表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/57

ヘンリーの幸運  イリス&ヘンリーのデート 2

本編第四章でドロレス達が来る前のお話です。

 カフェを出ると、ぶらぶら歩く。

 出店でアクセサリーやお菓子や果物を見てみたのだが、人気のワンピースに身を包んだ美少女はどこに行っても注目の的だった。


 だが、本人はそれほど気にしていない。

 というよりは、気付いていないようだった。

 そう言えば、学園でも何だかんだでイリスを見ている人は多かった。

 鈍感は一朝一夕では成されず、また一朝一夕でなくなりはしないのだろう。



 何軒目かの店の前で、ふと足が止まる。

 アクセサリーが並ぶ中で、イリスの目はビーズの髪飾りに釘付けだった。

 透明のビーズがいくつも連なって、小さな花束のように見える。


「……気に入ったのか?」

「え? いや、可愛いなって」

「なら、プレゼントするよ」

 そう言って支払いをすると、髪飾りを渡す。


「あ、ありがとう」

 屈託のない笑顔に、ヘンリーの顔も思わず綻ぶ。

 安価な髪飾りでもこんな顔を見られるのなら、もっとプレゼントをすれば良かった。

 忙しかったとはいえ、もったいないことをしたと思う。


 イリスは髪飾りを着けようとしているが、リボンが邪魔で手間取っている。

 すると、片方のリボンをするりと解いてしまった。

「いいのか、リボンを取って」

「うん。こっちを着けたいから」

「なら、俺が着けるよ」


 ヘンリーのプレゼントを優先されたことが、何だか嬉しい。

 リボンをほどいた左の髪に飾りを着け、リボンはイリスの手首に巻いた。

「ありがとう」

 にこりと微笑まれれば、こちらの顔も緩んでしまう。


「仲の良いカップルだねえ」

 店員にからかわれるが、気分は悪くなかった。



 しばらく見て回っていると、明らかにイリスの足取りが遅くなってきた。

 きっと、歩き通しで疲れたのだろう。

 小柄で華奢なイリスは、見た目通り体力がないのだ。


「飲み物を買ってくるよ」

「うん。ありがとう」

 そう言って噴水のそばに座らせると、すぐ近くの店に向かう。


 飲み物を持って戻ろうとすると、イリスの周りに男達の姿があった。

 これも、夜会と一緒か。

 疲れたイリスを休ませるためとはいえ、そばを離れたのは迂闊だったのかもしれない。



「本当に可愛いね。君、一人なの?」

「違います」

「一緒に遊ぼうよ」

「結構です」


 イリスは断っているが、まったく通じていない。

 寧ろ、男達は美少女とのやり取りを楽しんでいるようだった。



「俺の連れに、何か用か?」

「何だ、おまえ」


 背後から声をかけると、男の一人が振り返ろうとして、転ぶ。

 だいぶ不自然な転び方に、ヘンリーも眉を顰める。


「何だ? 足が動かない」

 確かに、男の足底は地面にぴったりくっついたままだ。

 俺も、俺も、と男達が異変を口にする。

 どうやら、地面と靴がくっついているらしかった。


「ヘンリー、行こう」

 イリスは立ち上がると、すたすたと男達の横を通り抜ける。


「ま、待てよ、お嬢さん」

 男達はその場から動けないようだが、足以外は問題なく動く。

 通り抜けるイリスに男が手を伸ばす。

 それを避けようとしたイリスが、つまづいてバランスを崩した。


「――イリス!」


 このままでは、イリスは地面と熱い抱擁を交わすことになる。

 ヘンリーは飲み物を放り投げると、咄嗟に手を伸ばす。


 次の瞬間、衝撃と共にヘンリーの手に柔らかな感触が伝わってきた。



「……ん?」

 妙な感覚にもう一度手のひらを動かしてみるが、やはり何か弾力のある手応えが返ってくる。


「――へ、ヘンリー……やめ、て」


 蚊の鳴くような声に見てみれば、イリスが顔を赤らめてこちらを見上げている。

 潤んだ瞳も可愛らしいが、どうしたのだろう。

 ふとイリスを支える自分の手の位置を見て、その手の平が覆うものを視認したヘンリーは思わず目を瞠った。


「――ご、ごめん!」


 イリスの胸を触っていたことに気付き、慌てて手を離す。

 咄嗟の出来事とはいえ、堂々とイリスの胸に触ってしまった。

 というか、更に揉んでしまった。


 シーロと剣の鍛錬をしていたシャツ姿の時から思っていたが、イリスは華奢な割に胸が大きい。

 あれは見かけだけではなかった。

 いや、違う。

 今はそんなことを考えている場合ではない。


「そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん」

 ふくれっ面のイリスに謝罪する。

 じきに婚約者となる女性なのだから、世間的には問題ないのかもしれない。

 だが、少なくともイリスに突然することではなかった。



「……いいの。転びそうなところを助けてくれたんだし。これも、私の残念のせいだわ。犬に揉まれたと思って忘れる」

「噛まれた、だろ? ……まあ、残念というよりは幸運だが」

 思わず出た本音に、ヘンリーは慌てて口を押さえる。


「何よそれ。揉まれると幸運って、ヘンリーは神の手なの? もう、手の感覚を削ぎ落して、幸運だけちょうだい」

 怒っているのか照れているのかわからないが、言っていることは滅茶苦茶だ。

 大体、何で揉まれたら幸運と変換されるのだ。

 普通に考えれば、イリスの胸を揉んだヘンリーの方が幸運に決まっているではないか。


