記録.10『喧嘩するほど仲が良い(初対面)』
判明したボスの名称は〔ケイブドラゴン〕。
直訳しちまえば洞窟龍だ。
プレイヤー共は着々と戦闘の準備を進めていく。
ドラゴンのボスが出たという噂は留まるところを知らず、気付けばとんでもない数のプレイヤーが集まっていた。
しかし、ボスに挑戦するプレイヤーには限界人数がある。レイドボス戦になったとしてもその最大人数は四十八名。
廃人の数も今回はかなりいる為、ルーキー共が入る枠は残念ながら……ということはない。
VRMMOはどんなにゴミゲーでも、遊ばれるコンテンツだ。
そのプレイ人数は日本サーバーだけでも優に百万を超える。それならば、何故この世界はこんなにも広々と使え、狩場不足に陥らないのか?
それは多重に世界が重なっているからである。
今ルーキー共が立っている場所にも何十人ものプレイヤーが本当は立っている可能性がある。つまり、目に見えない連中が山ほどいるのだ。
同じ世界でも、輪郭が違う。
魔物の姿も見えなければ、プレイヤーも違う。しかし、ワールドクエストやボス、街の開放などは同期している。
プレイヤーが少ない場所は多重に世界は重なっていないし、多い場所は数多の世界が重なっている。
そして、有名なプレイヤーになれば全ての世界に映し出され、干渉できる存在となる。
例を挙げればβ組は皆、全ての世界に映し出される存在だ。しかし、ルーキー共が強くなるにつれて、β組共は他の有象無象のようになっていくだろう。
ルーキーでも、ユニークをゲットした者、ボスの撃破に多大な貢献をした者は映し出されるようになり、そうして、このゲームは回っている。
レイドボス戦もそうだ。
四十八人のフィールドが幾つも重なって存在する。
だからこそ、「廃人しかいらねぇよ」という状況にはならず、レイド戦を始めるならば頭数は重要な要素となるのだ。
俺はルーキー共にそう説明しながら、必要なものをどんどんと詰め込んでいく。
ボケっ面で話を聞いていたルーキー共は「なるほどなぁ」と口々に話しながら、俺から離れていく。そして、身近な連中でPTを組み、ケイブドラゴンへと挑んでいくのだ。
相変わらず俺のPTメンバーは変わり映えしない。
プロペラ。
幼女。
狐面。
今回は人数が人数の為、六人PTが八つの最大人数四十八名での挑戦だ。
俺のPTの空いた二枠にはヒーラーと付与士が加入した。
このゲームにおいて、エンチャンターを選ぶ奴は珍しい。理由はスキル構成の隙がないからだ。
エンチャンターならこれを詰め、というスキルが多く、それが敷居を上げている。更に言えば、下手なエンチャをすると怒鳴り散らかす者が多く、モンハンの狩猟笛も扱う奴は大体ベテランが多いのも納得するレベルだった。
そして、例に漏れずエンチャンターをするこの女も廃人の一人である為、エンチャ管理が上手い。
「よ、よろしくお願いします……」
俺の睨む様な視線に気づいたのか、エンチャンターはこっちに向かってお辞儀をしてきた。ご丁寧にこりゃどうも。
俺もぺこりと返す。
するとこの女、またお辞儀を返しやがる。俺にだって日本人としての矜持がある。俺はぺこりとまた頭を下げた。すると奴も頭を下げる。
いつしか、俺と奴はヘドバン勝負みたいなことを始めていた。
埒が明かない。俺は一瞬の隙を見計らい、奴に近付き、そのまま頭を地面に埋めた。
奴はスカートがめくれることなど気にする暇もないように、埋まった頭を大きな杖で掘り返そうと奮起する。しかし、その奮闘叶わず、しばらくすると動かなくなった。
平和は訪れる。
人の手によって、な…!
Oh…コレガニッポンノDOGEZA…!
