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【残念令嬢・書籍化&コミカライズ】残念の宝庫 〜残念令嬢 短編集〜  作者: 西根羽南
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ビクトルの恐怖  ビクトルから見たヘンリー

本編第四章の前のお話です。

 今日は、とある夜会に潜入調査だ。

 ビクトルの主人はそつなく主催者に挨拶をこなすと、早速参加者に目を光らせている。

 何でも虚偽の税収報告をしているらしいその貴族は、そのぶん羽振りが良いという。


 そんなわかりやすいことをする馬鹿はいないと思うのだが、人間はどうも手に入れたものを隠してはいられない性分らしい。

 今回の標的である貴族の言動と、親しそうな貴族もついでに調べ上げたヘンリーは、飲み物を手にして休憩していた。



「情報は間違いなさそうだ。あとは正式な帳簿を押さえれば良い。それは俺達の仕事じゃないから、陛下に報告して終わりだな」

「はい。それでは、屋敷に戻りますか?」

「いや、少し待て」


 ヘンリーは仕事が早い。

 ただ立ち話をしているようでも、視線や表情や動きを読み、それとわからぬように話を誘導して必要な情報を得てしまう。

 おかげでビクトルも補佐官としてだいぶ助かっているのだが、最近は仕事が終わってもすぐには帰宅しないことが多くなった。


「……また、虫退治ですか」

「イリスが普通のドレスで夜会に出るたびに、湧いてくる。だが、小さな虫でも面倒が起こってからでは遅いからな」


 良い笑顔だ。

 絶対に、この笑顔のヘンリーと出くわしたくはない。

 どうも、モレノで培った危機管理能力が、おかしな方向に発揮されている気がする。

 呆れ顔のビクトルを残して、ヘンリーはさっさとどこかへ行ってしまった。



 ヘンリーがイリス・アラーナ伯爵令嬢にプロポーズし、行動の凍結を乗り越えて返事をもらってからそれなりの時間が経った。

 モレノの事情により、婚約や婚儀を進めるには時間がかかる。

 正式な婚約者がいない以上、美しい令嬢に声をかける男がいるのは当然だ。

 怪しい行動や言動の者を仕事の合間に確認しているらしく、ヘンリーは仕事を終えると虫退治に向かうことが多かった。


 一体何を言ったらヘンリーの網に引っかかるのか、ビクトルにはわからない。

 だが、虫退治の頻度からすると、網の目は粗くはなさそうだ。

 それに、それだけ虫を引き寄せるイリスの方も凄い。


 もちろん、一般貴族の男性にヘンリーが本気で脅しをかけるようなことはない。

 そんなことをしたら、相手は再起不能になってしまう。

 だが、元があれなので、釘を刺さずとも少しちらつかせるだけで、十分に恐ろしい。

『モレノの毒』を盛られた王弟のルシオが、ヘンリー怖い病に罹っていると聞いたが、それも仕方がない。

 彼に関しては、その程度で済んだのだから幸運と言って良いくらいだ。



 そんなことを考えている間に、ヘンリーが戻ってくる。

 やはり、仕事が早い。


「本日は何匹潰したのですか」

「人聞きが悪いな。ちょっと()()しただけだ。……二人共、快く理解してくれたぞ」

 ()()とやらをされた貴族は、今頃震えあがっていることだろう。

 脅さなくても、触れなくても、笑顔でも、怖いものは怖い。


「夜会には俺も一緒に出るようにしているのに、よくもまあ湧いてくるものだ」

「……でしたら、イリス様には残念なドレスで過ごしていただけばよろしいのでは?」


 送迎の際にちらりと見たことしかないが、イリスの残念なドレスというものはなかなか常軌を逸している。

 着ているイリスの顔が良いからギリギリで許せるが、ビクトルなら自分の恋人があれを着るなんて絶対に嫌だ。

 そして、あれの隣に立つのはもっと嫌だ。

 そういう意味では、ヘンリーの肝の据わり具合は神に等しいと思う。


「あいつは体力がないから、それだといずれ倒れる」

「……残念なドレスは、精神を削るだけじゃないんですね」

 着用者の体力まで奪うとは、何とも恐ろしい。


「それに、あれにはあれの愛好家がいるから、結局同じだ」

「はあ」

 精神も体力も削るのに、どうして残念ドレスが流行っているのだろう。

 ビクトルには、貴族の嗜好も思考もよくわからなかった。



「もう、婚約披露パーティーでも開くしかないか」

「はあ。確かに大勢に周知させるには、手っ取り早い方法ですね」

 そういう華やかな席が好きではないくせに、イリスのためになら構わないらしい。


「……そんなに大事なのでしたら、閉じ込めておくしかありませんね」

