ◇■◇


 〔Q.プレイヤータウン〔コウザン〕は日本サーバーにおいて何番目に発見された?〕

 ――二番目だ。


 〔Q.アイテム〈精霊達の灯籠〉の効果を簡易的に述べよ。〕

 ――あー、なんだっけ?確か…魔法職が使用する事でランプよりも強力な発光効果と持続時間を得られるアイテム、だったか。


 〔Q.プレイヤー異名"女神"のプレイヤーネームは?〕

 ――おいおい、プレイヤー系もあるのかよ、ムイちゃん。


 〔Q.アイテム〈ブルームシャフト〉の入手クエスト名を述べよ。〕

 ――海賊達の恐れと栄光、それに宴。


 〔Q.今いる場所のマップ名、エリア名は?〕

 ――旧世界だから…〔ランドロ〕!エリア名は…?

 ――えりあ名は”なし”だ。


 〔Q.遺失の欠片(オーパーツ)夢は叶う(デイブレイク)〕の概要を簡単に述べよ。〕

 ――なにこれ?知ってる?

 ――しらん。

 ――抹茶ちゃん知ってる?

 ――むぐぐー!


 〔Q.現在、日本サーバーで確認されている〔Unique skill〕を3つまで述べよ。〕

 ――あーっと、《血液操作》《テレポート》《流転の拳》。


 〔Q.現在、日本サーバーで確認されている遺失の欠片(オーパーツ)を3つまで述べよ。〕

 ――〔悪夢の顕現(ヒューマンズ)〕〔消えた金達の嘆き(パレード・クロック)〕〔節制なる探知機〕とかか。



「―――」


 …なんかさ、難しくなってきてねぇか?


「わたしも、そうかんじていたところだ」


 少しずつ、回答の要求値が高くなってきている。

 特に、最近のクイズはかなり酷い。遺失の欠片(オーパーツ)の効果なんて知らない奴の方が多いし、ユニークスキルを三つ答えるクイズだって、日本サーバーで確認されているのは、たったの四つだ。海外サーバーの情報も知識に詰め込んじまっていれば不正解になりやすすぎる。


「”日本サーバー”っつー文面が嫌らしいなこりゃ」


「全くだ」


 …いや、まぁいい。

 結果として難しいクイズには相応のバフが報酬として付与される。

 俺もララもかなりの量強化されている。めそめそ泣いている抹茶にはバフが入っていないのもラッキーだ。どうやら答えたコンビにしかバフは入らない仕様らしい。


 ずるずると抹茶を引きずりながらクイズとイベント参加者を探す。

 もう抹茶はこの扱いに慣れてしまったのか、身を(よじ)りもせず、ただただ空を見上げている。かわいそうな抹茶ちゃん…今が一番輝いてるよ!


 ニマニマしながら抹茶を見ていると、ふとララの腹が鳴った。


「んん…」


 悲しそうな声を漏らしながら腹をさするララが、じとりとこちらを見つめてくる。


 …え、何?もしかしてなんか催促してきてる?

 ララは何も言わない。しかし、相も変わらずじっとりとした粘着質な視線は俺を貫き続けている。


 こ、こいつ…乞食だ…!

 乞食の才能に恵まれている…!もしも俺が心優しきルーキーならば、この庇護欲を掻き立てられる幼女を放っておくことはできやしない…!まぁ、俺ルーキーじゃないから放っておけるけど。しかし、この腹減り幼女をこのままにしておくのも気が引ける。


 俺は自分の所持金を確認する。

 ひーふーみー…、あんましねぇな。食料アイテムもそこまで量がねぇし…。


 ちらり。

 盗み見る様にララを見る。

 奴はやはりというべきかぐぅ~と腹を鳴らし、こちらを見つめている。こいつ…、なんて図々しさに図太さ…。

 どうしたものか、俺はそう考えながら周囲を見渡した。すると……、


「…ぁ?おい、ララ…!あれ!」


「…?」


 俺がララの遥か後ろを指差す。

 ララはそれを不思議そうに追い、やがて俺と同じものを目撃する。そこには――、


「わぁ、えびちりだぁ!」


 真っ赤なエビチリと、ご丁寧に三つのフォーク、それに水の入ったコップが置かれていた。なんてご都合主義!まるで俺達の為に置いてあるみたい!


