パメラの挑戦 残念ドレスに挑むモブ女子 1
本編第二章の頃のお話です。
今日は厄日だ。
パメラ・ハイメスは涙をこらえながら、扉を開けた。
「どうしたのパメラ。また振られたの?」
友人の的を射たあんまりな挨拶に、パメラの目から涙がこぼれた。
「男爵家の生まれなのは、私のせいじゃないわ。美人じゃないのだって、最初からわかっていたじゃない」
ハンカチを握りしめて泣くパメラの話を一通り聞くと、フラビアはため息をついた。
「つまり、またいつもの理由で振られたのね。身分の低さと容姿なんてこだわるような男に、ろくな奴はいないわ。良かったじゃない」
「良くないわよ。社交界デビューして、学園も卒業して、未だに恋人さえいないのよ?」
「さっさと結婚して、旦那の浮気と借金に苦しんでいる子もいるわよ。それが羨ましいの?」
「一部、羨ましいわ!」
断言するパメラを横目で見つつ、フラビアは紅茶に口をつける。
男性に振られるたびに、こうして彼女に話を聞いてもらっている。
フラビアの家であるポルセル邸を、失恋したと泣いて訪れるのは何回目だろう。
思い出せない程度には回数を重ねていると気付いて、更に涙が溢れてきた。
「だって結婚したってことは、誰かに選ばれたってことよ」
「政略結婚や愛情のない結婚もあると思うけど」
「それでも、選ばれたわけでしょう? 愛がない結婚相手にすら選ばれない私は、何なのよ」
「それ、選ばれない方が良いやつよ」
「選ばれて苦労したいのよ、私は! 愛がないと愚痴を言うなんて贅沢よ。愛の前に相手がいないんだから、どうしようもないじゃない」
「ああ、うん。……疲れているのね。クッキーでも食べて元気出して」
促されるまま食べてみると、苺の風味が効いていて美味しい。
我ながら単純だが、何だか少しだけ元気が出た気がした。
「そもそも、髪の色が悪いわ。くすんだ黒髪なんて、魅力がないもの。フラビアみたいに綺麗な栗色なら良かったんだけど。しかも、酷い癖があるからまとまらないし」
「パメラの髪、好きだけどな。私の髪は細くて柔らかいから、何だか貧相なのよね。これ、男性なら早々に禿げ上がる髪質じゃないかしら」
「白馬の王子様なんていないんだって、身に染みてわかっているわ。でも、禿げ上がって肥えた男性に行き着くのは、まだ許せないのよ。私にだって、胡麻粒程度のプライドがあるの」
「そう? いいじゃない、別に。男性の価値は経済力よ。禿で肥えて何がいけないの。髪がふさふさで痩身でも、貧乏なんて私は嫌だわ」
どこまでも価値観は合わないが、おかげで少し冷静になってきた。
紅茶でのどを潤すと、大きく深呼吸をする
「結局、私の容姿と身分で結婚相手を探すこの戦いに挑むのは、厳しいのよ。勝ち抜くためには、強みが必要だわ」
「強み?」
首を傾げるフラビアに、大きくうなずいて見せる。
いつもいつも彼女に愚痴を言っているが、これもそろそろ終わりにしたかった。
「最近、残念ラインというドレスの人気が出て来たの、知っている?」
「残念?」
フラビアは知らないようだが、無理もない。
「有名な仕立て屋が発表して、まだ日が浅いの。でも、人気の上がり方が尋常じゃないわ。これを取り入れれば、最先端のオシャレ女子として自信もつくし、注目されるはずよ」
「それ、どんなドレスなの?」
「佇まいが残念らしいけど、実物を見たことはないのよね」
「えー? 残念な時点で、オシャレじゃないでしょう? 大体、それに食いつくような男性も、どうなの?」
「何もせず、誰にも食いつかれないよりはマシよ。……ねえ、一緒に仕立て屋に行ってくれる? せっかくだから有名店に行きたいんだけど、気後れしちゃって……」
フラビアは心底嫌そうな顔をしてパメラを眺めると、これ以上ないくらい盛大なため息をついた。
「あの。残念ラインのドレスを仕立てたいんですけど」
ミランダという有名な仕立て屋をフラビアと共に訪れたパメラは、開口一番そう告げた。
店員は慣れた様子で商談用と思われるスペースに案内すると、少し待つように言ってその場を離れた。
