記録.114『Match-up!』
―――イベント名〔クイズ!試される我らの絆!〕。
運営のカスが言うには、旧世界、新世界の各地に散らばったクイズを解くことでポイントが獲得でき、ポイント取得時ステータスバフ等のイベント限定恩恵を得られる。そして、そのポイントが多いチームが勝利という至極単純なイベントだ。
俺達プレイヤーは、その説明の後にランダムにテレポートされ、マップ各地に散らばった。
「ゴミ運営のクソイベントが…!」
吐き捨てる様に呟くと同調する様にララが頷いた。
たかがクイズの為にマップ各地を走り回れと?忙しい中、時間を割いてレアアイテムの為にこちとら来たんだぞ…!少なくともこんなことに時間を食われるためにここにいるんじゃあない。
だが、勝利チームには報酬が出るというのもまた事実…。しかし時期からして、このイベントは俺達プレイヤーへの不満による八つ当たりの可能性が高い。素直に信じていいのか…?
「なぁ、るーと」
思案する俺の服の裾をララが控えめに引っ張った。
あぁ?どうした、このイベントやりたいか?お前がやりたいってんなら付き合うのもやぶさかじゃ…
「せっかくなら……
―――みんなのあしをひっぱってやろう」
そう言ったララの瞳は、ギラギラと光り輝いていた…。
ゴミ運営にはゴミプレイヤー。
◇■◇
〔Q. Skill《溶け出る流れ》の効果を簡易的に述べよ。〕
ぁあ?
…おい、ララ。分かるこれ?
「けはいの減衰だ。じかんけいかできょうかされる」
〔…正解!ステータスに+補正します〕
ほぉん…、へぇ…、まぁ知ってたけどね?
お前を試しただけだけどね?あんまし舐めないで貰っていい?ララちゃん。
「うん」
ララが、仕方がないとでも言うような優しい視線をこちらに送ってくる。
…クイズとやらは予想以上にそこら中に転がっている様で、五分も歩けば一つくらいはクイズに当たる。しかもそのクイズはリポップ型らしく、その周辺で暫く待機すれば無限にクイズに挑戦できる仕様だ。まぁ、真剣にこのイベントやるなら普通にそこら中走り回った方がどんどんポイントゲットできるだろうよ。
「…あ、いたぞ。ルート!」
「おう、見えてんよ」
クイズに回答でもしているのか、立ち止まって話し合っている二人組が見える。俺とララはそれぞれ気配隠蔽系のスキルを発動し、背後からゆっくりと近づいていく。
ララにしては珍しく右手に果物ナイフのような小さなものを握っており、流石に隠密行動にはデカい武器は自重すんのか、と変な部分で律儀な面を垣間見る。
俺もナイフを握り込み、音を殺してそのまま二人組の背後をとった。
ちらりとララを見ると、既に果物ナイフをその二人組のうちの一人に向けて振るっており、それに合わせる様に俺もナイフを奴の首に当てて、勢いよく引いた。
「お、ごッ、ぼぇ…ぉ…?」
俺達にようやく気付いた連中は、血に塗れたナイフを握った俺とララを見て訳が分からないといったような表情を浮かべながら血を吐いて倒れ込んだ。
「いやー、やっぱルーキーは馬鹿ばっかだな」
「そうだなー」
ララと拳をごちんとぶつけ合いながら、倒れ込んだルーキーの頭を踏み躙ってやる。
嗚呼、おいたわしやルーキー諸君。
素直にも運営の意図通りに動く不憫な君たちに、このゲームのクソたる所以を教えてやろう。
ごぼごぼ、と粒子と化す血液を次々に口から零すルーキーの顔にずいと自分の顔を近づけ、
「―――このゲームは楽しいか?」
にぃ、と笑う俺を見て、血を吐くルーキーが恐怖に表情が蝕まれていく。
「るーと、はやく殺してつぎのいこうよ」
あぁ、分かった分かった。
…ごめんな、ルーキー君。俺はネタバラシが大好きなんだが、生憎今は相方がその時間をくれねーんだ。だから、二つ。二つだけ俺達が手に入れたお得な情報を教えてやる。持ち帰って参考にしな。
…まず一つ。イベント不参加者がイベント参加者を殺した場合、このイベントへの参加権を得る。その場合、相方も自由に決められる。
すくりと立ち上がり、ルーキーの頭を蹴っ飛ばす。
もう一人の方のルーキーの服でナイフについた血を拭い、腰の鞘に納める。「はやくはやく」とララが俺をせっつく。
「二つ…」
――このイベントのポイントは、殺された場合、殺したコンビに全てが譲渡される。
「なぁ、分かるだろ?」
待ちくたびれたとでも言う様に俺の手を握り、引っ張り始めたララを横目に見ながら、背後で死に逝くルーキーに最後の言葉を遺してやる。
「――このゲームの運営はゴミなんだよ」
ルーキーに授業をしてあげる優しい人の図。
◇■◇