 何か知らんがエビチリあるしあれ食おうぜ!


「わーい!」


 俺とララはウキウキでエビチリの元へと走る。

 俺の持った紐の先でずったんばったん暴れ出した抹茶が何かを言っているが、猿轡をしているせいで「むぐぅ!?」とか「むぅ…!」とか意味をなしているように聞こえない。まぁ、どうせエビチリ食べたいとかそんなのだろ!


 わーい、俺エビチリの中に入ってるなんかカリカリのヤツ好きなんだよね~!


「わかる!」


 俺とララはエビチリの前に辿り着いた瞬間、しゅばっとその場に座り込み、地面の上のナプキンに置かれたフォークを手に取った。そして、


「「いっただっきまーす!」」


 ――そう叫んだ瞬間、空から鉄格子が落ち、俺達はエビチリを堪能するのだった…。


「むぐぅ…」




 β組三名確保!

 哀れ!抹茶ちゃん!


 ◇■◇


「あ、良かったぁ…!これただの鉄ですよ、鉄」


 拘束を解いてやった抹茶はぱぁと安心したような笑みを浮かべ、俺達を囲む鉄格子をコンコンと叩いた。

 空から降ってきた筈の鉄格子は、ゲームの仕様よろしくなぜか俺達が確保された後に床がずぶぶと地面からせり上がり、立派な牢屋と化した。


 俺とララはエビチリを頬に詰め込みながら、牢屋について色々と調べている抹茶と牢屋の外を横目に見る。

 俺達が入った牢屋は、今現在ふよふよと中空に浮き上がりゆっくりと移動をしている。

 なにも一人でに牢屋が浮き上がっている訳じゃない。俺達が捕まった後、ぞろぞろとルーキーと思わしき連中が遠くから姿を現し、俺達の入った牢屋を魔法か何かで移動させ始めたのだ。


「まっちゃ、しゅういにプレイヤーはなんにんいる」


「…えーと、大体二十人前後でしょうか?その内三名ほどはこの牢屋を移動させるために労力を割いているようです」


「ハッ、どうせ《サイコキネシス(サイキネ)》か《念動力》ら辺だろ?」


 格上に効きにくいスキルをとってどーするんだか。

 嘲笑を含めたその言葉を、抹茶は否定できずに「うーん…」と唸った。ルーキーに必要なのは便利な力じゃねぇ。下剋上を懸けられるピーキーな能力だ。それを安定性に特化させるなんざ馬鹿のする事さ。


「でもるーとはあんていせいのスキル構成だよな」


 …ララちゃん、ちょっと黙ろっか。

 思わぬところからのブーメランに俺の心が削り取られる。あ、安定性の何が悪いんだよ。戦いが安定しなきゃ新しい事にも挑戦できねーだろーが。


「にしても、私達を捉える目的は何でしょうか?」


 そりゃイベントの一位阻止だろ?

 捕らえている時間が長けりゃ長いほど、イベント上位は遠のく。このイベントが運営のただの八つ当たり染みたものであることは皆理解しちゃいるが、しっかりと前回のイベント同様報酬があると詳細に記載されている以上、そこはしっかり支払われる。

 法律を犯すほど、このゲームの運営も馬鹿じゃねぇ。


「ルーキーが、ですか?彼らは私達廃人がいる限り、上位は取れないと分かっている筈です。私達を捕まえたところで…」


「――意味がない、と」


「はい」


 まぁ、一理あるわな。

 この蛮行に及んだのがぺろりん率いる精鋭ルーキー共ならまだしも、周りの連中(ルーキー)を見る限り、動きも何もなっちゃいないただのルーキーの寄せ集めだ。


 蛙の子は所詮蛙だ。

 羽生えねぇし、伸びる舌に殺傷能力は余程ない。誰かに雇われた?しかし誰に?もっと別の何かがある?

