パメラの確信 残念ドレスに挑むモブ女子 2
本編第二章の頃のお話です。
「これが、残念な夜会なのね……」
パメラはため息をついた。
残念なドレス愛好家が集うという、残念な夜会。
最新の残念ドレスに興味を持つということは、流行に敏感な人達が集うのだろう。
まだ流行り始めの残念ドレスは、上流貴族に愛好家が多いとも聞いている。
これは、チャンスだ。
流行に敏感な上流貴族の男性と、お近づきになれるかもしれない。
残念ドレスを仕立てたパメラは、フラビアを誘って意気揚々と会場にやって来た。
……だが、既に疲労の色は隠せず、ため息が止まらない。
原因は明らかで、隣にいるフラビアが眉を顰めた。
「……だから、やめた方が良いって言ったのに」
そう言うと、パメラのドレスを眺めて肩を竦めた。
パメラが仕立てたドレスは、残念の先駆者アラーナ伯爵令嬢の初期のデザインを流用したものだ。
どこまでも惜しげもなくレースとフリルを使ったそのドレスのスケッチを見た時には、ドレスと言うよりは布の塊のようだと思った。
アラーナ伯爵令嬢が描いたというスケッチは、ドレスの横に直筆の言葉が添えてある。
『限界を超えて、盛る。その先に、残念がある』
よくわからないけれど、強い意志だけは伝わってきた。
白黒のスケッチの時点で謎の迫力を抑えきれないそのドレスは、更に生地がとんでもなかった。
実際に仕立てた生地の見本を見せてもらったのだが、その眩しさに思わず目を細めてしまう鮮烈な赤と緑だった。
正直、ドレスの生地と言うよりも、目潰しの道具と言った方がしっくりくる。
この生地をあのボリュームで使用したというのだから、アラーナ伯爵令嬢は相当に目が鍛えられた人物なのだろう。
見本の生地だけで音を上げたパメラは、目の安らぎを求めて深緑の生地を選んだ。
だが、そのぶんフリルとレースはスケッチに劣らないものにした。
それが今、パメラを苛んでいた。
「布って、重いのね。本当、重いのね……」
ソファーに座ったパメラはぐったりとうなだれると、自身のドレスをつまんだ。
限界を超えて盛られたフリルのせいで、ドレス自体の重さが半端ではない。
しかも、生地が密集しているおかげで、蒸れて暑い。
会場に着いただけだというのに、疲労困憊と言って良い有様だった。
「どうする? もう帰る?」
「せっかく来たんだから、駄目よ。……少し休めば大丈夫。休憩しながら視察すれば良いのよ」
「はいはい」
普通のドレスを着ているフラビアも、隣に座って参加者を眺め始めた。
さすが残念な夜会と言うだけあって、妙な色使いやデザインの装いが目立つ。
「やっぱり、もっと激しい色の方が良かったのかしら」
そうは思うが、パメラだって目がつらいのは困るので、仕方がない。
今後の参考にしようと色んなドレスを見ていると、一人の女性に目を奪われた。
それは、激しい縞模様だった。
白、黄、水色、緑、ピンク、赤、青の鮮やかな縞模様が、網膜に焼き付いて離れない。
オフショルダーのドレスの上から下まで酷い縞模様で、上半身には黒、下半身には白の羽が大胆に散りばめられている。
更に鎖状の銀色のレースと、赤いリンゴと思われるパーツが付いていた。
酷い縞模様の上でカラスと白鳥が鎖で殺害されて、血が飛び散っているようにしか見えない。
その上、何故か両手には骨付き肉を持っている。
……あれはもう、残念の域を超えた何かだ。
一言で言えば、いかれている。
だが、そのドレスを着ている少女を見て、言葉を失った。
滑らかな白磁の肌、ほっそりとした首、艶めく黒髪に、輝く金の瞳。
それらを損なうことのない、綺麗な顔立ち。
見渡す限りで群を抜いて残念なドレスを着たその少女は、群を抜いて可憐で美しかった。
「ご覧になって、アラーナ伯爵令嬢よ」
誰かの声に、パメラは驚き、同時に納得した。
あれが、残念の先駆者。
なるほど、他の人間とは残念の格が違う。
「本当。今日のドレスも、残念ですわね」
「常人では決して着ることのできない域ですもの。こうして拝見できるだけ、ありがたいわ」
これは陰口だろうかと声の主を探してみると、数人の女性がアラーナ伯爵令嬢に熱い視線を送っていた。
どうやら、本当に心から残念なドレスを好んでいるらしい。
「――何、あの子。凄い可愛い。凄いやばいドレスだけど」
フラビアは正直すぎる感想を呟きながら、それでも視線はアラーナ伯爵令嬢に釘付けだ。
残念に興味がない人間すら惹きつける魅力。
――あれが、真の残念なのか。
「ねえ、パメラ。あの美少女でさえ、ドレスのせいで残念なのよ。やっぱり残念ドレスはやめておいた方が良いんじゃない?」
否定しようと口を開きかけたところで、アラーナ伯爵令嬢に声をかける男性が目に入った。
赤茶色の髪に緑色の瞳の美青年を見て、フラビアが驚きの声を上げる。
「あの方、確か王族よ。何でこんなところに」
確かに、残念な夜会に王族の姿があるとは予想外だ。
上流貴族に愛好家が多いとは聞いていたが、まさか王族までその範疇だとは思わなかった。
王族の美青年がアラーナ伯爵令嬢の手を取ると、どこからともなく茶色の髪の美少年が止めに入る。
何かを話した後、王族の青年は立ち去って行った。
その様子をずっと見ていたパメラは、思わず身震いした。
「……残念って、凄いわ。王族がやってきて、その上美少年と争奪戦だなんて」
白馬の王子が来てくれることはないと諦めていたパメラだったが、そうではなかった。
待っていても来ないのなら、残念なドレスで惹きつければ良いのである。
「――これよ。やはり、これからは、残念令嬢の時代なのよ!」
ドレスの重さも忘れて奮起するパメラを見て、フラビアはため息と共に首を振った。