〔Q. 日本サーバーで、最も初めに討伐された徘徊型ボスモンスターの正式名称は?〕
「あー…、トレイン・トレイン?」
〔…正解!ステータスに+補正します〕
モリモリと着実にステータスが強化されていくその様は、半ば育成ゲームをしている気分だ。
俺みたいな基礎的な能力が雑魚い奴はどれだけいっても付け焼刃にしかならないが、ダメージの限界値を目指すガチビルドの廃人共にとっては、このイベントは至高であり、通常ではありえない量のバフを得られる絶好の機会だ。
現に俺の隣のバトルジャンキーは、バフを貰う度に「フヒ…」みたいなキモイ笑いを零しやがる。このゲームやべぇ奴しかいねぇな。
俺もララもさっさと他のイベント参加者の足を引っ張ってやろうと躍起になっていたが、ララはここに来て、バフの効力に逆らえなくなってきている。戦闘狂にとって、このイベントのDPSの上がり具合があまりに魅力的すぎるのだろう。
ララがバトルジャンキーなのがここにきて響いてきてやがる。
血眼で走り回り、クイズのリポップポイントを探すララの小さな後ろ姿に、そんな感想を零した。現状、誰がこのイベントに参加しているかは分かっていない。しかし、このバトロワ染みたイベントを奴らが逃すとも思えねぇ…。
…そう考えた矢先―――。
前方に見覚えのある人影が二つ、俺とララに立ち塞がった。
片方は蒸気のような煙を剣の鞘から噴出させ、臨戦態勢を取っていた。もう片方は疲弊した表情を隠せず、大きな杖を地面に立て、肩で呼吸を繰り返していた。
ララがそれを見て、嬉しそうに笑みを浮かべながら亜空間から大剣を取り出す。
俺は、そいつらに溜息をつきながらくいと指を上に向け、血液腕を自分の周りに浮遊させてやる。
「バトルジャンキー共が…」
その言葉と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。
Match-up!
ララ&ルート
VS
エビふりゃー&抹茶
Fight!
「あぁ!?邪魔くせぇエフェクト用意しやがっ、…っで、ぇ!?」
突如視界いっぱいに出現した文字列に気を取られた瞬間、大きな杖による薙ぎ払いが俺の横っ腹にクリーンヒットする。
く、クソが…!人が話している間は攻撃しちゃいけない約束だろうが…!血液腕で反撃をしながらバックステップを踏む。
「…おいおい、随分と無理矢理連れ回されてお疲れのようだなぁ、抹茶ちゃんよぉ」
「…決戦兵器さんが体調崩しているせいでこんな役回りですよ…。最悪です…」
そう言いながら、奴は次々と自分と少し離れた場所でララと戦り合っているエビふりゃーにバフを掛ける。
…余裕だな、ダボカス。
自分だけじゃなくお仲間のエビふりゃーにまでバフ飛ばすとは気に入らねぇ。血液腕を背後から強襲させるが、それを読んでいたのか後ろを振り返り、大きな杖で血液腕に応戦する。俺はそれに呼応する様に《疾風》を発動させながら走り出す。
…俺の強みは血液腕による多方面からの攻撃と、幅広い距離に対応できる柔軟性だ。
ナイフを抜き取り、背後を向く抹茶の腹を狙う。しかし、血液腕の攻撃の手が緩む一瞬の隙で、俺のナイフを手で弾き、こちらの首を掴もうと腕を伸ばしてくる。
「てめぇも大概だぜおいっ…!」
伸ばされた抹茶の腕に絡みついて絞めてやろうするも、それを察知されたのかすぐに腕を引っ込まされてしまう。
俺も一旦、血液腕で牽制をしながら下がる。
じり…と互いが互いに距離を図る。
抹茶はサポート職だが、俺と奴のレベル差を考えれば、俺が圧倒されていないだけマシだ。俺が持つ手札は、廃人共すらも手を焼かせる構成だからこそ、ここまで粘れていると言っていい。
あらゆる距離に対応する《血液操作》、回避にも接近にも使えなくはない局所バフ《疾風》、近付きさえすれば手数で押せる《ナイフ》、その他回復スキルやアイテムによる血液の早期補充。
「俺のビルドは美味しいかぁい、抹茶ちゃぁん…」
「弱いくせに厄介な…!」
抹茶の言葉に、俺は笑みを浮かべる振りをしつつ、もう一方の戦闘の様子を盗み見る。
ララとエビふりゃーは未だに戦っている。勝敗こそ分かり切っているから良いものの、不安分子である抹茶はあちらに行かせてはならない。
―――俺は、抹茶に単独で勝つことはできない。
アイテムを色々と用意すりゃ、勝てる見込みは見えてくるが今は残念ながらその手持ちも無いし、そろそろ血液腕の耐久も限界だ。
あちらの戦闘が気になるのは抹茶も同じようで、俺の隙をついてエビふりゃーの方に加勢に行こうと身体の向きを斜めにし、いつでもあちらに走っていけるような態勢をとっている。