 俺と抹茶は互いに唸って俯いた。しかし、その時間は長く続かず――、



 〔情報の解禁。《文明知覚》を持つプレイヤーの”遺跡の調停”の秘匿義務が解消されました〕

 〔情報の解禁。《文明知覚》を持つプレイヤーの”遺跡調停者”の秘匿義務が解消されました〕

 〔一定の秘匿義務の解禁を達成!世界難易度(ワールド・クラス)が上昇します〕



 …イベント争い以外にも、色々と起きてるみたいじゃねーか。


「い、一体何が起こって…!」


 ざわざわと俺と抹茶だけでなく、牢屋の外のルーキー達も騒ぎ出す。


 おい、抹茶。アレ出せ。


「…ア、アレ?」


 トランシーバーだよ、トランシーバー。

 サービス開始当初フローが持ってたの見たぞ。アレがありゃ今みてぇなイベント中にメッセージとかの連絡手段を絶たれても、連絡を取り合えるだろーが。


「ぐ、ぐぅ…、持ってるの知ってたんですか…」


 てめぇらがそういうもんを全部独占して隠すから逆に浮き彫りになってんだよ。いいからさっさと出せ、俺に()()()()()()()の分かってんだろーが。


「け、()()したのは失敗だったかもしれません…」


 抹茶は形のいい眉を顰めながら、亜空間から決戦兵器の兵装の質感に似た機械を取り出し、それについた赤いスイッチをカチリと押した。


「……あれ?」


 あ?んだよ、早くしろや。イベントも情報も今はどれだけ早く動けるかが重要なんだぞ。機械音痴発症してる場合じゃねーぞ。


「い、いえ…は、反応しなくなってます。というか……、ぇ、あ、ぇえ…?」


 抹茶は片手にトランシーバーを握り込みながら、驚愕でもするような顔を浮かべ、固まってしまった。


「お、おい。なに固まって…「――…ます」…あ?」


「アイテム効果が…書き換えられてますぅ…」


 ふるふると青くなった唇を震わせ、抹茶は泣きそうな声でそう言うのだった。


 か、書き換え???


「は、はい。今まではこのアイテム…≪響く残骸≫はいつでもギルド内の指定した人と遠くでも通信して会話できるアイテムでした。ですが、効果文の最後に”〔メッセージ〕等のシステムがシャットダウンしている間は、このアイテムも使用不可となる”って…」


 あ、あー…露骨な下方修正(ナーフ)ね…。まぁ、うん、皆が連絡手段を失っている中で自由に会話が出来るっつーのは強いもんな。修正の仕方はかなり強引だし酷いが、このゲームの運営ならやりかねない。


「ひ、酷いです…」


 しくしくと便利アイテムがピンポイントでナーフを喰らった事を悲しむ抹茶の背中を摩る。

 …まぁ、そんなこともあるさ。どの運営も出る杭は打つ。悲しいかな、俺達ゲーマーはそれを受け入れる他無いんだ。


 弾が拡散しまくる様になってブチギレ、スキルのクールタイムが伸びてお気持ち表明し、推しキャラの胸が萎んでお問い合わせに殺到する。

 俺達(ゲーマー)はそうやって、ゲームを浪費していくのだ。


 ただただ、時間が過ぎていく。

 それでも、今目の前で悲しむ一人の被害者を放っておけるほど、俺は酷い奴になれなかった…。


 大丈夫、大丈夫だ…。

 下方修正(ナーフ)があれば、上方修正(アッパー)もある。悪い知らせばっかに目を向けないで、良い知らせもちょっとでいいから見ていこうや。


 ―――止まない雨は、きっとないからよ…。




 下方修正(ナーフ)被害者の会、発足。


 ◇◆◇


 しくしくと悲しむ抹茶の背中を摩りながら牢屋の外を見る。

 ルーキー共は未だにざわざわと騒いではいるが、結局今出来る事をするべきだという結論に至り、また歩き出した。ふん、まぁ正しい判断だろう。


 何処に向かっているのかは定かではないが、そこはもう仕方がねぇ。

 問題はこの牢屋から脱出するべきなのか否かだ。ルーキー共は、間違いなく俺達をどこかに運んでいる。そうならば、最後まで捕まり続け、どこに運ばれるのかを見るべきなのではないか?