 ヘンリーの手の平には、まだイリスの感触が残っている。

 これは、幸運の感触である。

 ……どうせなら、もう少し触っておけば良かった。



「……おい」

 何やら低い声に視線を向けてみると、転んだまま動けない男達が死んだ目でこちらを見ている。

 ヘンリーが放り投げた飲み物を頭からかぶった男は、コップを頭にのせたまま、意識をどこかに飛ばしていた。


「いちゃつくなら、よそでやってくれ。……こっちは動けないんだ。頼むからどこかに行ってくれ」

 人生に疲れ切ったような表情と声に、ヘンリーとイリスは無言でうなずくと、その場を立ち去った。




「おいしいわ」

 もう一度飲み物を買って渡すと、イリスは歩きながら飲んでいる。

 伯爵令嬢は歩き飲みなんてしたことないだろうに、何故抵抗なく飲めるのだろう。

 不思議ではあったが、イリスは残念なのだから、これくらいは特におかしくないのかもしれない。


「さっきの男達が動けなかったのは、イリスの魔法か?」

「うん。靴と地面を凍結させたの。……何か用かと思って話を聞いていたんだけど。全然要領を得なくて本題に入らないから、困っていたの」

「……そうか」


 まさに『可愛いね。一緒に遊ぼう』が本題なのだが、わかっていない。

 どうやら、社交辞令だと思っていたようだ。

 どれだけ鈍感なんだ、とため息がこぼれてしまう。


「……そろそろ、帰る」

 小さな声でそう言うイリスは、表情も曇っている。

 やはり、歩き回ったので疲れたのだろう。

「なら、あっちに馬車を用意させているから、行こうか」


 体力を考えれば、こうなるのはわかっていた。

 馬車に乗ると、イリスはすっかり黙ってしまった。

 魔法まで使ったので、疲れ切っているのかもしれない。




「……ごめんね」

 馬車が走り出してしばらくしてから、ぽつりとイリスが呟いた。


「何がだ?」

「だって。ヘンリー、ずっとため息ついているから。私に付き合って、つまらなくて疲れたんでしょう?」

 イリスはすっかりうなだれている。

 それで、何だか元気がなかったのか。

 確かに原因はイリスと言えるが、決してつまらないからなどではない。


「それは、違うよ」

 そう言って、イリスの隣に移動する。

「イリスと出掛けて楽しいよ、もっと一緒にいたいくらいだ」


「……本当?」

 首を傾げながらの上目遣いに、思わず息を呑む。

 隣に座ったせいで至近距離なので、破壊力も増している。

 無意識なのだろうが、大変な攻撃力だ。

 イリスは常々残念の攻撃力が云々言うが、素の方が余程攻撃力が高いことをわかっていない。


「本当」

「……良かった」

 ヘンリーの答えを聞くと目を丸くし、次いで柔らかく微笑んだ。


 ――なんだ、この可愛い生き物。


「髪飾りも、ありがとうね」

「こんな安いのでいいのか?」

 イリスは高価な宝飾品を好むわけではないだろうが、それにしたって玩具のような飾りなのだ。


「うん。これがいい」

 そう言って手を頭にやると、ビーズの飾りを撫でた。

 よくよく見ると、無色透明の中に黄色と紫の粒が少しだけ入っている。


「……もしかして、瞳の色?」

「うん。ちょうど二人分だったの。凄い偶然よね」

 微笑む姿に、思い切り抱きしめたい衝動に駆られる。


 ――本当に、どうしてくれよう、この可愛い生き物。


 幸運のお触り事件の負い目さえなければ、確実に抱きしめていたものを。



 とにかく、ヘンリーのため息はイリスのせいではないと伝えておかなければ。

 また変な勘違いで暴走されても困る。

 そう思って説明し始めると、ヘンリーの左肩に重みを感じる。


 見れば、イリスがヘンリーにもたれるように傾いている。

 これは甘えてくれているのだろうか。

 ヘンリーの心はときめいたが、よくよく見るとどうやら眠っているらしかった。


「……なんだ」


 落胆の声が思わず出てしまう。

 でも同時に、イリスらしいなと思ってしまった。



 ゆっくりと、何度もイリスの頭を撫でると、それだけでも幸せな気持ちが湧いてくる。

 もう少しだけ、この残念で大切な存在のペースに合わせよう。


 ……ヘンリーが我慢できる間は。


 ヘンリーは苦笑すると、イリスの頭に口づけを落とした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


「残念令嬢」

「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」

コミカライズ配信サイト・アプリ
ゼロサムオンライン「残念令嬢」
西根羽南のHP「残念令嬢」紹介ページ

-

「残念令嬢」書籍①巻公式ページ

「残念令嬢」書籍①巻

-

「残念令嬢」書籍②巻公式ページ

「残念令嬢」書籍②巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス①巻

「残念令嬢」コミックス①巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス②巻

「残念令嬢」コミックス②巻

一迅社 西根羽南 深山キリ 青井よる

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] ラッキースケベおめでとうヘンリー!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