イリスのお鍋 ヒロイン大集合
パラレルですが、あの神あたりが本気を出したら実現するかもしれません……。
『鍋を作ろう!』
「……何、これ」
イリスは頭上に高々と掲げられた、横断幕のようなものを見上げる。
どこにも固定する場所も紐も見当たらないが、一体どうやって浮いているのだろう。
首を傾げていると、いつの間にか周囲に人の気配があった。
総勢五人の少女達は、とりあえず頭を下げると自己紹介を始めた。
青みがかった黒髪に菫色の瞳の少女は、ノーラ・クランツ男爵令嬢。
桃花色の髪に緑青の瞳の少女は、アニエス・ルフォール伯爵令嬢。
深紅の髪に象牙色の瞳の少女は、セアラ・エリオット子爵令嬢。
そして黒髪に小豆色の瞳の少女は、豆原あずきと名乗った。
「豆原あずき……日本の子?」
「ええ? わかるの? あなたも異世界に……って、違うよね。その瞳の色もだけど、ちょっとヤバい美しさだし。クライヴも真っ青の美貌って、異世界恐ろしすぎ」
セリフの後半はよくわからなかったが、どうやらあずきは日本人で間違いないらしい。
そして異世界経験もあるということは、異世界転移というやつだろうか。
「私は異世界転生ってやつね。他の人は……普通に異世界人みたいね」
イリスとあずきの話を不思議そうに聞いているのだから、そういうことだろう。
「イリスも絶世の美少女だけどさ、アニエスもヤバいよね。もう妖精かって色と可愛らしさだし。その点、セアラとノーラは大人の落ち着きを感じる美女だわ」
何やら品定めしているが、そういうあずき自身も愛嬌があって可愛らしい容姿をしている。
異世界に転移したくらいだし、きっと神なり天なりに愛される人間なのだろう。
「それで、あれは何と書いてあるのでしょうか?」
セアラが不思議そうに見上げているのは、横断幕だ。
ノーラとアニエスも同様のところを見ると、どうやら日本語で書いてあるらしい。
イリスには普通の文字に見えるのだから、不思議なものである。
「鍋を作ろうだって。でも、何もないのに、どうやって」
イリスが呟いた瞬間、急に鍋とかまどのようなもの、それからまな板や包丁などの調理器具と調理台、それから薪と斧が現れた。
「……これで作れ、ということみたいですね」
ノーラは包丁を手に取ると、職人のような鋭い眼差しで刃を見ている。
「いい包丁ですね。でも、研ぎが甘いです」
そういうなり、ノーラは包丁を研ぎ始めた。
落ち着いた美人が静かに包丁を研ぐ様は、ちょっと怖い。
「薪を割って火をおこせということですよね。じゃあ、ちょっと失礼して」
セアラは軽々と斧を持ち上げると、勢いよく振り下ろす。
あまりの衝撃に、薪は吹っ飛び、見ていたイリスの髪が揺れた。
……どうしよう。
落ち着いた美女な二人が、刃物で怖い。
現実逃避したくなってきたイリスは、鍋のほうに視線を移す。
アニエスがかまどに鍋を置くと、いつの間にか水が張られていた。
「鍋といっても、食材がありませんよね」
そう言うと、ちらりとイリスを見てきた。
「あの。イリスは、キノコ好きですか?」
「え? うん。好きだけど」
「良かったです」
微笑むアニエスはまさに妖精のような可愛らしさだが、何となく嫌な予感がするのは何故だろう。
あっという間に薪割りを終えたセアラが、器用にかまどに薪を入れている。
だが、肝心の火はどうしたものか。
「あの、皆さん。ちょっとだけ耳をふさいでもらってもいいですか?」
アニエスの静かな提案に、包丁を研ぐノーラ以外が従う。
すると、アニエスは深呼吸をして、虚空を見つめた。
「みーんなー! げーんきぃー!」
まさかの高音ハイテンションボイスにイリスが肩を震わせると、次の瞬間、光の玉がいくつも現れた。
「はーい、みんな、こんにちは! 私達ねえ、お料理するの。でも、火をおこせないし、材料がないの。みんな、手伝ってくれるかなー⁉」
光の玉は嬉しそうに何度か点滅すると、消える。
するとかまどには火が入り、破裂音とともにたくさんのキノコが現れた。
何故か、アニエス以外の腕や肩に、現れた。
「何ですか、これ?」
セアラは訝し気にキノコをむしっては調理台に置く。
ノーラは研ぎの手を止めると、キノコをむしってじっと見つめた。
「ホンシメジに、クロラッパタケですね。美味しいと思います」
「うわあ、ノーラは詳しいですね。あとは、シイタケと、タモギタケと、ススケヤマドリタケですね」
「……アニエス、詳しいのね」
あずきが感心しながら皆に生えたキノコを籠に集めている。
「ちょっと……キノコに呪われ気味で」
「呪い? どこが? 火もおこしてくれたし、キノコもたっぷりで最高じゃない。格好いいわ」
不思議になってイリスがそう言うと、アニエスは緑青の瞳を瞬かせ、そして微笑んだ。
