モニカの観察 悪役令嬢揃い踏み
「残念令嬢」本編、第五章と第六章の間あたりのお話です。
モニカがこの夜会に参加したのは、一つの噂を確認するためだった。
かなり早くから会場入りしたモニカは、ダンスの誘いを断り、何をするでもなく、ただそれを待っていた。
モニカは伯爵家の娘で、未婚の女性だ。
この時点で、男性に声をかけられることは多い。
容姿はそこそこだが、艶のある金髪にはちょっと自信がある。
だが、図らずも保有する理由のせいで、更に声をかけられるようになっていた。
最近ではそれが面倒になり、夜会への参加を控えていたが、今日は特別だ。
あの噂が本当ならば、多少の苦労などどうでも良い。
寄ってくる男性を撃退しながら待っていると、ついにその時が訪れた。
会場に現れたのは、四人の女性。
普通は異性のパートナーを連れることが多いので、この時点で目立つ。
更にこの四人は、それぞれがとんでもない人物ばかりだった。
一人目はベアトリス・バルレート公爵令嬢。
清楚で上品な、淑やかな美女だ。
当時王子だったアベル・ナリスとの婚約破棄で一時は悪評もあったが、結局は冤罪とわかり名誉も回復している。
そうなれば、国でも一二を争う名家の御令嬢で、年頃の美女だ。
かなりの縁談が舞い込んでいるらしいと噂は聞くが、今のところ婚約者もいない。
男性からすれば垂涎の存在だ。
二人目はカロリーナ・モレノ侯爵令嬢。
長身の痩身で、凛とした美女だ。
以前は『隣国からいじめをする稀代の悪女』と呼ばれていたが、それも冤罪だと知られている。
既に王弟であるシーロ・オルティス公爵の婚約者なので、男性陣はさすがに手が出せない。
だが、その凛々しさと美しさから、女性の人気が高く、今も御令嬢達が黄色い声をあげていた。
三人目はダニエラ・コルテス伯爵令嬢。
気さくで明るい、華やかな美少女だ。
修道院に入れられたと聞いたが、それもまた冤罪だったらしい。
ところが彼女はその後も教会や修道院に通い、手伝いを続けているという。
本人の朗らかな人柄もあり、彼女が手伝いに訪れると教会に長蛇の列ができるという話もある。
麗しい姿で尊い心を持った御令嬢だと、親世代からの支持も厚い。
四人目はイリス・アラーナ伯爵令嬢。
小柄で華奢な、可憐な美少女だ。
残念の先駆者として有名な彼女は、その美貌を惜しげもなくぶち壊す残念な装いで一世を風靡した。
その後は残念と普通を使い分けるという高度な技術を使っており、その魅力に嵌まる人が後を絶たない。
ヘンリー・モレノ侯爵令息と婚約しているが、それでもお近づきになろうという男性も多い。
また、一部残念好みの人々からは、女神のごとく崇拝されている。
モニカはこの残念好みの人間に分類される。
残念の先駆者、イリス・アラーナ伯爵令嬢が参加するというので、一目見ようとこの夜会に参加したのだ。
「……嘘みたい。何て可愛いのかしら」
モニカは何度目かのため息と共に、林檎のジュースに口をつけた。
今夜のイリスは残念なドレスではなく、普通の装いだ。
普通ということはつまり、とんでもなく可愛らしいということで。
その姿を眺めてはジュースを飲むという動作を繰り返していた。
イリスのドレスは、淡い灰色だ。
それだけなら地味になりそうなものだが、ドレス全体にいくつもの花の飾りが咲き誇るように配置され、その花芯にはピンク色のビーズがあしらわれている。
耳元にも大きな花の飾りをつけていて、そちらの花芯は紫色のビーズだ。
「元が良いから、ドレスの色味を抑えても十分に華やかだわ。それに、花芯だけに色を入れているのが、また可愛らしい。……参考にしましょう」
モニカは心のノートにメモを取った。
酒の肴という言葉があるが、正直イリスのドレス姿で林檎ジュース十杯はいける気がする。
トイレ休憩を入れても良いのなら、十五杯は間違いない。
それに、四人が会場に現れてからはモニカに声をかける男性も減って、ありがたい限りだ。
周囲を見てみれば、モニカ同様に見ることで満足している者も多い。
一部、声をかけたくてそわそわしている男性もいるが、色んな意味で難しいだろう。
ところが、イリスが四人の輪から外れた。
その一瞬を逃すまいと、何人もの男性が動き出す。
思わずモニカも移動して、もう少し近くで彼女達を見ることにした。
一人になったイリスを男性達が取り囲んでいる。
イリスは手に小ぶりの骨付き肉を持っているが、男性達はそれに怯んでいるようだった。
「肉を持った残念の先駆者なんて、最高なのに。普通のドレスに肉はかなり珍しいのよ。なんて物の価値のわからない男達かしら」
文句を呟きつつ、少しずつ自然に近付いていくと、会話が聞き取れるようになってきた。
「アラーナ伯爵令嬢ですよね。どうか、私と踊っていただけませんか」
「いえ、イリス嬢。私と」
婚約者がいるとはいえ、さすがは未婚の美少女、大人気だ。
「……私、お肉に忙しいので結構です」
イリスの言葉に、男性達が固まる。
断られるのは予想していたかもしれないが、理由は予想外だったらしい。
それにしても、肉に忙しいとはどういう状態なのだろう。
「はいはい、そこまで。イリスを守る約束で連れ出しているんだから、手を出しちゃ駄目よ?」
イリスと男性の間に割って入ったダニエラが、軽くウィンクをした。
何かが射抜かれる音が、モニカにも聞こえた気がする。
「あら。イリスと踊りたいのですか? 困りましたね」
そこにやって来たベアトリスが、小さく首を傾げた。
その上品な仕草に、またまた何かが射抜かれた音がする。
「残念だけど、イリスと踊るのは私なの。ごめんなさいね」
そう言うなり、カロリーナはイリスを連れて踊り始める。
ドレス姿なのに男性パートを完璧に踊りこなす姿も麗しいが、それに合わせるイリスが可憐で、思わずため息がこぼれる。
周囲からも何かが射抜かれた音が響き渡り、会場中が四人に熱い眼差しを送っている。
「そろそろ時間か、早いわね。少しでも遅れたらヘンリーが来かねないわ。うっとうしいから、戻りましょう」
カロリーナはそういうと、最後にイリスをくるりと回して礼をした。
ふわりと翻るイリスのドレスと微笑みに釘付けになっている間に、いつの間にか四人は会場からいなくなっている。
遠くから肉を持ち帰るだの持ち帰らないだの聞こえてくるが、それもまた良い。
「……目の保養だわ」
会場は肉の香りと幸せな空気に包まれた。