「いかせる訳ねーだろ」
壊れる寸前の血液腕と共に、一斉に攻撃を仕掛ける。
これを無視して抹茶は走っていくこともできる。しかし、その場合エビふりゃーはララだけではなく、俺と血液腕というあまりに多くの事に気を割かなくてはいけなくなるだろう。それは、支援職の抹茶にとっては最悪な事態と言っていい。
抹茶がそれを忌避することを知っている。
予想通り、「ぐ、ぅう…!」と苦しむような声を上げながら、抹茶は自分に筋力上昇を掛ける。仄かな赤い光がの腕に灯り、それが血液腕とぶつかり合うと血液腕は耐久値の限界を迎え、ボロボロに砕け散り、風に乗ってその場から消失した。
「あと、三つ…!」
抹茶はそう呟きながら、浮遊する残り三つの血液腕を睨みつけた。しかし、次の瞬間―――、
「るーと、終わったぞ」
「遅ぇよ、遊びすぎだろ」
「…は?」
ララがポーションで回復しながら、こちらに近づいて来る。
俺はそれに文句を言いながら、血液腕を引かせてナイフをしまった。抹茶はこちらにとてとてと近づいて来るララを意味が分からないといった表情で見つめていた。
「ぇ?い、いや…だって…エビふりゃーさん、もう貸しはないって…」
あぁ、なるほどね。
一応覚えてはいたんだ、ララの”お願い”。
――”お願い”。
ララの職業〈禁忌に触れる者〉の付随能力であり、相手に与えた貸し一回につき、その相手を自由にできるという破格の力だ。
これがある限り、ララに貸しのあるプレイヤーは決してララに勝つことはできないし、抑止力にもなる。
「ど、どうして嘘なんて…」
抹茶は絶望した様に空を見上げる。
見えやしないが、もしかしたらまだ幽体となったエビふりゃーがいるかもしれない。抹茶はそう考えたんだろう。
なんか可哀そうだね~。
「そだな」
どうやらあの感じを見る限り、エビふりゃーは抹茶に「ララにはもう借りはない」的なこと言ってたんだろうな。
「しかたがない奴だ。きっとわたしとたたかいたかったんだ」
俺もその意見に同意だね。
奴は常日頃、俺に強い奴はいないかって聞いてきてた。相当飢えていただろうし、”お願い”のせいで負けるって分かってても戦り合いたかったんだろうよ。このイベントは、余りにも丁度良い舞台だ。
「そういや結局、”お願い”での勝敗抜きだったらどっち勝ったんだ?」
「………あいうちだ。わたしが奴のはらを、奴がわたしの首を切り裂くちょくぜんでおねがいを行使した」
最初の無言が気になるな…、まぁ聞かないでやるのが優しさか。
俺はララのつむじを見て、口を噤んだ。こちらが話している内に、抹茶は覚悟でも決まったのかぎゅうと大きな杖を握り締め、こちらを睨みつけた。
「…せ、せめて抗いはします」
「肝がすわったやつだ。エビふりゃーはいいなかまにめぐまれたな」
ララは大剣を引きずり、抹茶と向かい合った。
一陣の風が二人の間を通り抜け、血で血を洗う戦いが繰り広げられようとした、その時――。
「――…思ったんだけどよぉ、抹茶拘束しときゃエビふりゃーの奴、ソロでのイベント攻略余儀なくされんじゃね?」
それは、悪魔的な発想だった。
…俺は、手元にある情報からこう考えた。
まず、このイベントは例え死んでも、また参加者を殺せばすぐに参加権は手に入る。そして、ポイントを多く持つ奴を殺せば、一気に一位に躍り出る事すらも可能なのだ。
―――しかし、自分だけが死んで相方が死ななければどうだろう。
相方と合流できなければ、死んだ方のプレイヤーはイベント参加権を保持しながらソロプレイを余儀なくされる。このイベントは、ヘルプコール等の座標を教えるシステムが停止している為、コンビの正確な場所も特定できない。
つまり、相方さえ拘束してしまえば、もう一方の相方はぼっち確定なのだ。
「……」
俺がぺらぺらと言葉を並べていくほど、抹茶は顔を青く染めてぶるぶると震えだす。
「るーと、お前……」
ララがぷるぷると震えて俯き、
「――あったまいいなぁ…!」
ぱぁっと明るい笑みを浮かべて、そう言った。
「だぁろぉ?」
両手でララを指差し、二人で両手を掴み、らんららんらとくるくる回りながら踊る。ララは低身長の為、宙を舞い、俺はそんなララを思い切りぶん回した。暫くそうしていると、抹茶がそろりそろりとその場から逃げようとしているのが見えた。
俺とララは踊るのをやめて、逃げようとしている抹茶に近づき――、
「「抹茶ちゃん、あーそーぼーっ!」」
「ひ、ひぃ…!」
俺とララが満面の笑みを浮かべると、抹茶は尻餅をついて青い顔を更に真っ青にするのだった…。
エビふりゃーくん、今日ぼっち確定な!