 冗談でそう言うと、ヘンリーは真剣な顔で首を振る。


「あいつは、自由じゃないと。……閉じ込めたら、きっと萎れてしまう」

「――はあ」

 精一杯頑張って絞り出した返答は、かすれた一声だった。


「閉じ込められるなら、話が早いんだけどな……」

「……はああ」

 もう、まともに返事をする気も起こらない。



 何なんだ、この会話は。

 ビクトルの主人は、山のような縁談を蹴散らし、つれないことで有名だったはずだ。

 誰だ、この恥ずかしいことを平気で言っている男は。


 常々、優秀なヘンリーを恐ろしいと思っていた。

 だが本当に恐ろしいのは、そのヘンリーをも変貌させてしまうイリスの方なのかもしれない。



 ********



「あらビクトル。今日は留守番なの?」

 聞き慣れた声は、ヘンリーの姉カロリーナのものだ。

 礼をして顔を上げると、そこには黒髪に金の瞳の美女が二人並んでいた。

 ヘンリーからイリスの訪問予定は聞いていないので、カロリーナの所に遊びに来たのだろう。

 どちらも同じ色彩だというのに、こうして並ぶとだいぶ印象が異なる。


 カロリーナは長身の痩身で、凛とした美女。

 イリスは小柄で華奢な、可憐な美少女。


 甲乙つけがたいところだが、ビクトルの好みはどちらかと言えばカロリーナの方だ。

 ただし、カロリーナの胸部は荒涼とした砂漠地帯なので、そこは圧倒的にイリスの方が好みだ。

 そもそも、どちらも相方があれなので、お近づきになろうという気にならない。

 そう考えると、イリスに声をかける男性達はなかなか勇気がある。

 事実を知らないからこその、浅はかな行動ではあるが。


「ヘンリーの侍従よね。以前に会った、やたらと足の速い……」

 どうやらイリスはビクトルのことを覚えていたらしい。

「イリス様に覚えていただき、光栄です。改めまして、ヘンリー様の侍従のビクトルと申します」

「うん。よろしくね」

 微笑む様は花のごとし。

 残念ドレスのことを知らなければ。深窓の可憐な御令嬢だと信じて疑わないだろう。



「ビクトル。ヘンリーの明日の夜の予定、空いている?」

「いえ、カロリーナ様。確か、調査が入っていたと思います」

「そう」


「ほら。予定があるらしいし、別に良いでしょう?」

 何やらイリスが尋ねているが、カロリーナの表情は曇っている。

「でもねえ。私も予定があるから送ってあげることしかできないし。ダニエラも都合が悪いんでしょう?」

「うん。昨日雨だったから、ベアトリスも駄目だし。カロリーナには悪いけれど、会場まで送ってもらえれば一人でも大丈夫だから」


 ……何やら不穏な言葉が聞こえた。

 夜、会場、送る、一人。

 ――ビクトルの頭の中で、組み立ててはいけない死のパズルが組みあがった。



「失礼ですが、イリス様。まさか、一人で夜会に出掛けるおつもりですか?」

「え? ええ。でも、行きはカロリーナが送ってくれるから、大丈夫よ。一人で出歩かないわよ」

『一人で出歩かない』というのは、ヘンリーがイリスに取り付けた約束だと聞いている。


「ですが、会場ではお一人ですよね? というか、帰りはどうなさるのですか」

「え? でも、室内だし。帰りは侍女が馬車で迎えに来てくれるわ」

 どうやら、イリスにとっての出歩くというのは、屋外に出るという意味らしい。

 誰かを伴うようになったのは良いことだが、一番同行者が必要な夜会会場で一人では意味がない。


 イリスがドレスアップして夜会会場に一人でいればどうなるか。

 これが世にいう、火を見るより明らかというやつだ。

 そして、それを知ったヘンリーがどうなるか。

 ――ビクトルは思わず身震いをした。



「……ヘンリー様、明日の夜はお暇です」


「え? でもさっき」

「――大変に暇で、退屈で、困っておりました。是非とも、イリス様とご一緒させてください」

 ビクトルの目が据わっているせいか、イリスがちょっと怯えている。

 だが、こちらも無駄に死にたくはないので、必死だ。


「……わ、わかったわ。それじゃ、ヘンリーと行ってくる」

「ありがとうございます!」

 心からの感謝のせいで、思わず声が大きくなる。

 イリスは怯え、カロリーナは笑いを噛み殺している。



 ……よくわかった。

 ヘンリーは望んで変貌したのではない。

 変わらざるを得なかったのだ。

 あのイリスを各種魔の手から守ろうとしたら、普通にしてはいられない。


「ヘンリー様もあれだが、イリス様も恐ろしい……」


 ビクトルは呟きつつ、明日の予定のやりくりに頭を抱えた。


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