ダリアの着眼 ダリアの結婚観 2
確か、ヘンリーの侍従だ。
何度か見かけて挨拶くらいはしたことがあるので、顔を覚えていた。
「こんにちは。お嬢様はただ今、留守でございます。ヘンリー様からの伝言か何かでしょうか?」
「いえ、お届け物をお持ちしただけです。こちらをイリス様にお渡しいただければ」
そう言って彼が取り出したのは、花束だ。
黄色の花の中に小さな紫色の花が入っているのは、たぶんそういうことだろう。
「綺麗ですね。でも、ヘンリー様から直接渡した方がよろしいのではありませんか?」
ただでさえ鈍感なイリスだ。
この花束を見ても、色合いに気付かない可能性がある。
せっかくならば本人同士でやりとりをした方が、進展が望めるというものだ。
「まあ、そうなんですが。何でも、寝ぼけたお詫びらしく」
「何ですか、それ」
「昨日、十日ほど徹夜していた真っ最中にイリス様がいらっしゃいまして。……何か、失礼があったのではないでしょうか」
さらっと言っているが、十日ほど徹夜とは何だ。
普通なら倒れかねないのだが、ヘンリーはいつもそんな激務なのだろうか。
そういえば、昨日カロリーナに会ったイリスを迎えに行ったのだが、顔が赤い気がした。
あれは、そういうことだったのか。
「なるほど。ヘンリー様にキスでもされたのでしょうね。それでお詫びをしなければいけないのですから、ヘンリー様も大変ですね。……まあ、悪いと思ってはいないでしょうし、お嬢様の気持ちの整理のためですね。わざわざ、ありがたいことです」
ダリアが納得してうなずいていると、彼は少し照れているような様子だ。
「いや、そうなのかもしれませんが。何も言わなくても」
「何故、照れているのですか? あなたの目の前でキスしていちゃついていたのですか?」
「違いますよ。見ていませんよ。見たくないですよ。死にたくないので」
照れるというよりは慌てているし、いちゃついているのを見ると何故死ぬのかよくわからない。
「え? 見たくないのですか?」
「見たいのですか!」
驚愕の表情で見つめ返された。
普段は淡々と挨拶するくらいしか関わったことがなかったが、意外と表情が豊かだ。
「見たいと言いますか……。あなた、ヘンリー様の侍従ですよね?」
「ええ、まあ」
「でしたら、御結婚後にあのお二人のそばにいるわけですね」
「そうですね」
「あのヘンリー様が、結婚した後にいちゃつかないとお思いですか? 寧ろ箍が外れて、心ゆくまでお嬢様を愛でると思っているのは、私の勘違いですか?」
「いえ。……たぶん、そうです」
「なら、キスの一つや二つで照れている場合ではありませんよ」
「仰る通りで……今後は死と隣り合わせになるわけです……」
何故だかダメージを受けているらしい。
目の前でいちゃつかれて疲れるというのなら理解できるが、死と隣り合わせとは何のことだ。
ふと、ダリアの頭に一つの可能性が浮かぶ。
「では、花束はお預かりしますね」
彼の手を包み込むように触れ、にこりと微笑む。
すると、彼は一瞬驚いた様子だったが、すぐに自然な笑顔を返した。
どうやら、女慣れしていないというわけでもなさそうだ。
それで二人のいちゃつきが死ぬほど辛いのかと思ったのだが、違うらしい。
ならば、至近距離で見せつけられ続けて疲労が溜まっているだけなのだろうか。
気にせず、受け流せば良いのに。
ダリアも別に遊んでいるわけではないが、年相応の経験はあるし、何よりイリスと付き合っていたらあれくらいは軽く流せなければやっていけない。
まあ、女遊びをしまくって慣れた男や、初心な男がイリスのそばにいるよりは良いのかもしれない。
そう思い至り、じっと青年を見る。
背はダリアよりは高く、容姿は生理的嫌悪感もなく普通。
ヘンリーの侍従なのだから相応に仕事はできるのだろうし、同業である侍女のことは理解しやすいだろう。
……おや。
これは悪くない条件なのかもしれない。
「……あの、手を離していただけますか?」
「あら、失礼しました。……そうだ。ヘンリー様のお誕生日を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「え? ああ、なるほど。イリス様はご存知ないのですね。イリス様の誕生日の翌日ですよ」
どうやらイリスの誕生日は知られているらしい。
さすがはヘンリーというか何というか。
そして、イリスが知らないであろうことを侍従にまで理解されているのは、何だか切ない気もする。
「あら、偶然ですね。御結婚後は、お祝いをまとめて盛大にできますね」
「あの、あなたもイリス様と一緒に?」
「はい。お嬢様と一緒にモレノに伺います。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。……それでは、私はこれで」
しっかりと礼をしていくあたり、生真面目な性格なのだろう。
「……とりあえず、候補の一人目を見つけましたね」
だが、まずはイリスの結婚とモレノ邸での基盤づくりが先だ。
それが終わる頃には、もう少し候補が増えていると良いのだが。
ダリアは花束を抱えると、イリスの部屋に向かった。









