ドロレスの婚活 ドロレスとロベルトの若い頃 3
ロベルトに一撃を入れて撤退した夜会から、一週間になる。
何故か夜会の翌日からロベルトからの花と手紙が毎日届くし、どうやらシルバ邸にも来ているらしい。
花も手紙もすべて受け取りを拒否してもらっているし、もちろん面会も断っている。
万が一にも会いたくなくて、ここ一週間は完全に部屋に閉じこもっている状態だ。
ゴロゴロとだらしなくソファーに転がるドロレスを見た侍女は、大きなため息をついた。
「お気持ちはわからないでもありませんが、一度お会いして話をしてはいかがですか?」
「何度も会いに行って、何度も話をしようとしたわ。それを拒んでいたのはあちらよ。それに、もう事情もわかったし、どうでもいいの」
ドキドキのプロポーズだと思っていたものは、偽装結婚の隠れ蓑だった。
なけなしのドロレスの乙女心も木っ端微塵である。
もともとそれほどなかったのに、何ということをしてくれたのか。
「でも、これで良かったのかも」
あのまま結婚していたら、不倫する夫に気付かずに暮らしていたことだろう。
途中で気が付いたら地獄だし、気が付かないのも嫌だ。
これはつまり、もともと縁がなかったのだ。
かえって無駄な時間を過ごさずに済んだのだから、感謝しよう。
「……となると、結婚相手をいちから探さないといけないわね」
ロベルトと結婚しなくて良かったと高笑いできるような相手を見つけられれば、きっと気も晴れる。
社交界に身を置く以上はいずれ顔を合わせることもあるだろうし、その時に堂々としていたい。
間違っても、捨てられてみじめな女だと思われたくはなかった。
「よし! いい男を見つけるわよ!」
拳を掲げて宣言するドロレスに、侍女はそっとため息をついた。
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装いは、大事だ。
ドロレスは決して誰もが振り返るような美少女ではない。
だからこそ、第一印象には気を付けなければ。
幸い化粧映えするほうなので、気合を入れてドレスアップすれば、それなりにみられる姿になる。
素敵な将来のお相手を探すため、ドロレスはとっておきのドレスに袖を通していた。
淡い水色のドレスはすらりとしたシルエットで、余計な装飾を省いたぶんだけ、生地を上質なものにしてある。
光の加減で紫色にも見える生地に誰かさんの瞳を思い出し、着るのをやめようかとも思った。
だが、ドロレスが持っている中で新しくて一番質がいいのはこのドレスだ。
本当は髪飾りに紫色のリボンを使うつもりだったが、あれはロベルトにもらったものだからつけたくない。
なので、ドレスと同じ水色のリボンにした。
意気揚々と夜会に乗り込んだドロレスに、さっそく何人かの男性が声をかけてくる。
誘われるままにダンスを踊り、話をするが、何だか楽しくない。
まあ、ドロレスはひとめぼれしてのめりこむようなタイプではないのだから、最初はこんなものだろう。
身分も容姿も話した感じも今のところロベルトには及ばないが、あちらはドロレスを偽装結婚に使おうとした鬼畜だ。
そう考えれば、どの男性も素晴らしい人間に見えてきた。
「うん。いける気がする。気分が乗ってきたわ」
トイレで会場を離れたドロレスは、元気にうなずくと回廊を歩く。
その時、誰かに後ろから手をつかまれた。
「――ドロレス!」
振り返った先には、ロベルトがいた。
一応それなりの格好をしているが、いつもと違って何だか違和感がある。
薄汚れているというか、ヨレヨレというか、何というか。
首を傾げながら顔を見て、違和感の正体に気が付いた。
ロベルトは、やつれていた。
目には隈が酷いし、心なしか顔色も悪いし、呼吸は乱れているし、何よりも覇気がない。
「何? 酷い顔よ?」
色々言いたいことも思うこともあった気がするが、あまりの様子にそう呟く。
「最近ろくに寝ていないから。それよりも、話があるんだ」
何故寝ないのかは気になったが、もう無関係の人間なので深追いするのもおかしいだろう。
ドロレスは首を振ると、ロベルトの手を振り払った。
「私は、ないわ。さっさと家に帰って眠ったら?」
踵を返して立ち去ろうとすると、再び手をつかまれる。
今度はしっかりと握りしめられているので、簡単には振りほどけない。
ドロレスはため息をつくと、ロベルトに向き直した。
「何なの? 私も暇じゃないの」
「話がある。頼むから、聞いてくれ。俺のこと殴っていいから。……聞いて」
何で殴る前提なのだろう。
ドロレスのことを暴力女と認識しているのか、殴られるだけのことをしたという自覚があるのか。
どちらにしても、ここで押し問答をしていても時間の無駄だ。
「……わかったわ。手短にお願いね」
「ありがとう」
ロベルトに手を引かれて庭に出ると、四阿の椅子に腰掛ける。
この屋敷の庭は広いので、夜会会場の喧騒も聞こえず、風が木の葉を揺らす音だけが耳に届いた。
「それで、話って何?」
「まずは、謝りたい。ずっと、まともな返答ができなくて、本当に悪かった」
深々と頭を下げられたが、どういうことなのかわからず、ただそれを見つめる。
「返答って?」
「プロポーズの返事の、返事」
何と、まさかそんな昔のことを引き合いに出すとは。
今になって謝るということは、もしかして秘密の恋人のあの女性と何かあったのだろうか。
あるいは、関係がばれそうになって偽装結婚が本格的に必要になったか。
何にしても、もうドロレスの中では終わったことだ。
今更蒸し返されても気分が悪いだけである。
「もういいわ。どうでもいい。……話はそれだけ? 謝罪なら受け入れるから、もう関わらないで」
せっかく他の男性にも目が行くようになったのだ。
美しい紫色の瞳と優しい声で惑わせないでほしい。
ドロレスは立ち上がったが、またしてもその手を握られる。
そのままひざまずいたロベルトは、まっすぐに紫色の瞳を向けてきた。
「ドロレス・シルバ。俺と結婚してほしい」
書籍発売感謝祭リクエストが終わった後は、新連載の予定です。
今回のお話は、「溺愛」「契約結婚」がメインになります。
あとは、魔女、モフモフ、無垢な未亡人、などなど。
夜の活動報告でタイトルを公開します。
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美麗表紙と肉を、お手元に迎えてあげてくださいませ。
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