 しかし、その場合イベントの上位には絶対に残れないし、今このサーバーで起こっている出来事を知る事も不可能だろう。


 …それはまずい。

 ルーキーが誰かに指示されているならばそれも気になるが、こんな雑魚ばかりを雇うならば雇用主もそう本気で俺達を捕まえようとはしていないか、取るに足らない雑魚だ。


 それならば選択肢は一つに二つ…。


 俺は抹茶の背中を摩るのをやめずに、先程からずっと無言を貫くララの方に顔を向けた。おい、ララ。さっさとここから抜け出すぞ。とりあえずクイズを探しながら情報収取もす…、…る…――。




「――おい、待て」


「へぷっ」


 ―――。

 抹茶を蹴飛ばし、()()()の血液腕を周囲に作り出す。

 ナイフを右手に握り、剣呑な目つきで俺はそれを強く睨みつけた。しかし、それはそんな俺を何気なしにちらりと見ながら、その動作を止めることなく――。


「待て、と言っているのが聞こえなかったか――クソちびぃ!!!!」


 ――跳躍。

 十数の血液腕と、真っ赤なナイフを振り上げる俺が勢い良く飛び出した。


「いちど、食器をおいた者がもういちどその席にすわれるとおもうな」


 ()()…ララは、フォークに最後の一つのエビチリを刺しながら、もう片方の小さな腕で大剣を振るい、俺の攻撃全てに対応してみせた。


 …てめぇの理論も分かるさ。

 だがな、お前は礼儀がなっちゃいないぜ、ララ。優しさでも何でも、気を利かせて少しくらいは残しておく。それが優しさって奴だ。


「――…わかりあえない」


「――分かってんじゃねぇか」


 だがな、ララ。()()()に果たして勝てるか?

 しゅー、と口から息を吐き、()()により奪い取った力を行使する。赤い仄かな光が俺の全身を包み込み、退魔の力が身に宿る。


 お前も見ていた筈だ、ララ…。

 何故、俺達は抹茶の拘束を解いてやった?それはこちら(俺とララ)あちら(抹茶)、互いに()があったからだ。俺の天秤の一つ”血の契約”で、一定条件下であれば、抹茶の力を俺が()()出来たからだ。そうだろう?

 奴のレベルにスキル、抹茶というプレイヤーの根幹を担うものほぼ全てが俺の手中にある。


 ララが大剣を振るい、牢屋が上と下に真っ二つに割れる。

 周りのルーキー共がどよめき、浮遊していた牢屋が地に落ちる。


「きゃっ、ぷ!」


 背後で抹茶の声と、何か固いもの同士が衝突する音が聞こえた。

 しかし、今はそれを気にしていられる程の余裕はない。


「磨り潰して電子の海に撒いてやらぁ!」


「なめるな、るーと」



                Match-up!

              ”ごみ溜め”ルート

                  VS

               ”殺戮幼女”ララ

                 Fight!



「様子見だカス」


 血液腕でそこら中に尻餅をついているルーキー共を引っ掴み、それをララの方へ投擲する。

 ララはそれを余裕綽々とばかりに一刀両断する。投げ飛ばしたルーキー共に紛れ込ませて幾つかの血液腕で攻撃してやろうとしていたが、それも含めてしっかりと両断されてやがる。


