パブロの危機感 男装夜会の裏側 2
深く考えてはいけません……。
感じるのです……。
肉と救護室に医者も手配して迎えた、男装夜会当日。
パブロは伯爵夫妻のそばに控えながら、招待客を眺めていた。
男装夜会と言ってはいたが、実際に男装や女装をしているのは半分ほど。
その男装女装も異性の服を着てカツラをかぶっているだけ、という感じだ。
気になったと言えば、真っ白なドレスから赤い下着が覗いていた女装くらいだが、まあ視界に入れなければ害はない。
全体的に、眉を顰めるほど酷い出来の人もいないが、別に似合うというほどでもなかった。
まあ、当然の結果だ。
ある程度の年齢からは男女の体格などには差が出てくるし、顔立ちだってどうしたって異なる部分がある。
あくまでも余興であり、それ以上の意味はないのだ。
パブロは挨拶する招待客から視線を会場の方へと向ける。
歓談する人々に、ダンスを踊る者もいる。
うず高く積まれた肉以外は、ごく普通の光景だ。
「……伝説の夜会、ねえ」
お嬢様は息巻いていたが、結局男装女装する人がいるだけの普通の夜会だ。
何部屋も空けて用意した救護室や、三人も手配した医者は完全に無駄である。
そもそも、何を想定して何から救護するつもりなのか、さっぱりわからない。
その時、玄関ホールの方がにわかに騒がしくなった。
何事だろうと思う間もなく、ざわざわとした喧騒と共に、三人の男女がホールに姿を見せた。
豊かに波打つ黒髪の妖艶な美女、同じく黒髪の華やかな美少女。
そしてその二人をエスコートしているのは、黒髪を束ねた美青年だ。
凛とした佇まいに整った容姿の青年は、そのまま伯爵夫妻の前にやってきた。
「今日はお招きありがとうございます。ソレール伯爵」
青年のその声は、思っていたよりも高い。
もしやと思って凝視すると、喉仏もないし、男性にしては骨格が細い。
――まさかの、男装。
パブロは目を瞠った。
言われてみれば女性なのだが、それにしたって見事な男装だ。
整った顔立ちも、堂々とした立ち居振る舞いと併せて見れば、凛々しい男性にしか見えない。
それも、かなりの美青年である。
そしてその両腕を埋める女性二人もまた、実に美しい。
他とは一線を画すその姿に、会場中が注目しているのがわかった。
三人が離れると、お嬢様は興奮しながら夫人に話しかけている。
「カロリーナ様が男装だなんて、最高よ。最高すぎるわ!」
「オルティス公爵夫人……ですよね? 何て凛々しくも麗しい美青年でしょう。女性だとわかっているのに、目が合ったら胸が高鳴りますね……!」
キャッキャと騒ぐ二人の気持ちもわからないでもないし、実際に周囲の視線は三人に集中している。
「ああ、男装夜会を開催して良かったですね。眼福とはまさにこのことです」
「まだ早いです、お母様。残念の先駆者……イリス様があの三人に加われば、もう会場中が熱気の渦に飲み込まれること請け合いです! ああ、待ち遠しいです! 私も渦に巻き込まれたい!」
どんどん母娘の会話は盛り上がっているが、確かにあの三人を見学できるのならばこの夜会を開催した価値があるというものだ。
そして、更に凄いという残念の先駆者は、どれほどのものなのだろう。
その時、会場が一気にざわめく。
何事かと見てみれば、オルティス公爵夫人とバルレート公爵令嬢が踊り始めるところだった。
オルティス公爵夫人は女性のはずなのに、男性パートを難なく踊っている。
それに合わせるバルレート公爵令嬢もまた優美で、パブロでさえ危うく見惚れそうな美しさだ。
「カロリーナ様ったら、あんなにベアトリス様を見つめて! 私も見つめてほしいです!」
「ああ! 今、笑みを交わしましたわ。なんて麗しい……」
母娘の興奮同様、周囲の人々も熱い視線を送っている。
すると、オルティス公爵夫人がバルレート公爵令嬢の背を撫で上げ、その頬に手を添えて微笑んだ。
「まあああ!」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
お嬢様と夫人が同時に謎の声を上げたが、それが掻き消えるほどの歓声が会場に響く。
肝心の二人はそれに気付いているのかいないのか、その後も優雅に踊ったかと思うとコルテス伯爵令嬢の元へ戻って行った。
女性同士が踊っているとは思えぬ何とも言えない色香に、感心しきりである。
「パブロ。私とお母様は胸が苦しくて、動けないわ。ちょっと玄関ホールの方を見てきてちょうだい。そろそろイリス様がお見えになるはずよ。……ついでに、救護室に忙しくなると伝えておいて」
「……かしこまりました」
苦しいと言ってはいるものの、二人は満面の笑みで興奮状態だ。
礼をして伯爵夫妻から離れるが、会場内にはお嬢様同様に胸を押さえつつ笑顔の女性が多数いる。
「救護室が忙しいって、もしかして……」
嫌な予感を抱えつつ玄関ホールに向かうと、ちょうど一台の馬車が到着して扉が開くところだった。
刻まれた紋章から察するに、モレノ侯爵家の馬車だ。
確か、残念の先駆者と呼ばれるアラーナ伯爵令嬢の婚約者が、モレノ侯爵令息だったはず。
ということは、この馬車にアラーナ伯爵令嬢が乗っているのだろう。
何となく足を止めて見ていると、扉から出てきたのはひとりの少年だった。
サラサラと揺れる黒髪は絹のごとき艶、きらきらと輝く金色の瞳は宝石のごとく。
人形のように整った容姿でありながら、その生き生きとした表情で目を惹きつけて離さない。
紺色の上着に白いズボンにブーツ、黄色のリボンタイを結んだ小柄な少年は、眩いという言葉が裸足で逃げ出すほどの圧倒的麗しさだった。
絶世の美少年の登場に、玄関ホールに歓声が上がる。
たまたま到着したらしい招待客も、待機している使用人も、その全員が息をのんで少年を見つめていた。
少年はキョロキョロとあたりを見回すと、胸を張って元気に歩き出そうとする。
その姿の初々しい可愛らしさに、パブロの胸もうっかりときめいてしまう。
少年に手を引かれて馬車から女性が出てきたのだが、その姿に再び歓声が上がった。
ふわふわとした茶色の髪に紫色の瞳の女性は、薄紫色のシンプルなドレスを身に纏っている。
アラーナ伯爵令嬢は黒髪に金色の瞳と聞いていたから、こちらの女性は恐らくモレノ侯爵令息の女装なのだろう。
少年の隣に立つと、その長身と女性にしてはしっかりとした体格に気が付くが、逆に言えばそれくらいしか違和感がない美女だ。
どちらも恐ろしいほど、男装と女装が似合っている。
「……これは、まずい」
パブロは急いで救護室に向かうと、待機する使用人と医者に声を上げた。
「――もうじきここは戦場になります。皆、覚悟してください!」
次話、ついに会場に悪役令嬢ズが勢ぞろいし、惨劇の幕が開く……!