◇■◇
「うわ~」
腑抜けた声と共に、プロペラが空を舞う。
ドラゴンとは、ポ〇モンでいう600族だ。基礎的な能力数値の差で殴り勝とうとしてくるし、それが無理ならと炎を吐き、空を飛び、しまいにゃ頭をもう一本生やしてくる。
人は脆い。
しかし、レイド戦ともなれば不死身のゾンビ特攻が可能となるのだから、人は恐ろしい。いわば、ゴキブリである。気持ち悪い。
狐面が俺とプロペラを影の腕で掴み、再度ドラゴンに向かって投擲する。ロケット投射された俺は《疾風》を、プロペラは《旋回》を発動させて、各々が最大火力を出し切り、死んでいく。
幽霊となった俺達は他の連中の戦いぶりを見に行くが、やはりというべきかエビふりゃーの戦いぶりは見ていて気味が悪い。
エビふりゃーは《二刀流》スキルで疑似スターバーストストリームを放つ。しかし、ケイブドラゴンはそんなエビふりゃーに炎を吐きかける。
それをエビふりゃーは《筋肉爆発》で足を犠牲に爆破を起こして回避し、ヒーラーの回復頼りで再度突撃していく。その動きは水面を素早く動くアメンボを連想させた。
しかし、俺には人間というプライドがある。
エビアメンボ式キリトを見ながら、俺達は再び戦場に舞い戻った。
すると、ヒーラーの人とヘドバンさんが復活した俺達を見て怒っている。
「回復する隙も無い!!」
「付与しきってから行ってください…!!」
俺とプロペラは互いに頷き、プロペラはヒーラーを、俺はヘドバンさんを宥めに入った。
まあまあ、一旦落ち着こうぜ?
あんたとは最初色々あったけど、結局いい感じになったじゃねぇか?な?ヘドバンさんよぉ、ちょっとは周りを俯瞰する目も必要なんだ。分かるか?フ・カ・ン。
「ヘドバンさんってなんですか!!私には『抹茶』っていう名前があるんですー!!」
顔を真っ赤にして怒るヘドバンさん。
「あいあい、んで?抹茶さんよぉ。さっさとエンチャしてくれやしませんかねぇ」
俺はボス討伐の貢献者ランキング上位に載りたい。
それはゲーマーなら誰しも思うことだろう。勿論、目の前の抹茶女にだって同じことが言える。
俺の言葉に「うっ…」と言い、その後何も言わずにエンチャントを掛けたのが良い例だ。しめしめと抹茶女の肩を叩く。次はもっと理性的に動こう、な?
二やついた笑いを浮かべ、俺がケイブドラゴンにダメージを与えに行こうとした時―――、
「ああああああ!!!!」
突如、後ろの抹茶女が発狂したのか、叫び声をあげて俺に抱き着いてきやがった。この、こいつ……!!
俺はその拘束を解こうと巻き付いた腕を引き剥がそうとする。しかしこの女、腐ってもβ組兼廃人…!力が強え…!
次第にそれは揉み合いとなり、俺と抹茶女は地面にごろごろと転がりながら、取っ組み合いを始めた。その近くで狐面が冷たい目を向けている。更にそのすぐ傍では幼女がうんうんと笑顔で首を縦に振っている。なんだあいつら。
「ふふぁへふふぁ!!!ははぁへふほぉ!!!」
千切り取る勢いで頬っぺたをつねってくる抹茶女の顔を、負けじとつねり返す。これでハラスメント行為にでも該当してみろ。この女のしたこと全てネットの海に拡散してやる…。
「ふふぁ――――!!ふぁかふぁかふぁかふぁか――――!!」
語彙力の低下が見られる抹茶女の腕が赤く光る。こ、この女…!自分に筋力増強エンチャしやがった!やばい、持ってかれる…!
そんな高次元な争いを、更に近づいた狐面がしゃがみ込んで覗いてくる。膝と体で胸が潰れて絶景だが、そんなこと言っている場合じゃない。
俺はどうにか奴からの頬ちねりを回避すべく―――、
〔Congratulations!〕
〔ケイブドラゴンを倒した!〕
〔システム〔フレンド機能の拡張〕が解放された!〕
〔Rank47/48〔報酬〕≪中級ポーション≫×1〕
〔《ナイフ》Lv.7→Lv.3〕
〔《疾風》Lv.6→Lv.3〕
〔《落下の心得》Lv.4→Lv.2〕
〔《気配察知》Lv.5→Lv.2〕
〔《敵対知覚》Lv.4→Lv.2〕
〔《遠目》Lv.3→Lv.1〕
〔《隠密》Lv.6→Lv.4〕
〔《自然治癒促進》Lv.2→Lv.1〕
〔《血液操作》Lv.7→Lv.5〕
「「あ」」
俺と抹茶女は二人揃ってアホみたいな声を上げる。
それを見て、狐面だけがころころと鈴の音のような笑いを上げた…。
人はそれを戦犯と呼ぶ。
しかし時にそれは、人を笑わす道化となりうる。