 筋力と敏捷にバフを掛けながら、更に距離を取る。


「…おわりか?それならば、―――いくぞ」


 じゃき、とララの幼女染みた背丈を優に超える大剣の切っ先が宙に向いた。

 そして、目にも止まらぬ速度で辺りのルーキー共々ぐちゃぐちゃにしながら、こちらに突進を繰り出した。


「読めてんだよッ、バトルジャンキー!」


 右手に血液をぎゅうと集め、その腕を思い切り右下から左上へと振り上げる。その途端、真っ赤で乱雑な壁の様なものが地からせり上がり、ララの足元を捉えた。


「殴殺しろ!三重付与(トリプルバッファー)ッ!!」


 ララの小さな体躯が、せり上がった血液の壁により錐揉み回転をしながら空に打ち上がる。それを狙う様に、何重にも付与を掛けた特別製の血液腕を宙に飛ばした。


 (そら)は酷く不自由だ。

 それこそ、プロペラの様な空中特攻が無い限り、碌にあがく事も叶わないだろう。それほどまでに宙は踏ん張れず、衝撃を直に喰らってしまうデッドゾーンだ。


「そうぞういじょうに、やっかいなユニークだ」


 そう思ってくれるなら、そのまま楽に死んでくれ。

 ララの四方八方から血液腕が迫る。極彩色の光を伴ったそれらがララを殴り壊そうとし―――、




「――だけど、ただそれだけ」


 中空に放り出されたララの身体が、突如慣性を著しく無視し、勢い良く回転した。更にその回転に合わせ、奴の周囲にぱちぱちと幾つもの火花が散り、次第に奴の姿が真夏のコンクリート上の様に歪み始める。


 ――マズい。

 直感的にそう悟る。躊躇し、速度が落ちてしまっていた血液腕を再びララの元へと向かわせる。しかし、奴の周囲は既に凝固血液が形を保てない程に熱波を放っており、血液腕での攻撃は意味を為さなくなっていた。


「わたしは鍛冶師だ。それにともなう《火魔法》も《熱耐性》ももっているにきまっているだろう、るーと」


 《旋回》と《火魔法》と《熱耐性》の陽炎コンボ…!

 なんつーズル技…!やはり《旋回》はクソスキル!汎用性がありすぎる…!アレが只のスキルとして罷り通っていい筈がねぇ!


 奥歯を強く噛みしめ、陽炎を残しながら地に足を着いたララを睨む。

 …どうする。俺は何ができる?

 誰かを呼ぶ?…無理だ。メッセージが出来ない以上、その選択肢は絶たれている。ならば、いっそ()()()()を呼んでみるか?…いや、いる筈がない。奴にはそう()()()()()筈だ。


 例えレベルもスキルも廃人仕様でも、こちらがナイフであちらが大剣な以上単なる接近戦はリーチ差で負ける。俺は《血液操作》以外のスキルを掛け合わせる()()()()を持っていない。そう、例えば――、


「―――”地走り”」


 俺とララの間を縫って飛ばされた地をなぞる様な衝撃波なんて、持ってなどいないのだ。

 俺はぱぁと笑みを浮かべ、第三者の介入に喜色を表した。しめた!これで場を今よりは乱戦化できる!


 期待と焦燥を胸に介入した第三者の声がした方を向く。そこには、




「――面白そうだな。混ぜてくれ」


「てめぇ、エビふりゃー…!!」


「いいよ」


 鞘から蒸気を噴出させ、俺とララの前に現れた異分子は、現状俺が最も出会ってはいけない存在だった。


 ぶわり、と冷や汗が全身から吹き出る。

 ま、マズい…!血の、血の契約の効力が()()()()…ッ!



 ―――血の契約は、長いクールタイムを要する俺の天秤の応用だ。

 俺にデメリットを与え、他者に条件と何らかの行動を強制させる。俺の〈偽善者(セルフィ)〉の職業効果である”我儘な執行”の下位互換であり、それをリーズナブル化したものだ。


 俺は今回レベルダウンを受け入れ(デメリットとし)、その代わり条件付きで抹茶の力を借り受けた。

 条件としては三つ――。



 ・エビふりゃーと抹茶が合流した場合、この契約は履行されたものとする。

 ・抹茶のLv・Skill等、許される力全てをルートが使える様になる。

 ・以上の二点を承諾する場合、抹茶の拘束を解くことを約束する。



 この条件があったからこそ、俺は抹茶とエビふりゃーを会わせてはいけなかった。でなければ…、


 俺はその場で身構える。

 力が抜けていく消失感は、酷く虚無で、そして恐ろしい。一度手にした力に人は酔ってしまう。俺は、この力が欲しかった。何の努力もしないで、今のレベルとスキルを奪い取ってしまいたかった。

