ビクトルの甘味 ビクトルの休日 2
ケーキは美味しかった。
イリスの言っていた通り、濃厚なチョコレートでのどが焼け付きそうだ。
これは、流行るのもわかる。
無言で食べていると、正面に座ったイリスの侍女がくすくすと笑った。
「……失礼しました」
女性に付き合ってもらっているのに、何もしゃべらずにケーキに夢中というのはさすがに失礼だ。
ビクトルは反省しつつも、フォークを置く気にはなれず、ケーキをつついた。
「いいえ。お気に召したようで、良かったですね」
何だか恥ずかしいが、やはり止められない。
再びケーキを口に運ぶビクトルを楽しそうに見ていた侍女が、紅茶のカップを置く。
「そう言えば、何度か顔を合わせたことはありますが、名前は伺ったことがありませんね。ダリア・ネバレスと申します」
「ビクトル・ダビーノです」
さすがに手を止めて名乗ると、じっとダリアを見る。
紅茶色の瞳と髪に、ごく平均的な容姿。
年齢はビクトルよりも少し下だろうか。
穏やかなようでしたたかさも感じるし、たぶんそこそこ優秀な侍女なのだろう。
ダリアはイリスと共にモレノに来ると言っていたが、イリスが結婚していない以上はモレノの事情を知らない。
そのあたりは気を付けなければ。
「イリスお嬢様とヘンリー様の結婚を、どう思っていますか?」
「はい?」
ケーキを口に入れようとした瞬間の突然の質問に、上手く返事を返せない。
「お嬢様は見た目で言えば一級品ですし、常識的な範囲での学業や作法は問題ありません。ですがその……それを上回る残念な部分がだいぶありますので。モレノの方々に好意を持たれない状態では、その後も苦労なさるのではと心配しております」
確かに、ビクトルが見る限りでもだいぶ珍妙なことをしている。
主人を心配する気持ちは、わからないでもない。
「いえ、大丈夫です。残念に関しては、奥様……ヘンリー様の母君であるファティマ様が残念ドレスの愛好家ですので、寧ろ歓迎されていますし」
「愛好家……」
ダリアが少しばかり引いているが、それも当然だ。
ビクトルだってファティマの趣味が良いとは思えない。
だがイリスを受け入れているという意味では、かなりの利点だと思う。
「先代ご夫妻にも既にご挨拶を終えて、とても気に入られている御様子です。何より、ヘンリー様があれなので、問題はないかと」
「確かに、ヘンリー様はあれですね」
……アラーナ家の侍女にまで言われるとは、ヘンリーは他家で一体何をしているのだろう。
「ならば安心しました。とりあえず第一段階はクリアです」
「第一段階?」
「いえ、こちらの事です」
ダリアはそう言って紅茶を口にすると、小さく息をついた。
「お嬢様が普通の反応ではないことで、ビクトルさんにもご迷惑をおかけしていませんか?」
「反応、というと」
「ヘンリー様といちゃつく件です」
「……ああ。まあ、仲がよろしいのは結構ですし、イリス様のおかげでヘンリー様の仕事がはかどる部分もありますから」
そのぶん虫除け等で時間を割かれてはいるが、暴走されるよりはマシなので必要経費だと思っている。
すると、ダリアは何やら驚いたように目を丸くしている。
「あら、てっきりビクトルさんはいちゃつく二人を見るのがうっとうしいのかと」
……ダリアは、だいぶ正直者らしい。
「いえ、うっとうしくないと言えば嘘になりますが。まあ、こちらに害が及ばない限りは何とかなります」
ヘンリーがイリスを構えば、イリスは逃げ腰になる。
逃亡する分にはまだ良いのだが、近くにいる男性に隠れる等の行動を取った場合に、大変に身の危険を伴うのだ。
ビクトルとしてはさっさといちゃつき慣れてほしい。
たぶん、それが世界とビクトルの胃を守る最善の道だと思う。
「害?」
首を傾げるダリアを見て、ビクトルは己の失言に気付いた。
しまった。
ヘンリーの保有する力に関しては、モレノの事情に微妙に関係するから言わない方が良い。
どうにか誤魔化さなければ。
「……ええと。そう! う、羨ましいじゃありませんか! 私も仕事一筋で、浮いた話もありませんが、ああいった姿を見ていればやはり結婚も良いものかなと少しは思いますよ」
「はあ、なるほど。では、お相手はいないのですね」
ぐさりとビクトルの心に何かが刺さる。
確かに現在恋人はいないが、それは仕事を理解してくれる女性が見つからないからだ。
「もう、このまま独身で良いかとも思っていますがね。その方が仕事上都合も良いので。……何にしても、ヘンリー様優先ですし。つまりイリス様優先ということですしね。普通の女性には理解が難しいと思います」
仕事ばかりで碌に構えず、自分よりも主人であるヘンリーとその妻となるイリスにばかり構う男など、ビクトルが女性なら願い下げだ。
だが、その言葉を聞いて、ダリアの瞳が煌めいたように見えた。
「……そうですか。では、仕事に理解のある、お嬢様とヘンリー様を大事にする女性が見つかると良いですね」
ダリアの優しい微笑みに、何故か肉食獣に睨まれたような気分になる。
怖いような、気になるようなその笑みに、ビクトルは目が離せなくなった。









