カロリーナの質問 カロリーナから見たヘンリー 1
「残念令嬢」本編第一章開始前のお話。
本編第六章までと、「ヘンリーの初恋」を読んだ後に見るのをおすすめします。
「カロリーナ様は、本当にヘンリー様が好きなのですね」
使用人にそう言われて、カロリーナは当然のようにうなずいた。
ヘンリーはカロリーナの二歳年下の弟で、今年で六歳になった。
物覚えが良くて周囲の大人達は驚いていたけれど、カロリーナにとっては普通の弟だ。
ヘンリーの瞳は濃い紫色で、とても綺麗で。
祖父と同じその瞳の色が、大好きだった。
「紫色の目だと、次のとうしゅになるのですか?」
「そうだよ、カロリーナ。当主というのは、モレノの家の中心で……モレノに関わるすべての人の代表だね」
父コンラドは一緒にクッキーを食べながら、笑う。
『当主』のことはよくわからないけれど、何だか凄そうだし格好良い響きだ。
でも、貴族の家を継ぐのは基本的に長男だと習った。
長男で紫色の瞳と言えばヘンリーのことだけれど、言っている意味が何だか違う気がする。
「お父様、ヘンリーが紫色の目じゃなかったら、当主にはならないのですか?」
「ニコラスがいるから、そうなるね。もしもヘンリーの瞳が紫色でなければ、彼が次期当主だ」
「オリビアも、紫色ですよ?」
再従兄の名が出たので、気になって従妹の名前も挙げてみる。
女性が家督を継ぐのは珍しいが、紫の瞳が重要だというのなら、彼女も候補になるはずだ。
だが、コンラドは首を振った。
「あれは、薄い色だからね。ニコラスとヘンリーと比べれば、資質は足りないだろう」
「足りない……」
瞳の色で何が足りないのかはわからないが、オリビアは当主の候補から除外されるらしい。
「でもニコラスは、当主のお父様の子供じゃありません」
モレノの血は引いていても、当主であるコンラドの息子ではない。
それならば、ヘンリーの方が優先されるのではないか。
「まあ、それはそれだね」
カロリーナなりに考えてみたのだが、コンラドの反応は鈍い。
「……じゃあ、ニコラスが当主になったら。ヘンリーはどうなるのですか?」
「次期当主が直系当主の子でない場合には、養子に入って継ぐことになるね」
養子。
つまり、カロリーナとヘンリーのきょうだいになるのか。
ヘンリーという嫡男も、カロリーナという娘もいるのに。
何だかよくわからなくて、すっきりとしない。
「でも、お父様は当主なのに、紫色の目じゃないですよ?」
それでも立派に当主なのだから、瞳にこだわる必要はないのではないか。
「確かに、私は当主だよ。だがそれは、同世代に紫の瞳を持つ者がいなかったからだ。だから、当主であるお祖父さんの息子の私が継いだ。……でもね、カロリーナ。本来、モレノは『モレノの毒』の継承者が継ぐ。紫色の瞳は、その証なんだ」
「でも、お父様は立派な当主です! 目の色で決めるのは、ずるいです!」
少し寂しそうに笑うコンラドに、カロリーナは必死に訴えた。
まるで紫色の瞳を持たないコンラドが偽物のような言い方に、納得がいかなかった。
「ありがとう、カロリーナ。でも、これはずるいとか贔屓とか、そういうものではないんだ」
カロリーナの頭を優しく撫でる手に、モヤモヤとした気持ちが落ち着いていく。
「モレノの一番大切な役目を担うのが、継承者だからね。……それに、私もただ嫡男だからと無条件に継いだわけではないよ? ちゃんと実力を認められて継いでいるから、心配しなくて良い」
優しく説明されて、コンラドが認められているのだとわかり、安心する。
「……じゃあ、次の当主はどちらなのですか?」
嫡男である必要がなく、紫色の瞳が必要だというのなら、二人はまったく同じ条件だ。
「それは、私には決められない。今度、お祖父さんが二人の資質を見ると言っていたから、それでわかるかもしれない」
「資質って? 一度では決まらないのですか?」
「私は継承者ではないから、詳しくはわからない。だが、色んな方向から何度も見て比べることになるだろう。今回だけでは決まらないよ」
そうか、ではヘンリーは何度も試験を受けるのか。
ぼんやりと、そう理解した。
しばらくして、ヘンリーと母ファティマが領地に向かった。
少し寂しかったが、カロリーナはもう八歳のお姉さんなので我慢する。
ヘンリーは可愛い弟だ。
当主になってほしいわけではないが、試験とやらは頑張ってほしい。
ヘンリーの日頃の努力は、認められてほしい。
もともと優秀ではあったが、一年くらい前から特に熱心に頑張っているのをカロリーナは知っている。
何かあったのだろうかと聞いてみると、ヘンリーは嬉しそうに笑った。
「また会った時に、何でも手伝えるようにしたい。助けられるようになりたい」
一体誰のことなのかは教えてくれなかったが、『黄色い子』と言っていた。
金髪のお友達でもできたのかもしれない。
何にしても、頑張る弟は偉いと思う。
カロリーナも負けないように頑張ろう。
何と言っても、お姉さんなのだから。