「見た感じはよくある上流の仕立て屋っぽいわよね」
フラビアはそう言って、きょろきょろと店内を見回している。
伯爵令嬢であるフラビアは屋敷に仕立て屋を呼ぶのかもしれないが、男爵令嬢でしかないパメラは店に赴く方が慣れている。
とはいえ、店内の雰囲気と置いてある生地からすると、ちょっと予算はお高めだろう。
両親の承諾を得ているとはいえ、無駄遣いはできない。
パメラは背筋を伸ばして気合を入れなおした。
「いらっしゃいませ、お嬢様方。店主のミランダと申します。残念ラインをご所望と伺いましたが」
愛想の良い女性が店の奥からやってくると、テーブルに紅茶を用意する。
紅茶の色と香りから察するに、やはりこの店は上流貴族向けなのだろう。
「わ、私、残念ラインのドレスを見たことはないんですけれど、仕立てて欲しいんです」
「残念ラインはかなり特殊で着る方を選びますし、材料費がかかるぶんだけ安価というわけにはまいりません。それは、ご理解いただけますか?」
予算が無ければお断わりということだろうか。
だが、そんな理由で怯むわけにはいかない。
今日のドレスを惜しんで、未来の夫を失っては元も子もないのだ。
「私、変わりたいんです。残念ラインの力を貸してください」
ミランダはしばらくパメラを見つめると、にこりと微笑んだ。
「わかりました。そういう事なら、残念ラインをおすすめできます」
「でも、あの。予算は無限と言うわけにはいかないんですけど。どれくらいが相場なんですか?」
生地の見本を積み上げるミランダに、恐る恐る聞いてみる。
「そうですね。装飾品の量と質にもよりますが、初心者向けですとこれくらいですね」
そう言ってミランダが示した額は、思っていたより良心的なものだった。
「さっき、安価ではないって言っていましたよね。この額だと、普通のドレスとそれほど変わらないですけど。矛盾しませんか?」
財政面に興味が偏っているフラビアが、早速指摘している。
パメラからすれば、思ったよりも安いのだからそれで問題ないのだが。
だが、ミランダは楽しそうに笑っている。
「一からオーダーすると、この数倍から数十倍になりますよ。材料費ももちろんですが、デザイン料がかさみますから」
「じゃあ、やっぱりおかしいでしょう?」
「いいえ。この残念ラインは、とある御令嬢が自らのためにデザインしたものを流用しています。その方が誰でも好きに使って良いと仰ってくださったので、デザイン料がかからないのです。あとは、素材を変えれば、それなりの予算に抑えられます。……おかげで、一般の残念希望者にも残念なドレスが行き渡るようになりました」
「そう、なんですか……?」
フラビアの驚愕の眼差しを向けるのも無理はない。
ドレスの代金は大まかに言うと、材料と工賃とデザイン料でできている。
この中で仕立て屋の個性であり格が出るのが、デザイン料だ。
上質な生地で決まった形のドレスを縫うだけなら、庶民的な店でも可能かもしれない。
上流の上流たる所以は、その洗練されたデザインであり、それを求める上質な顧客だ。
それを、自分でデザインした上で権利を放棄する令嬢もおかしいし、言葉通りにデザイン料を取らないこの店もおかしい。
「……もったいない」
フラビアが完全に店側の目線で感想をこぼしているが、パメラも同感だ。
稼げるお金は稼ぎたいというのは、ごく普通の感覚だと思う。
「その奇特な御令嬢は、どんな方なんですか?」
「アラーナ伯爵令嬢です。今では残念の先駆者と呼ばれていますね」
「残念の、先駆者……」
けなしているようにも聞こえるが、話の流れからすると違うのだろう。
一攫千金のデザインを放棄するのだから、聖人君子のような人か……あるいは、相当に変わった人物なのだろう。
だが、おかげでパメラにも残念ドレスのチャンスが与えられた。
「アラーナ伯爵令嬢に感謝します。いつか、残念なドレスでご挨拶したいです」
ミランダはうなずくと、積み上げた生地見本を開いた。









