イリスの棘抜き ヘンリーの初恋のイリス視点 2
「なあに?」
どんぐりを持ったまま首を傾げると、男の子は慌てた様子で口を開いた。
「どんぐり、集めてるの?」
「違うわ。かくとを合わせているの」
「……かくと?」
不思議そうにしているところを見ると、きっとこの男の子もどんぐりの帽子が『かくと』という名前だと知らないのかもしれない。
「それ、楽しいの?」
「そうでもないわ。なかなか合わないの」
「バラバラじゃ駄目なの?」
「駄目よ。どんぐりとかくとは仲良しなのよ」
やはり、この男の子はどんぐりとかくとのことを知らないのだ。
他の子が知らないことを知っているというのは、何だかちょっと楽しい。
イリスがお姉さんになって、教えてあげなければ。
男の子は話を聞いてくれるのだが、イリスの隣に座ったままだ。
イリスがひとりで頑張っているという事実に、何だか不満が膨らんで、ついでに頬も膨らんできた。
「見ているなら、手伝って。大変なんだから」
すると、男の子も一緒にどんぐりとかくとを合わせ始めた。
最初はぎこちなかったが、すぐにコツを掴んだらしく、最後にはイリスよりもずっと早くどんぐりとかくとを合わせるようになっていた。
この男の子は、どんぐり合わせが上手だなと感心している間に、沢山のどんぐりがかくとをつけた状態で並んだ。
「やったわ。いっぱいできたわ」
嬉しくなってぴょんぴょんと飛び跳ねる度に、黄色のスカートが揺れる。
これで、ようやくボールを取り戻すことができる。
イリスはどんぐりを手にすると、真上に向かって放り投げた。
「――ええ?」
男の子が大声を出すのと、空中でどんぐりとかくとがバラバラになるのは同時だった。
今度こそはボールに当たって落ちてくるかと思ったのに、やっぱり上手くいかない。
「わざわざそんなことをしなくても、直接取れば?」
事情を説明すると、男の子はさも当然とばかりにそう言った。
「頑張ったけど、木に登れなかったの」
このままでは、あのボールを置いて帰らなければいけない。
そう思うと悲しくて、イリスはしゅんとうなだれた。
「……ちょっと、来て」
男の子はイリスの手を取ると素早く棘を抜き、スカートの汚れを叩き落とした。
侍女のような早業にびっくりして見つめると、男の子はにこりと微笑んだ。
「俺が、取ってあげる」
そう言うなり何の障害もなくするすると木に登り、ボールを取って下りてきた。
「ありがとう!」
赤いボールを手渡され、嬉しくなったイリスは満面の笑みを浮かべた。
それを見た男の子は、何故かぽかんと口を開けて瞬いている。
「ねえ。君の名前を教えて?」
突然の質問に、イリスはきょとんとすると、首を振った。
「知らない人に名前を教えちゃ駄目って言われてるの」
「……そう」
男の子が目に見えて落ち込むのを見たイリスはしばし考え、にこりと笑った。
「でも、手伝ってくれたから、一文字だけ教えてあげる」
名前を全部教えるのは駄目だと言われたが、これなら問題ないだろう。
男の子が笑みを浮かべてうなずくのを見て、イリスも何だか楽しくなってきた。
「イ、だよ」
「イ?」
「そう、イリスのイ!」
男の子が再びぽかんと口を開けているが、そんなに驚くことだろうか。
すると、遠くからイサベルが名前を呼んでいるのが聞こえた。
もう帰るのかもしれない。
何にしても、早く行かなくては。
「お母様だわ。それじゃ、またね」
男の子に手を振ると、イリスはボールを抱えて走り出した。
********
「イリス? どうかしたのか?」
思い出に浸っていると、庭にヘンリーが顔を出した。
指をさすっているのを目敏く見つけたヘンリーは、あっという間にイリスの指から棘を抜く。
「草木に触る時には、気をつけろよ。古い椅子なんかも危ないからな」
「面倒見の鬼は、棘抜きも範疇なのね。手際が恐ろしいわ」
しかもその後の注意が、侍女か母親かという感じだ。
本当に、この侯爵令息はどこに向かっているのだろう。
「棘抜きくらい、子供でもできるだろう」
「そうかしら?」
少なくともイリスが子供の頃に、そんな器用な真似はできなかった。
何せ、今棘が抜けなくて困っていたのだから、間違いない。
「……そう考えると、あの子は凄いわね」
当時イリスは五歳くらいで、あの男の子も恐らくは同じくらいだ。
そんな小さな子が棘抜きをできるどころか、他人の棘まで抜けるとは。
よくよく考えてみれば、かなり凄いのではないだろうか。
あのお茶会の場にいたのだから、貴族の子供なのだろうし、どこかで会うこともあるかもしれない。
顔立ちどころか、髪や瞳の色もすっかり記憶から消えているので、会ったところで気付かない気はするが。
「何だ? どうかしたのか?」
いつの間にかテーブルに紅茶の用意をしながら、ヘンリーがちらりとイリスを見る。
もう見慣れてきたが、婚約者の家を訪ねてきて自ら紅茶を淹れる侯爵令息というのも、おかしなものだ。
「ううん。……世の中には、ヘンリーみたいな人が一定数いるものだなと思って」
「何だ、それ」
呆れた様子のヘンリーに構わず椅子に座ると、用意された紅茶を飲む。
今日もヘンリーが淹れた紅茶は、香りも味も申し分ない。
あの男の子も、大きくなったら紅茶を淹れるような少年に成長しているかもしれない。
もしもそうなら、ヘンリーといい友達になれるだろう。
こうなると髪や瞳の色を思い出せないのが惜しまれるが、紅茶を淹れて棘抜きができるような貴族令息はそうはいないだろうから、いつかは噂くらい耳にするだろう。
その時には、あらためてボールのお礼を伝えよう。
何だか楽しくなってきたイリスは、金の瞳を細めながら紅茶に口をつけた。
リクエスト内容は活動報告参照。
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