 …しかし、何時まで経っても力の剝奪は訪れず、俺は身構えたままの身体を強張らせた。


 視界の端で、エビふりゃーとララがかち合っている。

 いつこちらに飛び火するか分かったものではない。俺は何故、力が剥奪されないのか不思議でならなかった。きょろきょろと抹茶の姿を探す。すると、少し先で「きゅう…」とそれっぽい擬音と共に気絶している抹茶の姿があった。


「―――」


 俺のやるべきことは、その時点で決まっていた。

 ナイフを右手に持ち、倒れ込んでいる奴にそれをざくりと押し込んだ…。肉を抉る感覚と一瞬の痙攣が手に伝わる。


「…ふぁ、ぅ、…ぅえ、えぇえ!??る、ルートさん、な、なんでぇ!?」


 ダメージで目を覚ました抹茶が、俺に刺されている状況をすぐさま理解してそう叫ぶ。

 俺はエビふりゃーが視界に入らない様に身体で隠す。恐らく、条件の”エビふりゃーと抹茶の合流”は抹茶の主観で決まる。奴が「合流していない」と判断すればこの条件は達成されない。


 それならば―――、


「抹茶ちゃん、状況は目まぐるしく変わるんだ」


 優しい笑みを浮かべ、そう言ってやる。

 抹茶は、俺にレベルとスキルを()られている為、抵抗は酷く非力なものだ。


「く、クズ…!最低!ばか!」


 抹茶の身体に次々とナイフを突き刺していく俺に、罵倒が飛ぶ。

 何とでも言えや。

 悪いがまだてめぇの力は俺に必要なんだ。世界の為とでも思って、ぽっくり逝ってくれ。


「ぐ、ぅう…!あとで、…あとで覚えていてくださいねぇ…!!」


 抹茶はそう言い残し、粒子となって掻き消えた。

 奴はここで幽体と化して、ようやくエビふりゃーがいた事に気付くだろう。しかし、もう全てが遅い。


 俺は立ち上がり、ナイフで空を切り、刃についた血を払う。

 びしゃりと草原に赤いそれが付着し、そのまま粒子となって空に舞う。ほら、抹茶ちゃん…君の生きた証が空を舞ってるよぉ。


「終わったなら早く混ざれ、ルート」


「このめんつで三つ巴はひさしぶりだな、るーと!」


 …まぁ、お前(エビふりゃー)が抹茶を殺している俺の邪魔をしなかった時点でそんな気はしてたさ、生粋のバトルジャンキーが。


 いいぜ、過ぎた力を扱うには丁度いい連中だ。

 仕切り直してしっかり殺してやる。その後で、他の事は考えらぁ。



「役者ぁ足りねぇが、”ルモモヤ事件”の再演と行こうじゃねーか」


 一人はナイフを握り、血液を動かす。


「かったらあめちょーだい」


 一人は大剣に何かを呟き、切っ先を向ける。


「隙の糸よ、俺を導け」


 一人は剣を鞘に納め、低く構えた。




 ――拝啓、天国の抹茶さん。

 お元気でしょうか?私は元気です。恐らく、私の命は風前の灯火でしょうが、元気なものは元気なのです。

 抹茶さんも死ぬ直前はいつにも増して騒がしかったですね。今思えば、なんだか滑稽で面白いですね。


 …あ、エビふりゃー君が俺に狙い定めやがった。いやー、抹茶ちゃんの力、扱いづら過ぎんよ~。次俺が使う時の為にもっと良いスキル揃えといてね~!

 エビふりゃーに滅多切りにされた後、ララに首ちょんぱ(オーバーキル)されながら、俺はそう言い残し、粒子となるのだった…。




 死ぬ直前の蝉みたいな奴に殺された抹茶ちゃんが可哀そうだよぉっ!!

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