「ありがとうございます」
いやだ、可愛い。
イリスがちょっとときめいている間に包丁を研ぎ終わったらしいノーラは、そのままキノコを切り始めた。
あまりの手際の良さに、誰も手伝う隙がない。
「美味しそうなキノコがたくさんあるのはいいけれど、他の具材や調味料がありません。困りましたね」
ノーラのつぶやきを聞いたあずきは、キノコ入りの籠を置くと、新しい籠を用意した。
「〈開け豆〉」
あずきが手のひらを差し出してそう言うと、空間がねじれたように見え、ぽとりと何かが落ちた。
「ひよこ豆! ちょうどいいのが出てきたわ」
何やら嬉しそうにそう言うと、あずきはキノコを切るノーラ以外に籠を手渡した。
「頑張って、受け止めよう! 行くよ! 〈ひよこ豆の行進〉」
あずきが叫んだ次の瞬間、何もない空間から大量の豆が降り注いだ。
「痛い痛い!」
イリスは思わず籠を頭にかぶるが、セアラは器用に頭に乗せた籠で豆を受け止めている。
アニエスはイリス同様に籠を顔の前に掲げているのだが、何故か籠よりも大きいキノコが生えて、豆からアニエスを守っていた。
……何だろう。
この人達、愉快すぎる気がする。
豆を拾い集めると、何やら叫んでいたあずきがこんもりと山になった味噌のようなものを持ってきた。
「さすがに醤油はゲットならず。納豆はパスしたわ」
何を言っているのかわからないが、いつの間に日本人は豆を降らせるようになったのだろう。
イリスが転生している間に、世界はめまぐるしく変化しているらしい。
味噌なんて見たこともないだろうに、ノーラの作った鍋は美味しかった。
あんなに豆まみれでキノコ尽くしの鍋は初めてだが、何だか懐かしい味がした。
********
「お嬢様! いい加減に起きてください。ヘンリー様がいらっしゃいますよ!」
ダリアの声に目を開けると、イリスはベッドの中にいた。
状況を飲み込めなくて首を傾げていると、ダリアにベッドから引っこ抜かれる。
「肉の夢でも見たのですか? よだれが酷いです」
そう言って布でイリスの口を拭くと、そのまま椅子に座らされた。
「とりあえず、お茶を飲んで目を覚ましてください」
促されるままに紅茶に口をつけると、イリスは首を傾げる。
「ねえ、ダリア。貴族令嬢って、斧を振り上げて薪を割ったり、包丁を研いで料理したりする?」
「夢の話ですか? よほど下位の貧乏貴族ならあり得るかもしれませんね。あるいは、相当な手練れか。……どちらにしても、一般的ではないでしょう」
てきぱきとイリスの服を用意しながら、ダリアが答える。
「じゃあ、人はキノコを生やしたり、豆を降らせたりできるものかしら?」
「は?」
ダリアは手を止めると、つかつかと近づき、そのままイリスの額に手を当てた。
「熱は、ありませんね。何か変なものを食べました? それとも脳を直接凍結しましたか?」
ダリアは呆れたようにため息をつくと、今度はベッドに向かった。
「あれは、夢……だったのね」
それもそうか。
斧を振り回す令嬢に、包丁を研ぐ令嬢、キノコを生やす令嬢に、豆を降らす日本人。
どれも現実離れしすぎている。
きっと疲れて脳が残念な夢を見せてくれたのだろう。
どうせ夢なら、イリスも肉を出したかったのに。
まさに残念である。
「――お嬢様⁉ ベッドに物を持ち込まないでください!」
ダリアがめくった毛布の中には、赤い傘に白いイボが水玉模様のようなキノコとひよこ豆が転がっていた。
【出演ヒロイン】======
イリス・アラーナ
「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」
断罪死亡エンド回避のために残念を目指したが、そもそもが残念な令嬢。
ノーラ・クランツ
「婚約破棄されたが、そもそも婚約した覚えはない」
公開婚約破棄とプロポーズを同時体験した歌姫。
アニエス・ルフォール
「竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~」
キノコを生やすせいでキノコの変態にロックオンされた令嬢。
セアラ・エリオット
「『理想の花嫁を探して幸せにして差し上げます』と言ったら、そっけなかった婚約者が何故か関わってきますが、花嫁斡旋頑張ります」
ヘタレ婚約者を拳で叩き上げる武闘派令嬢。
豆原あずき
「豆の聖女と王子様 ~聖なるあんこを呼ぶ聖女は、王子に豆愛を捧げられる~」
豆の神に愛され過ぎて豆を出し放題の女子高生。
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リクエスト内容は活動報告参照。
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